小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
次の日、私は学校を無断欠席した。
長期休暇のときにハンナがアルバイトをしているという花屋で花束を買い、馬車に乗り込んだ。
そのままサンディア岬駅で降りると、潮風の匂いを嗅ぎながら教会へと向かった。
時折吹きぬける強い風が花束の中のカスミソウを揺らしていた。
今日はミサでも開いているのだろうか。
教会からパイプオルガンのくぐもった音が漏れてくる。
弾いているのはシスターだろうか。それともゼールビスか。
もともと好んで会いたい人物ではないが、今日は心底ゼールビスにだけは会いたくなかった。
教会の横を足早に通り過ぎ、その裏の共同墓地へと足を踏み入れる。
月曜の昼間の墓地に死者に会いに来る者などほとんどいない。
墓地の中はひっそりと静まり返っており、聞こえるのは教会から漏れるコード音楽と風の音、そして遠くの波が弾ける音だけだった。
その墓地の一番端の海へと続く断崖絶壁のふちにルシアの墓はひっそりと立てられていた。
そしてその墓の前にあのヒューイが立ち尽くしていた。
ヒューイは黙ってルシアの墓を見つめており、強い風に時折目を細めていた。
私はその後ろにそっと近づいて行った。
「ヴァルファバラハリアンの八騎将を討ち取ったそうね」
私が声を投げると彼はゆっくりと振り向いた。
「ああ」
振りむいた彼はいつもと違って非常に疲れたような顔をしていた。
そしてその目には深い悲しみが刻まれていた。
「気に病む事はないわ」
私は彼の隣に立ち安い墓石で作られた簡素で質素なルシアの墓を見下ろした。
バルドーの仇を討つことが出来ずに異国の地に眠ることになってしまったルシア。
そもそも敵対勢力の騎士の墓が用意された事だけでも、特別な事と言ってもいい。
それでもルシアはきっと激しい後悔の念をもってここに眠っているのだろう。
だがそれはルシアが選んだ道であり、彼女の騎士道の行きつく先だったのだ。
私はその生き方について何かを言える立場ではない。
ただ言える事は、傭兵達の鉄の掟だけだ。
「強いものが生き、弱いものが死ぬ。敗者には生きる権利なんてないのよ」
私の言葉を黙って聞きながら彼は墓石をみつめていた。
私は屈んで花束を添えると目を閉じて十字を切った。
八騎将の仲間であり、友であり、そして姉でもあったあなたを私は決して忘れない。
祈りを終え立ち上がって歩き出そうとしたとき、ようやくヒューイが口を開いた。
「哀しい瞳をした女性だった」
その声はひどく疲れており弱々しかった。
「そう」
「あれは愛する者を失った女の瞳だ」
「戦争をしているのよ。よくある話だわ」
ヒューイは返事をせずまたしばらく黙っていたが、少しだけ悔しそうな声で続けた。
「生きていれば、また誰かを愛せただろうに」
気紛れな海風が強く吹き上げて私の添えた花が何本か宙に舞った。
ヒューイはそれを見上げてつぶやいた。
「なぜ、ライズが花を」
「ヴァルファバラハリアンの八騎将に花を添える人なんて誰もいないと思ったからよ」
「……」
「死んだ者に敵も味方もない。ただ、異国で眠る騎士の慰めに花くらいあってもいいでしょう」
「優しいんだな」
「そんなのじゃ、ないわ」
彼はまた墓石に目を落とすと次いで私の方を見た。
その視線をまっすぐに受け入れる事が出来ず、私は思わず目をそらした。
「傭兵のオレがこんな事を言うのはおかしいが」
私は黙って続きを待った。
「オレは彼女を殺したくなかった」
思いもしない言葉に私は若干の驚きを覚えた。
「どうして。敵将を討ち倒せば、あなたの手柄になるのに」
「戦場で敵を討つのがオレの仕事だ。それは否定しない。だが、戦場でない所では誰も手にかけたくない」
