小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【27】ライズと銀髪の剣士

 ルシアが逝ってしまった翌週の土曜。

私はルシアの想いとはどんなものだったのかを想像していた。

バルドーの仇を討つ為に八騎将の地位を捨て、いや、自分の命さえも捨ててドルファンにやってきたルシア。

彼女をそうまで駆り立てたのは、いわゆる『愛』なのだろうか。

自分の積み上げてきたものをすべて捨ててまでも、『愛』とは優先すべき感情なのだろうか。

私の父がヴァルファバラハリアンを率いて、このドルファンにしようとしている事は復讐だ。

父を突き動かしているのは『憎しみ』に他ならない。

私は父を尊敬しているし、敬愛している。

だが、ルシアのバルドーへの感情は私の知っている愛とは、少し違う気がする。

彼女がすべてを捨ててまで貫き通したかった『愛』とは、どんな感情なのだろうか。

気がつくと窓の外は夕闇に包まれており、昼間の一足早い夏の匂いは影を潜めてしまっていた。

土曜の夜の恒例行事の時間だ。

 

 私は食堂へ赴き、手ごろな席を確保してセルフサービスのコーヒーを注ぎに行った。

コーヒーのマグを片手にウィークリートピックスの最新号を取り、席に戻った。

ゆっくりとコーヒーを味わいながら、いつものように一面から記事を読んでいった。

一面を飾っているのはルシアの死亡記事だ。

首都城塞内に忍び込んでいたところを、居合わせた東洋人傭兵に討ち取られたと書かれている。

その東洋人傭兵は八騎将と相打ちになったところに、情報を入手して現場に駆けつけたジョアン・エリータスによって救助され、一命を取り留めて軍部に届けられた、と続いている。

東洋人傭兵が重症を負ったというくだりは軍部に届けた際にジョアンがでまかせを言ったのだろう。

そうしておけば手柄は彼のものだからだ。

東洋人傭兵とは書いてあるもののヒューイの名前はどこにも書いていなかった。

彼がルシアの亡骸を抱えて行ったのは覚えているが、どこに行ったのかまでは判らない。

おそらくそのまま教会に連れて行って弔ったのだろう。

翌日に彼がルシアの墓を参っていたのを考えれば、必然的にそうなる。

ヒューイはそういう男なのだ。

彼との付き合いはまだ一年にも満たないが、少しずつその人間像が見えてきている。

ヒューイ・キサラギという人間は、そういうタイプなのだ。

そこまで読んで深い溜息が出た。

ページをめくる。

月曜日の記事が載っている。

目新しくも無い、ブティックがオープンしたという記事の下に、その記事はひっそりと載っていた。

私は思わずコーヒーを飲む手が止まった。

 

『八騎将の装備品、盗まれる』

 

小さく書かれたその見出しに思わず見入る。

記事によるとルシアの遺体は日曜のうちに焼かれたが、愛用していた剣をはじめとした装備品は軍部の中枢である統合本部に安置されていた。

だが月曜の朝にはその装備品の内、二本の剣がきれいさっぱり姿を消していたというのだという。

犯人の目星はついておらず軍部は内部の状況に詳しい者の犯行とみて捜査を行っているとの事だ。

私は怒りに震える手でカップを置くと立ち上がった。

騎士の剣は、いわば魂だ。

その剣を持ち出すのは、その魂の冒涜に他ならない。

私はトピックスを乱暴にたたんで棚に戻すと部屋へと急いだ。

数分のうちに着替えを済まして外出の用意をした。

万が一の事態に備えてレイピアも用意する。

ルシアの剣を盗んだ犯人に思い当たる人物がいるのだ。

すべての用意が整うと、私は窓からロープを使い学生寮の庭に降り立った。

隠密の隠れ家としては学校の寮は目立たなくて素晴らしいが、唯一の欠点は門限があることだった。

夜気をまとう湿った空気を一呼吸吸い込むと誰にも目撃されていないことを確認して夜の闇にまぎれて走り始めた。

 

 私は夜の闇に紛れながら音も立てずに走った。

八騎将の装備品を盗むなど、金品目当てのコソドロの仕業ではない。

そもそも軍の中枢である軍統合本部にコソドロがおいそれと忍び込むとはとても思えない。

そして、それだけリスクの高い軍統合本部から大して金にならない騎士の剣を盗むべき理由。

それはルシアに個人的な恨みを持つ者の犯行である事を物語っている。

そうなれば必然的に答えは一つ。

あの最低な男の所に違いない。

ルシアとヒューイの一騎打ちを潰すべく暗躍していたあの男は、八騎将の中でも特にルシアを嫌っていた。

それは逆もまた真なりで、ルシア自身もあの男を心底嫌悪していた。

騎士としては潔癖なところのあるルシアがそうなるのはいわば必然と言っていいだろう。

隊の中でも犬猿の仲だっただけに今回の犯人に目星がつくわけだが。

 

