小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【42】ライズと死霊の森の魔女

 プリシラが死霊の森と呼ぶ森林区は、カミツレ高原駅からレリックス駅への途中にある。

王国が管理している針葉植物中心のいわゆる森であり、材木の伐採拠点となってはいるがドルファンに自生する樅や楓、杉などはお世辞にも品質が良いとは言えずあまり積極的に活用されていないのが現実だ。

現に三方を海に囲まれているドルファンの建造物は石造のものが多く、木材に関しても非常に品質に優れたスィーズランド産の物を輸入する事が殆どだ。

私は林業に詳しいわけではないがドルファンの林業は故郷のスィーズランドに比べはるかに劣っていると言っていいだろう。

まず、間伐を行い木々に均等に太陽光を当てるという概念がない。斜面に生えた木々は自然に生えるに任せておりまっすぐに育っていない物も多く、またシダや苔なども生え放題となっており、まさに鬱蒼としているという表現がぴったりである。

 私とプリシラがこの森林区の入口にたどり着いたのは太陽が少し傾き始めた午後の遅くだった。

ざわざわと風に揺れる葉のざわめきと時折響く不気味な風の吹き抜ける音などまさに童話に出てくる魔女の森といった雰囲気があり、若者が肝試しに利用したりウィークリートピックスにくだらない特集が組まれる理由がなんとなくわかるというものだ。

「結構雰囲気あるのね」

プリシラはそう言いつつきょろきょろと周りを見渡していた。

いつも能天気にはつらつと話す彼女の声がいつもの数倍は小さく細々しいのが滑稽だ。

 

「それで」

 

私はいつもと変わらぬ口調でいつもと変わらぬ声を出した。

 

「森林区まで来て、何をするの」

「トピックスには木々が枯れ果てて、なんて書いてあったけれどパッと見そんな感じはしないわね」

 

私は肩をすくめてみせた。

 

「だから、もう少し奥まで行ってみたいわ!」

「あと一時間もすれば日が落ちる。そんなに奥までは行けないわよ」

「もちろんそんな事はわかっているわ。ただもう少し奥まで行ってみましょう」

 

プリシラは言いつつ、私の背中をぐいぐいと押し始めた。

 

「ちょっと」

「文句は聞かないわ。わたしはこの国の第一王女なのよ。なにかあったら大変なんだから、ライズが先を歩いてよね!」

 

私はため息をつくと、仕方がないので先を歩き始めた。

 しかし、この森は不自然だ。

木々が鬱蒼としているのはいいとしてその生え方がおかしい。

森の手前はそれほどではなかったが奥に進むに従ってグネグネと曲がりくねった木が多くなっていく。

本来針葉樹林はまっすぐに育つからこそ価値がありそれが特性でもある。

なのにこの森の木々は杉や白樺でさえ奇妙に曲がって生えている。

そして動物の気配が殆ど無いのも不自然さを助長していた。

 これだけの森だ。熊まではいないとしても鹿や猪といった動物はいてもおかしくないし、キツネやタヌキ、ウサギ、リスといった小型の動物たちの気配すらない。

生き物の気配を感じないこの森はまさに「死の森」といったところだが、私は目に見えない心霊の類を信じていないので「死霊の森」とは呼びようがない。

奥に進むにつれて木々の変形はひどくなり、針葉樹の葉が黄色く枯れ始めていた。

これはあきらかに異常だ。自然現象でこうなるとは到底思えず、そうであれば人の手が加えられた事になる。

プリシラは私の後ろをキョロキョロしながらついてきていたが流石に違和感を覚えているようだ。

 

「ねえ、これってなんだか死霊の森というより、魔女の森っぽいわね」

「死霊の森と魔女の森の区別がわからないけれど」

 

木々の枝葉が枯れ果ててまわりはひどく殺風景になっていた。

帰り道にかかる時間を考えればそろそろ切り上げ時だ。

私は立ち止まると後ろを振り返りプリシラに声をかけた。

 

「そろそろ引き返す……」

 

言いかけた私の言葉をプリシラの声が遮った。

 

「ライズ! あれ!」

 

プリシラが指さした方向には少し先の木々の向こうから立ち上る煙が見て取れた。

 

「山火事、ではなさそうね」

 

