小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
九月二十九日
今年もこの日がやってきた。
毎年の収穫に感謝し、来年の豊作を祈願し、収穫にまるで関係ない馬術大会と剣術大会が開かれる収穫祭だ。
街は祭りに活気づき人々は戦争を忘れて陽気に騒ぐ。
去年の収穫祭ではヒューイの不戦敗を見守り、黄色い声に耐えるだけの苦痛を味わい、出店の菓子を味わうだけの祭りに参加する事になってしまったが今年は参加しない事にした。
元来人込みが苦手という事もあるが元々ヒューイの実力を量る良い機会だと思い参加したのだ。
すでに彼の実力はルシア・ライナノールとの一戦で理解している。
わざわざ人込みにまみれて理解していることを再認識するには及ばない。
あのりんごを飴で包んだ菓子には少しだけ後ろ髪を引かれる部分がないわけではないが、今の私にはそれよりも興味を引かれるものがある。
サウスドルファン駅へ向かう人々の流れに逆らい、レリックス駅へと移動する。
そこからは徒歩になるが、以前歩いている道なので迷う事はない。
森林区の鬱蒼とした森へ到着するとあの魔女の小屋へ向かう。
そう。私は件の魔女、メネシスの所へ向かっていた。
先日借りてしまったアルコールランタンを返しに行くのはもちろん建前で、かのガレリア・ガリネシスを師と仰ぐあの魔女が裏でゼールビスとのつながりが無いかを確認しに行くためだ。
今回は道のりに迷う事はなかったので午前中にはあの小屋にたどり着いた。
ドアを軽くノックすると中から彼女の声が聞こえた。
「開いてるよ」
半ば予測していた事とは言え、メネシスは収穫祭には参加していない事がわかった。
私はドアを開けて小屋の中へ入った。
先日は入口でしか話をしなかったので見えなかったが、まだ明るい時分だというのに窓には厚いカーテンが引かれ、部屋の隅に置かれた燐光灯のわずかな明りのみで部屋の中は薄暗かった。
お世辞にも広いとは言えない部屋の壁二面が本棚になっており多種多様な本がやや雑に突き刺さっていた。
残りの壁の一面は窓と生活必需品が、もう一面は薬棚になっており薬瓶が並んでいた。
メネシスはその薬棚の前で机に向かって何やら薬品の調合を行っていた。
アルコールランプであぶった試験管の中の薬品をビーカーの液体に加えている。
先ほどまで毒々しい緑色だった液体が徐々に鮮やかな青色に変わっていく。
薬品をすべて流し込むとようやく顔を上げてこちらを見た。
メネシスは私の姿を認めたが、特になんの反応も示さなかった。
「ああ、あんたか。ランタンだったらそこに置いておいて」
私は言われるままに目の前のテーブルに借りていたランタンを置いた。
そして、そのまま立ち尽くしていた。
しばらくの沈黙。
不意に顔を上げたメネシスは私がまだそこにいるのを確認すると、露骨に眉間にしわを寄せた。
「用が済んだのなら帰りなさいよ。それとも実験台にでもなろうっていうの」
「ガレリア・ガリネシス」
私の言葉にメネシスは動きを止めた。
「先生がどうしたって」
やはり。
化学(リバイテック)という言葉を使う以上は、必ずガレリア・ガリネシスの弟子だという読みは外れていなかった。
私はそのまま続けた。
「ガレリア自体は大した問題ではないわ。化学(リバイテック)は限られた分野ですもの。あなたがガレリアの弟子だとしてもそれは驚かない」
「随分勿体ぶるじゃないか」
「では、単刀直入に言うわ」
私は一つ息を吸い込み、忌まわしい名前を口にした。
「ミハエル・ゼールビス」
メネシスは表情こそ変えなかったが、試験管を持つ手が震えているのがわかった。
「あんた、ミハエルを知っているの」
この魔女は明らかにゼールビスの事を知っている。
そして、彼をミハエルとファーストネームで呼ぶ間柄という事だ。
「私たち、お茶でもした方がいいみたいね。ティーセットくらいはあるでしょ?」
メネシスは隠そうともせず、特大のため息を吐いた。
素直ではない彼女の同意の印と受け取っておこう。
部屋のすみから折り畳み式の椅子を引っ張り出し、実験用のテーブルに向き合って座った。
メネシスはティーカップこそ用意があったが肝心のティーポットを持っておらず、仕方がないのでアルコールランプでお湯を作り、ビーカーでお茶を淹れる事になった。
彼女の淹れたお茶は意外にもカモミールをメインとしたハーブティーであった。
「ハーブティーなんて、気が利いているわね」
「実験に行き詰った時に、リラックスする為にいいのよ」
「怪しい薬なんて入れてないでしょうね」
「あんた、あたしを何だと思っているのよ」
