小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
次の日は朝から眩しい日差しが窓から差し込み、夏の訪れを感じさせる暑い日だった。
午前中にセーラの病室を訪れた時、彼女はあまり体調が良くなかった。
急に暑くなったからと本人は言っていたが、検査入院で具合が悪くなっていたら世話は無い。
私は夕方にでもまた来ると申し出たが、セーラは頑なに今がいいと言い結局二時間ほど話をした。
彼女の話は他愛の無い内容がほとんどで、最近読んだ本の感想や、今日見た夢の話、もしも健康になったらこんな場所に行って見たいなどそんな事が主だ。
私はドルファンに来てからというもの、人の話をさも興味深げに聞いているふりがどんどん上手くなっている気がしていた。
結局二時間かけて聞けた有意義そうな情報は、彼女の兄の名前がカルノー・ピクシスだという事だけだった。
ため息まじりに部屋を出ると、そこにはかの丁寧な執事のグスタフ・ベナンダンディが廊下に立ち尽くしていた。
「ありがとうございます、ミス・ハイマー」
彼は深々と頭を垂れたが、髪型から服装まで一切乱れる事がなかった。
私はこの完璧な執事を警戒すると同時に非常に興味を持っていた。
いくら名門ピクシス家の執事とは言え、この男は執事とは言い切れない何かを持っている。
どちらかと言うと私達のような世界に住んでいる人間の匂いがするのだ。
入院している限りは、私は時間がたっぷりある。
気になる事は調べてみるに限る。
「セーラは疲れたみたいで、今は眠っているわ。せっかくだから、少し話さない?」
私が言うと、グスタフは微笑したまままったく表情を崩さずに部屋の中を最低限の動きで確認をして、セーラが静かに寝息を立てているのをしっかりと見届けた後に、これまた丁寧な言葉遣いで言った。
「かしこまりました、ミス・ハイマー。少しだけお供させてください」
「ライズでいいわ」
「かしこまりました、ライズ様」
私はまたため息をついて、グスタフと中庭に連れ立った。
先日ジーンと話をしたのも、この中庭の噴水の隣だった。
ここしか落ち着いて話ができる場所を知らないというのも、情けない話だ。
私がベンチに腰かけても、グスタフは美しく立っていた。
このベンチで一人だけ座っているのは逆に悪目立ちすると説得すると、ようやく私の隣に座ってくれたが背もたれには一切体が触れていなかった。
「私はあなたの主人ではないのだから、もう少しくつろいでもいいんじゃないかしら」
私の言葉にグスタフはわずかに微笑んだだけだった。
これ以上この件について話をしても、何も進捗がない事は予想できたので、私は早々に話題を変える事にした。
「セーラはよほどカルノーという兄が好きなのね。今日はほとんどそのお兄さんの話しだったわ」
グスタフは常に柔らかに微笑んでいるように見えるが、その表情がまったく変化しない。
私の言葉にも感情がまったく動いていないのがわかる。
先ほどから微塵も変わらない微笑を浮かべたままの表情で答えた。
「カルノー様もセーラ様をとても愛していらっしゃいました。幼い頃よりお仕えしておりますが、本当に仲の良い兄妹でいらっしゃいます」
「あなたはいつからピクシス家に仕えているのかしら」
「そうですね、お仕えして十余年程でございます」
「それまでは別の屋敷に?」
一瞬、グスタフが間を置いたのがわかった。
だがそれはほんの一瞬だった。
「私はピクシス家にお仕えする前は軍属でございました」
「軍人? あなたが?」
「はい」
確かに私達と同じ匂いがするが、その答えに若干違和感を覚える。
「じゃあ、ドルファンの騎士団に所属していたの? それとも近衛かしら」
「いいえ、外国の部隊に所属しておりました」
グスタフはドルファンの人間ではないのだろうか。
外見は、初老という事もあるがあまり特徴がなく、西洋人という事しかわからない。
「差し支えなければ、どちらの国の出身なのか教えてほしいわ。私もスィーズランド出身で外国人だから」
極力無邪気で素直な女子学生ぽさを演出してみる。
その効果があったのかはわからないが、グスタフはさほど気分を害した様子もなく続けてくれた。
「私はシベリアの出身にございます。シベリアの軍属から、ある御縁をいただきましてピクシス家にお仕えしております」
シベリアとドルファンは友好国というわけではない。
国交がまったくないわけではないが、シベリアはドルファンよりもかなり大きな国であるし、東欧を挟んで物理的にかなりの距離がある事と、東欧諸国と戦争状態が頻発している事からそれほど行き来があるわけではないはずだ。
つい最近そのシベリア出身の女剣士などを見たばかりなので、少しばかり緊張してしまう。
「シベリアからドルファンに来るのは大変だったでしょう」
「はい、おっしゃる通りです。命からがらドルファンに来た所をセーラ様のお母様に拾っていただきました」
グスタフは口調も表情もまったく変化がなかった。
ただ淡々と事実を語るだけであり、私はその潔さと徹底したプロ意識に好感を持ち始めていた。
「それでは、ピクシス家には足を向けて眠れないわね」
「まさに。ただそうなると、私は住み込みでご奉仕させていただいておりますので、立ったまま眠らなければなりませんね」
それは堅苦しいグスタフの精一杯の冗談だった。
