小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【28】ライズの敗北

 教会の中は非常に暗く、ゼールビスの持つランプの明かりと、窓から差し込むわずかな月明りのみが頼りだった。

ゼールビスは勿体つけて主祭壇の上にランプを置き、説教でも始めるかのように立った。

かの銀髪の剣士エレーナは信徒席の長椅子の、光が届くか届かないかの際に足を投げ出して座っていた。

その左手には油断無く鞘に納めたレイピアが握られている。

私はなるべくエレーナから対角線となる窓に近く明るい場所で、壁に体を預けながら立っていた。

神聖な教会とは言え、ここはゼールビスとエレーナのテリトリーだ。

ゼールビスならこの場で女性を強姦した上に殺したとしても、次の日にミサを行うだろうし、この銀髪の剣士は私の味方でない事は明らかだ。

エレーナの灰色の美しい瞳が私をきつく睨みつけていた。

私はエレーナとゼールビス、二人に注意を払わなければならないという事だ。

 

「そんなにいがみ合って、初対面でしょうに」

 

ゼールビスはいつもの含み笑いを混ぜた癇に障る声で喋った。

そして私の方をニヤニヤとしながら見て、仰々しくエレーナの方へ手をかざした。

 

「サリシュアン、彼女を紹介しますよ。彼女はエレーナ・ロストワ。遠くシベリアから来ています」

 

私は返事をしなかった。相変わらず二人がどう動くかわからない状況で、神経がピリピリとしていた。

そのエレーナ・ロストワなるシベリアの女が何者かなど、正直どうでもいい。

だが、当のエレーナは不機嫌そうに声を荒げて言った。

 

「ヴァローナ、余計なことを言うな。そもそもこの女は何者だ」

 

もっともな疑問だった。

彼女にしてみれば私はただの不審な女剣士だし、すでに剣を交えているのだから。

ゼールビスは今度はエレーナを見て私の方に手をかざした。 

 

「エレーナ、彼女はヴァルファバラハリアン八騎将の一人、隠密のサリシュアンです。私の同僚と言えますかね、ふふふ」 

「同僚ではないわ。あなたはヴァルファをすでに除名されている」

 

私の抗議などまるで意に介してないように、ゼールビスは不気味に微笑むばかりだ。

この不気味さと爬虫類のような独特のヌルリとした雰囲気に嫌悪感が増すばかり。

私は言葉を続けた。

 

「その除名された裏切り者が、シベリアの美しくも醜いお嬢様とドルファンで何をやっているのかしら」

 

私の質問にエレーナは露骨に機嫌を害して顔をしかめた。

ゼールビスが答える。

 

「お仕事、ですよ。ただ、あなた方ヴァルファバラハリアンにも得はあっても損はないと思いますが」

 

私は答えず、ただ沈黙をしていた。

ゼールビスの言葉を信じるくらいならこの大地を大きな象が支えているという説を信じた方が幾分マシだ。

 

「ですので、サリシュアンとエレーナが剣を交える必要は全く無いのです。それがお互いの為です」

 

そこまで嫌そうに聞いていたエレーナは突然音もなく立ち上がり、私に向かって高く響く声で言った。

 

「お前が何者でも構わないが、これだけは言っておく。私はお前が気に食わない。次に会ったら必ず殺す」

 

それだけ言うと彼女は踵を返して歩き出し、廊下の扉の奥へと消えていった。

私は彼女と気が合いそうにも友人にもなれそうに無かったが、彼女の意見には共感できた。

私もエレーナが気に食わなかった。

それを聞いてゼールビスがまた低く笑った。

 

「すみませんね、躾が悪くて。感情的なのはシベリア人の悪い癖だ」

 

ゼールビスがシベリア人をどう思っていた所で、そんな事はどうでもいい。

エレーナがいなくなった今、本題に入るタイミングは今しかない。

 

「質問がある」

 

私の声に、ゼールビスの眉がピクリと反応した。

ランプの灯りがゆらゆらと私達を照らす。

私は逸る気持ちを抑えて、冷静さを欠かないように聞いた。

 

「ルシアの、氷炎のライナノールの剣はどこだ」

 

その言葉にゼールビスの顔から、一瞬薄ら笑いが消えた。

その一瞬で犯人がゼールビスであった事を確信する。

やはりこの男の仕業だったのだ。

 

沈黙。

 

ゼールビスは感情の宿らない冷たい目で私を見ていた。

そしておもむろに声をあげて笑い始めた。

その笑い声は狂気を孕んでおり、完全に常軌を逸していた。

 

「突然の深夜の訪問、何事かと思えばそんな理由だったんですね、サリシュアン」

「そんな理由、だと」

 

私はレイピアをゆっくりと引き抜き、ゼールビスに向けて構えた。

 

「剣は騎士の魂。返してもらう」

 

ゼールビスはいつの間に取り出したのか、例の司祭杖を右手に携えていた。

 

