小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【25】二人の八騎将の一騎打ち

 私は今度はステップを踏まず、べた足でレイピアを構えて、呼吸を整えつつリンの目を見た。

彼は三節棍の真ん中を持ち、両端をくるくると回転させていた。

なるほど、面白い武器だ。

基本構造はやはり東洋の武器のヌンチャクと似ているが、大きさは段違い。

もともとは二メートル近い長さの棒なのだから、それが三つに分割し、なおかつ鎖で繋がっているとあれば、そのリーチは計り知れない。

私のレイピアでは圧倒的不利だ。

レイピアというこの細身の剣は、防御というものにはあまり向いていない。

刀身が細すぎるイメージがあるが、剣の根本は十二分に厚さを持っておりブロードソードの一撃くらいなら防御する事ができるので、彼の三節棍の一撃も防ぐことは可能だろうが、そこからの反撃を素早く行うには無理がある。

相手が刀剣の類であればやりようはいくらでもあるのだが。

戦いには何事も相性がある。

これは少し面倒な事になった。

 リンはどんどん勢いを増して三節棍を振り回しながら、じりじりとこちらに近付きつつある。

もしも彼の武器を一瞬でも封じる事が出来たなら、私は勝つ自信がある。

しかし今の段階ではそれは望めない。

私はすり足で後ろへ後ろへと進んだ。

 

どうする。

 

リンの目が勝利を確信して、いやらしく光った。

 

どうする?

 

その瞬間、私の背中が何かにぶつかった。

後ろを慌てて振り向くようなへまはしでかさずに、レイピアを構えていない左手で触って確認した。

柱だ。遺跡の朽ちた柱の一本だ。

遺跡……。そうだ、ここは遺跡群ではないか!

私はとっておきの妙案を思い付いた。

思いついたからにはまごまごとしている時間はない。

今の間合いは完全に彼の距離で、私が踏み込んで攻撃できる距離ではない。

要は彼の武器を封じて、間合いさえ詰められればいいのだ。

 

 私はレイピアの柄に仕込んである小さなナイフをリンに向けて咄嗟に投げつけた。

虚をつかれたリンは案の定大げさに三節棍を振り回し、それを弾いた。

私はその隙に彼に背を向けて走り出した。

 

「ま、待てっ!」

 

リンがあわてて後を追う。

私は自慢ではないが走るのがとても速い。

せいぜいリンが私を見失わないで後をついて来れる程度の速さで走りながら、必死に望む場所を探した。

 

「敵前逃亡とは、騎士として恥ずかしくないのか!?」

 

一騎打ちに望む一介の騎士を、手柄欲しさに待ち伏せていた男にしてはたいそうな御託だ。

数十メートル先に私が探していた条件にぴったりの場所を見つけた。

私は走る速度をあげてその遺跡に駆け込んだ。

そこは大昔の民家の一室のようだった。

入り口以外の四方を岩のブロック塀で囲まれており、一辺の長さは両腕を左右いっぱいに伸ばした私が二人分といった所だ。

もしもそこに人が入れば、それはまさに私のレイピアの間合いだ。

リンはそんなことに気付く様子も見せずに、入り口に突進した。

 

「これで袋の鼠だ!」

 

彼が威勢良く三節棍を回転させようとしたとき、その端がブロック塀にあたり大きく跳ね返った。

 

「なに!?」

 

気がついたときにはもう手遅れだった。

私は一瞬にして間合いを詰め静かに呟いた。

 

「馬鹿ね……」

 

レイピアのしなりを最大限まで引き出す速さで振り抜き、まずは最初の一撃を彼の左わき腹から右肩めがけて放った。

刀身がしなりによって戻ろうとする力を利用して、今度は右肩から左肩へ、反発するしなりの方向を巧みにコントロールして次に左肩から右脇へ。

そこまで斬りつけて今度はしなりの力を縦方向に利用して、手首の返しだけで喉、両肩、みぞおちをそれぞれ突いた。

かかった時間を数える事は不可能だが、刹那の瞬間と言っていいだろう。

これこそが私の十年以上におけるレイピアの修行の賜物であり、唯一私自身が名前をつけた技『プレシズ・キル』だ。

 

