小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第四章 宿命の王女
【29】白衣の天使と不良御者


 それは、非常に美しい光景だった。

春の暖かな日差しと木の芽の匂い。色とりどりに咲き乱れる花たち。

鳥たちがさえずりあい、頬を撫でる風は優しく甘い。

懐かしの祖国スィーズランドの我が家。

庭いっぱいに広がる沢山の花の絨毯。

私はその花の中に座って、シロツメクサで冠を作っていた。

すぐ近く木陰のテーブルで、お母様が優しい笑顔でこちらを眺めながらお茶を飲んでいる。

その脇にはミーヒルビスがやはり同じような優しい顔で私を見ている。

ああ、ミーヒルビスの目がまだ見えている。

 

いつか見た風景。

 

これは私がまだ三つか四つか、その頃だったと思う。

私は出来上がったシロツメクサの冠を高く掲げると、後ろを振り返った。

そこには笑顔で両手を広げるお父様の姿があった。

私は駆け出し大好きなお父様の大きな腕に飛び込もうとした。

せっかく作った冠だ。お父様には冠が似合うのだから。

だが走り出そうとした時に急に足がもつれ、転んでしまった。

左手を着いた瞬間、激痛とともに手の甲から血が溢れ出す。

 

「お、お父様!」

 

そう叫び顔を上げると、ゼールビスがいやらしく笑っているのが見えた。

 

 その瞬間に私は目を見開いた。

すぐに目に映ったのは先ほどまでの色彩豊かな世界とはまったく真逆で、白一色の何の変化もない無機質な天井の風景だった。

そして、この無機質な風景が否応なしに現実の世界に私を引き戻してくれた。

そうだ。

私はゼールビスとの戦いで負傷し、命からがら教会から撤退し、馬車を探した駅で気を失ってしまったのだった。

自分がどこにいるのか、どんな状況なのか。

起き上がろうと思い無意識に左手を動かそうとすると信じられない激痛が走ったのと同時に、体中にこわばりを感じて普段通り動くのはとても無理そうだった。

視線だけ動かし回りを確認すると、そこは小さな個室の中であった。

私は簡易なベッドの上に寝かされており、脇にある点滴台から伸びた管が左腕に繋がっている。

左手は手首のあたりから先が包帯でグルグル巻きにされていた。 

自由になる右手をもぞもぞと動かして痛みと戦いながらどうにか上半身だけを起こし、改めて部屋を見渡した。

簡素で飾り気の無い部屋で装飾品は何もない。

調度品らしきものも、私がいるベッドとその脇に小さな椅子、ベッド横のシンプルな机のみ。

だが一面のなんの変哲もない白い壁は清潔感があった。

窓が開いており、夏の日には珍しい風がそよそよとこれまた白い色をしたカーテンを揺らしていた。

病院の病室に間違いない。

ベッド横の小さな机の上に血で汚れた私の服が綺麗にたたまれて置いてあった。

そこで初めて自分が患者用の白衣を着ているのに思いが至った。

 

「……無様ね」

 

私は不意に訪れた悔しさと情けなさで思わず自分に対してつぶやきつつ、レイピアを探した。

見渡せる範囲には見当たらない。

確か杖代わりにレイピアを使っていたはずなので、ゼールビスの手に渡ったとは考えづらい。

そこまで考えた時ノックも無しに入口のドアが開いた。

 

「あら、気がつきましたか」

 

私の姿を確認するなりノックもしなかった非礼も詫びずに入ってきたのは、どうやら看護師のようだった。

茶色いウェーブのかかったセミロングの髪が軽やかに揺れる女性。

私を見るその瞳は優しげで儚げで、清冽な清潔感を放ち、そして慈愛の天使である事を主張するかのような明るい笑顔で私を見つめた。

その慈愛の天使の後に続いて、背の高い女性が入ってきた。

そちらの彼女は銀色の髪を伸ばしているが、面白く特徴的な髪型で、まるで寝癖のように撥ねていた。

バンダナを額に巻き、慈愛の天使とは対照的に厳しく鋭い目をしている。

着ている服の特徴と、わずかな記憶の片鱗から、彼女は気を失う直前に見た馬車の御者だろう。

看護師は慣れた様子で点滴の具合を確認すると、私の顔を覗き込んだ。

 