「騎士の魂、大いに結構です。ならば尚更あなたにはお返し出来ませんね!」

 

顔に気味の悪い笑いを貼り付けたまま、突如主祭壇を飛び越えると、司祭杖でするどい突きを放ってきた。

私はそれを横に飛びかわすと、レイピアを構えつつ間合いを計った。

 

「サリシュアン、あなたもご存じの事と思いますが」

 

ゼールビスは日曜のミサの最中のように声高らかに喋りながら、私を追いかけつつま数度突きを入れてくる。

彼の放つ突きはどれも急所を狙った必殺の一撃で、油断すれば致命傷になりかねない。

だが、私はまさにこういう日の為に鍛練を積んできたし、それをレイピアで防ぐくらいわけもない。

ゼールビスは暗い目に笑いを浮かべたまま、攻撃の手を休めずに狂気的な声を上げた。

 

「私がヴァルファバラハリアンの中でも浮いた存在である事は、もちろん自覚しています。ですが、それなりの実績があって八騎将になったのです」

 

私はその攻撃を受け流しながら、距離を取りつつ言葉を返す。

 

「戯言を! お前がミーヒルビスの甥でなければ、八騎将になどなれるはずもない!」

「軍団長の娘の貴方にだけは言われたく無いですね! サリシュアン!」

 

ランプの弱々しい光と、教会の中という動きづらい空間での戦いは想像以上に精神力を必要とした。

その中で獲物を狙う爬虫類のようなゼールビスの殺気は、恐怖を感じるほどに鋭く、暗いものだった。

 

「私は実力で地位を勝ち取ったにも関わらず、他の八騎将は私を認めず軍議でもよく無視されたものです!」

「当たり前でしょう。八騎将は誇り高き騎士の集まり! あなたの様な下劣な男、誰が認めると言うの」

「誇り高い! 笑わせてくれますね、あなたのような親の七光りに、昨日まで赤子だったような若造、そして愛だ恋だにうつつを抜かす剣士たちが?」

「少なくともあなた以外は皆騎士の信念をもっているわ!」

「その信念とやらでメシが食えるのですか。愛だ恋だで敵が死んでくれるのですか!」

「信念も持たずに戦う者を私は信用しない!」

 

五、六合打ち合い、お互いまた距離をとって対峙した。

すでに私は肩で息をしており、じっとりと汗をかいていた。

それはゼールビスも同じようで激しく肩が上下していた。

八騎将同士が剣を交える事など普段はありえない。

驚くほどに実力が伯仲しているのを肌で感じていた。

だが、それは逆にこの男の騎士としての実力が、ルシアやボランキオ達には到底届かない事の証左と言える。

潜入捜査を主とする私よりも、戦場を主とする彼らの方が強いのは間違いない。

こんな男に、ルシアの魂が汚されると思うと無性に腹が立った。

 

 お互い呼吸を整えるべく距離を置いた時、ゼールビスが冷たい声で言った。

 

「私と互角の戦いをしている……。なんて思っていないですか、サリシュアン」

 

そう言ったゼールビスは、両手で構えていた武器を下げ、右手に持ち直して司祭杖本来の使い方のように床に立てて見せた。

完全に隙だらけの状態だが、この男が無策のはずがない。

私はレイピアを構えたまま静かに攻撃のタイミングを図る。

 

「もしも互角だと思っているとしたら、それは大きな間違いです」

 

彼の左手が司祭服の懐に入った。 

何が出てくるか。

ゼールビスならばここで飛び道具を出しても驚きはしない。

しかし、彼が取り出したのは小さな円筒状の黒い箱だった。

 

「ふふふ」

 

不気味な笑みを浮かべ、彼はそれを無造作に床に落とした。

 

その瞬間。

 

その筒がまるで正午の太陽のように光り輝き、教会中が突如真昼のように光で埋め尽くされた。

 

「せ、閃光弾!?」

 

気付いた時にはすべてが遅かった。

一瞬で目の前が真っ白に染まり、目が役に立たなくなった。

本能的に危険を感じ反射的に横に飛び退きつつ、転がりながら何かの陰に身を潜めようと回避行動をとる。

だが、受身を取って左手を床に着いた時、燃えるような痛みを感じた。

 

「っ!?」

 

こらえたもののわずかに声が漏れる。

左手が、いや、左の手の平を動かそうとしても、何かに縫い付けられたようにその場から動かなかった。

手袋の中で液体が溜まるのを感じ、出血しているのが解った。

目がまったく機能しておらず自分がどういう状況なのかわからない。

ただ、左手の激しい痛みと動けない現状、間違いなく危険だという事だけはわかる。

立ち膝で迎撃態勢だけは取ろうとした時、耳元のすぐそばでゼールビスの声が響いた。

 

「油断しましたね、サリシュアン。あなたの負けです」

 

