小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【36】ライズとプリシラ①

 強引に私を誘ったプリシラ・ドルファンはすぐに行動に移った。

中央公園前で流しの馬車を拾うと、すかさずカミツレ高原駅を目指して移動を開始。

その行動力には流石の私も若干だが感服しそうになった。

公共の移動手段である馬車を使うのは気が引けていた。

仮にも王女であるプリシラがこんなにも堂々と街にいるのがおかしいし、いつ正体がばれてもおかしくないではないか。

だが馬車の御者は別段いぶかしむ事も無く私達を乗せてくれ、カミツレ高原駅まで馬を走らせ始めた。

 私はプリシラと向かい合って座り、彼女は楽しそうに流れてゆく街並みを見ていた。

その横顔を眺めながら私は自分の判断に疑問を持ち始めていた。

本当にこの女が憎きプリシラ・ドルファンなのだろうか。

確かに天真爛漫でわがまま三昧といった典型的な王女らしい言動は目につく。

だが、こうして楽しそうに馬車の窓から風景を眺めている姿はソフィアやハンナと何も変わらないただの少女にしか見えない。

 

「ねえ!」

 

プリシラは不意に車窓から私に視線を移すと、よく通る声で言った。

 

「ライズはドルファンの人? それとも異国の人?」

「スィーズランドの出身よ」

「スィーズランド! 行った事は無いけれど、素敵な国だよね! とても美しい国だと本で読んだわ」

「そうね」

 

私は必要最低限の言葉で応えた。

疑問を感じているとはいえ、憎み続けてきた相手と言葉を一言交わすだけで私の怒りは、憎しみは増す一方だ。

衝動的に殺しかねない自分を必死で抑える。

しかしプリシラは私の感情などまるで意にも介さず、無邪気に続けた。

 

「ドルファンとどちらが美しい? 自慢じゃないけれど、私のドルファンだってなかなかのものじゃない?」

 

私のドルファン。

 

その言葉に体が震えた。

もともとは人から奪い取った王位の分際で、この女は何を勘違いしているのだろうか。

だが今はそれでいい。

確かにプリシラの父、デュラン・ドルファンが現国王であるのは間違い無いし、この女が王女であるのならば自分の国と言えるだけの権利はある。

それにこの国に忍び込んで一年以上が経つが確かに美しい王国ではある。

文化レベルはスィーズランドには及ばないが、平凡な中堅の王国としては良く統治されており、国民たちも概ね幸福そうだ。

 

「スィーズランドにはスィーズランドの、ドルファンにはドルファンの美しさがあるわ」

 

私が答えるとプリシラは意外そうな顔をしたものの、すぐにまるで太陽のような明るい笑顔で言った。

 

「ありがとう! 外国の人にも気に入ってもらえて、すっごく嬉しいわ!」

 

その笑顔にさっきまでの疑心が晴れていくのを感じた。

これが王女なのだろう、と。

この屈託の無い明るい笑顔、自信と気品に溢れ、国を愛する笑顔。

これこそが一国の王女なのだろう。

比べるのはおこがましいが、やはりソフィアやハンナには無いカリスマのような物を彼女は持っている。

 

 馬車はスムーズにカミツレ高原駅に到着した。

季節的にも良い時季なので駅舎には多くの家族連れがおり、弁当や飲み物を買う人々で賑わっていた。

 

「みんなでピクニックかしら。ちょうど良い陽気だもんね。高原で寝転って、その後にお弁当を……素敵ね!」

 

プリシラはそんな人々を見渡し、満足げに頷いた。

 

「ねえライズ、牧場はどちらかしら」

 

私は近隣の案内板を見つつ、位置を確認した。

 

「あちらね」

 

私が指差した方向は、なぜか大いに盛り上がる人山が出来ていた。

 

「わあ、何かあるのかな」

 

プリシラが嬉々として人山に向かって走り出した。

ここからでは多くの人波によってその向こうで何をやっているかは見えない。

私も後に続いて歩き出したとき、人だかりの上に数本のナイフが飛び交うのを見た。

そして人々の歓声。

既視感。つい最近、こんな光景を見た気がしていた。

 

「ライズ! こっち、こっち!」

 

