小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【30】ライズとカナリアの深窓令嬢

 退屈な入院生活は三日目を迎えていた。

その日は朝から雨が降っていて静かな日だったが、夕方前に私の病室は途端に騒がしくなった。

ソフィアとハンナが放課後の時間に見舞いに来たのだ。

何を勘違いしたのかソフィアは目に溢れそうなほどの涙を溜め、大きな花束を抱えてきた。

ハンナは病室に入るなり一方的にまくしたてて、死ぬなとか、気をしっかり持てと声を上げた。

私はうんざりしつつも命に関わるような怪我ではない事を説明し、二人はようやく落ち着いてくれた。

さっきまでの調子が嘘のように、ハンナはいつもの明るい声で笑った。

 

「いやあ、良かったよ! 大した事無くてさ。いきなり入院したって聞いたときにはボク、心臓が止まりそうだったよ」

「早とちりもほどほどにしてもらいたいわね。そもそも入院なんて大げさなのよ」

 

私の言葉にソフィアが珍しく声を荒げた。

 

「駄目です! お医者様が入院した方がいいって言うなら、それは入院してしっかり治さなきゃ!」

「そうね。でも本当にもうなんとも無いのよ。感染症だって三日もすればもう大丈夫よ」

「駄目です。何かあってからじゃ遅いんです。私達、本当に心配したんですよ」

 

私はこの状況にいささか戸惑っていた。

戦場にいる時は怪我なんてものは日常茶飯事だし、治療もままならない事が多いし、誰かが心配してくれる事もない。

だが、今ここでは適切な治療を受けて清潔な病室で清潔なベッドで休み、二人の女性が私を心配しているという。

決して慣れるような事では無いと思うが、少しの居心地の悪さを感じつつも、悪い気はしない。

その後、ソフィアとハンナは病院の面会時間ギリギリまで居座り、他愛も無い話を喋り続けた。

私は騒がしいのは好きではないし、ここは病院なので静かにしてほしいところだが、何故か彼女達を無下に扱う事も出来ず、結局夕方まで二人と過ごす事となってしまった。

 

 二人が帰った後ようやく静かになった病室は、どこか広く感じる。

何となしに寂しげではあるが、少なくとも静かではある。

雨上がりの夕方の風が窓から流れ込み、カーテンを揺らした。

部下が持ってきた暇つぶし用の小説、アルベルト・ジャンベルグ著の『真旅行記』の最終巻でも読もうかとページをめくった時、開けたままの窓辺に一羽のカナリアが飛び込んできて止まった。

美しい黄色い毛並みの小さなカナリアは、私の顔を見ると小さな首を傾げて美しい声で鳴いた。

こんな所にカナリアなど、どこかのペットが逃げてきたのだろうか。

そのカナリアは人慣れをしているようで、私の前から逃げ出そうとはしなかった。

しばらくその美声に耳を傾けて楽しんでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

どうぞ、と声を投げると、ごく控えめにドアが開き一人の女性が現れた。

 

「あの、すみません。こちらに鳥が、カナリアが迷い込んでいませんか」

 

その女性は今にも消え入りそうな細い声で言った。

彼女は一目でわかる、一種の気品を纏っていた。

太陽の光を知らぬような真っ白な肌は健康的というよりも病的な程白く、澄んでいる。

腰に届きそうな長さの豊かな金髪は癖が無くまっすぐに伸びており、前髪を眉毛の辺りで切り揃えていた。

大きな丸い眼鏡をかけており、高級そうなレースのついた絹のワンピースが避暑地のお嬢様といった印象を与える。

一瞬だがどこかで見たような既視感を感じる。

 

「この子の事かしら」

 

私は窓辺でさえずっているカナリアを見た。

彼女はその視線に気付くと、あわてて後を振り返って言った。

 

「グスタフ、いたわ!こっち、早く!」

 

彼女の後ろから燕尾服を着た一目で執事とわかる初老の人物が部屋に入ってきた。

 

「失礼致します、ミス」

 

彼は一切無駄の無い静かで流れるような動きで私の横を通り抜け、カナリアに恐怖心を与える事も無く素早く鳥篭を用意すると、窓辺の鳥を篭の中へとしまった。

そして再び私の方に目を向けると、深々と頭を下げた。

 

