小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ロリィの誘拐事件はその後思ったよりは騒がれずに終わっていった。
その週のウィークリートピックスに小さく記事が載っていたが、それも東洋人傭兵の活躍により事件が解決したという内容で、私の事はもちろん、ソフィアやハンナの事も書かれることはなかった。
だが事件が解決した翌日にレズリーが改めて私たちの所へやってくると、神妙な面持ちで深く頭を下げた。
「ロリィの救出に尽力してくれて、ありがとう。あたし一人じゃ上手く立ち回る事も出来なかったし、もしかしたらロリィをもっと危険な目に合わせていたかもしれない」
下校しようと校門で待ち合わせていた私とソフィア、ハンナは思わず顔を見合わせた。
まわりの生徒たちが何事かとこちらをちらりと見ながら歩いていく。
これでは私たち三人がレズリーを寄ってたかっていじめているように見えなくもない。
「ちょ、ちょっと、こんなところで止めてよ! ボク達は出来ることをやっただけなんだし」
意外にもこういった場面で周りの目を一番気にするのはハンナで、彼女はあわててかぶりを振るとレズリーの手を引っ張り歩き出した。
ハンナがレズリーの手を引っ張りずんずんと歩くものだから、奇しくも四人で下校するような形になってしまった。
結局どこかで落ち着いて話をする事となり、制服でも行ける範囲との事からサウスドルファン駅の近くの広場に併設された喫茶店のテラス席で、アルバイトがあるので先に帰ったソフィアを除いた三人でお茶をする事になった。
ちなみにレズリーはブラックコーヒーを、ハンナはミルク多めのカフェラテを、私は何も足さない紅茶をそれぞれ注文していた。
この季節に屋外で飲む紅茶は秋の空気の心地よさもありなかなかよいものだ。
「もう一度改めてお礼を言わせてほしい。本当にありがとう」
飲み物がテーブルに届くとレズリーは再度頭を下げた。
「もう、それはいいよ! 十分感謝の気持ちはわかったからさ、ねえライズ」
ハンナはしきりに恐縮しているが、私はレズリーが意外に義理堅いのだな、と変な所で感心していた。
「それで、犯人は以前からロリィを付け回していた男だったの?」
私の言葉にレズリーは神妙に頷いた。
「ああ。厳密に言えばあたしも部外者だし細かな事はわからないけれど、ロリィの話によれば間違いないみたいだ」
確かにレズリーはロリィから姉のように慕われてはいるが、別に親族でもなんでもないただのドルファン学園の先輩後輩であるのだから、詳細を知らされていなくて当然だ。
レズリーが言葉を続ける。
「ただ、犯人の男がヴァネッサ派だったみたいで、軍部も取り調べに躍起になっているって聞いたよ」
「ヴァネッサ派?」
期待を裏切らないハンナの言葉に私はため息をつきながら答えた。
「極左派の反体制組織ね。その中でも過激派のアウル・ヴァネッサと穏健派のテラ・ヴァネッサに別れているそうだけれど」
「えーと、きょくさは? っていうのが何だかよくわからないけれど、要は危ない人たちって事でしょう?」
私の説明にもハンナの疑問は解消しなかったようだが、大した問題ではない。
健全で安全な活動の反体制主義などないし、敵国に忍び込んでいる私が言える立場ではないのだから。
「大体その理解でいいわ」
アウル・ヴァネッサとテラ・ヴァネッサは同じヴァネッサ派ではあるが、実は思想が根本的に異なり、頻繁に対立をしている。
過激派のアウルはつい先日も孤児院に爆発物を持って立てこもり逮捕者を出しており、そのやり方をテラが非難する文書を出したばかりだ。
「同じ仲間なのになんで仲良くできないのかな。ヴァネッサ派かどうかわからないけれど、さっきもこんな変な物を配っていたよ」
そう言ってハンナは活版印刷で刷られたチラシを取り出した。
どうやらここに来る途中に駅前で配っていたものをもらってきたようだ。
私は大体そう言ったチラシの類は無視してしまうのだが、お人好しのハンナは配られているものは全部もらってきてしまう。
私はそのチラシを受け取ると、何の気なしに内容を確認した。
それは装飾などが殆どない色気のないデザインで、大半を余白が占める中、過激な文章が三行にまとめられて書かれていた。
『偽の王女、プリシラを国外追放せよ!