火事の真っ黒な煙とは違いあれは煙突などから吹き出る薪を火にくべた煙の色だ。

という事は、この先に誰かがいて火を起こしているという事になる。

普通の森の中であれば木こりの炭焼き小屋等が順当だが、この不気味な森の中ではそうは考えづらい。

少なくともこの状況の原因、もしくは何かしらの関係があるものとみて間違いないだろう。

プリシラはごくりと喉を鳴らすと煙を目指して勇ましく歩き始めた。

私たちはランプもなければカンテラもない。

夜の帳が下りれば夜目がきく私はともかく、プリシラこそ歩けなくなるだろう。

秋は夜の訪れが早い。すでに空は茜色を通り越して紺色に近づいている。

わがままお姫様のミーハー趣味にこれ以上付き合う必要もない。

 

「私は帰るわよ」

 

再び立ち止まり、前をずんずん進むプリシラに声をなげた時、突然彼女の動きが止まった。

明らかに何かを見つけたようだった。

私はため息を一つつくとプリシラの場所まで進んだ。

 

 そこにあったのは小さな小屋だった。

ドルファンの建物は殆どが石組みもしくはレンガ積で出来ているが、その小屋は木組みで大きさは小さな馬小屋程度といったところだ。

屋根には煙突がありそこから煙が立ち上っている。

入口と思しきドアの脇に小さな明り取りのガラス窓があるが、内側にカーテンがかけられており中を覗く事はできない。

カーテンの脇から光が漏れている所を見ると中に誰かいるようだ。

枯れ果てた木々の真ん中にあるその簡素な小屋は明らかに異質な雰囲気を醸し出している。

 

「誰かいるのかしら」

 

プリシラの声は驚きと興奮で若干上ずっていた。

 

「さあ」

「さあ、ってちょっとは興味持ちなさいよ」

「仮に私がその小屋の住人だったとしたら、こんな時間に他人が押しかけてきたら迷惑だわ」

「別に中に上げてもらおうなんて思ってないわ。ただちょっとお話をきけたらなぁって」

 

私は答えずにため息をついた。

 

「それにもう暗くなってきたし、灯りでも貸してもらえるなら助かるじゃない!」

 

誰のせいで暗くなってしまったのか、と言いたい所だが敢えて言わない事にした。

プリシラ相手にそんな事を言ったところで時間と言葉を発するだけの労力の無駄だ。

 

「とりあえず、声をかけてみましょう」

 

彼女のその行動力にだけは素直に感心してしまう。

ただ、周りの迷惑をまったく考えていないところがプリシラのプリシラたる所以だが。

 プリシラがノックしようと近づくと、不意にそのドアが内側に向けて開いた。

そんな事をまったく想定していなかったプリシラは飛び上がらんばかりに驚いたが、流石は王女。

悲鳴を上げるような事はしなかった。

 

「お客さま?」

 

そう言ってドアを開けた人物、茶色い髪をした女性がこちらを驚き顔で見ていた。

私はその顔に見覚えがあった。

あの忌々しいミハエル・ゼールビスに遅れをとってしまった後に入院した病院の白衣の天使、最上級の微笑みを持つ看護師、ミス慈愛ことテディー・アデレードだ。

ミス慈愛はプリシラの後ろに立つ私にすぐに気が付いた。

 

「あら、ハイマーさん! その後具合はいかがですか」

 

たった四、五日入院しただけの患者を覚えている彼女の記憶力は大したものだ。

そして挨拶よりもすぐに怪我の経過を確認するあたり、根っからの看護師なのだろう。

 

「おかげさまでもうすっかりいいわ」

 

私が普通に会話をしているのでプリシラは目をぱちくりとさせている。

 

「なに、知り合いなの」

 

説明するのは面倒なので適当にうなずいて見せる。

テディーはコートを羽織りカバンを肩にかけており、ドアを開けた方ではない手に火の入ったランプを持っていた。

それはすなわち今から出かけようとしていたという事だ。

 

「ここに住んでいるの?」

 

私が声を投げるとテディーはあわててかぶりを振った。

 

「あ、いいえ。ここには──」

「テディー! なにかあったのか」

 

言いかけたテディーの言葉を遮り小屋の奥から女の声が響いた。

 

