小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【39】ライズとプリシラの告白(前編)

 私は体中の血液が一瞬で凍るように冷たくなるのを感じた。

頭は非常に冷静に物事を考えているし、どこか俯瞰してこの場をみている自分がいる。

人は、殺したくて殺したくて仕方がないほど憎い相手が目の前におり、その生殺与奪の権利を握っている状況だと、思った以上に冷静になれる事がわかった。

ハーブティーのカップを静かに置き、ゆっくりと立ち上がる。

部屋の中を染めていた夕日はすでに明るさを失い、薄暗い夜の帳が降りようとしていた。

テーブルの脇の床に無造作に立てかけていたカバンの中からいつものダガーを取り出しプリシラの方へ突きつける。

プリシラは驚きもせずに満面の笑みもそのままで言葉をつづけた。

 

「それで、あなたは一体何者なの」

 

そのプリシラの態度はある意味で見事であった。

普通の小娘なら意味がわからず泣き出していてもおかしくない。

私は無表情に、そして感情の伴わない声で答えた。

 

「私の名前はライズ・ハイマー。これはもう教えていたわね。ハイマーというのは母方の祖母の姓なの」

 

プリシラは微動だにしなかったが、満面の笑みはそこにはもうなく無表情に近い顔をしていた。

ただ、その瞳だけがまっすぐ私の目をみつめていた。

私はその視線を受け止めて、堂々たる声で言った。

 

「私の本当の名は、ライズ・ヴォルフガリオ・サリシュアン。ヴァルファバラハリアン八騎将が一人、隠密のサリシュアンとは私の事よ」

 

沈黙。

プリシラは依然私の事をみつめていたが、その瞳は意外にも少し醒めているように見えた。

 

「それで」

 

しばしの沈黙の後、プリシラがまったく感情の伴わない声で言った。

 

「ヴァルファ八騎将のあなたが、何をしたいの? 私の暗殺?」

 

その声は驚くほど無機質で、今まさに命の危機にさらされている状況だという事が理解できていないようにすら感じられた。

そしておもむろに立ち上がった。

 

「殺されてもいいわよ、別に。私が死んだからって何かが変わるわけでもないし、ヴァルファに何か有利に働くとも思わないけれど」

 

プリシラは両手を広げて私の前に立ちはだかった。

この王女は死ぬという事を理解しているのだろうか。今自分がどんな状況なのか、本当に理解しているのだろうか。

そんな思いから私の口を言葉がついて出た。

 

「随分と余裕ね。私が本当はあなたを殺せないとでも思っているの。それともさっきのメイドが助けてくれるとでも」

 

幾分鋭く言い放った言葉に対し、プリシラは僅かに侮蔑の含まれた笑いを浮かべて言った。

 

「そんな事は考えていないわ。あなた、本当に殺しそうだもの。ただ、ヴァルファの隊長さんだか何だかが、私を殺そうなんてなんだか滑稽だな、とは思うけれど」

 

 そこまで言われた時比較的おとなしかった私の中の怒りが、一気に燃え上がり始めた。

さっきまで氷のように冷たかった心が灼熱のマグマのように燃えたぎりはじめ、私の中に炎の名を冠するライナノールの魂が乗り移ったのではないかと思うほどだった。

 

「滑稽、ね。確かに一傭兵部隊の隊長風情が王女の命を狙うのなんて滑稽かもしれないわね。でも、私があなたを殺す理由は部隊の為だけじゃない。私の中の血が、そうさせるのよ!」

 

興味を失って醒めていたプリシラの瞳に、わずかに光が戻った。

 

「あなたの中の血」

「そう。私の父はヴァルファバラハリアン軍団長、破滅のヴォルフガリオ。名はデュノス・ヴォルフガリオ」

 

私は自分の中の誇りとこれから口にしなくてはいけない忌まわしい血の宿命に、ダガーを持つ手に力が入っているのを感じた。

 