ドルファンは正しき王族の血に帰属する!
偽物の血筋はあるべき場所へ帰るべし!』
その文章に私はにわかに興味を持った。
誰が何の為に撒いているのかわからないが、なかなか言い得て妙ではないか。
だがプリシラのあの秘密はどこかで漏洩するようなものではない。
ドルファンという国の根源に関する秘密事項であり、最重要機密事項である事は間違いない。
恐らくその事実を知るのは王室議会の中でも本当に限られたメンバーのみだろうし、旧家の両翼の中でも当主のみしか知りえないほどの機密事項であるべきだ。
そんな情報が街中のチラシで公衆にばら撒かれるのはいささか強引すぎるのではないか。
私の考えを肯定するようにコーヒーを口にしながらこちらを見ていたレズリーが言った。
「ああ、プリシラ王女の偽王女説か。去年もこの時期に配られていたな」
「この時期?」
「この時期だよ。プリシラ王女の誕生日」
そうだ。すっかり失念していたが、十月二十六日はプリシラの誕生日だ。
それが本当の誕生日なのかは置いておいたとして、毎年王宮で招待客のみの誕生パーティーが開かれているという話で、どうにかそれに潜り込みたいと思っていたものだった。
だが今となっては会おうと思えば会いに行けるという摩訶不思議な間柄になってしまったので、すっかり興味がなくなっていた。
毎年この怪文書がプリシラの誕生日付近で撒かれると言うならそれはそれで興味深い。
私はそのチラシをそっと鞄にしまい、優雅にお茶を飲み干すと席を立った。
「それじゃ、私は用があるので失礼するわ」
「あ、そうか。ライズも本当にありがとうな」
レズリーのお礼に頷いて答えると、私はそのままサウスドルファン駅前へと急いだ。
駅前はいつも人が多く賑わっているが、件のチラシを撒いている人物はすでに撤収しているようだった。
一体どんな人物がそれを行っているのか突き止めておくべきなのに、手掛かりがなくなってしまった。
この実行犯は少なくともプリシラの秘密を何かしら知っており、なおかつそれを良しと思っていないという事だ。
仮にコンタクトが取れればかなり重要な情報提供者となってくれる可能性もある。
だが、逆に重度の愛国者だった場合、私たちヴァルファバラハリアンにとって厄介な存在にもなりえる。
接触できたとしてもまずは見極めが重要になるだろうし、そもそも今は何も手掛かりがない。
配布している人間を一目でも見れたら、と思いティータイムを切り上げて来たわけだが、あいにく空振りになってしまったようだ。
考えてみればプリシラ偽王女説のチラシを撒いているような人間がいつまでも駅前にいるわけもない。
ふとため息を吐いた時、「ライズさん!」と声をかけられた。
声の方に振り替えると、そこには光の加減で緑に見える茶色い髪をゆるめの三つ編みで後ろでまとめた女性がいた。
私服だった為に一瞬誰だかわからなかったが、鼻のまわりの特徴的なそばかすですぐにプリシラのお付きであるプリム・ローズバンクである事に思い至った。
「学校からの帰り途中ですか」
プリシラと顔を合わす機会が増えてからすっかり私の存在に慣れたようで、プリムは親し気な微笑みを浮かべて近寄ってきた。
「そんなところよ。あなたは非番かしら」
「とんでもない、今日もプリシラ様のお使いですよ!」
「あらそう」
私は返事をしつつも若干の違和感を覚えていた。
なぜプリムは私服なのだろうか。
プリシラの使いで街に行くこと自体はさもありそうな事だが、わざわざ私服で街に来る必要があるような要件なのだろうか。
大抵の用事なら王室の使いだと一目でわかるメイド服で繰り出した方が都合が良さそうなものだが。
