小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【32】ライズとジーン①

 病院を退院して二週間が過ぎた、八月のある日。

セーラ・ピクシスの館から、夏休み中で閑散としている学生寮への帰り道を、日傘を差しながら歩いていた。

太陽は一年で一番勢いを増してジリジリと地面を焼き焦がす。

湿気を含んだ生温い風がわずかに前髪をゆらしたが、じっとりと絡み付くようで重い。

暑さ寒さにはあまり左右されないと自負しているが、日陰にいても汗ばむ今年の夏は去年に比べるとすこぶる猛暑で、流石の私も閉口ものだ。

もともと故郷スィーズランドの夏は涼しく、避暑地として近隣国から観光客がなだれ込むのだ。

私が多少暑さに弱くても、それは仕方の無いことだ。

 退院してからというもの、私は情報収集に夢中になっていた。

ゼールビスの動向を探り、件の女騎士エレーナの居場所を探り、カルノー・ピクシスやグスタフ・ベナンダンディの情報を虱潰しに探して歩いた。

ゼールビスやエレーナの件はもともと表に出るようものでは無いので、案の定何の成果もなかった。

そしてセーラの兄についての情報は、腐ってもピクシス家。殆どの情報が厳重に隠されており、詳しく知るにはそれこそセーラの館に忍び込むくらいしか方法が無さそうだった。

それでもわずかに得られた情報は大した物ではないが、何もしないで時間を潰すよりもよっぽどいい。

行動こそ力だ。

だからこそ、テディー・アデレードの要望に従ったわけではないが、一旦退院したセーラお嬢様の話相手をするべく、こうして足繁く貴族の館通いを続けているのだから。

 

 戦争の方はしばらく膠着状態が続いていた。

ダナンから撤退したヴァルファバラハリアンは表向きの所在は不明となっている。

その所在は私にも情報が入ってきていないが、そこは父の側近である幽鬼のミーヒルビスの事だ。

抜け目なく隊を動かし、今頃きっとどこかの国に潜んで隊の再編成をすすめているのだろう。

同様に七大隊のうちの三つを失ったドルファンにしても、体制を立て直すのにしばらく時間がかかるのは必至だ。

それに、少し気になっているのはプロキアの情勢だ。

ここの所プロキアは内部でまた反乱の兆しがあるとの噂が入ってきている。

シンラギククルフォンは先のヴァルファとの交戦でかなり痛手を負っており勢いがないというので、プロキア国内でこの反乱を鎮定するにはかなり厳しい状況だろう。

それぞれが大きな痛手を負った状況の中で、ドルファンとプロキアがヴァルファに追撃が出来るとは考えづらい。

今のうちにヴァルファも戦力の補強が出来ていればいいのだが。

 

 そんなことを考えていると、私の横を物凄い勢いで馬車が通り過ぎた。

明らかに法定速度を無視したその馬車は、猛烈にブレーキをかけると二十メートルほど先で急停車した。

その乱暴な馬車の運転をしていた御者は運転台から飛び降りると、私の方に向かって手を上げた。

それは残念なことに、私の知っている御者だった。

つんつんと跳ねた銀色の髪にバンダナを巻き、まるで男のような格好をした長身のこの女性御者は、ジーン・ペトロモーラに他ならない。

ジーンは私がそこまで歩いてくるのを待っていた。

 

「よう、騎士殿」

「どうも」

 

私がかるく会釈すると、彼女はふふんと肩をすくめた。

 

「相変わらず愛想がねえな」

「そう」

「傷の具合はどうだ」

「悪くないわ。一昨日抜糸も済んだし、後は勝手に治るわ」

「そうか。そいつは良かったな」

 

ジーンはそう言って唇の端で笑った。

やけに勿体ぶった態度だ。

 

「ところで何か用事? あんな無茶な操作で馬車を止めてまで、私と無駄話をしたかったのかしら」

「あんたのそういう所は嫌いじゃないけれどな。会ったら渡そうと思っていた物があるんだ」

 