プリシラが人々の間を強引に割って入りこちらを手招きした。

人垣をかき分けて中を見ると、そこには一人のピエロがいた。

4本のナイフを器用に操りジャグリングを披露していたのはかの怪しいシベリアのサーカス団のピエロ、バリアニコフであった。

相変わらず笑顔の貼りついた気味の悪い仮面を付けていて、フリルのついた緑色の派手な衣装を身にまとっている。

私は咄嗟に件の女剣士、エレーナ・ロストワの姿を探した。

ここからでは確認できないが、少し離れた駅舎の別の入り口のあたりに人山が出来ているところを見ると、もしかしたらそこにいるのかも知れない。

バリアニコフは高度なジャグリングを披露し終えると、深く頭を下げた。

そして何の前触れもなく、どこからともなく突然黒いシルクハットを取り出すと頭には被らずにくるりとひっくり返した。

そして指をパチンと鳴らすと、帽子の中から数十羽の鳩が飛び出した。

周りの人々が一斉に驚きの歓声に沸き、拍手が巻き起こった。

隣のプリシラも例に漏れず、割れんばかりの歓声を送っていた。

 

「すごい! 見た? 何もないところから鳩が飛び出したわ!」

 

興奮するプリシラを横目に、私は少しの違和感を覚えていた。

プリシラの様子からこのピエロを始めて見たようだ。

だがこのピエロは以前私をプリシラと見間違えた事がある。

これは何を意味するのだろうか。

その時、バリアニコフが下げていた頭をゆっくりとあげた。

そして観客を眺める中で私たちの方を見て明らかに一瞬動きが止まった。

それはほんの一瞬の出来事だったが、私のような裏稼業の人間には十分すぎるほどの確認時間だった。

間違いなくバリアニコフがこちらを認識した。

プリシラは無邪気にはしゃいでいる。

バリアニコフはすぐにもう一度大きく御辞儀をすると声も高らかに叫んだ。

 

「お集まりの皆様、ありがとうございます。さあ、次の演目は御覧の皆様のどなたかに協力をしてもらいたいと思います」

 

そう言って彼は足元の袋から大きな黒い箱を次々と取り出した。

その箱は全部で四つ。それを横に並べると、優に人が一人入るだけの大きさになった。

 

「さあ、勇気ある挑戦者を探しております。ここに取り出しました秘密の箱によって、お一人様の姿を魔法のように消してみせましょう! さあ、どなたか挑戦してみませんか!?」

 

観客はざわざわとしていたが、誰も立候補はしなかった。

無理もない。

先ほどからバリアニコフが行っているのは大道芸ではなく奇術の類の物だ。

私はスィーズランドで何度か旅の奇術師の公演を見たことがあるので多少の免疫があるが、ドルファンの人々にとっては未知の分野と言って良い。

そんな人々からすればバリアニコフが魔術でも使っているように見えているだろう。

バリアニコフはコミカルな動きで人々を眺めていたが、立候補者は誰も出ない。

 

「おや、どなたも挑戦していただけないようですね。では、私が直接指名させていただきましょう」

 

その言葉に、私の中の何かが弾けるように騒ぎ出した。

警戒しなければいけない。

何かよくない事が起きそうな確信に近いような予感。

敵地に忍び込み、数々の死線を潜り抜けてきた自分の中の第六感のようなものが激しく警鐘をならしている。

バリアニコフはゆったりとした動きで観客を見て回っている。

人々は若干の不安と大きな期待にざわざわとしている。

だが私には誰を選ぶかなど解りきっていた。

気がつくと私はプリシラの手を握っていた。

 

「ライズ?」

 

プリシラがこちらを見る。

私は低い声で言った。

 

「……走るわよ」

「え?」

 

バリアニコフが私たちの前で動きを止めた。

そしてプリシラに向けて手を差し出した。

 

「美しいお嬢さん、あなたにお願いしましょう」

 

その瞬間、私はプリシラの手を強く引っ張り走り出した。

 

「ちょ、ちょっとライズ!」

 

プリシラはなかなか運動神経が良いようで、二、三歩よろめいたが、すぐに私に手をとられながら走り出した。

 

「お待ちなさい!」

 

後ろでバリアニコフの声が響いた。

だが、待てと言われて待つはずがない。

 

「エレーナ、ここを頼む!」

 

引き続いて聞こえたバリアニコフが吐いた単語で、もう一つの人山があの女剣士である事が確定した。

 

「ライズ、ねえライズってば!!」

 

プリシラも負けずに私の名前を呼んだが、私はそれを無視してプリシラの手を強く握りながら牧場とは反対のレリックス駅の方向へ走っていた。

 

 

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