小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【46】ライズと誘拐事件(後編)

 案の定というか、まさにリン・コーユーと戦った遺跡に到着すると、すぐ近くの木に馬が繋がれていた。

こんな場所に馬が繋がれる事など数十年か下手をすれば百年以上振りなのは間違いなく、それは言い換えれば犯人が乗ってきたものという確かな証左になりえる。

私はその馬と遺跡の入り口がよく見える朽ち果てた建物の陰に隠れながら、これからの作戦を考えることにした。

まずしなくてはいけない事は今あの遺跡の中に犯人がいるかどうかの確認。

そして、ロリィの安否。

ここからは中が暗くて確認できないが、入り口にはドアや扉があるわけではないので、近づけば中を覗き見る事は可能だがそうなると犯人が中にいてこちらに気づいた場合の対処法も考えておく必要がある。

犯人がどんな人物なのかわからないが誘拐を実行するだけの準備はしているだろう。

 

 突発的な犯行だったとしてもナイフなどの刃物を所持している事は想定出来る。

それ以外に縄などを所持しているだろうし、ドルファンでは一般的ではないが小型の銃もあるかもしれない。

銃はいささか言い過ぎかもしれないがボーガン等の飛び道具はあり得る。

その他警戒しなくてはいけないものは火薬や化学薬品の類だが、こちらは扱いが難しい上、誘拐に馬を利用している事からも所持しているとは考えづらい。

こちらの武装はいつものダガーが一本、念のために持ち歩いている煙幕の丸薬、学園の教科書と筆記用具くらいのものだ。

制圧するだけならば煙幕を投げ込んで視界を奪った後にナイフを突き立てればいいだけなので簡単だが、人質がいる以上そう上手くはいかないだろう。

それに、軍部に通報をしている以上はあまり事を荒立てるわけにもいかない。

犯人を制圧したとしても遺体となってしまえば、私に追及が及ぶのは避けられなくなってしまう。

最善策としては犯人とロリィの状況をしっかりと把握し、駆け付けるであろう軍部の人間に処置を委ねる事だが、腰の重い軍部がすぐに動くとは思えない。そこはハンナとあの東洋人傭兵に期待しよう。

 

 とりあえず犯人の動向と人質の状況を確認する事を最優先としよう。

繋がれている馬を刺激せずに近寄り、中を覗き込むにはどうすればよいか。

方法を考えていると、ちょうど良い事に犯人と思しき人物が入り口からまわりを警戒しながら出てきてくれた。

身長は大半の男性と同じくらい、髪の色は茶で長さは短くはないが極端に長くもない。肌の色はどちらかというと白く、瞳の色も茶。

中肉中背で顔つきも犯罪者のような凶悪な感じはせず、どちらかというと無害そうないたって特徴のない顔をしている。

本当にこの男がロリィを誘拐したのだろうか。

まだ当のロリィの姿を確認していないので、どうしても確信が持てない。

だが、その男は明らかに周りを警戒しており、キョロキョロと周りを見渡すとまた遺跡の中へと戻っていった。

遺跡の中にどんな物を隠しているかわからないが、今確認した限りでは武装は腰のベルトに帯びられた刀身二十五センチほどのナイフのみ。

いざとなれば素手でも制圧可能だ。

このまま物陰に隠れていても埒があかないし、得られる情報も増えないだろう。

私は深くため息を吐くと、姿を隠す事は止めて歩き出した。

こんな事はしたくないが、これよりいい方法が見つからないのだから仕方ない。

一息吸い込むと、声を上げた。

 

「ロリィ! いるの? ロリィ!」

 

遺跡の中で明らかに犯人が動揺したのがわかった。

私は単純に行方不明の女の子を探しに来た女子学生を演じ、不用意にかつ不用心に遺跡に近寄って行く。

そして無邪気に遺跡の中を覗き込んだ。

いた。ロリィだ。

ドルファン学園中等部の制服を自分でアレンジしたのか、フリルがたくさんついた制服を着ていて、いつかレズリーの隣で見た覚えのある薄桃色のふわふわしたボブカットの髪は記憶に残っている。

猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られ、両足首も縛られて地面に転がされているが、大きなくりくりとした瞳がこちらをびっくりしたように見ている。

 とりあえずは生きている、と安堵した瞬間、私は横の死角から現れた男に後ろから羽交い絞めにされ、そのまま首を絞められた。

私の学生鞄が地面に落ち、ロリィが猿轡のまま悲鳴を上げたのがわかった。

もちろんそう来ることは予想していたし、男の気配はわかった上での行動で、これが狙いなのだから仕方ない。

こんな素人丸出しの拘束など一瞬で抜け出す事は可能だが、せいぜい抵抗してもがく演技をし、十数秒後に気絶した振りをして膝から崩れて見せた。

薄目を開けて観察する限り、男は安堵のため息をついたのち、ロリィと同じように私に猿轡の布を噛ませると、後ろ手に縛り上げ、足首にも厳重に縄をかけた。

そのままロリィの横に転がすと、ロリィの脇に座り苛立ちを隠さない声で言った。

 

「この女は知り合いか?」

 