「突然の無礼、誠に申し訳ありません。ペットが逃げてしまいまして、貴女の部屋へ失礼した次第でございます」

 

私のような女子供相手に、なんと丁寧な態度だろう。 

いや、もしかしたら私が年相応に見えないのかもしれないが、今はそれはどうでもいいことだ。

 

「かまわないわ」

 

私が声を投げると、執事から鳥篭を受け取ったお嬢様は目に涙を浮かべながら震える声で言った。

 

「すみません、とても大切なカナリアだったんです。ああ、メビウス、よかった……」

 

たかが鳥に、随分大層な名前までつけてご苦労なことだ。

動物を愛玩する事に私は意味を見つけられないが、彼女にとっては大きな存在なのだろう。

 

「さ、お嬢様。こちらの方のご迷惑になります、自室に戻りましょう」

 

執事に促がされたお嬢様は私にもう一度頭を下げて部屋から出て行った。

 私はその二人を見送り、突然の来訪者が去って再び静かになった部屋で今のお嬢様に感じた既視感について考えていた。

最近見た人間ではない誰かに雰囲気というか、纏っている気品が似ている気がする。

目を閉じて数秒思い起こしているうちに、ふと思い当たった。

プリシラ・ドルファン。

クリスマスの夜に見た、あのプリシラ王女と雰囲気が良く似ていたのだ。

執事までつけたカナリアのお嬢様という事は、どこかの貴族に違いない。

ドルファン王家の縁の者だろうか。

そこまで考えたとき、再びドアをノックする音が聞こえた。

やれやれ、今日は千客万来だ。

先ほどと同じように声を投げると、先ほどとは打って変わり力強くだが上品にドアが開いた。

そしてやはり一切無駄の無い動きで、先ほどの執事が一人で入ってきた。

 

「先程は大変失礼いたしました、ミス」

「ライズよ。ライズ・ハイマー」

「失礼致しました、ミス・ハイマー。私はピクシス家にお仕えしております、グスタフ・ベナンダンディと申します」

 

私はわずかに左手の傷が引きつるのを感じた。

ピクシス家と言えばまさにドルファンの中枢、王室議会の中心旧家の両翼の一端だ。

ソフィアの許嫁のジョアン・エリータスのエリータス家と対になる貴族の中の貴族と言っていい。

 

「それで」

 

私は極めて平静さを維持しつつ、言葉を続けた。

 

「そのピクシス家の執事さんが、私に何の用かしら」

 

グスタフは美しく直立したまま、思いもよらない意外な言葉を吐いた。

 

「先程のお方はセーラ・ピクシス様と申しまして、胸の病を患っております。ハイマー様にセーラ様の友人になっていただきたく、お願いに参りました」

 

あまりにも素っ頓狂な言葉に、思わず確認をしてしまう。

 

「友人と言ったのかしら」 

「はい。友人と言っても、何と言いますか……。そう、話し相手になっていただきたいのです」

 

 

 次の日。

体中を巡っていた軋むような痛みは、ようやく収まる気配を見せてきた。

体が回復すれば退院できると思うと、体中に力がみなぎる感じがする。

そんな気持ちの充実を感じる中、何故か私はピクシス家の御令嬢と無駄話をするべく、彼女の病室を訪れていた。

彼女、セーラ・ピクシスはベッドの上で半身を起こしながら、鳥篭の中のカナリアを見ていた。

私はベッドの横の来客用の丸椅子に腰掛けてそれを眺めていた。

 

「すみません、ライズさん。グスタフが無理を言ったみたいで……」

「構わないわ。私も入院中の暇を持て余していたところだったから」

 

暇を持て余していたのは本当だが、ピクシス家のお嬢様の暇つぶしに付き合うのは遠慮したい。

だが、曲がりなりにもドルファンの政治の中枢、ピクシス家の人間だ。何か有益な話が聞けるかも知れない。

そう思わなければこんな事はしない。

 