「気分はいかがですか」

 

私は軽く首を振って見せた。

 

「あまりいい気分というわけでは無いわね。少し、喉が渇いたわ」

「わかりました。今お水を持ってきますので、ちょっと待っていて下さい」

 

そう言って看護師は笑顔を絶やさずに部屋をでていった。

残されたのは私と御者の二人きり。

私は改めて御者を見た。

御者の方も私を見て、わずかに微笑んだ。

 

「気がついて良かった。あのまま死なれちまったら、オレの馬車が疑われちまうからな」

 

オレ、などと妙な一人称を使っているが、声は女性に間違いない。

 

「あなたが私を運んでくれたのね。一応御礼を言っておくわ」

 

私の言葉に彼女は軽く口笛を吹いた。

そしてにんまりと笑った。

 

「いいね、あんた気に入ったよ。オレはジーン・ペトロモーラ」

「ライズ・ハイマーよ」

 

彼女は別段いぶかしむわけでもなく、サラリとした口調で話し続けた。

 

「あんたが持っていた剣は、オレの馬車に隠してある。病院に見つかると何かと面倒だからな」

 

その言葉に、私は安堵のため息をつきたくなるほど安心した。

ルシアのそれは救えなかったが、剣は騎士の魂なのだ。

 

「ありがとう、助かるわ」

「あんた、何かワケありなんだろ? オレはフェンネルから乗せたと言ってある。あとは適当にごまかしな」

 

私は同意の印に軽く頷いてみせた。

全くの偶然で出会った馬車だったが、思いのほか当たりだったのかもしれない。

 

「お待たせしました!」

 

そこに、さっきの看護師が水の入った銀のポッドを片手に明るい声で戻ってきた。

ジーンは壁際にもたれながら、私にウィンクをした。

 

 看護師はテディー・アデレードと名乗り、私が夜中に急患としてジーンに担ぎこまれたと説明した。

 

「顔色が少しよくなりましたね。かなりの出血だったんですよ」

 

テディーは私の顔を覗き込みながら心配顔で言った。

その合間にも器用に点滴の後処理をしている所を見ると、見かけによらず出来る看護婦なのかもしれない。

 

「でも、一体何事ですか? 手の平を貫通する刺創なんて。こんなひどい怪我、なかなか見ませんよ」

 

私はジーンに目配せをした後に、平然と答えた。

 

「学校の寮の柵に手をついてしまったの……。ちょっと門限を過ぎていたので、忍び込もうとしてね」

「まあ!」

 

テディーは別段疑うそぶりも見せずに、怒ったように続けた。

 

「もう、無茶しないでください! 一歩間違って神経を傷つけてしまったら取り返しがつかないんですからね」

 

と、言う事は神経は傷ついていないという事だ。

 

「怪我の状況はどんな感じなのかしら」

 

私が聞くと、テディーはため息まじりに説明してくれた。

 

「左手の刺創は幸いにも神経や重要な血管を避けていたので、重篤な後遺症などは残らないでしょう。でも、本当に気をつけてくださいね。一歩間違えば、一生左手の指が動かなくなったかもしれないんですから!」

 

テディーの口調は真面目で熱を帯びており、本気で心配しているようだった。

 

「そうね、肝に銘じておくわ」

「当たり前です! 傷口の経過観察で、最低一週間は入院していただく事になりますので、保護者の方に連絡をとりたいのですが」

「保護者? 私は留学生なので身元引受人がいるわ。それでいいかしら」

「結構ですよ」

 

