小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
そして次の日曜日がやってきた。
雲間から差し込む太陽の光はすでに夏のようにまぶしく、じりじりと私を照らしていた。
日陰ならばまだ過ごしやすい陽気だが、日向は汗ばむくらいだ。
今日、この日。
神殿跡の遺跡の奥の、さらにその外れで小さな私闘が行われる。
一人は死んだ戦友の、いや、愛した人の仇を討つ為に。
一人は己の誇りと、戦士としての生き方の為に。
約束の時間は正午だ。
私はその決闘を見守るつもりでいた。
例えどのような結果になろうとも、ルシアの戦いを見届けてあげるのが私の務めだ。
それに、
もしかしたらヒューイは誰か仲間を連れてくるかもしれない。
彼の性格からしてそんな事はまず無いだろうと思うが、相手はヴァルファ八騎将の一人。
討ち取ればかなりの手柄は間違いない事だし、そもそもここはドルファン国内であるし、ヒューイにとっては圧倒的に有利な状況が作りやすい。
もしも彼が仲間を連れてくるのならば、私はルシアの助太刀に入る気でいた。
そのために、私は今こうして赤く長い革の袋を持っているのだ。
全長一メートル程の細長い袋の中には私の『愛器』が入っている。
馬車でレリックス駅に降り立ったとき、駅の大きな時計は午前九時を指していた。
予定通り。
彼らの戦いの前に遺跡群をよく調べ、ルシアに奇襲をかけようとしている者達がいないか調べる。
その後は駅の目立たないところで馬車から降りる不審な人物がいないか見張ればいい。
わざわざこんな辺鄙なところまで歩いてくる輩はいない。
遺跡群に向かって駅を出発したところで、私は足を止めた。
前方に見知った後姿を見つけたからだ。
その取り繕ったかのような司祭服に、肩下で切りそろえた髪。
その後ろ姿だけで言いようのない嫌悪感が胸に込み上げる。
ミハエル・ゼールビス。
裏切り者の男が、何故こんな所に。
以前彼を求めて教会に出向いたときはすっかり煮え湯を飲まされてしまった。
それ以来この男とは会う気も無かったし、ゼールビスの方も前のように殺し屋を使って接触もしてこない。
正直な所、このところせわしなく色々な出来事が起こったために彼の事など忘れていた。
このままきれいさっぱり忘れる事ができればどんなに良かっただろう。
だが、こんな大事な日にこんな場所へこの男がいるという事は、きっと意味があるはずだ。
私は左手に持った革の袋を思わず強く握り締めた。
ゼールビスは白々しく後ろを振り返り、私の姿を見つけるといやらしく微笑んだ。
「やあ、これはこれは、隠密のサリシュアン殿ではないですか。あなたも遺跡見学ですか」
この男の人の心を逆撫でするような物の言い方に、私は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
「そんなところだわ」
「それは奇遇だ! 私もちょっと興味がありましてね」
ゼールビスは私のすぐ前まで来ると、その神経質そうな頬に歪な笑みを浮かべた。
「遺跡で行われる悲劇の女騎士のお涙頂戴の敵討ち、そんなものにね」
私は彼の胸倉を力任せに掴み寄せた。
「何を知っている! ゼールビス!」
ゼールビスは私の腕を軽く払いのけて、服の乱れを直した。
「年頃の女の子が乱暴ですねえ。私にだって特別な情報源があるんですよ」
いや、今は彼の情報源などどうでもいい。
この男がなんの為にここにいて、何を企んでいるのか。その方がよっぽど重要だ。
「貴様、何を企んでいる」
「企む? 人聞きの悪い。私は何も企んでなどいませんよ。ただ……」
「……」
「あの阿婆擦れのライナノールが憎き仇を目の前にして、刃をふるう事も出来ずに無力にも捕まってしまう。そんな光景を拝見したいと思いましてね」