ジーンはポケットに手を入れると、なにやらチケットのような紙切れを二枚取り出した。

私はそれを受け取ると、まじまじと見つめた。

『パリャールヌイ・サーカス団、夏の特別公演!』とレタリングされた字で書いてあった。

ジーンは私が読み終わるのを待ってから続けた。

 

「オレのお得意さんにサーカスの主催をしている会社の人がいるんだ。で、その人から貰ったというわけだ」

 

私はいぶかしげに彼女の顔を見た。

 

「それで、どうして私にそのチケットをくれるの? 私がサーカスの大ファンで、公演を心待ちにしているなんて話、したかしら」

「まさか」

 

私よりも頭一つ分背の高いジーンは、わずかに身を屈め私の耳元で低い声で喋った。

 

「最近そのサーカス団に、怪しいレイピアを持った女騎士が出入りしているのを同僚が見かけたらしいんだ」

 

私は思わず眉をひそめた。

 

「その女騎士っていうのがとびきりの美女らしくて、御者仲間の中では評判になっているんだ。出会えたら幸運になれるなんて話まであるくらいさ」

「くだらないわ」

「そういうと思ったぜ。あんたも見てくれはまあまあ悪くないが、絶世の美女とは言えないかな。という事は、その女騎士はあんたじゃないって事だ」

 

私はため息をついた。

 

「それで、私にそれを教えてどうしろと言うの」

「その女騎士ってのは長い銀髪らしいが、心当たりはないか」

 

銀髪の女騎士。

心当たりがないわけではないが、確証はない。

 

「ところで、そのパリャールヌイ・サーカス団というのは有名なの?」

 

私が言うとジーンは呆れたような顔をした。

 

「なんだ、知らないのか? 毎年ドルファンに来る人気のサーカス団だぜ」

「悪いけれどサーカスに興味はないの」

 

私は言いつつ、ジーンの言葉がふと気になった。

 

「毎年来ると言ったわね。ドルファンのサーカス団ではないという事?」

「そうだ。パリャールヌイ・サーカスは、シベリアの名門サーカス団って話だぜ」

「シベリア」

 

パズルのピースがはまってしまった。

私は思わず眉間にしわが寄ってしまうのを感じた。

ジーンは姿勢を戻すと、そんな私の顔を見てにやりと笑った。

 

「面白そうな話だろ。あんたに関係あるんじゃないかと思ってな、騎士殿」

「関係あるかどうかはわからないけれど、心当たりはあるわ」

 

私の回答に、ジーンはしたり顔で頷いた。

 

「これは一つ貸しって事でいいよな」

「まだ病院に運んでもらった借りを返してないわ」

「それはもうもらったさ。あんたの後見人だかなんだかってヤツにたんまりとな!」

 

そう言ってジーンは馬車に飛び乗るとウィンクを一つして走り去っていった。

私はそれを見送り、日傘越しに来た道を振り返った。

シベリアのサーカス団。

そしてレイピアを持った銀髪の女剣士。

なるほど、考えてみればサーカスと言うのはテロリストの格好の隠れ蓑かも知れない。

多少の武器は演目の道具と言い切れるし、大荷物での移動も怪しくはない。

何よりも堂々と他国へ潜入できるし、定期的に巡回できるのもいい。

エレーナ・ロストワたちが何を目的にドルファンにいるのか、調べるいいチャンスになるかもしれない。

ちょうど調査の進捗も良くなかったところだ。

シベリアの動向調査は私の任務ではないが、ゼールビスが絡んでいる以上放っておくことも出来ない。

それに、面白半分とはいえジーンがくれたチケットを無駄にするのも勿体ない。

私はシーエアー地区の方へと方向をかえて歩き出した。

年頃の女が一人でサーカスを見に行くのは若干悪目立ちするかもしれない。

カップルとして紛れ込めば、かのシベリア娘にも簡単に私の事を気取られなくなるだろう。

手近なところで誘い易い男もいることだ。

ここ最近は会っていないが、久しぶりに様子を確認するのも任務の一つ。

私の足は、外国人傭兵宿舎を目指していた。

これは任務の一環なのだ。

 

 

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