そんな表面上の会話を交わしつつ、お互い探りを入れるタイミングを計っているのがわかる。
メネシスは相変わらず大きな丸眼鏡で表情が見えず、やりづらい相手ではあった。
口火を切ったのは彼女の方だった。
「あんたが何者か知らないけれど、ミハエルとはどんな関係なの」
思った以上に直接的だ。この魔女はどうも駆け引きとか探り合いといったコミュニケーションの御術は専門分野ではないようだ。
「かつての同僚、といったところかしら」
その言葉に若干メネシスの態度がとげとげしくなった。
「ふうん。じゃあ、あんたもテロリストなんだ」
なんとなく想像がつく返しではあったが、それは甘受できない言葉だ。
「そんなものと一緒にしてほしくないわ。彼がテロ屋出身なのは知っているけれど、私は違う」
「ミハエルの仲間だったというだけで、どんな奴らなのかは大体想像つく」
その言い方だとメネシスはゼールビスの事を良くは思っていないという事になる。
「あなたはどうなの。ゼールビスとは兄弟弟子なのでしょう」
私が言うとメネシスは鼻息も荒くまくしたてた。
「兄弟弟子!? ああ、そう。一緒にガレリア先生の下で学んだという事なら兄弟弟子だろうね。あいつは優秀な化学者で、いつも先生に一番可愛がられていた! だけど、先生から教わった化学(リバイテック)を、あんなテロの道具として使うなんて、信じられない! 化学は世界を豊かにする学問なのに!!」
気が付くとメネシスは興奮のあまり立ち上がっていた。
私はそれを上目遣いで見ながら紅茶を飲んでいた。
「とにかく」
メネシスは椅子に座った。
「あたしはミハエルには恨みがあるし、その仲間だったというなら、あんたの事も好きにはなれない」
奇遇にも私もこの魔女は好きになれないと思っていた。
最近はシベリアの剣士だったりこの魔女だったり、人に嫌いだときっぱり言われることが多くなっている。
私は人に嫌われようが特に何かを感じるわけではないし、逆に私があまりにも魅力的過ぎて敢えて反対の事を言っているのかもしれない。
どちらでもあまり関係ないので、話を続けることにした。
「ではゼールビスとは連絡を取っていないの?」
「取るわけがないし、あいつがどこにいるかなんて知るわけもないでしょ」
この言葉には嘘はなさそうだ。
事実ゼールビスの事を憎んでいる彼女が、ここで手を貸しているとは考えづらい。
もしも憎き相手がドルファンの教会に潜入している事を教えたらどうなるであろうか。
いや、まだこの魔女の裏が取れたわけではない。しばらく泳がせてみて身辺調査を徹底する方が得策というものだ。
落ち着きを取り戻してきたメネシスが続けた。
「それで、あんたはどうなのよ。ミハエルを探してどうしたいの」
その答えは簡単だ。ヴァルファバラハリアンに鉄の掟がある。
そうなればあの裏切り者をどうしたいかというのは、必然的に答えは決まり切っている。
「裏切り者には死を」
一瞬、空気が凍った。
私が強い殺気を放つのに対し、魔女が示した感情は『心配』だった。
私が殺したいほどの憎悪を示したとき、彼女は明らかにゼールビスの事を心配するような雰囲気を発した。
長年潜入捜査をしてきた私はそのあたりは敏感に感じられると思っているし、自信を持っている。
「ま、まあ」
メネシスが自分のお茶を一口飲んで言った。
「そういう意味ではあんたもあたしもミハエルを探しているし、憎んでいるという点では共通しているって事ね」
「そうとも言えるわ」
「はっきり言ってあたしは手詰まりだったし、積極的に探していなかった事は確かよ。こうして化学に関する仕事をしていれば、いつかどこかで出会う事もあると思っていた」
頷く。私の得意技だ。
「でも、今日までミハエルの情報が出てきた事はないし、これから何かが出てくるとも思えない。だけど、一応目的が同じ以上は、何か掴んだならあんたにも共有する」
だから、私も何かを掴んだら共有しろ、という事だろうか。
これは私にとっては何の得もない提案ではないだろうか。少なくとも私はゼールビスの居場所を知っている。
だが、ゼールビスがドルファンに潜入している目的がわからない以上、多少なりとも彼に関連する人物というカードを持っていてもそれはそれで役に立つかもしれない。
「いいわ。こちらも何か情報があれば共有するし、場合によるけれど、いきなり殺したりしないようにする」
私が言うとメネシスは唇の端で笑って見せてカップを持ち上げた。
「じゃあ、契約成立ということで」
こんな下らない儀式的なものはあまり好きではないのだが。
私もカップを持ち上げると、乾杯をして紅茶を飲みほした。