 昨日私を訪ねてきたグスタフ・ベナンダンディの依頼内容は、要約するとだいたいこんな内容だった。

セーラは幼少時より心臓の病気を患っており、学校に通ったりすることも出来ずにずっと自宅療養を続けてきたという。

それ故に、人と話をする事が苦手で、非常に人見知りかつ奥手で引っ込み思案。

たまたま検査入院で病院に来ていたところにカナリアが逃げ、セーラと年齢の近い私を見つけ、彼女の話し相手兼人見知りの主治医として抜擢したと言うのだ。

 セーラはグスタフに私を紹介されると、少し怯えたような目でこちらを見ていた。

この部屋に来てしばらくの間はお互いほぼ沈黙を守っていた。

私は自分から話をするようなタイプでは無いし、彼女の人見知りは流石に堂に入った物であった。

だが、ベッドサイドのテーブルに乗っていた本のタイトルが、私も読んでいる『真旅行記』だった事を指摘すると、セーラは水を得た魚のように嬉々として話しを始めた。

深窓の令嬢はカナリアと本だけがお友達、といったところだ。

そんなセーラを脇目に、カナリアが美しい声で鳴いた。

セーラはそれを、目を細めながら愛おし気に聞いていた。

 

「随分大切にしているのね、そのカナリアを」

 

私の言葉に彼女はこちらを見ると、とても穏やかに微笑んだ。

 

「メビウスという名前なの。可愛いでしょう、とても賢い子なんです」

 

私は黙って頷いた。

黙って頷けば気持ちは無くても、肯定として勝手に解釈してくれるはずだ。

セーラは私の行動にはあまり興味が無いようで、再びカナリアに視線を戻すと悲しげにうつむいた。

 

「この子はもともと兄が飼っていたんです。とても可愛がっていたのに」

 

私は再び頷いた。

今度の頷きは続きを促がす頷きだ。

とても上品な振る舞いなのは言うまでも無い。

さあ、お話し好きなセーラ、続きをどうぞ。

しかしセーラはこちらの頷きを見もせずに話しを続けた。

まあ結果は変わりない。

 

「兄は五年ほど前、何も言わずに家を飛び出しました。前からおじい様と折り合いが悪かったけれど、ある日突然、私に何も告げずに家を出てしまった……」

 

そこまで言って、セーラは悲しみを反芻しているようだった。

一つ一つの動作が大げさで、まるで役者が演じているかのようだ。

彼女の丸縁の眼鏡に、大粒の涙がポタポタと落ちた。

 

「兄はとても優しい人だったんです。私の病気をいつもとても心配してくれていて」

 

私はまたも黙って頷き、同情の意を示した。

今度はセーラも私を見ていた。

もしもセーラの家がピクシス家の本家ならば、兄の失踪はピクシス家の一大事であろう。

だが、ドルファン王室議会でのそんなスキャンダルは聞いた事が無い。

セーラのピクシス家は分家なのかも知れない。

しかし、スキャンダルとは総じて隠蔽されるものであるし、それについて調べてみてもいいかも知れない。

セーラは声を押し殺して、しばらくめそめそと泣いていた。

私は彼女が落ち着くまでそっと肩に手をかけていた。

 

「ごめんなさい、なんだか恥ずかしい所をお見せしちゃって」

 

セーラは無理に微笑んだ。

私は何もかもわかっているわ、と黙って頷いた。

非常に便利な所作だ。

 その後小一時間ほど彼女のとてもロマンティックな兄自慢に付き合わされて、私は壊れたおもちゃのように頷きを繰り返した。

最終的には、明日もまた来る事を約束をさせられてようやく部屋を出られた。

廊下にはグスタフ・ベナンダンディが微動だにせず、美しく立っていた。

私が出てくるのに気付くと、優しげに微笑み、

 

「ありがとうございます、ミス・ハイマー」

 

と丁寧に頭を下げた。

彼の動きは一挙手一投足において全く無駄がなく、それでいて一切の隙も無い。

訓練されたものだけがとる事の出来る行動であり、ただの初老の執事というだけではない。

ただ、ピクシス家の執事ともなると、それだけの事を求められるのかも知れない。

私は明日も来る事をグスタフにも伝え、自室に戻った。

私に兄弟はいないが、あそこまで熱烈に愛する事ができるものだろうか。

どちらにしろ、セーラ・ピクシスは非常にロマンチストである事は間違いない。

 

 

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