小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【38】ライズとお転婆王女のメイド

 プリシラが呼び止めた馬車は幸いな事に誰も客を乗せておらず、多めの運賃を提示すると迷わず城東大通りまで運んでくれる事になった。

もちろんその運賃はプリシラが支払ったのだが。

そこにたどり着くまでの間は流石のお転婆王女もあまり言葉数は多くなく、疲れ切った様子をみせていた。

馬車がドルファン城近くの路地にさしかかるとプリシラは馬車を止めた。

私はこのままこの馬車で寮まで帰りたいとも思ったが、この千載一遇のチャンスを逃す手もなく一緒に馬車を降りた。

 

「さーて」

 

馬車から降りたプリシラは私の顔を覗き込むと、ひきつった笑顔のまま言葉を吐いた。

 

「どういう事かちゃーんと説明してもらうわよ。あんな怖い思いをさせられて、挙句の果てには体力が底をつくまで走らされたんだから」

「誘拐されそうになったのを助けてあげたのだから、感謝されるべきだと思うけれど」

「ええ、そうね。わたしはピエロの奇術を見たかっただけなのに、危うくあんたに誘拐されかけたわ!」

 

私は肩をすくめた。

 

「ああ、もう汗でべとべと。まずはさっぱりしたいわ」

 

プリシラは先に立って歩くと、ドルファン城の裏手の方へと回っていった。

そうして人気のない運河沿いの道へと行くと、驚いたことに大きな樫の木に登り始めた。

 

「木登り、平気でしょ? ここからなら忍び込めるから」

 

しれっと国家の防衛網の穴を述べると、おおよそ王女のイメージからかけ離れた格好ですいすいと枝に足をかけていく。

そうして城壁の上に登ってしまうと、そこは反対側、つまり城内に飛び降りるにはあまりにも高すぎる高さだった。

プリシラは迷う様子もなく城壁の上を進み、見張り台のついた小さな塔の入り口のドアに鍵を差し込んだ。

鍵は音もなく開き、プリシラが手招きをした。

なるほど、内部に協力者でもいなければここから忍び込むのは難しいという事だ。

 薄暗い塔の中を降りていき出た先は城壁内の中庭で、以前クリスマスパーティーの際に王宮の紅茶を飲んだ、あの場所だった。

流石にプリシラは城壁内の地理を熟知しており、迷うことなく人気のない道を選び城内に入り、そして迷路のような道を進んで自室へとたどり着いてしまった。

部屋の中は豪華絢爛とは言えないがなかなか立派なシャンデリアと装飾のついた家具のインテリア、そして私の寮の部屋がまるまる入ってしまうほど大きな天蓋つきのベッドと、王女の部屋としては十分説得力のある部屋であった。

 

「はあ、疲れた!」

 

彼女はそう言うなり、汚れた衣服もそのままにベッドへ飛び込んだ。

私はそれを半ば呆れて見つめながらも、部屋の中央部にある大人五人が優にかけられるであろう大きさのソファに遠慮なく腰かけた。

正直言ってここに来るまでプリシラが本物であるという確証が持てていなかった。

だが、ここは間違いなくドルファン王国の中枢ドルファン城の中だし、彼女は疑う余地もなくドルファン王国第一王女のプリシラ・ドルファンであると確信できる。

部屋の中を見渡して間取りを頭に叩き込む。大きなベランダのついた窓からは夕日が差し込み始めていて、部屋のなかをオレンジに染めていた。

どのタイミングにどうやって彼女を殺害しようか考えていると当の本人はおもむろに立ち上がり、猫足のついたベッドサイドテーブルに置いてあったハンドベルを軽やかに振り鳴らした。

私は咄嗟にソファの影に身を隠した。

こんなところに近衛兵など呼ばれれば、もはやどうしようもない。

身柄を拘束されて取り調べを受ければ、ヴァルファ八騎将であることは隠せたとしても不審者であることはごまかしようがない。

だが、そんな私の態度を見てプリシラは大げさに溜息をついた。

 