その声に全身に鳥肌が立つのと同時に、言い知れない嫌悪感と絶望感が体中を駆け抜けた。

左手が焼けるように痛み、気分が悪く、冷や汗がとめどなく出てくる。

激しい吐き気と言い知れない悪寒で、自分が軽いショック症状なのがわかった。

冷静さを失ってはいけない。それだけを自分に言い聞かせるようにし、レイピアを持つ右手で周囲を警戒する。

だが、おかしな事にゼールビスは追撃をしてこなかった。

次第に目が機能を取り戻していき、自分の左手が教会の床に司祭杖で串刺しにされて縫い付けられているのがわかった。

そしてゼールビスは私のすぐ脇に立ち尽くし、床に磔となっている姿を冷たい目で見降ろしていた。

 

「残念ですよ、サリシュアン。あなたのいう騎士道とやらが助けてくれないようで」

 

勝ち誇ったゼールビスの声に私はよりいっそうの嫌悪感を募らせた。

 

 私は身動き一つとれずにいた。

司祭杖を引き抜き、一刻も早くこの場から逃げるべきだが、ゼールビスが易々と見逃すとは思えない。

ゼールビスは私を見降ろしたまま、何かに取り憑かれているかのような声で言った。

 

「サリシュアン、なぜ私がライナノールの剣を盗んだかわかりますか」

 

私は答えず、左上腕部にハンカチを強く巻き、僅かでも止血につとめた。

 

「私は、あなた達のような騎士道精神というなんの役にも立たない精神論派の連中が心底嫌いです。その中でも氷炎のライナノールだけは特に嫌いでしてね」

 

激しい痛みに意識が持っていかれそうになるのを必死で堪えつつ答える。

 

「ルシアもあなたが嫌いだったと思うわ。ちょうど良かったわね」

「おや、なかなかタフですねえ」

 

ゼールビスは神に祈りを捧げるように、ステンドグラスを見上げた。

 

「あの女は愛だ恋だに生きているくせに、実力で地位を勝ち取った私をまるで蛆虫でも見るかのような目でみていました」

 

彼はおもむろにこちらを振り返ると、何の予備動作もなく無造作に司祭杖を床から引き抜いた。

 

「ぐぅっ!?」

 

一瞬意識が飛びそうなほどの強烈な痛みを感じ、続いて抑えるものがなくなり血が溢れ出した。

そんな私を彼はサディスティックな笑みを浮かべたまま見ていた。

 

「私は確かに工作活動や爆弾を使った罠が得意ですけれどね、結果がすべてではないでしょうか。一騎打ちだろうが、爆破テロだろうが、相手を殺すという結果が。現にこうやってあなたは私の罠の前に醜態をさらしているわけですし」

 

私は急な失血で今にも飛びそうな意識の中、必死に傷口の止血をこころみた。

 

「もっとも」

 

ゼールビスは私から視線をはずし、またステンドグラスの方を見ていた。

 

「もはやライナノールへの個人的な感情はすっきりとしています。あなた達騎士の魂とやらは二度と帰ってこない」

「ルシアの、剣を、どうしたの」

 

私の言葉には力が無く、言葉が切れ切れにしか発音できなかった。

 

「しかるべき方法で処分しましたよ、しっかりとね」

 

そう言ってゼールビスは声も高らかに笑った。

そして、私の隣に膝をついた。

 

「今回の戦争、あなたのお父様の敗北でしょうね」

「そんな、事は、無いわ」

「ふふふ、まあいいでしょう」

 

ゼールビスは立ち上がり、玩具に興味を失った子供のような目で私を見ると、奥の扉のほうへと歩き始めた。

 

「また会いましょう、サリシュアン。あなたにはまだ役に立っていただきたいと思っていますので」

 

そう言い残し、彼は扉の奥へと消えた。

私は敗北の事実に激しい悔しさを感じつつも、なんとしてでもこの場を離れ生き残らなくてはならないとう焦燥感に駆られながらレイピアを杖にして立ち上がろうともがいた。

とにかく今は傷の手当てをしなくてはならない。

 

 おぼつかない足取りで立ち上がった私は、多量の失血で血圧が極度に下がっており、それだけで目の前に星が散った。

どうにか教会の外に出てサンディア岬駅にたどり着いた時には、すでに視界の殆どが暗くなり意識は朦朧としていた。

今は何時だろうか。

まだ馬車の営業時間だといいのだが。

馬車の待合所で、一台だけ客待ちをしているのが見えた。

御者がこちらに気付き、声を投げてきた。

 

「お客さん、乗るのかい」

 

よく響くその声は、女のものだった。

女性御者なんて珍しい、等とくだらない考えが頭をよぎる。

 

「乗る、わ」

 

私の声は自分でも驚くほどか細く、御者には届かなかっただろう。

足が前に進まない。

壁にもたれ、自分の体がずるずると崩れて行くのを感じた。

 

「おい、あんた大丈夫か!」

 

御者がこちらに駆け寄ってくるのが、視界の片隅に映った。

 

「おい、しっかりしろ! おい!」

 

その声を最後に、私の意識はぷっつりと途切れた。

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