こちらを見る瞳が少しだけ照れくさそうに緩んだ。
私は思わず笑ってしまった。
「本当にね」
私たちはほんの一瞬、お互いに笑いあった。
その束の間の交流もほどほどに、グスタフは立ち上がり、また一切の無駄のない動作でこちらに頭を垂れた。
「そろそろセーラ様のご様子を見に、戻らせていただきます」
私も立ち上がり、頷いて見せた。
「ええ。話が出来て楽しかったわ」
「こちらこそ。これからもセーラ様をよろしくお願い申し上げます」
最期まで執事としての分を弁えたグスタフの所作を見送り、私は感心すると同時に警戒感を強めた。
シベリア出身の老執事については、少し調査が必要かもしれない。
自室に戻り、病院支給の非常に栄養バランスの優れたジャンクフードを食べ、カルノーの名前やグスタフについての見解をメモした所に、慈愛の天使、我らがテディー・アデレードが検診に来た。
「ハイマーさん、具合はいかがですか」
「悪くないわ。入院さえしていなければ」
テディーは困ったようにため息をつくと、私の左手の包帯をするするとほどいていった。
まだ痛々しい傷跡は内出血などでどす黒い色をしており、縫合の糸が残っていたが、腫れも引いてきていたし、徐々に良くなっていくだろう。
消毒をして薬を塗ると、テディーは小さく鼻歌を歌いながら器用に新しい包帯を巻いていった。
この仕事が好きなのだろう。
人の為に尽くし、人を癒し、人の死を先延ばしにして、人の死に立ち会う看護師という仕事が。
テディーは包帯を巻き終わると、思い立ったように言った。
「そういば、セーラちゃんとお話しをされているそうですね」
なぜここでセーラの名が出てくるのか解らないが、隠すような事でも無いので頷いた。
「それがどうかしたの」
「実は私、彼女と同じ病気なんです」
私は思わず眉をひそめてしまった。
セーラが何の病気かは知らないが、心臓を病んでいる事は知っている。
だが、目の前にいるこの看護師は健康そのものといった印象だし、事実セーラとは違い生気に満ちていた。
テディーはそんな私には構わずに続けた。
「心房中隔欠損症という病気……ご存知ですか」
私は普通の人間よりも病気や怪我に対する知識は深い方だが、その知識はどちらかというと戦場に特化している。
黙って首を振ると、テディーは頷いて続けた。
「簡単に言うと心臓の中にあるべきパーツが足りなくて、血中の酸素が上手く体に回らない病気です」
そう言って彼女は自分の胸に手をあてた。
「セーラちゃんに比べると私の症状は全然軽いけれど、それでも肺の負担が大きくて、激しい運動などは禁じられているんです」
私はセーラにしたのと同じように頷いた。
お話し好きな看護師さん、続きをどうぞ。
テディーはこちらを見ていなかった。
だが話を続けている。まあ結果は変わらない。
「だからこそセーラちゃんの苦しみがわかる。私、あの子の病気を治してあげたいんです。子供の頃から外にも出られず……」
テディーの目に涙が浮かんだので、私は内心ギョッとした。
他人の話をして涙を浮かべる。
自分の病気と重ねているのだろうか。
彼女は涙を素早く拭くと、慈愛に満ちたいつもの天使の微笑みを見せた。
「セーラちゃん、同年代のお友達がほとんどいないんですって。ハイマーさんがお友達になってあげればきっと喜ぶわ。退院してもセーラちゃんと仲良くしてあげてくださいね」
彼女の口ぶりは私の都合を一切考慮していないようだった。
「考えておくわ」
私が答えると、テディ─は驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの慈愛の天使の笑顔に戻って続けた。
「そうそう、怪我は順調に回復してきていますし、退院を早められるかもしれません」
その言葉に、不覚にも一瞬驚きが表情に出てしまった。
しかし極めて冷静に聞き返した。
「いつ頃退院できそうかしら」
「明日の午前中に先生に診てもらって、問題なければ次の日の午後には退院できると思いますよ」
「そう、わかったわ」
私は平静を装っていたが内心は飛び上がらんばかりに気分が良かった。
この清潔で居心地の良い四角い部屋にいるよりも、汚い憎悪が渦巻く外の方が私には合っている。
セーラの兄について調べてみたいし、グスタフの事や、ゼールビスの所にいたシベリアの剣士も気になる。
やりたい事が沢山ある。
テディーは最後にまた極上の笑顔を見せると、部屋から出て行った。
私は退院をした後、何をするか計画を練ることにした。
まずはレイピアを回収してジーンに礼を伝えに訪ねてもいい。
一週間近い入院のリハビリに、銀月の塔に登ってみてもいいかもしれない。
柄にも無く気分が高まってくるのを感じていると、ふと一人の顔が思い浮かんだ。
あの東洋人傭兵、ヒューイは何をしているだろうか。
またロムロ坂で一緒に昼食をとってもいいし、銀月の塔に誘ってみるのはどうだろう。
そんな事を考えている事に自分で驚き、軽く首を振った。
ソフィアやハンナではあるまいし、なぜ私があの東洋人傭兵と一緒に何かしたいと思うのか。
最近、色々なことが立て続けに起きすぎて思考が混乱しているのだ。
そうでなければヒューイの事など思い浮かぶはずも無い。
窓を開けて夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
一時の気の迷いに違いない。