私は今この場でこの男を八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られた。
「何をした! ゼールビス!!」
ゼールビスはその顔に凍りつきそうなほど冷たい笑いを浮かべた。
「あなたに教える必要は無いでしょう」
「今すぐ殺してあげてもいいのよ……!」
「ふふふ」
彼は私の右手が革の袋の中に入っているのを見逃さなかった。
「わかりましたよ。今の時点では勝ち目はなさそうですしね。そんな物騒なもので武装されていたら」
「教えなさい」
「なに、今日の一騎打ちの事を、とある騎士の出来損ないに報せておいたんですよ。ドルファンの善意ある一市民として」
「反吐が出る」
「彼の事だ。今ごろ手下どもを引き連れて、遺跡内に潜んでいるルシアを血眼になって探している事でしょう」
相手は一人ではないという事。
ルシアならば一人や二人のゴロツキなどわけもなく再起不能にできるだろう。
だがそれが一気に複数人の相手となると厳しい。
なによりも大事な決闘の前にそんな事で無駄な手傷を負わせたくない。
私はゼールビスを突き飛ばすと、遺跡群へと走り出した。
「あなたが彼らを止められるか、楽しみですねえ! くくく、ははははは!」
後ろでゼールビスの笑い声が響いたが、振り返らなかった。
私はまず、決闘が行われる場所まで一陣の旋風のように走った。
時間が何よりも重要だった。
決闘場所は遺跡群の一番奥、そのさらに外れの小さな神殿の跡地だ。
ここを訪れる者など一年を通してほぼ皆無に等しい。
とにかく私の走れる最高速度で現場まで走った。
ルシアはまだいない。
おそらく約束の時間までどこか静かな場所で精神を統一しているのだろう。
ここまで来れば一般人に見られて言い訳に困る事などなくなる。
私とルシア、ヒューイ以外でこの場所を訪れるのはゼールビスの差し金の人間だけだ。
例の赤い革の袋から中身を引き抜き、袋は小さく丸めて服のベルトに巻きつけた。
取り出したのは刃渡り八十センチ、全長九十五センチ、手を保護する為の大きな赤い鍔がついたレイピア。
私は幼い頃から父にレイピアを仕込まれた。
男のように剣を力任せに振り回す事の出来ない私にその武器はぴったりだった。
相手との適正な間合いを図り、高い技術力とスピードで敵の急所を的確に貫く。
大半の剣よりも素早い動きができる上に鎧をまとった騎士相手でも十二分に戦える。
そしてこのレイピアは潜入先でも取り回しが利くように工夫がされている。
通常のレイピアは一メートルほどの刀身を持ち、全長は一メートル二十センチほどのものが一般的だが、私のこの愛器は刀身八十センチ程と短い。
その分間合いこそ短くなってしまうが取り回しがよく、街中や狭所でも使用しやすく携帯性も高い。
さらにその短さの分だけ重さも軽くなっており、スピードは通常のレイピアを圧倒的に上回る。
鞘からレイピアを引き抜くと冷たい銀色の刀身があらわれた。
私はその刀身を見るたびに集中力が研ぎ澄まされていくのを感じる。
ドルファンに潜入してからもレイピアの訓練を怠った事は無い。
その為に私の右手は剣ダコだらけだ。
普通の人が見てもわからないだろうが、わかる人がみれば一目瞭然のその痕跡を隠すために私は常に手袋をしているのだ。
油断なくレイピアを右手に構え、付近一帯の捜索に出る事にした。
全神経を集中させてどんな微細な物音も聞き逃さないように気をつけながら、柱の陰から陰へと走った。
五分ほど柱に隠れながら人の気配を探っていると少し先に思いがけず見た事のある顔を見つけた。
周囲をきょろきょろとうかがいながら、しきりにまわりを気にしている。
手に持った長い棒に身を寄せながら神経を張詰めているようだが、どうにも気配すら隠せていない。
その男はあの銀月の塔で声をかけてきた東洋人傭兵のリン・コーユーだった。
