小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
私もプリシラも、言葉もないまま時間だけが過ぎていた。
ハーブティーはすっかり冷えてしまっていたし、お互いに大きなソファの両端に座り、床の立派な絨毯の繊維の一本一本を数えるように見つめていた。
どれくらいの時間が経ったであろうか。部屋の中はすっかり暗くなっており、窓の外からのわずかな月明かりだけが私たちを薄明るく照らしていた。
お互いにあまりにもショックな告白をしてしまったが為に、言葉を忘れてしまったかのようだ。
だが、長年焦がれに焦がれ、ただひたすらに殺したいと思っていた相手が実は架空の人物であり、彼女もまた狂った王家とその一族の被害者だと分かってしまった今、私はこの感情をどう受け止めて良いのかがわからずにただ途方に暮れていた。
プリシラは動かず、自分が行った行為の衝撃の大きさに耐えかねているように見えた。
無理もない話だ。国家の機密に触れる重大な事実であるし、それ以上に彼女本人のいわば呪いのような出生の秘密は、あまりにも深くあまりにも重いものだった。
お互いの秘密がすれ違い、殺す者と殺される者、被害者と加害者、裏切った者と裏切られた者、王女になるべきだった者と王女にされてしまった者という関係が巧みに入れ違い、食い違い、私たちの関係は歪になってしまっていた。
お互いに何を語ればいいのか言葉を探しあぐねてしまい、結局地面を睨み付けたまま時間だけが私たちの上を滑って行った。
その時、沈黙の静寂を破るようにドアをノックする音が聞こえた。
続いてメイドのプリムの明るい声が響いた。
「プリシラ様、ご夕食はいかがいたしますか? ダイニングで召し上がられますか、それともお部屋にお持ちしますか」
プリシラは驚いたように顔を上げると、一瞬私の方を見て泣きそうな顔をしたがすぐに気丈にも微笑んでみせた。
「えへ、お腹、すいたね。プリム、部屋に用意してちょうだい! もちろん、ライズの分も!」
声を投げられると、プリムは間延びした返事を寄越して下がっていったようだった。
私は食事をするつもりなどなく抗議の声を上げようとしたが、プリシラはおもむろに立ち上がって私の言葉を遮るように言った。
「はあ、なんだかスッキリしちゃったかも。こんな秘密、誰にも言えずに今まで過ごしてきたし。それに、ライズが何者なのかも理解できた。あなたがなんであんな物騒な刃物や煙幕を持ち歩いていたのかも合点がいくというものだわ。あ、ピエロの事はまた今度でいいわ。今はとてもじゃないけれど、聞いたって頭にはいらないだろうから!」
明るく言い放ったプリシラの顔はさっきまで思いつめて大粒の涙をこぼしていた寂しげな少女とは打って変わっていた。
まるで憑き物が取れたかのような晴れ晴れとした顔をしていたが、それは王族の気品と威厳に溢れた王女のものではなく、私と同年代の無邪気な少女のそれであった。
プリシラはそのまま私の前に立つと、膝を折り、目線を私に合わせて言葉をつづけた。
「ライズ、まだわたしの事を殺したいと思っている?」
その言葉に不覚にも心臓が掴まれたような感覚を覚えた。。
感情も考えもまったくまとまっておらず、自分の気持ちすら整理できていなかったが、反射的に言葉がついて出た。
「当たり前でしょう。あなたの出自がどうであれ、今はもうあなたはドルファン王家の人間。私の目的はドルファン王家への復讐だもの」
「そっか」
その返答がさも当然かのようにプリシラは頷き、ゆっくりと立ち上がった。
そしてくるりと踵を返して背中を向けるとあっけらかんと言った。
「いいよ、わたし、ライズに殺されても」
私は声に詰まってしまった。
ついさっきまでは殺したくて殺したくて仕方のなかった相手なのに、戸惑いを覚えている自分に驚くと同時に、さっきまでの怒りが忽然と姿を消してしまっている事にも驚いた。
ただ、プリシラの言葉に対して何も言わないのは彼女に対して卑怯だと思ったのと、私のヴァルファバラハリアン八騎将としてのプライドから必死に言葉を探して答えた。
「随分簡単に言ってくれるわね。仮にも一国の王女という立場なのに」
「そうね」
プリシラは振り返ると、私を見て申し訳なさそうに微笑んだ。
「ライズになら殺されてもいいかな、と思ったから。正当なドルファン王家の血を引き、まっとうな理由で復讐を果たそうとしているあなたになら。ただ、条件をつけてもいい?」
「条件」
「そう。わたしを殺すなら、来年の誕生日まで待ってほしいの」
私は彼女の言う条件に興味を覚えた。殺されてもいいというのに、あと一年間程は待ってほしいという。
その理由はなんなのか興味がわいた。
「なぜ来年の誕生日なの」
「そうね、特に深い理由はないけれど、私も仮初めの王女とは言え今年で十八年間この国の王女として生きてきたわ。自分の命があと一年と少しという有限になったとしたら、この国が、わたしという一人の人間が、そして私を取り巻く環境や人々が、どういう風に違って見えるのかを見てみたい。そんなところかしら」
私はその内容に対し特に何の感慨もわかなかったが、彼女の凄惨な出生の秘密を知ってしまった今、それくらいの時間を残してもいいかもしれないと思っていた。
父の復讐を果たすにしても、今は時期ではない事はわかっている。
それに、私は少なからずこのプリシラという少女に興味を持ち始めていた。
王女という仮初の生き方を宿命づけられたただの少女が、どうやって生きているのか、どうやってその宿命と対峙しているのか。
私自身がヴァルファ八騎将としての宿命、傭兵としての宿命と生きていかなければならない中、立場は違えど同じようなものを背負った同年代の少女は探そうと思ってもなかなか見つからない。
私はプリシラの目を見て、同意の印に頷いてみせた。
「いいわ。貴方を殺すのは十九歳になってからにする」
「わお、話がわかるわね! グッドよ、グッド!」
プリシラは明るく笑った。
その時、タイミングよくメイドのプリムがドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
プリシラの声を聴いたかどうか、プリムは遠慮なくドアを開けて銀のトレーが乗ったカートを押して入ってきた。
「お食事の準備をさせていただきます。今日は王女のお好きなロールキャベツだそうですよ」
「いいわね! もうお腹ペコペコだったのよ。ね、ライズ!」
プリシラが私に向かってウィンクをしてみせた。
私は憎むべき敵ではあるがある種不思議な親近感を覚え、そのウィンクを無視してみせた。
プリムは私たちのやり取りを見てハラハラしているかもしれないが、きっとプリシラはその行為の中に込められた想いを感じているだろうと確信していた。