「はあ、別に大丈夫よ。今のはわたしのお付きを呼んだだけ。あなたを拘束するつもりなら、もっと早い段階でやっているわよ」

 

ベルが鳴って十秒もせずに、入り口のドアをノックする音がした。

 

「失礼します」

 

 まだ幼さの残る少女の声がして、それでも王女の侍従らしくなんの躊躇もなく一人のメイドが入ってきた。

光の加減で緑にも見える茶色い髪をゆるめの三つ編みにして後ろにまとめ、その頭にメイドのホワイトブリムをつけた、いかにも王室のメイドといった小柄な女性であった。

やや上向きの生意気そうな鼻のまわりのそばかすが特徴的なそのメイドは、プリシラの格好を見るなり呆れ顔で言った。

 

「また城を抜け出されたんですね? あーあ、こんなにお洋服をボロボロにしちゃって、今度は熊と格闘でもしてきたんですか?」

 

王女の侍従にしては随分と乱暴な言葉使いだが、プリシラの侍従だと思うとまあ納得できる。

 

「熊と格闘したかはともかく、お風呂と部屋着の準備をしてくれる。それと、そちらの客人にも体を拭くタオルと温かいお茶を」

 

プリシラに促されて、そのメイドは初めてこちらをみて飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「わわ、お客様……!? お客様!!??」

 

彼女が驚くのも無理はない。プリシラが普段どういったお転婆ぶりを発揮しているかは知らないが、仮にも一国の王女の部屋に見知らぬ人間がいるというのは、常識的に考えてありえない事だからだ。

だがプリシラはそんなメイドに一向に構わず、ボロボロのワンピースを脱ぎ始めた。

 

「ライズ、悪いんだけれどちょっと待っていてくれる? さすがに汗だけ流してくるわ」

 

そう言って湯殿であろう方向に半裸のまますすんでいくプリシラにメイドはあわててついて行った。

 

「えーとお客様? 少々おかけになってお待ちください! もう、プリシラ様、ちょっと待ってください!」

 

二人が出て行ったので私はようやく人心地ついてソファに深く腰掛けた。

あまりにも事態が急転しすぎていて、頭の理解がついてきていない。

フラワーガーデンで花を愛でていたら王女に出会い、王女に連れられて牧場に行こうとしたらテロリストがらみのサーカス団員に出会い、危ない予感とともに脱出を図ったら王室内の王女の部屋でソファに座っている。

信じられない事が立て続けに起こり、疲れが急激に襲ってくるのを感じた。

だが、ここは憎き一族で殺したくて仕方のない女の部屋である事に間違いはない。もしかしたら今日、この場で私の夢が叶うかもしれないのだ。

プリシラが部屋に戻り、そばかすのメイドがいなくなれば、一気に実行してもいい。

 

 そんな事を考えていると、そのそばかすのメイドが一人でブツブツ言いながら部屋に戻ってきた。

 

「あのアマ、好き放題言いやがって」

 

非常に小さな声だったが私は耳が良いので一言一句漏らさず聞こえてしまった。

どうやらプリシラとこのメイドの関係は、素晴らしい絆で結ばれた主従関係とは言えないようだ。

 

「お待たせしました!」

 

改めて私の方を見ると、さっきの声のトーンとは打って変わって非常に明るくハキハキとした声でメイドは笑顔を振りました。

その手には銀のトレーの上に乗せられたティーカップ、紅茶のポッド、小さなお皿の上に載った焼き菓子が載っており、腕にはわずかに湯気をたてるタオルがかけられていた。

紅茶のセットを手早く私の前のテーブルに置くと、まずは温かいタオルを差し出した。

 

「どうぞ、こちらをお使いください」

「ありがとう」

 