彼がここにいる理由は遺跡見学などではなく、間違いなくゼールビスの差し金であろう。
私はリンの後を尾行することにした。
彼はよほど臆病なのか、数歩歩くたびに後ろを振り返り、棒に身を寄せた。
これで戦場を駆ける傭兵の一人だと言うのだからドルファン騎士団のレベルも知れるといったところだ。
やがて彼はルシアとヒューイの決闘の場所に辿り付き、そこで誰かを待つように不安げに立っていた。
しばらく様子を見ていると彼とは反対の方向から三人の人相の悪い男達を引き連れて、金髪の長い髪をなびかせた騎士がやってきた。
驚いたことにそれはエリータス家の道楽息子のジョアンだった。
ソフィアの婚約者であり、聖騎士の父を持ち、ヒューイに避けられているお坊ちゃまの登場だ。
リンはジョアンと何事か話し合うと、またそれぞれ違う方向に向かって歩き出した。
おそらくそれぞれが成果がなかった事を伝えあい、別の場所の捜索に出たのであろう。
そうなるとこれ以上彼らの人数が増えるとは考えづらい。
ならば早々に彼らを始末してしまうのが一番手っ取り早い。
ルシアの邪魔は、させない。
複数のターゲットを狙うときは、最初に人数の少ない方から仕掛ける。
これは暗殺術の基本だ。
私は最初のターゲットをリン・コーユーに定めた。
彼の今までの行動を見れば、殺さないまでも身動きを封じるのにそれほど時間はかからないだろう。
大き目のスカーフを使い、顔を覆い隠した。彼に正体を知られるわけにはいかない。
ジョアン達から十分に距離が離れたのを確認すると、私は音も無くリンの背後に近付いていった。
まずは彼のアキレス腱を狙い、動きを封じる。
私はレイピアを構え距離を詰めると、左足首を目掛けて突きを放った。
その時、彼は運悪く小石につまずいた。
前のめりに何歩かよろけ、あわてて体勢を立て直した。
私のレイピアは物の見事に狙いが外れ、むなしく地面に突き立った。
「え?」
さすがの彼もこちらに気付くと、とっさに後ずさりをして私との距離を離した。
なかなか賢明な判断だ。
「な、何者だ!?」
リンの叫びを無視して、私は素早くレイピアを引き抜き、軽くステップを踏みながら剣先を彼に向けた。
「やろうっていうのか」
私はまた無視した。
彼はよくわからない表情を浮かべたがすぐに棒を構えた。
彼の武器はこの長い棒のみ。
すばやく観察した限りでは剣やナイフといった類のものは身につけていないようだ。
その長い棒が相手であれば、ひとたび懐にもぐりこめれば私の有利になる。
リンが何度か鋭く棒を突き込んで来た。
私はそれを左右のステップでかわすと、瞬間的に彼の懐に踏み込んだ。
そこは完全に私の間合いで彼の棒では長すぎて防御をする余裕はない。
私はリンの右肩めがけて強烈な突きの一撃を繰り出した。
だが次の瞬間、彼の棒は全長の三分の一ほどの所で突如折れ曲がり、私の突きをいなして防御した。
それと同時に棒がまた三分の一ほどの場所で折れ曲がり、下段から私の顔面に襲い掛かった。
私は全身の筋肉をその瞬間に酷使して、素早く後ろに飛び退いた。
つい今まで私の顔があったところを、棒が走り抜ける。
あと一瞬でも動作が遅れたら危ないところだった。
私たちはまたお互いに距離をとった。
彼の武器はただの棒ではなかったのだ。
一本の棒に見えたその武器は全長の三分の一ずつの所で鎖で分割されており、一種独特な形をしていた。
昔何かの本で見たことがある。
確か東洋の武器で、三節棍という名前だったはずだ。
その武器の意外性もあるが、あの状況で私の突き避けたのは、彼の実力に他ならない。
この東洋人傭兵を甘く見ていたかも知れない。
言葉では言い表せないような緊張が体中を走り、胃のあたりが重くこわばるのを感じた。
「腐っても傭兵と言う事ね」
私は自分でも聞こえないぐらいの小声で呟いた。