ロリィが必至に首を振る。正直で素直な反応だ。

 

「ドルファン学園の生徒か?」

 

今度は首を縦に振っている。

制服を着ているのだから、他に何だと言うのだ。冷静な者だったら言わないであろう言葉を選ぶという事は、若干の興奮状態なのかもしれない。

男はおもむろに立ち上がると、

 

「死にたくなければ、静かにしていろ」

 

と誘拐犯の模範的とも言えるセリフを吐いて、慎重にまわりを確認しながら遺跡から出ていった。

他にもロリィを探しに来ている人間がいないか、確認しに行ったのだろう。

ロリィはおびえた様子で男を見送った。

 

 

 行動するなら早いほうが良い。男が戻ってくるまでが勝負だ。

先ほど後ろ手に縛られた時、実は巧みに縄を手で握り込んでいた。

手を開けば縄が緩み、両腕をひねり動かすと手の拘束が外れた。

邪魔な猿轡を外し、両足の拘束を外しにかかる。

どんな縛り方をしたのかかなりきつく縛られており、外すのは困難だ。

こんな事に時間をかけられないので、先ほどから地面に転がったままの私の鞄の所まで這いずって行くと、ダガーを引っ張り出して縄を切った。

私の行動を隣で見ていたロリィは驚きのあまり目をぱちくりとしていた。

 

「これからあなたの拘束を解くけれど、決して声を上げたりしないで」

 

ロリィが何度もうなずく。

彼女の猿轡を外してやり、手足を縛っている縄を切る。

可哀想に、彼女の手首と足首は縄でこすれて赤く腫れていた。

 

「あ……ありがとう、ございます……」

 

ロリィが遠慮がちに言った。

私に言われた事を気にしているのだろう。素直で可愛い反応だ。

 

「心配しなくていいわ。私はレズリーのクラスメイトよ」

「お姉ちゃんの!?」

 

表情がわずかに明るくなった。無理もない。この子は何もしらないただの中等部の女の子なのだから。

 

「レズリーが色々と手を打っているから大丈夫よ。とりあえずここを出ましょう。あの男が戻ってくる前に」

 

私はロリィの気持ちに配慮して鞄の中にダガーを戻すと、入り口に脇の壁に張り付き外の様子を伺った。

近くに男の気配はない。

木にくくられていた馬もいない事から、周囲の警戒に出たのだろう。

私は空いている方の手でロリィの小さな手を握り、遺跡から走り出た。

周りを警戒しつつ、なるべく物陰に隠れながらカミツレ高原駅を目指す。

そこまでたどり着けばジーンの馬車がある。

犯人に見つからずにそこまで行けるだろうか。私一人なら問題ないだろうが、今はロリィがいる。

走る速度も落ちるし、私のように足音や気配を消せるわけでもない。

先日プリシラと逃げた時にも感じた事だが、訓練を受けていない人間と行動を共にするというのは、なんと大変で面倒な事だろう。

そんな事を考えていると、視界の端に馬上から喚きたてる男の姿が見えた。

先の遺跡の区画から猛然と馬を走らせてくるその男は、間違いなく例の誘拐犯だ。

 

「待て! 逃げても無駄だ!」

 

男は馬の速度を上げてこちらへと迫ってきていた。

ロリィが青い顔で震えているのが伝わってくる。

戦う以外の選択肢はないのだろうか。こんな所で軍部に目を付けられるのは、これからの私の任務に著しく悪影響になってしまうので出来る限り避けたいところだが、隣で震えているこの女の子を守るにはそれしかない。

ロリィを後ろに庇いつつ男に対峙しようと構えた時、突如、男の頭に何かが激しくぶつかった。

私からは一瞬男の頭が弾けたかのように見えたが、男はそのままバランスを崩して馬から落ちて転がった。

そしてそれと間髪置かずに知っている声が響いた。

 

「ライズ! 大丈夫!?」

 

かなり遠い距離だがよく通るその声の主は、ハンナだった。

犯人の男の遥か後方から、馬に乗ったヒューイとその馬に相乗りしているハンナが見えた。

ヒューイは巧みな手綱さばきで瞬く間に男のもとへ駆け寄ると馬から飛び降りて男の容態を確認していた。

私もロリィをなだめつつもその場に駆け寄った。

男は馬から落ちた際に怪我をしたようで衣服に血の跡がついており、苦しそうにもがいている。

ヒューイはすかさず男に縄をかけて縛り上げてしまった。

 

「多少痛むところはあるかもしれないが、命に係わる程ではないな」

「お、お兄ちゃん! 怖かった!」

 

私の後ろで震えていたロリィが、ヒューイの姿を認めるなり涙をぽろぽろと零しながら胸に飛び込んだ。

ヒューイはそれを困ったような笑顔で受け止め、優しく涙を拭ってあげていた。

 

「あなた、中等部の子とも知り合いなの?」

 

呆れ半分で私が言うと、彼は肩をすくめた。

 

「この子の姉貴分と知り合いで。それでまあ」

「レズリー・ロピカーナ」

 

私の言葉にヒューイは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

「驚いたな、レズリーを知っているのか」

「クラスメイトよ」

 