 きっとリンは何かを感じる間もなかっただろう。

彼は小さくうめき声を上げると気を失ってその場に倒れた。

少しばかり手加減をしておいたので死ぬ事はないだろう。

彼の着ていた服はずたずたに切り裂かれ、血に染まり真っ赤になっていた。

鎧すらまとっていないその体では、起きたと同時に激しい苦痛に見舞われる事になる。

 

「一騎打ちを邪魔しようとした報いよ」

 

私は彼に別れの一瞥を送ると遺跡の外へと出た。

レイピアを思い切り振って刀身についた血を払った。

小さくため息をつき、深呼吸をする。

生と死を分かつ境界線から逃れた事に、つかの間の安堵を感じた。

だがルシアの邪魔をしようとしている者はまだいるのだ。

急いでジョアンたちを追わなければならない。

リンとの戦いで思ったよりも時間をくっているのは確かで、いまが何時なのか見当もつかなかった。

 

その時。

 

静かな遺跡群に高く響き渡る金属音が響いた。

これは剣と剣がぶつかり合うときに響く独特の音。

もしやルシアとジョアン達が接触したのだろうか。

それともルシアとヒューイの一騎打ちが始まってしまったのか。

私は姿を隠すことなど諦めて全速で音のする方へと走りだした。

 

 そこでは言葉では形容しがたい戦いが行われていた。

隻眼の女剣士は赤い髪を躍らせながら、手にした二刀の剣をまるで新体操の棍棒のように華麗に振る。

一方東洋の傭兵はカタナと呼ばれる独特の剣で、彼女の攻撃を受けて反撃にでる。

すでにルシアとヒューイの一騎打ちは始まっていたのだ。

 二人の戦いは、唸るような気合の掛け声がなければ、まるで演舞のようだった。

ルシアは二刀流の達人だ。

一方の剣で敵の攻撃を的確に防御し、一方の剣は確実に相手を攻撃する。

彼女の独特の剣術に普通の剣士ならばほとんど太刀打ちできないまま、黄泉の国へと旅立っていく。

だが、ヒューイは違った。

彼は剣術の教科書に載っているようなヒットアンドアウェイを繰り返していた。

まるで流星のような速さで一撃を叩き込むと、すぐさまルシアの間合いから飛び退く。

逆にルシアが攻めようとすれば、たちまち間合いを詰めて彼女が自由に二刀を振れない距離まで近付く。

確かに理想的な攻め方だが、あれでは体力の消費も激しいだろう。

現に汗をうっすらと浮かべているルシアに対して、ヒューイは大粒の汗を額に浮かべていた。

だが呼吸は乱れていない。

これが、彼の本当の実力なのか

私はレイピアを持つ手に、自然と力がこもるのを感じた。

 

 激しい金属音を響かせて一、二合打ち合ってから、彼らはお互いに距離を置いて睨みあった。

ルシアは二刀を上下に構え、ヒューイはカタナを下段に構えていた。

 

「どうした……。この程度でバルドー・ボランキオを討ち取ったとでも言うのか!」

 

ルシアがよく響き渡る声で言った。

それに答えるようにヒューイは唇の端にわずかな微笑を浮かべた。

 

「やれやれ、おっかねえお姉ちゃんだな。だが」

 

言いながら彼はカタナを鞘に収めてしまった。

 

「あんたが確かに騎士だって事が、嫌って程理解できた。だから、ここからはオレも全力でいかせてもらう」

 

その様子を黙って見ていたルシアだったが、怒号一閃、声を上げると猛烈に走り出した。

 

「今まで手を抜いていたとでも言うのか!? 武器を鞘に収めるなど、ふざけるなっ!!」

 

ルシアの右手から放たれた閃光のような一撃が、ヒューイの頭を確実に捕らえていた。

頭が吹き飛ぶ、まさにその刹那の瞬間に、ヒューイの腰間から光が煌いた。

 

ーー何が起きた。

 

光が煌めいたと思った瞬間にルシアの剣は力を失い、ヒューイの肩に浅く食い込んで止まった。

もう一本の剣がくるくると弧を描きながら宙を舞っていた。

 

ーー何が起きた?

