小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【43】ライズとジーン②

 森林区からの帰り道、不本意ながらもテディーと同行する事となってしまった。

テディーが同行するなら、そもそもランタンを借りる必要もなかったのだがまあいい。

相変わらずプリシラは子ども扱いされた事に腹を立てていただが、テディーが必死になだめていた。

 

「なんなの、あの陰険魔女は! しかも森の異常の原因まであの女だっていうの!?」

「メネシスさんは決して悪い人ではないんです。ただとても研究熱心なだけで」

 

最寄りのレリックス駅までの道のりはすでに暗くなっており、メネシスが貸してくれたランタンは非常に役に立っていた。

それもまたプリシラの気に障っているのもかもしれないが、一番の原因は幽霊の正体見たり枯れ尾花だった事だろう。

 

「それにしても」

 

私の言葉にテディーがこちらを見た。

 

「テディーがなぜ、メネシスの所に?」

「お薬をもらいによく伺うんです。病院で使うものもあれば、個人的に調合いただいているものもあるので」

 

そういえばテディーはセーラと同じ病気を患っているのを思い出した。

という事は薬は強心剤の類いだし、少なくともメネシスの薬学知識はそのレベル以上という事だ。

それにメネシスは化学(リバイテック)という言葉を口にしていた。

化学(リバイテック)は比較的新しい学問で、ドルファンの学者であるガレリア・ガリネシスが形態化したものだ。

化学の祖とも言われるガレリアは確か今はスィーズランドに留学していたはずである。

直接会った事は無いがこのガレリアという学者がまた曲者で、あのゼールビスの師であった事をヴァルファ入隊時の素行調査の資料で読んだ事があった。

すなわち、ゼールビスが今でもテロ行為によく使用する爆弾や先日私が体験した閃光弾等もこのガレリアの知識が根底にあるといっても過言ではない。

もしメネシスがガレリアと何かしらの繋がりがあるとしたら、それはゼールビスともつながりがあるかもしれないという事で、また一人油断ならない人物が増えた事になる。

 

「はあ、今日はもうくたくた。早く帰ってお風呂に入りたいわ」

 

プリシラが金色のお下げ髪をいじりながらつぶやいた。

それを見たテディーが微笑みながら言った。

 

「ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はテディー・アデレード。ドルファン国立病院で看護師をしています」

 

自己紹介を受けたプリシラがなんと答えるのか少し興味があったが、プリシラは悪びれもせずしらっと言い切った。

 

「わたしはプリム。プリム・ローズバンクよ」

「まあ、ローズバンクさん。よろしくお願いしますね」

 

横目で見ていた私を一瞥したプリシラは、その後テディーと下らない世間話を始めた。

プリシラが名乗った偽名は以前私が彼女の部屋を訪れた際にいたあのそばかすのメイドの名前だろう。

しかし、ローズバンクという苗字は初めて聞いた。

ローズバンク。何か引っかかる気がする。どこか遠く、昔の記憶の中に……。

 

 物思いに耽っているといつの間にかレリックス駅に到着していた。

すでに夜になってしまっていたので駅は人もまばらで、客待ちの馬車もだらしなく御者台から足を投げ出している素行の悪い馬車一台だけだった。

しかもそのブーツには見覚えがあるのだからなお悪い。

品行方正なテディーが戸惑っているので、私は肩をすくめて馬車に近づくと御者台に声を投げた。

 

「客よ。起きなさい」

 

御者はその声にのっそりと体を起こしてこちらを見るとニヤッと笑った。

 

「よう、騎士殿」

 

やはりというか、私の知る限りドルファンの馬車でこれだけ態度が悪いのは彼女しかいない。

 

「ジーン、城東大通りまで頼むわ」

「一日の仕事納めがあんたとはね。まあいい、乗ってくれ」

 

私の秘密を少しだけかじっているものの詮索しないでいてくれる貴重な御者のジーン・ペトロモーラは、さっきまでのだらけた態度はどこへやら、サッと御者台から飛び降りるとプリシラとテディーの為、馬車の客車から手を差し伸べた。

物怖じというものを知らないプリシラはその手を取ってさっさと乗り込んでしまったが、テディーは初対面ではないものの若干躊躇いをみせつつ乗り込んだ。

ジーンは私には手を貸してくれなかったので仕方ないので自力で乗り込んだ。

 馬車はゆっくりと走り出し、しっかりと法定速度内で運行していた。

私以外の客がいる時は随分しおらしい運転をするものだ、と思っているとジーンが声を投げてきた。

 

「こんな夜にレリックス駅とは、どこに行っていたんだ」

 

運転はしおらしいものの口調は相変わらず乱暴でぶっきらぼうだが、これでこそジーンだ。

プリシラはぐったりとして、さも話すのも面倒と言わんばかり。仕方なくテディーが答えた。

 

「森林区の奥の、お薬の先生のところです」

「ああ、あの環境破壊の魔女のところか」

 

明らかにジーンの声音が低くなり機嫌が悪くなったのがわかった。

それに対しテディーもムッとしたようで、少し声を荒げて反論した。

 