私は父の部下の連絡先を教え、テディーはそれを綺麗にメモにとった。

以前サウスドルファンのバーで話をした彼が、ドルファンでの私の身元引受人を演じている。

彼ならば学校への言い訳や、その他のわずらわしいやり取りも安心して任せておける。

命の危険もないし、左手も多少の時間はかかっても無事がわかった。

そうならば、ここでベッドに横になっているのも非生産的だ。

 

「もう、歩いていいのかしら? 少し散歩をしたいのだけれど」

 

私が言うとテディーは飛び上がらんばかりに驚いたが、顔を曇らせつつも首を縦に振った。

 

「病院の敷地内だけにしてくださいよ。決して軽い怪我じゃないんですからね」

 

私は同意の印に頷いて見せると、テディーの手を借りて立ち上がった。

別に一人でも立てたのだが、彼女はすかさず手を差し出したので大人しく従った。

テディーは車椅子を用意すると言ったが、私はそれを断り、病院内の中庭へ向かった。

その横をジーンが頭の後ろで手を組みながら、素知らぬ顔でついてくる。

一歩歩くごとに体中に鈍痛が走り、頭もクラクラとしたが、生きている事を実感するにはちょうどいい刺激だ。

この痛みと左手に残るであろう傷跡は、この不覚を取った事への戒めと、ゼールビスへの憎しみを決して忘れないように刻み付けてくれる事だろう。

 

 普段なら三分とかからない距離を、十分ほどかけて中庭にたどりついた時には、不覚にも息が上がっていた。

小さな噴水のわきにベンチがあり、私はそこに座って呼吸を整えた。

私の横を黙ってついてきていたジーン・ペトロモーラは隣には座らず、噴水の脇に立っていた。

 

「それで」

 

彼女は回りに人がいないのを確認すると、静かな声で話始めた。

 

「結局あんたは何者なんだ? ただのドルファン学園の生徒ってわけじゃないだろう」

 

ジーンの目は真剣で、じっと私を見つめていた。

私は目をあわさず、あえて軽く微笑んだ。

 

「ただのドルファン学園の生徒よ」

 

ジーンは不服そうに大きく舌打ちをすると背を向けた。

 

「まあ、どうでもいいけどな。あんたが何者だろうと、病院までの馬車代をきっちり払ってくれれば」

 

私はその回答が気に入った。

 

「わかったわ。訳有りのドルファン学園の生徒よ。ただ、騎士である。それだけよ」

 

ジーンは振り返り皮肉な笑みを浮かべたが、もう不愉快そうな感じは無かった。

 

「あんた、面白いよ」

 

私は肩をすくめてみせた。

 

 その後病室に戻り、入院用の書類にサインをし、ジーンに身元引受人の男の住所を教えた。

私のレイピアを届けてくれるというので、謝礼をはずむように手紙を添えた。

ジーンが仕事に戻り、テディーが部屋を出て行った時にはすっかり午後になっていた。

ようやく落ち着いて一人で考える時間ができた。

ゼールビスの罠にまんまと引っ掛かり、大切な物を取り返すことが出来なかった。

もっと力をつけなければ、八騎将の誇りも、仲間の魂も救う事が出来ないのだ。

自分の未熟さを文字通り痛感したわけだが、命をつなげたのは幸運だった。

あの場でゼールビスに殺されたとしても、おかしくない状況だった。

だが、彼はそうしなかった。

あえて私を生かした事に、何か理由があるはずだ。

最後に私に役にたってもらう、と言った言葉も気になる。

あのテロリストは何を企んでいるのか。

シベリアの女剣士は何の目的でドルファンにいるのか。

考えても結論が出ない事ばかりだ。

まずは早急に傷を癒し、自由に動けるようにならなければ情報収集もままならない。

回復こそがまずは一番重要なのだ。

私は深いため息をつくと、ベッドにもぐり目を閉じた。

まるで泥のように眠り、今度は夢も見なかった。

 

 

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