受け取ったタオルは熱いくらいで、汗や埃にまみれた顔を拭くと一気に生き返った気持ちになる。

私が顔や腕を拭いている間に、メイドは手慣れた手付きで紅茶を入れてくれていた。

若いながらも一切無駄がなく上品な作法はさすがに王室のメイドであった。

タオルを返すとメイドはそれを受け取り、また笑顔を浮かべたが声のトーンが一つ落ちた。

 

「プリシラ様のお客人とは知らず、大変失礼をいたしました」

 

その声音と取り繕った笑顔が警戒心を伝えてくる。

だが、それは無理もない事だといえる。

私はいかにも客人らしく振る舞う為、くつろぎながら語りかけた。

 

「随分プリシラに振り回されていて大変そうね」

 

メイドの笑顔が一瞬引きつった。が、務めて平静を保とうとしていた。

 

「そんな事はございませんわ。わたくしはプリシラ様にお仕えする事が仕事ですので」

「それが大変だと思うの。今日だってあの子のおかげで私も大変な思いをしたのよ」

「そう、今日は一体何が起こったのですか? プリシラ様のお召し物に引っ掛けたような跡が沢山で」

「ちょっとかくれんぼのようなものをね。藪の中に突っ込んでいたみたいだから、それでじゃないかしら」

「かくれんぼ!?」

 

メイドは大げさに驚いたものの、すぐに納得顔でうなずいた。

 

「いい歳して、何をなさっているのやら」

「本当にね」

 

このメイドはプリシラの事をさほど良く思っていないのは間違いないので、もう少し切り込んでみようと考えた時、奥の部屋から「プリム!」とプリシラの声が響いた。

彼女、そのプリムという名であろうメイドは一瞬不満そうな顔をしたが、大きな声で返事をすると王宮の侍従らしく上品にほほ笑んだ。

 

「相すみません、主が呼んでおりますので、失礼いたします。どうぞごゆっくり」

 

そう言ってそそくさと部屋の奥に早足で進んでいく。

 私はその後ろ姿を見送ると、彼女の行動についてもう一度考えを整理した。

一連の行動からして、プリムはプリシラの事があまり好きではないように思える。

いくら王女とはいえ歳の近い同姓に顎で使われていれば誰だってそうなるような気もする。

ただ、プリシラが服を汚して帰ってくる事に関しては驚いた様子もなく、あの呆れた表情からしてもよくある事なのであろう。

フラワーガーデンでプリシラと出会った時は信じられないくらいに驚いたが、プリシラがお忍びで街に繰り出すのは別段珍しい事ではないのかもしれない。

今日はその証左であり、ヒューイが言っていた事はあながち間違いではなかったという事だ。

 喉の渇きを感じ、プリムが淹れてくれたお茶を飲んでみた。

カップを口に近づけただけでなんとも言えないさわやかなミントが香り、上品な苦みの中にほのかな甘みすら感じるハーブティーだった。

立て続けにめまぐるしく色々な事が起こり、疲弊しきっていた脳にいい刺激となる。

誰のチョイスでこのハーブティーが淹れられたのかはわからないが、非常に気の利いた選択だ。

多少スッキリとした頭でプリシラの殺害計画を整えようとした所で、当の本人が部屋の奥から現れた。

ゆったりとした絹の部屋着をまとい、まだ湿っている豊かな金色の髪の毛を、首にかけたタオルで拭いていた。

その雰囲気は上品で優雅、身にまとったベージュ色の絹の部屋着ですら必要以上の気品を漂わせていた。

 

「お待たせ、ライズ」

 

プリシラは私の向かいのソファに深く腰掛けると、いつの間に用意されていたのかサイドテーブルの上の水差しから、金で縁取られた陶器製の薄いカップに水を注いで一気に飲んだ。

 

「それで」

 

プリシラは私の顔をみると、素晴らしく上等な満面の笑みを浮かべた。

 

「あなたは一体何者なのかしら」

 

 

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