小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【22】氷炎のライナノール

 私達は、レリックス駅の外れの人気の無いベンチに並んで腰掛けていた。

ルシアはまたマントで身を包んで静かに雨音を聞いている。

彼女の濡れた赤い髪から雫がたれて、頬を濡らしていた。

私も濡れネズミになってしまっているが、そんな事はどうでもういい。

何よりも重要なのは、ルシア・ライナノールが戦場を離れドルファンの街に現れたという事。

そして今、この瞬間に私と並んで坐っているという事実。

 

 ルシアは、この氷炎のライナノールと呼ばれる騎士は、我がヴァルファバラハリアンが誇る八騎将の一人。

二刀を操る一騎当千の女騎士として名を馳せ、その戦乙女を連想させる出で立ちは近隣諸国でも知らぬ者無しとまで言われている。

その二つ名の由来ともなっているのは、戦場での燃え上がる炎のような闘争心と、併せ持つ氷のような冷静さ。

両方を持ち合わせていることから、彼女は氷炎のライナノールと呼ばれるようになった。

だが、それは通説だ。

たしかに氷の方の評価は間違いない。

彼女は戦場でも一騎打ちでも、常に冷静沈着で、取り乱すという事は全くない。

不利な状況に追い込まれようと、部下や仲間が散っていこうと、その場その場での最適解を導き出して隊を率いる姿勢は、氷のような凛とした冷たさを放っていると言っていい。

しかし、彼女が何故炎の名も冠されるようになったかを知る人間は、ごく一部の限られた者だけだ。

そしてその由来こそが、彼女がこんな所に現れた理由なのだという事も、うすうすわかっていた。

 

 私とルシアは押し黙ったまま雨音を聞いていたが、不意にルシアが一通の封筒をとりだした。

 

「これを」

 

私は怪訝な顔で受け取った。

 

「何?」

「これをヒューイ・キサラギと言う名の傭兵の所に届けて欲しい」

「これはなんなの」

「果たし状だ。日時と場所が書いてある。その男の居場所は知っているだろ」

 

ルシアは私を見ずに、淡々と話をする。

もちろんヒューイの住処は知っているし、この手紙を届けるのは簡単な事だ。

だが、それをするという事は、ここにルシアがいる事を肯定するという事だ。

私はルシアを睨みつけて、少し声のトーンを下げた。

 

「知らない……と言ったら」

 

ルシアはようやくこちらを見たが、その目はわずかに笑っていた。

 

「ふふふ、自分で届けに行くだけさ。それにライズが場所を知らないはずはない。それがあんたの任務なのだから」

「私の任務にその男の監視は含まれていないわ」

「いいや、あんたは知っている。幽鬼のミーヒルビスから隠密のサリシュアンへ指示が出ているからね」

「仮に私が知っていたとして、届けると思っているの?」

 

私はため息をつき、突き放したように冷たい口調で言葉を続けた。

 

「あなた、これは立派な軍規違反よ。指揮官のあなたがこんな所に来る事は許されない」

「わかっている」

「だったらすぐに戦場に戻ることね。ここはあなたの戦場じゃない」

 

私の言葉に、ルシアはすかさず反応した。

いきなり私の胸倉を掴むと、大きく自分のほうに引き寄せた。

 

「私の戦場と言ったな」

 

私は突然の激情に若干気圧されながらも言葉を返す。

 

「そうよ。ヴァルファ八騎将として、あなたは第三部隊を率いる立場でしょう。部隊も放ってこんなところで何をしているの」

「私の戦場など、もはやどこにも存在しない!」

 

ルシアはいつもの冷静沈着さが嘘のように声を荒げた。

 

「バルドーのいない戦場など、何の意味があると言うのだ!!」

 そう、ルシア・ライナノールは、不動のボランキオことバルドー・ボランキオを愛していたのだ。

氷炎のライナノールの炎の名の由来は、このバルドーへの燃えるような激しい愛の炎あっての事なのだ。

彼女は静かに激しく深くバルドーを愛しており、それこそが彼女をここに駆り立てたであろう事は、私はわかっていたのだ。

 

 私は胸倉を掴まれたままで息が苦しかったが、そのまま言った。

 

「あなたは指揮官失格だわ」

 

ルシアが私の服から手を離した。

そして私を見ると、柔らかい声で言った。

 

「ライズ。わかってくれとは言わない。指揮官失格だというのも事実だ。言い訳はしない」

 

私は返事をせず、押し黙っていた。

 

「だが、私の存在意義はバルドーの為だけにある。それは今までも、そしてこれからも変わることはない」

 

わかっている。

ルシアの気持ちは誰よりも同じ八騎将として、そして姉のように慕ってきた私だからこそ痛いほどわかる。

だが、私たちは傭兵で戦士なのだ。

だからこそ私は残酷なこの言葉を放たなければいけなかった。

 

「……バルドーは、死んだのよ」

 

私の言葉に、ルシアは一瞬息を飲み、目を閉じた。

 

「そうだ。バルドーは死んだ。一騎打ちで、戦士として立派に死んだのだ」

 

ルシアは自分に言い聞かせるように言葉を吐くと、その目を見開いた。

その瞳の奥に、怒りと愛の炎が舞い上がる。

 

「だからこそ私はここにいるのだ。ただ愛した人の仇を討つのみ!」

 

 

 私はがっくりと肩を落とした。

ルシアは覚悟を決めているのだ。

ここで散る覚悟。

仮にヒューイと一騎打ちをして彼女が勝ったとしても、おそらくその後に自決するだろう。

八騎将の一人が隊を放り出し個人的な一騎打ちを行うなど、いくらルシアが今までヴァルファに貢献してきた騎士だとしても、軍の規律が許すはずがない。

隊に戻ったとしても待っているのは処刑だけだ。

だったら、バルドー亡き今、彼女は隊には戻らないだろう。

隊に戻らず、だからと言ってバルドーのいない世界で生きながらえるのも意味がない。

ルシアならそうするはずだし、だからこそこの国まで来たのだ。

 

「ヴァルファは……あなたまで失ったらますます窮地におちいるわ」

「私が死ぬような言い方じゃないか。だが、例え私がいなくとも、ヴァルファは変わらない。私は指揮官としてよりも、騎士としての評価の方が高かった」

 

それはわかっている。

だが彼女の存在は、八騎将という存在は、ヴァルファバラハリアンの象徴であり、畏怖の対象であり、私の心の拠り所なのだ。

 

「ライズ……」

 

不意に彼女の声が優しくなった。

 

「死に場所くらい、自分の好きにさせて」

 

私は返事をせずにルシアの封書を握りしめていた。

 

「最後に会えて嬉しかった。手紙は頼んだ」

 

彼女は立ち上がると、雨で霞む遺跡群の方へと歩き出した。

私はただそれを呆然と眺めるしか出来ない自分が悔しかった。

頬を伝う雫が、雨なのか涙なのか、わからなかった。

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