 

私にはまったく見えなかった一瞬で、ヒューイのカタナはすでに抜き払われており、その剣先から血が滴り落ちていた。

ヒューイが後ろに飛び退きながら言った。

 

「さすがにやるな。よくあの一瞬で逆の剣をだせたものだ」

 

ルシアは剣を持っていない左手でわき腹を押えていた。

指と指の間から大量の血が溢れていた。

 

「ちっ……。とっさに剣で防御していなかったら、今ごろ上半身と下半身がさよならしていたところだ。東洋の技か」

 

言いながらルシアの声はガラガラと濁っていった。

すでに血が逆流して、喉に絡みついているのがわかった。

ヒューイは落ち着いた声で答えたが、その声はわずかに悲哀を含んでいた。

 

「オレの故郷では『居合』と呼んでいる」

「ふふふ……。恐ろしい男だ」

 

ルシアは溢れ出る脇腹からの流血などまるで無視して、地面に突き刺さった剣を引き抜き再び構えた。

対するヒューイは今度はカタナを左上段に構えているが、そのまま声を荒げて叫んだ。

 

「もうよせ、氷炎のライナノール。お前ではオレに勝てない」

 

ヒューイの口からでた思わぬ言葉に私は戸惑った。

だがそれはルシアも同様であったようで、その顔に困惑の表情を浮かべた。

 

「貴様、何を言い出す。戦いは最後までわからん!」

「オレは戦場以外で人を殺めたくない……。ここは退け!」 

「戯言を……!」

 

ルシアの表情が困惑から怒りへと見る見る変わっていった。

だがヒューイはそれに構わずに続けた。

 

「お前は不動のボランキオの仇を討ちたいんだろう? その傷が癒えて、オレを殺せるだけの技を身に付けたら、今度は戦場で相手をしてやる!」

「それはなんの冗談だ! 貴様も騎士の端くれならば、なぜ堂々と最後まで戦わない!?」

「ここはオレの戦場じゃない! お前の戦場でもない筈だ」

「聞く耳もたん! バルドーが死んだ日から……貴様がバルドーを殺した日から、

私の戦場など最早どこにも存在しないのだ!!」

 

ルシアの絶叫が響いた時、私は彼らの遥か後方に三つの人影を確認した。

ジョアン・エリータスとその取り巻き達!!

なんて悪いタイミングで出てくるのだろうか。

恐らく彼らもルシアとヒューイには気付いているはずだ。

私は何としてもジョアン達の進行を食い止めるべく、レイピアを構えなおし、走り出そうとした。

 

だが、それと同時にルシアが決死の一撃を仕掛けた。

左右の剣を上下から斬りつける、彼女の今持てるすべての力を込めた、死を覚悟した一撃だった。

ヒューイは一瞬、ほんの一秒の半分にも満たない時間で後ろを振り向いてジョアン達の姿を確認すると、何事かつぶやいた。

 

そして

 

カタナを振り下ろした。

 

 その後の事は、実はよく覚えていない。

ヒューイの一撃によって、ルシアの体から鮮血が噴き出し、彼女は音もなく崩れた。

なにやらわめきたてながらジョアン・エリータスがヒューイに近付いていき、ルシアの亡骸に唾を吹きかける。

その瞬間、ジョアンはヒューイの拳を顔面に受けて吹き飛んだ。

呆気にとられる取り巻きのゴロツキ達を無視し、ルシアの亡骸をそっと抱きかかえると、ヒューイはその場を去っていった。

私はその場にへたり込み、ただ呆然としていた。

気がついたときにはすっかり日も暮れており、月明かりが私を照らしていた。

すでにジョアン・エリータスも彼の取り巻き達の姿もどこにもなかった。

私は何をするでもなく、ただレイピアを強く抱きしめていた。

 

夜の遺跡に、啜り泣く声だけが響いていた。

 

 

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