私はややぶっきら棒に言い捨てると、乗ってきた馬を手近な木に繋いでいるハンナの方に駆け寄った。

ハンナは近寄る私に気が付くといつもの明るい笑顔で言った。

 

「ライズ、大丈夫だった? なんだか追いかけられていたみたいだから、びっくりしたよ」

「彼を連れてきてくれて助かったわ。よくここがわかったわね」

「ヒューイが誰かを監禁するならこのあたりだろうって。誰か監禁したことでもあるのかな?」

 

ハンナは半分冗談、半分真面目に言っていたので、思わず微笑してしまった。

そしてヒューイの直観の正しさと判断力に素直に感心した。

 

「あの犯人の頭に何かがぶつかったように見えたけれど何をしたの?」

「ああ、あれは」

 

ハンナは自分の鞄の中から小振りだがつやつやと輝きを放つ林檎を取り出した。

 

「ライズとソフィアにお裾分けしようと思っていた林檎だったんだ。咄嗟に投げつけちゃったけれど」

 

照れて笑いつつ、その林檎を差し出した。

 

「ソフィアの分は無くなっちゃったけれど、また持ってくるよ。はい、これはライズの分」

 

私は戸惑いつつも林檎を受け取った。

 

「あ、ありがとう」

 

それにしてもハンナの投げた林檎は素晴らしいコントロールと威力だった。

一瞬本当に犯人の男の頭が弾けたかと思った程だ。

 

「ライズが無事で良かったよ」

 

全く屈託のない笑顔を浮かべながら、ハンナはウィンクをしてみせた。

 

 

 その後ヒューイは犯人の男を軍部まで連行するという事で、乗ってきた馬に跨りつつ男を縄で引いていった。

残された私たちはレリックス駅で待たせていたジーンの馬車に乗り、レズリーとソフィアが待っているだろうサウスドルファンのバーに向かう事にした。

馬車に揺られながらウトウトしているハンナを横目に、私の斜め前に座ったロリィは何か言いたげな顔で私を見ていた。

 

「私の顔に何かついているかしら」

 

ロリィは大きく首を振ると、小さな声で言った。

 

「あの、助けてもらってありがとう。お姉ちゃんのお友達なの?」

 

友達。私とレズリーは友達なのだろうか。

ドルファンに来てからソフィアとハンナは友人と言えるだろうが、それ以外で友人と呼べそうなのは思いつく限りジーンくらいだ。

ただ、年齢よりも幼い印象のこの子に否定してみせるのも大人げないような気がして、当たり障りのないよう事実のみを告げる事にした。

 

「クラスメイトよ」

「そうなんだ」

 

流石に少し疲れを感じておりあまりこの子の相手をしている気分ではないが、一応口止めだけはしておかなければならない事に思い至った。

 

「あなたを助けた時に、ナイフを使った事や拘束を自力で抜けた事は秘密にしておいてくれるかしら」

「どうして?」

「あんなものを持っているのは校則違反なの。これが学校に知られてしまえば、退学になってしまうわ」

 

そもそも校則違反どころか、ドルファンの法律違反なのだが。

 

「そんな! ロリィを助けてくれたのに?」

「ええ、もちろん。それに、ナイフを持っていた女のクラスメイトなら、レズリーにも影響が及んでしまかもしれないわ」

「お姉ちゃんまで?」

 

無言で頷く。少しばかりずるい方法だが嘘も方便と言うし、これくらいは許容範囲だろう。

 

「わかった、秘密にしておくね」

「えらいわ」

 

反射的にこの物分かりの良い子の頭を撫でそうになったが、よく考えれば相手は中等部なのだ。

流石にそれは止めておき、この後家族やレズリーに説明する時の口裏合わせを説明した。

このロリィという少女は見た目に反して非常に頭の回転が速く、説明した段取りのほとんどを一回の説明で滞りなく理解してしまった。

私は素直に感心していた。

 

「あんなに怖い思いをした後なのに、とても落ち着いているのね」

 

私が言うと、ロリィは思ってもみなかったようで驚いた顔をした。

 

「ロリィ、怖かったけれど、お姉ちゃんか王子様が助けにきてくれるって信じていたから」

「王子様?」

「そう、ヒューイお兄ちゃん。お兄ちゃんは私の王子様なんだ。今日は白馬に乗っていなかったけれどね」

 

そう言って満面の笑みを浮かべるロリィに、私は頭が痛くなりそうだった。

あの東洋人傭兵の交友関係は一体どうなっているのだろうか。

もっとも、潜入捜査をしている私が言えた立場ではないのだが。

私はため息をつきつつ馬車の窓に目を移した。

馬車はサウスドルファンに到着するところで、間もなくロリィの家族やレズリーは感動の対面を果たす事になる。

アルバイトで忙しいはずのソフィアを待たせているのは申し訳ないところだ。

ジーンにもまた一つ借りが出来てしまったし、潜入捜査員としては今日の行動は褒められたものではない。

だが、何とも言えない充実感で心が軽い。

たまには人助けも良いのかもしれない。

 

 

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