「父、デュノスは若いころに失脚し、スィーズランドに亡命。ヴォルフガリオを名乗った。その前の姓は」

 

プリシラの瞳が大きく見開かれていく。私は言葉をつづけた。

 

「その前の姓はドルファン。デュノス・ドルファン。あなたと同じにね、プリシラ・ドルファン!」

「デュノス……ドルファン」

「これ以上の説明はいらないでしょう。あなたの父であるデュラン・ドルファンと王室議会によって陥れられた兄王の名前を、知らないとは言わせない」

 

プリシラはようやく驚いたようで顔をこわばらせ、こちらを見ていた。

私はあえてダガーを下すと、プリシラから離れて歩き出した。

 

「最初に言ったでしょ、遠い親戚だって。本当に忌々しい事だけれど、私のこの体にも憎きドルファン王家の血が流れているのよ」

 

私は手袋をしたままの手を伸ばし、振り返ってプリシラを指差した。

 

「これはドルファンを追われた、私たちヴォルフガリオ家の復讐なのよ!」

 

そこまで言った時、初めてプリシラの瞳に感情が戻るのを感じた。

だが、その感情は私が思っていたものとは違い、同情に近いものだった。

 

「そっか。そうだったんだ。ライズ、ごめんね……」

「謝罪の言葉など無用だわ。申し訳ないと思うのなら、いっそ一思いに殺されてくれないかしら」

「ううん、違うの」

 

プリシラの瞳に、今度は涙さえ浮かんできた。

一体この王女は何を考えているのか。

 

「あなたのお父様であるデュノス公に対し、ドルファン王国が何をしたかは知っているわ。旧家の両翼が主体で行った事とは言え、本当にひどいことだと思う。だからこそ、ライズが危険を冒してでもドルファン王国に復讐したいという気持ちも、少しは理解できるつもりよ」

 

プリシラの頬を一筋の涙が零れた。

 

「あなたの復讐の刃に討たれるのが、本当ならいいのかもしれない。でも、ごめん。ごめんね、ライズ!」

 

涙は大粒になり、もはや幾筋もの涙がプリシラの大きな瞳から零れていた。

 

「何を謝っているのか理解できないわ」

「ライズが打ち明けてくれたことは、真実なんだろうと思う。だからこそわたしも、真実を打ち明けたい」

「今更これ以上、なんの真実があると言うの」

「わたしも最初に言ったわよね。あなたが遠い親戚、なんて言うから面白いジョークだって」

 

私は答えず、続きを待った。

 

「私の名前はプリシラ・ドルファン。この国の第一王女だわ。でも、本当は違う」

 

私の体を電撃が走ったかのように、一瞬身震いが起こった。

 

「わたしの本当の名前は……ごめんね、わたしも知らないの」

 

プリシラは視線を落とし、もはや止まらない涙を絹の部屋着の袖で拭った。

 

「あなたのお父様が国を追われた後、国王になった私のお父様には、長く子供が出来なかった。このままでは世継ぎもいなくなってしまうと考えた旧家の両翼は、一芝居打った」

 

今度は私が驚く番だった。

感情のコントロールがうまく行われず、驚きでダガーを持つ手が震えた。

 

「妃が妊娠したと嘘の情報を流し、頃合いを見て生まれた一般の子供の中で、国王や王妃に身体的特徴が似ている子を選び、誘拐する。そうして、ドルファン王家の跡取りとして王家の子供として育てる」

 

プリシラはようやく涙が収まり始めていたが、その声は悲しくてか細く、昼間に見た明るいプリシラとはまるで別人のようだった。

 

「わたしは旧家の両翼によって用意された、どこの馬の骨ともつかない、ただの村娘なの。本当の両親の顔も知らない、本当の名前も知らない、そして」

 

顔を上げると、悲しそうに笑った。

 

「王家の血なんかこれっぽっちも流れていない。ね、言ったでしょ。わたしと遠い親戚だなんて面白いジョークだって!」

 

 

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