 テディーの後ろから声の主がこちらをのぞき込んでいた。

小柄な女性の様だが大きな丸眼鏡が光を反射して目線が確認できない。

肩下までの髪の毛は左右二つに結んでいるものの雑に結んでいるので高さがバラバラだし、ブラシや櫛で梳いていないのかボサボサしている。

耳元には悪趣味な髑髏モチーフのピアスをしているがこれは個人の趣味なのでとやかく言うまい。

深緑色の長いローブを着ている所為もありそのローブも所々染みや色抜けなどがあり、まるで絵本に登場する魔女そのものといった印象を受ける。

こんな森の奥の小屋にいる魔女とは、気が利いているではないか。

だが、部屋の中から僅かに漂ってくる匂いは干した蝙蝠や薬草の匂いではなく、明らかに合成された薬品の匂いだった。

その魔女はテディーの肩越しに私とプリシラをまじまじと見つめると訝し気な声で言った。

 

「あんたたち、こんな所に何の用だっていうのさ。ここは乳臭い子供が来るところじゃないよ」

「誰が乳臭いですって!」

 

プリシラが噛みつくのを片手で制して、私は言葉を返した。

 

「森で迷っただけなの。灯りを貸してもらえると助かるわ」

 

魔女はジロジロと遠慮のない視線をこちらに投げかけてくるが、たまりかねたテディーが割って入った。

 

「あ、あの、メネシスさん、この方は私の知り合いでして、決して怪しい方ではありません!」

 

テディーの言葉に、魔女の口元が明らかに不愉快そうに歪んだ。

 

「バカ、あんたは黙ってな」

 

正直者の慈愛の天使のお陰で、魔女の名前がわかった。

こちらが散々値踏みされるように見られたので、私も少なからず反撃する事とした。

 

「メネシスと言ったわね。突然の訪問の失礼はお詫びするわ。私たちは特に怪しいものではないし、灯りさえ貸してもらえれば退散する。ただし」

 

少しだけ声のトーンを下げる。

 

「夕方のうちに森を抜けられないなら、時間もある事だし奇形と枯れ果てた森の原因が、化学薬品の不法投棄かどうかは調査をしないといけないけれど」

「えっ!?」

 

プリシラとテディーが同時に声を上げる。

メネシスは微動だにしなかったが、握られた拳が怒りにわなわなと震えていた。

 

「化学(リバイテック)の恩恵を受けておきながら、どの口が言っているのさ」

 

口調は乱暴だったし、全身に怒りをまとっているのが見て取れたが、その態度は比較的冷静そうだった。

 

「まあ、いい。灯りさえ貸せばとっとと引き返すってことでしょ」

 

私が頷くと、メネシスは露骨に舌打ちした。

この魔女は、子供のように感情を露骨に表す性質のようだが、決して理知的でないわけではない。

事実、ポカンとしているプリシラやテディーと違い、どうすればいいのかを的確に把握している。

 

「ほら、貸してあげるからとっとと行きな」

 

メネシスは部屋の奥からガラスのランタンを持ってくると、慣れた手つきで火をつけて渡してきた。

 

「燃料も半日分以上は入っているから、森を抜けるのに十分でしょ」

 

私はそれを受け取る。オレンジ色の火の奥にわずかに青い色が見て取れ、煤がほとんど発生していない。

程度の悪い獣脂や油ではなくこれは高度に精製されたアルコール類の特徴だ。

 

「返却はどうすれば?」

「返してくれりゃなんでもいいわ。絶対に破損しないでよ」

「アルコールランタンは高価だものね」

 

私の言葉にメネシスの眉がピクリと反応した。

 

「お、あんた見る目があるね。そいつがアルコール燃料だと一目で見抜くなんて。化学に理解があるってこと?」

 

私とて、隠密のサリシュアンの肩書は伊達ではない。本業ではないが、多少の薬品を操り化学反応を利用する事もある。

 

「まあ、多少は」

「へえ、見どころあるね。あたしは日中だいたいこのラボにいるからさ。一応、名前を聞いておこうか」

「ライズ・ハイマーよ」

「ふうん、たまには若い女のサンプルもいいかもね」

 

メネシスは不穏な言葉を残すと私たち三人を小屋から追い出し、これ以上の詮索を拒絶するようにドアにカギをかけてしまった。

 

 

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