小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
【41】ライズとプリシラ③
あの衝撃の一日から、二週間あまりが過ぎようとしていた。
ドルファンの街は相変わらず表向きは平和であり、日ごとに太陽は地平線に隠れる時間を早めていき、空気が少しずつ冷たく凛としていくのを感じるようになっていた。
季節はゆっくりと秋へ、そしてその先には私の好きな冬が待っている。
あれから私は週に一、二回、プリシラ・ドルファンと会うようになっていた。
特に申し合わせたわけではないが、私の学校帰りにプリシラが校門の前で待ち伏せていた事がきっかけだった。
彼女は私に命を狙われていることを理解しているのかいないのか、私の事を友人のように扱っているようだった。
もっとも彼女にとって一番重要な秘密を知っているという事が大きな理由のようで、逆を言えばそれは私にとっても同様と言える。
私がヴァルファ八騎将の一人だという事を敵国のこのドルファンの人間で知っているのは、唯一プリシラだけという事になる。
さらに言うなら私がドルファン王家の血を引いている事を知っているのは、父とその腹心の部下であるミーヒルビスを除けば彼女だけという事になる。
お互いの秘密を共有しているというのはなんとも不思議な親近感を生むという事を実感していた。
とは言え、彼女が私にとって憎むべき対象である事に変わりはないし、なれ合うつもりも毛頭無い。
だが王女として立ち振る舞う一人の少女の表と裏、王族と一般人をいったりきたりしている彼女の生き方はある意味で興味深く、一年は殺すのを待つという約束を交わした以上私はそれを全うしなければならないし、その間にある程度彼女の事を知っておく事は時間の無駄にはならないと思っていた。
なので、その日も城を抜け出してきたプリシラと私は、サウスドルファン駅の駅前広場のベンチで露店のアイスクリームを味わっていた。
「あ・ま~い! これよ、これ! このチープで大味なところがグッドだわ!」
プリシラはチョコレートとバニラの二段のアイスにかぶりつくと、感嘆の声を上げた。
「それは褒めているのかしら」
私はいつもと変わらずチョコミントのシングルを食べていた。
チョコミントのアイスは上品で洗練されており、チープで大味なアイスとは対極だ。
「もっちろん、これが最高なんじゃない!」
嬉々としてアイスと格闘を繰り広げるプリシラを横目で見つつ、私は肩をすくめてみせた。
放課後に王女と肩を並べて露店のアイスを食べる日が来るなど、ドルファンに来た頃は夢にも思っていなかった。
そもそもドルファンに来てからの日々は、私にとって良い意味でも悪い意味でも新鮮で衝撃的な事が多かった。
仲間を殺した傭兵との出会いから始まり、テロリスト崩れの裏切り者との再会、軍統合本部への潜入、友人が出来たり、大切な姉の死、シベリアのテロリストとの邂逅、一騎打ちの敗北、不良御者に助けられ、深窓の令嬢の話し相手になり、そして王女とアイスを食べる。
ドルファンに来てからたった一年半しかたっていないが、恐ろしく色々な事が起こった一年半だった。
そんな事を感慨深げに考えていると、不意にプリシラが私を見ているのに気づいた。
「なに?」
私が声を投げると、プリシラは不思議な事に少しはにかみながら答えた。
「いや、なんだかライズってわたしに似ているなぁと思って」
「馬鹿なことを言うわね」
私が即答をするとプリシラはショックを受けたように大袈裟にうなだれた。
「そんな即座に否定しなくてもいいじゃない。目元とか、ちょっと似ているなーと思っただけよ」
「あり得ないわ」
そう、あり得ないのだ。
彼女が本当にデュラン・ドルファンの娘であればその可能性はあった。
何故ならば父デュノスとその弟デュランは双子であるし、仮にプリシラがデュランの本当の娘であれば私とは従姉妹という事になる。
従姉妹であれば多少なりと似ていても納得出来るが、彼女とはなんの血の繋がりもない。
似るはずがないではないか。
私は非常に上品にチョコミントアイスを食べながら、不貞腐れるプリシラを横目に眺めた。
だが、かのテロリストサーカス団のピエロ、バリアニコフは明らかに私をプリシラと見間違えた。
そんな事があり得るのだろうか。
プリシラを観察しつつそう言えばしばらく鏡で自分の顔をまじまじと見ていない事に気付き、思わず苦笑してしまった。
自分の顔すら正確に思い出せないのでは似ているかどうかも検証できないではないか。
馬鹿馬鹿しい話だ。
そんな事よりも目の前のアイスが溶ける前にしっかりと味わうことの方が重要だと気付いた時、早々にダブルのアイスを食べ終わったプリシラがベンチから立ち上がった。
「いつまで食べているの? さあ、行くわよ!」
「ドルファンでは早食いが美徳なのかしら。少なくとも世界基準では下品な行為だと思っていたわ」
「お城の教育係みたいな事言わないでよね。それより今日は行ってみたい所があるの!」
私は黙って頷き、最後の一口を慎ましく味わった。
チョコミントのお陰で非常に優雅な放課後になったのは間違いない。
余韻に浸る私を無視してプリシラは続けた。
「じゃあ行くわよ! いざ、死霊の巣へ!」
「はあ」
自分でもびっくりする程の間の抜けた声が出てしまった。
「何、その死霊の巣というのは」
「あら、ライズさんご存知ないのかしら」
プリシラはどこにしまっていたのかウィークリートピックスの増刊号を取り出すと、折り目をつけたページを見せてきた。
そこにはドルファンの怪談特集があり、その中でプリシラがつけたであろう赤いインクで丸をつけた記事があった。
『森林区に違法に埋められた死体が夜中に徘徊! 死の森は木々も枯れ果て無惨な姿へ!』と書かれていた。
私は大きくため息を吐いた。
「興味ないわ」
「へえ」
私の言葉にプリシラは不敵な笑みを浮かべた。
「ライズさん、もしかして傭兵のくせに死霊が怖いの? 死の森に怖気づいているのでなくて?」
私はさらに大きなため息を吐いた。
「帰るわ」
「ちょっと! 待って、待って!」
プリシラは歩きかけた私の制服のスカートをむんずと掴むと、めくり上げかねない勢いで引っ張った。
私はあわてて裾を押さえると観念して声を上げた。
「わかった。付き合うわ」
プリシラは満足げにうなずくと、天高く拳を突き上げた。
「さあ、いざ行かん! 死霊の森へ!」