小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【35】ライズと宿命の王女と花園と

 夏休みも終わり、街は秋の訪れに少しずつ郷愁的な雰囲気を纏い始めていた。

日毎に暑さが和らぎ始め、毎夜の虫達のコンサートは勢いを増す一方だ。

そんな秋の訪れとともに、突然のニュースが舞い込んできた。

ヴァルファバラハリアンが、再度プロキアに雇われたという内容だ。

馬鹿げた話だが、プロキア国内ではまた内乱の動きが活発化しており、現首相フィンセン公は反乱派抑制の為に半ば放置していたヴァルファを再度雇い入れたというのだ。

 そもそもプロキア自身が大した軍事力も持たずに内乱ばかり起こしているのがおかしいのだが、内乱も制定できない戦力で他国に戦争をしかけている時点でお笑い種ではないか。

まったく馬鹿げた話だ。

だが、傭兵は雇われれば何処でも戦う。

その方針に政治は絡まない。それが傭兵というものではあるが、昨日までシンラギククルフォンを使いヴァルファを潰そうとしていたプロキアの手のひら返しは愚かで滑稽ですらある。

 しかし、プロキアが絡もうが絡むまいがヴァルファとドルファンとの緊張は続いている。戦争も、父の復讐も決して終わっていないのだから。

そういった意味ではこのプロキアの動きはヴァルファにとっては追い風でもある。

ここでしっかりと戦力補強と補充を行えればドルファンに対してこれ以上ない牽制にもなる。

ドルファンの中枢は、もしかしたら先手を打ってヴァルファへの再再派兵を行うかもしれないが、つい先日3大隊を失ったのでそこまでの余力と勇気が軍部にあるとは思えない。

この膠着状態はもう少し時間がかかるかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、少しずつ赤く色づく木々を横目に中央公園に向かって歩いていた。

街の様子を見たくて日曜の学生寮を飛び出したが、午前中にはあらかた見終ってしまったので、以前ヒューイと出掛けたフラワーガーデンを見に行く事にしたのだ。

あの血と泥で汚れた戦場とはかけ離れた花の園は、思ったよりも気に入っていた。

昨日のウィークリートピックスにはダリアという花が満開だと書いてあった。

ダリアがどんな花かは知らないが、きっとまた美しいのだろう。

少しだけ期待に足早に歩いていると、正午にはフラワーガーデンの入口につくことができた。

 いつ来ても人の少ないこのフラワーガーデンは今日も私以外誰もいなかった。

日曜の午後だというのにこんなに人気が無くていいのだろうかとは思いつつも、人が少なく静かな環境というのがそうそうあるものではない。そういった意味でもここは気に入っていた。

植栽で出来た生垣の入口を曲がると、目の前にまるで赤い絵の具を一面に塗りたくったような花の絨毯が広がっていた。

これがダリアという花なのだろうか。思わず息を飲む美しさと言えるだろう。

入口の近くには赤い花が並んでいるが、奥に行くにしたがって仕切られたブロック毎に、ピンク、オレンジ、黄色、紫と本当にカラフルな花々が並んでおり、ついさっきまで歩いていた街並みの景色が一気に褪めてしまうように感じた。

 一色ずつ少しずつ楽しむためにゆっくりと歩き始めた時、少し先の生垣の裏から沢山の花が舞い上がった。

まるで爆発に巻き込まれたかのような、下から吹き上げられるような、どう見ても不自然な舞い上がりだった。

今日は風も穏やかだしここは共同墓地と違って強い海風が吹くわけではないのに、花弁だけでなく沢山の花そのものが、まるで下から爆破でもされたように舞い上がるのだ。

生垣の裏で何かが起きているのか。

私は若干の興味を覚えつつ、ゆっくりとそちらに近づいていった。

そして少し距離を置きながらそっと生垣を回った。

 

 

「いくわよ、フラワーハリケーン!!」

 

 

突如、そんな意味の解らない言葉を叫びつつ一人の少女が沢山の摘み取ったダリアを一気に空に向けて放り投げた。

花火のように舞い上がった花々は重力に逆らいながら一瞬空に食らいついたが、すぐに力を失いふわふわと落下し始めた。

落下する花のスコールの中で少女は嬉しそうに笑いながらくるくるとダンスを踊っていた。

その光景は一種の芸術だった。

鮮やかな長い金色の髪を耳の少し後で二つに結び、ダリアに負けない真っ赤なワンピースを揺らしながら踊る姿は、まるで絵本で読んだ妖精のようだった。

ただ、妖精と呼ぶにはあまりにもサイズが現実的すぎる。

どう見ても子供ではないし、どう見ても私と同じくらいの年齢だろう。

私は思わず呆気にとられて呆然とみつめてしまった。

彼女は花がすべて落ちてしまうと満足そうに頷いてその場にぺたんと腰を下ろした。

そして私の視線に気付いてこちらを見上げると、まるで天使のような笑顔でこう言った。

 

「ね、素敵だね」

 

その声、その笑顔。

私は信じられない現実にまるでハンマーで頭を殴られたような衝撃を感じた。

 

 

こんなところで、何をしている?

本物なのか?