ヒューイの口調は今まで一度も聞いた事が無いほど弱々しかった。
常に冷静沈着で大胆不敵な、常勝無敗を誇る彼らしくなかった。
「それでもオレはあの果し合いに応じなければならなかった」
「なぜかしら」
私の質問にヒューイはきっぱりと言い切った。
「それは、彼女の愛する人を奪ったのがオレに他ならないからだ」
バルドーの顔が脳裏に浮かぶ。
「オレの知り合いにも死んだ男に嫁いだ人がいる。その無念さはきっとオレなんかには想像も出来ないものだろう」
「人の気持ちなんて、本人にしかわからないわ」
「そうだな」
また強く風が吹き、私が供えた花の大半が吹き飛ばされてしまった。
「それでもあなたは一騎打ちに応じたのでしょう。そこで勝ったからこうしている。相手の為にも胸を張るべきよ。それとも見逃した方が良かったと言うの」
私が言うと彼は自虐的に笑いながら答えた。
「一騎討ちの最中に視界の端にエリータスのボンボンを見つけた。あのまま見逃していれば彼女は軍部に捕まり、処刑されただろう」
「それは、そうでしょうね」
「彼女は仇を討ちに敵国に一人で現れ、罠を仕掛けたり待ち伏せをするでもなく、たった一人で一騎打ちを果たすような誇り高き騎士だった。そんなヤツを軍に引き渡す事は出来ない」
「あなたは彼女を殺した事を悔やんでいるの?」
私の言葉に彼は戸惑ったようだった。
さっきから彼の言っている事はただの愚痴に近いものだ
もはや口に出したところで何も変わらないし、何も解決はしないのだ。
だが疲れた顔で微笑んだ彼は、いつものしっかりとした口調で答えた。
「いや、後悔はしていない。一騎討ちに応じた時点で、覚悟はしていたんだ」
「ならば胸を張ることね。以前あなたは私に言ったでしょう。『自信がなければ笑えない』って。今のあなたは笑っているわ」
彼はそう言われた事に驚いたようで、意外そうな顔で私を見た。
「そうか……。オレ、笑っているか」
私が頷くと、彼は何かまぶしいものを見るような視線で私をみつめた。
「ありがとう、ライズ」
私はその言葉によくわからない焦りを感じてあわてて目をそらしつつ、極力そんなそぶりは見せないように努めた。
「れ、礼を言われる筋合いなんてないわ。私は思った事を口にしただけよ」
「それでもいいんだ」
ヒューイはそう言ったが礼を言いたいのはこちらの方だ。
八騎将の仲間であり、友であり、そして姉でもあったルシアを、たった少しの決闘の時間の中で多少なりとも理解をし、バルドーを愛した一人の騎士として、八騎将として逝かせてくれた事には感謝している。
例え敵国の騎士であっても騎士たる者として。
「さて、行くか」
彼はくるりと振り返るとルシアの墓に背を向けてさっぱりとした顔ですたすたと歩き出した。
私は突然の様変わりに呆気にとられながらもその後に続いた。
「腹、減ったな」
「そう」
「昼飯、食ったか」
「今まであなたとここにいたのよ。食べているわけないでしょ」
「それもそうか。じゃあどこかで食事していこうぜ。おごるよ」
私は少し考えた。
今日は学校を休んでいるので寮の食堂も校内の食堂も使えない。
せっかくおごってくれるというのならば、それも良いかもしれない。
「そうね、エルのランチコースなら考えてもいいわ」
「お前なあ。傭兵の給金なんてたかが知れているんだ。ロムロ坂の喫茶店でサンドウィッチだ」
「仕方ないわね。それで妥協してあげる」
「ちえっ、おごるなんていわなきゃ良かったぜ」
そう言って彼は唇の端で笑った。
私はルシアの墓に別れの一瞥を送ると、昼食を食べに彼の横を並んで歩き出した。
さようなら、ルシア。
あなたの無念を胸に私は私の戦場を生き抜く事を誓おう。
ただ今は、ゆっくりと眠ってほしい。