「みなさんそうやって魔女って仰いますが、みなさんだってメネシスさんの作った薬に助けられているかもしれませんよ」

 

その言葉にジーンは声を立てて笑った。

 

「はん。オレは生まれてこの方、病院なんてものに世話になった事がないからな。その心配はないな」

 

そしてそのまま言葉を続けた。

「そもそもあの魔女は薬学じゃなくて化学(リバイテック)だろ。オレのジジイもそうだったが、化学者なんていうのにはろくなやつがいない」

売り言葉に買い言葉。テディーも声を上げる。

 

「その化学が私たちを豊かにし、幸せにしてくれているんですよ」

「はっ。目の前の家族も幸せにできないヤツらが、誰を幸せにするっていうんだ。あんたのいう豊かさも幸せも、その裏に犠牲があるって事を知っているのか。不幸の上の幸せにあぐらをかくなんざ、オレはごめんだ」

 

流石のテディーも咄嗟に反論が出なかったようで、もう話すのはうんざりと言わんばかりに目を閉じて椅子に深く座りなおした。

本日の受付は終了しました、と言わんばかりの強い意思表示だった。

しかし今の会話を思い返すと、案外有益な話だったかもしれない。

まずジーンはメネシスの事を明確に知っているという事。

しかも、彼女が化学者だという事を理解しており、その上森林区の環境破壊も彼女が原因だという事まで正しく理解している。

そして面白いのがジーンの親類が化学者だったという事だ。化学はまだまだ新しい学問で、それを学んでいる年配者などほとんどいない。

 私は御者台への小窓ごしに、ジーンに聞こえる程度の小さな声で質問を投げた。

 

「まさかとは思うけれど、あなたのおじい様は、ガレリア・ガリネシス?」

 

馬車が大き目な石に乗り上げて一瞬揺れた。

態度はともかく、御者の腕は確かなジーンが絶対にしないミスだ。

 

「あんたも化学者の仲間なのか」

 

ジーンが私を猜疑の目で見つめる。

 

「私が化学者かどうか、あなたはすでに知っているはずよ」

「ん、そうだったな。騎士殿」

 

ジーンは平静を取り戻すと、手招きをしてきた。

テディーは相変わらずきつく目を閉じているし、プリシラはうつらうつらと船を漕いでいる。

私は客車のドアを開けると御者台に手をかけて素早くジーンの隣に移動した。

一般的には走行中の馬車のドアを開けるのは禁忌だし、御者台に移動するのも淑女にはあるまじき行いだが、夜闇の中で見咎められる事もないだろう。

私が御者台に収まるのを見届けると、ジーンは小さな声で語り始めた。

 

「お察しの通り、オレのじいさまは化学の祖なんて呼ばれているガレリア・ガリネシスその人だ。ただ、オレ自身はそんなに覚えていない。物心ついた頃には、スィーズランドのジジイの元を離れ、家族は全員ドルファンに移住したからな」

「あなたもスィーズランドの出身だったのね」

「戸籍上は。何も覚えちゃいないよ」

 

馬車はゆっくりと進んでいる。景色は木々の多い田舎道から、すこしずつ街のそれへと変化していた。

 

「ジジイは化学の研究の為なら、一切家族を顧みないヤツだったそうだ。その苦労話を子守歌代わりに育っちまったからな、どうにも化学者っていうのには好感が持てない」

 

頷いて見せる。どうにもドルファンに来てからは頷くのばかり上手くなる。

 

「あの森林区の魔女は、どうもうちのジジイの弟子だったみたいでな。一度だけオレの家にジジイを訪ねに来た事がある。もちろん、すぐに追い払ってやったが」

 

頷く。

という事は、ゼールビスとメネシスは兄弟弟子であるという事だ。

 

「だが、ジジイの弟子って事もそうだが、オレがあの魔女を嫌っているのは別に理由がある。あの森の様子を見たか? 木々は変形し、枯れ果て、動物は近寄ろうともしない。自然環境を破壊しているんだ、アイツは」

 

頷く。そろそろ頷き屋という商売を始めようか。

 

「柄にもないっていうのは分かっているが、オレは自然が大好きでね。動物たちの住処や木々や花々が伸び伸びと生きていける環境を守ってやりたいんだ。今でこそ御者なんてやっているが、将来は小さな牧場でも経営したいと思っているんだ。笑っちまうだろ」

 

ジーンは自虐するが、私は笑わなかった。

将来どうしたいのかなんて考えた事もない。

私は八騎将の一人として生きているし、この先もそれは変わらない。

だが、父が復讐を果たした時ヴァルファはどうなるのだろうか。

その時も私は隠密のサリシュアンとして傭兵部隊の一人として生き続ける事ができるのだろうか。

こんな漠然とした未来像しかない私に比べて、ジーンの将来はまぶしく見えた。

 

「とても……素敵だと思うわ」

 

思わず、ぽつりとつぶやいてしまった。

ジーンはそれこそ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに照れくさそうに笑った。

 

「ありがとな」

 

馬車は間もなく、城東大通りに差し掛かろうとしていた。

 

 

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