 

 

ここで起きている出来事全てがあまりにも非現実的で、白昼夢でも見ているようだ。

私の頭がおかしくなってしまったのだろうか。

だがその妖精のような彼女はお構いなしに立ち上がると、手にしたダリアを一つ私に差し出した。

 

「あなたもやってみる? 楽しいよ」

 

私はそのダリアを受け取ると、声にならない声と溢れかえる複雑な感情を持て余しつつ、どうにか声をしぼりだした。

 

「プリシラ・ドルファン……!」

 

 

 彼女は一瞬驚いてその大きな目を見開いたが、すぐに反応して極上の笑顔を作った。

ただしその笑顔は先ほどのように心の底からにじみ出たような笑顔ではなく、明らかに取り繕った上品な余所行きの笑顔だった。

 

「な、何を仰っているのかしら。わたしがプリシラ王女な訳、ないでしょ!」

 

私が去年のクリスマスに行きたくも無いパーティーに潜り込み、踊りたくも無いワルツを踊ってまで見たプリシラ・ドルファンの姿は今も目に焼きついている。

憎んでも憎みきれない、殺したくて殺したくて仕方の無いこの女の顔を私が見間違える筈がない。

私は受け取ったダリアの花を放り捨てると、笑顔を浮かべるプリシラ王女を睨みつけた。

 

「見間違えでも言い間違えでもないわ、王女。あなたはプリシラ・ドルファン。他の誰でもない」

 

このような場所に一国の王女がいるとは考えづらいが、いるのだから仕方がない。

人気も無く、誰かに見咎められる心配も無いような場所で、世界で一番憎い一族に出会ったのだ。

彼女は私の言葉を聞くと諦めたように大きなため息をついた。

さっきまでの上品な物腰とはうって変わり大きく足を投げ出した。

 

「はあー、ばれちゃった? それで、あなたは何なの? お城の関係者?」

 

その質問に私は心の底からの皮肉をこめて答えた。

 

「関係者、かもしれないわ。あなたの遠い親戚……とでも言っておこうかしら」

「親戚? あなたとあたしが」

「そう」

 

私の言葉にプリシラは弾けるように明るく笑った。

 

「グッド! 今のジョーク、なかなかグッドよ。あなた面白いわね。わたしが王女だってわかってもそのジョーク!」

 

何を勘違いしているのか彼女はケタケタと笑っているが、今すぐにでも息の根を止めたくてそれどころではない。

幸いにして私の肩掛けのバックの中には常に携帯しているダガーナイフがある。

プリシラが気付かぬようにそっとバックに手をいれ、ダガーの柄に手をかけた。

だが、その時。

運悪くフラワーガーデンのこの一角に新たな来訪者が現れた。

こざっぱりとしたスーツを着た老紳士と、清潔感のある白髪の女性の夫婦であった。

老夫婦は花の中に腰掛けたプリシラを見て、軽く微笑んで会釈をした。

腐っても観光名所なので人が来るのはおかしくないが、こんないいタイミングであり得るだろうか。

この老夫婦が一般人を装った護衛である可能性も否めない。

私はダガーから手を放した。

プリシラは笑顔で老夫婦に手を振ると、楽しげに私を見た。

 

「ね、あなた名前は? わたしの名前……はもう知っているよね」

 

今度は私が一瞬声に詰まる番だった。

何を名乗ればいい。

私の本名か。

いや、いつも通り名乗ればいいはずだ。

 

「ライズ。ライズ・ハイマーよ」

 

王女を殺す女の名前だ。

 

「ライズ! 素敵な名前ね。改めましてわたしはプリシラ。よろしくね!」

 

そう言って彼女は手を差し出した。

一瞬戸惑ったものの、私はその手を手袋越しに握った。

彼女の手は非常に滑らかで白く美しく苦労を知らない手だ。

手袋の下の私の手は傷だらけで醜いが、ヴァルファバラハリアン八騎将の一人として非常に誇り高い手だ。

老夫婦は近くのベンチに腰掛け、すっかり花を愛で始めていた。

さすがにこの状況で殺すわけにはいくまい。

老夫婦が去るのを待ってもいいが護衛であればいなくなるわけもないし、仮に一般だとしてもいなくなるまでこのお姫様がここにいてくれればいいが。

そう考えているとプリシラ・ドルファンはおもむろに立ち上がり、ワンピースの裾を払いながら言った。

 

「ねえライズ。あ、ライズって呼んでいいよね。わたしの事もプリシラでいいからさ」

 

彼女は私の返事を待たずに続けた。

 

「ライズは牧場に行った事はあるかしら」

 

このマイペースなお姫様は何を考えているのか。

一国の王女とは思えないその素振りに、私は正直戸惑いさえ感じ始めていた。

これが本当に私の最も憎むべき一族の人間なのだろうか。

王女にしては砕けたその行動と、不用意に街中にいること、どちらも不自然だ。

 

「行った事はないわ」

 

私が答えるとプリシラは若干残念そうに言った。

 

「そっか。じゃあさ、馬に乗った事は?」

「あるわ」

「本当に!?」

 

私が頷くとプリシラは飛び上がらんばかりに喜び、私の両手をとった。

 

「じゃあさ、これから牧場に行きましょう! ね、もう決めちゃったんだから!」

「なにを……」

 

言いかけた私に、プリシラは人差し指を突きつけた。

 

「ちなみに、あなたに拒否権はないからね!」

 

 

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