 小一時間ほどでサンディア岬駅へと到着した私は呼吸を整えると、教会への道を歩き始めた。

こんな夜半に教会を訪ねる者などいるはずもなく、まったく人の気配のない参道に虫の声だけが響く。

夜の帳の奥で月明かりを反射しおぼろげに教会のシルエットが浮かんでいる。

そんな教会の一室から蝋燭の光が漏れていた。

教会のシスターは以前お茶をした時に教会には住んでいないと話していた。

つまり、この時間にここにいるのは教会の主であるあの男に違いない。

無意識にレイピアを持つ手に力が入る。

あの男からどうやってルシアの剣を取り戻そうか考えながら一歩を踏み出した時、背後に強烈な殺気を感じた私は咄嗟に道の端の木の影へと身を隠した。

闇の中でじっと息を殺していると私が来た道を辿るようにゆっくりと人影が歩いてきた。

この暗さの中でランプも持たずに夜道を歩くなど自殺行為に等しく、それはすなわち私のような特別な訓練を受けた人間である事の証拠でもある。

 その人影は女であった。

私の隠れる木の前を歩いていく女は、月明かりに照らされて神秘的に見えた。

腰ほどまであろうシルバーブロンドの長い髪を私のように後ろに三つ編みにしている。

その髪は闇夜の中でも艶やかに月明かりを反射し、端正で目鼻立ちの整った顔つきに非常によくマッチしていた。

そしてややきつめの目つきに灰色の瞳が強烈な透明感を放ち、まさに絶世の美女と言う言葉が相応しいだろう。

だがその美しい左目の脇から唇の左端の下まで、一本の長い傷跡が走っていた。

鋭く切れ味の良い刃物で切られた痕を強引に縫い付けたようなその傷跡が、端正な顔立ちと反比例して一種異様な雰囲気を持っていた。

彼女はその冷たい氷河のような灰色の瞳で闇を見据えながら、私の前をゆっくりと通り過ぎて行った。

その身なりは高い身長によく似合うグレーのツーピースでかっちりと固められていた。

その右手には私と同じようなレイピアが鞘に収めて握られている。

 

 彼女はそのまま少し歩くと、突如くるりと振り向いた。

そしてレイピアを鞘から引き抜くと、私の隠れている木に剣先を向けると低く落ち着いた声で言った。

 

「何者だ。そこにいるのはわかっている」

 

ややシベリア訛りのまじったルーマン語。

すでに彼女が普通の美しい女性でない事は明白で、やり過ごすことは不可能だと思っていたので、私も木の陰から彼女の方へ姿を現した。

彼女は油断なくレイピアを向けたままこちらをじっと観察していた。

私もレイピアを鞘から引き抜き静かに構える。

正面から見る彼女の顔は本当に美しく、その分その頬の傷跡が余計に醜く見えた。

私は彼女と十分に距離を取っているのを確認してから声をかけた。

 

「あなた、ゼールビスを知っているの」

 

彼女は答えず、かわりに質問を投げてきた。

 

「あいつをゼールビスと呼ぶという事は、お前はヴァルファバラハリアンの一員か」

 

その言葉に私は思わず眉をひそめたが、彼女がゼールビスを知っているという事は間違いない。

 

「ヴァルファの隊員だったらどうだと言うの」

「殺す」

 

吐き捨てるように言うと、的確に喉元を狙った突きを突如としてくりだしてきた。

彼女のレイピアは私のレイピアよりも十五センチは刀身が長いようで、圧倒的に間合いが広い。

だが、だからと言ってそれで不利になるような生半可な鍛練はしていない。

私は三番の構えからそれを防御し、空いている左手で拳を固めると顔面めがけて放った。

彼女の顔面を拳がとらえる前に彼女は素晴らしい反応速度で後方に飛び退いており、またレイピアを構えた。

なかなかの身のこなしだ。

今度は私から斬りつける。

得意の右肩から左脇へと抜ける袈裟斬りだ。

彼女はそれを難なくレイピアの根本で受け止め、私たちは間近でお互いの呼吸を感じていた。

 

「それなりに剣の心得があるようね」

 

私の問いに彼女は低い声で答えた。

 

「卑しいヴァルファの隊員ごときが、軽々しく話しかけるな」

「あなたのお仲間のゼールビスは、ヴァルファ出身でしょう」

「関係ない」

 

彼女はそこまで言って力ずくで私の剣を払いのけた。

どうやら純粋な力比べならば彼女に分があるようだった。

もう一度距離をとった私たちは、お互い静かに得意の構えをとった。

 しかけるタイミングを量り、緊迫した呼吸を感じている時、不意に闇を裂くようにランプの光が揺れた。

 

「おやおや、これはなんの騒ぎですか」

 

ランプを持った男が私たちを照らしながら愉快そうに言った。

忘れようもないその嫌らしい声の持ち主は、ミハエル・ゼールビスその人だった。

彼女はゼールビスの姿を認めると、私に向けたレイピアはそのままに不機嫌そうな声で言った。

 

「何故出て来た、ヴァローナ」

「ふふふ、いえ、剣の打ち合う音が聞こえましたので。それに、その女性は私の知人なんですよ、エレーナ」

 

ゼールビスはこちらを見てニヤリと笑うと、私に向けて剣を収めるよう手で示した。

それに従うのは癪だがこれ以上訳もわからぬ決闘をするのは今日の目的外でもあるので、剣を収める事とした。

私が剣を収めるのを見てエレーナと呼ばれる女も剣を収めた。

ゼールビスは私に向かって満足げに頷いてみせると、大げさなリアクションで教会を指差した。

 

「さあ、ここでは無粋です。教会の中でお茶でも飲みながら話しましょうか」

 

唇の端に含み笑いを浮かべると、ゼールビスはエレーナの腰を抱きながら私の前を歩き出した。

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