小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
街の木々も少しずつ紅く色づき始めた十月の半ば。事件は突然やってきた。
その日私はソフィア、ハンナと一緒に学校からの帰り道を歩いていた。
ソフィアは劇団アガサの練習生に起用されたのだが、最近はアルバイトに忙しくなかなか練習に参加出来ていない事、母親が入院しておりその医療費を捻出するためにいろいろなアルバイトをしている事などを話してくれており、存外この娘も苦労しているのだと感心していた。
ハンナはそんな話に相槌を打ちながら、いちいちソフィアの感情に同調するように一喜一憂している。
なんと感情の変化の忙しい事だろうか。
「そうだ、これなんだけれど」
ハンナが自分の鞄の中に手を入れて何やらガサガサと探していた。
「ボクの家の庭に大きな林檎の木があってさ。なかなか良い味しているから二人にもお裾分けしようと思って」
「ハンナの家には林檎の木があるの? いいなあ」
そんなハンナとソフィアの気の抜けた会話を聞いていると、遥か通りの向こうからレズリーが物凄い剣幕で走ってくるのが見えた。
いつも大人びた雰囲気を醸し出しているレズリーがそんなに必死なのは珍しいと思っていると、私たちの前で急に立ち止まり息も絶え絶えに叫んだ。
「ライズ! ロリィを見なかったか!?」
挨拶も無しに突然知らない人の名前を言われても反応に困る。
隣にいるソフィアとハンナも目をぱちくりとしている。
「レズリー、少し落ち着いて。事情を説明してくれないと、なんとも答えようがないわ」
私の声が聞こえたかどうかわからないが、レズリーは膝に手をつきながら肩で息をしつつ、懸命に呼吸を整えようとしていた。
そして果たして呼吸が落ち着いたとも言えないながらも、必死に語り始めた。
「あたしにいつもくっついて歩いている中等部の女子を覚えているか?」
去年のクリスマスに彼女の隣にいた中等部の女子の事なら覚えている。
いかにも年頃の女の子らしいフリルまみれのドレスに、ふわふわとした甘い砂糖菓子を主食としているような、私が一番苦手としているような雰囲気の子だ。
私が頷くと、レズリーは悲鳴に近い声で続けた。
「その子が誘拐されたんだ!」
「え!?」
尋常ならざる単語にソフィアとハンナが声を上げた。
私はそれほど驚きはしなかったので、質問をする事にした。
「なにを根拠に誘拐だと」
「下校途中で馬に乗った男に連れ去られた所を、街の人が何人か目撃しているんだ」
レズリーはようやく呼吸が落ち着いたようで、制服の袖で額の汗を拭った。
「ちくしょう。あたしが傍にいてやれなかったから……!」
「過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。それよりも誘拐されたとしたら、何か心当たりはないの」
仮にも誘拐が本当ならその目的があるはずだ。
セオリー通りなら身代金の要求がありそうだが、そのロリィという娘の親は金持ちなのだろうか。
「ロリィにはストーカーがいたんだ! 見かけた人の話によれば、背格好や印象は限りなく一致すると思う」
取り乱しているだけかと思ったが、意外にもしっかりと分析を行っている。
「それで、走っていたという事はどこかに向かっていたのでしょう。どこへ行こうとしていたの」
私の問いにレズリーは若干口ごもったが、すぐに答えた。
「シーエアー地区に。軍に少しは頼りになる知り合いがいるんだ。そいつならなんとかしてくれるかもしれないと思って」
頼りになる軍の知り合い。レズリーのような普通の女子学生が。
すぐさまその人物に思い当ってしまったが、それは今は伏せておこう。
「その知り合いはともかく、軍部に届けは出しているの? 親御さんは?」
「いや、まだ何も……」
そう言ったレズリーは先ほどまでの勢いがすっかり無くなり肩を落とし始めていた。
おそらく冷静になった今、先にやらなければいけない事に思い当ったのだろう。
ただ事情を知ってしまった以上、知らん顔をするのは精神衛生上よくない。
私は頭の中で情報を整理し行動に移す事とした。
「ソフィア」
声をかけると、ソフィアは飛び上がらんばかりに驚いた。
「は、はい!」
「あなたはレズリーと一緒に最寄りの軍部の詰め所に行って通報をして。そして出来ればそのままロリィの親御さんに連絡をしてあげて」
ソフィアは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、事態が深刻な状況なのを察して力強く頷いた。
「ハンナ」
ハンナは呼ばれるのを今か今かと待っていたようで驚きはしなかった。
「うん、ボクは何をすればいい?」
「ハンナはシーエアー地区の傭兵宿舎に走って、ヒューイにこの事を伝えて」
「ヒューイに?」
「ええ。レズリーとも知り合いみたいだし、治安維持は軍部の仕事よ」
「わかった、任せて!」
言うや否やハンナは火の玉のような勢いで走りだした。
こういう事に関しては、なんと頼りがいがある事か。
その間に少し落ち着きを取り戻したレズリーは瞳の奥に若干の不安を抱えつつも、こちらを見た。
「あんたはどうするんだ」
もっともな質問だ。
指示だけ出して私が動かないというのもおかしな話だ。
もちろん私も何も考えがないわけではない。
「私は少し街で聞き込みをしてみる。レズリー達はサウスドルファンの、そう、クレアのお店にいて。何か情報があれば連絡を取るわ」
「連絡って言ったって……」
レズリーの言葉を無視して、私はフェンネル地区に向けて走り出した。
潜入活動をしている時に重要なのは活動を怪しまれない工夫と痕跡を残さない事だ。
活動を怪しまれないという点では、私は表向きスィーズランドからの留学生であるため全く問題ない。
難しいのは痕跡を残さない事で活動をすれば当然移動手段などで馬車を利用する事もあるし、利用すれば第三者と接することになる。
そんな時に私の素性をある程度理解した上での協力者がいれば、それはこの上なく有利になるだろう。
そういうわけで私は協力者と呼べるかは別として、多少なりとも私の素性を理解しているであろうジーン・ペトロモーラの行動パターンを完全に把握する事にしていた。
平日のこの曜日、この時間なら通常彼女の馬車はフェンネル駅で客待ちをしているはずだ。
案の定フェンネル駅前で暇そうに御者台の上であくびをしているジーンを見つけることが出来た。
私が走ってくるのに気づいたジーンはすぐにピンと来たようで、客待ちの順番の列を無視してすかさず馬に鞭を入れて馬車を動かし始めた。
その動き始めた馬車の開け放したままの客車に、走りながら飛び乗る。
間髪置かずにジーンの楽しそうな声が響いた。
「お客さん、どちらまで!」
「カミツレ高原の遺跡群入り口まで頼むわ」
「了解、振り落とされるなよ!」
馬車は勢いを増して加速していき、法定速度を明らかに無視した速さで走り出した。
私は客車の座席に深く腰掛けると、走りづめで乱れた呼吸を整えながら思考を整理し始めた。
ロリィという子が誘拐されたのはまず間違いがない。
そして、その犯人というのも普段からストーカー行為を行っていた人物にほぼ間違いないだろう。
中等部の女子を白昼堂々かどわかすような人物が冷静である可能性は低く、直情的かつ短絡的な行動を取っていることが予想できる。
だが間違った方向であったとしてもロリィに対し親愛の情を持っている人物であろうから、連れ去ってすぐに殺すような行動はしないだろう。
一旦人目につかない場所で監禁などをして、その後はよからぬ行動を取るかもしれない。
だとすれば行動は早いに越したことはないし、馬で連れ去った上に人目につかないところなど、はっきり言って限られていると言っていい。
蛇の道は蛇。脛に疵持つ者ならば思考も似てしかるべきなのだ。
私が誘拐犯だとしたら、監禁場所には遺跡群を選ぶ。
なんなら、あのリン・コーユーと戦った民家跡地などおあつらえ向きではないか。
レズリーの手前街で聞き込みをするなど言ったが、そんなことをしている時間はない。
だからこそ、この最短距離を選んだのだから。
ふと顔を上げると馬車はとっくに市街地を抜けて高原へと続く山道へと差し掛かっていた。
巧みに馬車を操りながら、ジーンが声を投げてくる。
「もうすぐ遺跡群だが、どうする」
「遺跡群の入り口付近で速度を落として。そうしたら飛び降りる。悪いけれど、そのままレリックス駅で待っていてくれると助かるわ」
「了解した。オレの馬車の貸し切り運賃は高いぜ!」
「法定速度無視を告発されたくなかったら割引する事ね」
私の直感では犯人はあの遺跡群のどこかにいるはずだ。
万が一の事態を想定して馬車を遺跡群入り口で待たせるわけにはいかない。
もしも馬車が停留しているのを犯人が見かけて、焦りでロリィに危害を加えないとは言い切れない。
間もなく馬車は遺跡群入り口に差し掛かり、悪い路面に対応するように至極自然に速度を落とした。
さすがの腕前に関心しながら私は馬車の陰になるように飛び降りると、少しの間並走しつつそのまま手近な遺跡の陰に身を潜めた。
走り去る馬車を見送ると、周りの状況を確認しつつ遺跡の奥へと慎重に進むことにした。
何故かこの遺跡群に忍び込む時は、ドルファン学園の制服を着ている事が多い。
こんな目立つ服装は潜入には向いていないと言うのに。
私は周りの遺跡の中で民家や小さな部屋になっている建物に注意を払いながら、以前リン・コーユーと戦った場所を目指した。
誘拐した女子を監禁するにはまさにうってつけの場所だし、私が犯人なら絶対にそうするだろう。