「今日は何を頼まれたの」
私が聞くとプリムは待っていたと言わんばかりに鼻息荒くまくし立てた。
「良くぞ聞いて下さいました! 今日は人気のベーカリーで話題になっているラスクを買ってこいと。もう、なんてわがままなんですかね。自分で買いに行けばいいのに。あのお店、本当に人気があるので並ばないと買えないんですよ!」
そこまで聞いて尚更プリムが私服な理由が気になった。
言わばただの使い走りなのだが、メイド服で来ない理由が。
とりあえず直接切り込むのは場合によっては警戒されてしまうので、少しずつ外堀から埋めていく事にする。
「そのベーカリーはどんなお店なの。そんなに人気だと言うなら、少し気になるわ」
「ライズさんも流行りものにはご興味がおありなんですね」
普段なら流行りものなどどうでもいいと訂正する所だが、とりあえず頷いておく。
「すぐそこにあるお店なので、ご一緒しませんか」
歩き出したプリムの後に続くと、二ブロックほど先に数人の列が出来ているベーカリーショップが見えてきた。
「今日はついていますよ。こんなに人が少ない事は滅多にありません」
そのベーカリーショップはこぢんまりとしているが、パンが焼ける良い匂いを放ち、通りから見える大きな窓から店内が覗けるような小洒落た造りになっている。
清潔感のある店構えで、小さな入り口のドアの上に『グラフトン・パン店』という看板が掛けられていた。
店の外に二人ほど並んでいたのでその後ろに並ぶと、おもむろに店のドアが開き、店員らしき私よりもいくつか年上であろう女性が出てきた。
巻貝のようにゆるく巻いた肩下までの髪を揺らし、ロングスカートにエプロン姿のその女性は、並んでいる私たちを見ると申し訳なさそうに声を投げた。
「すみません、今日のラスクは完売となってしまいました。パンならまだありますが、いかがいたしますか」
「えー!?」
プリムが大袈裟な声を上げて落胆するのと同じように前に並んでいた二人も肩を落として離れていった。
たかがラスクに大層な事だ。
「スーさん、なんとかなりませんか。王女様のお使いなんです!」
プリムがその店員の女性に詰め寄る。
スーと呼ばれたその店員は困ったような顔をした。
「そんな事を言われたって、無い袖は振れないわよ」
二人の砕けた言葉使いを見るに、どうやらこのパン屋の娘とプリムは顔見知りのようだ。
「そんなぁ」
プリムが情けない声を出していると、ようやくパン屋の娘がこちらに気づいた。
「あら、いらっしゃいませ。プリムさん、こちらの方は?」
「えーと……」
プリムが口ごもっているので、一歩前に出て名乗り出る事にした。
「ライズ・ハイマー。プリムとはお城の仕事関係の知り合いよ」
明らかな嘘ではあるが私がプリシラの知り合いだと言った所で何も得をしないし、どうやらこのお嬢さんはプリムの仕事を知っているようなので、当たらずとも遠からずな内容の方がリアリティがあるというものだ。
「スー・グラフトンよ。このお店の看板娘……って自分で言うのもなんだけれど」
言いながらふふ、と笑って見せたスーは笑顔を浮かべているものの、その目がこちらを値踏みしているのがわかった。
なんとも言い難い感情だが、なんとなくこのパン屋の看板娘は私に敵意を持っているように見える。
「ハイマーさんはドルファン学園の学生さんよね」
スーが私のドルファン学園の制服を見ながらやや高圧的に言う。
私は頷きながらこのスーという娘が本当にこの店の看板娘なのだろうか考えていた。あまり客商売に向いているタイプではないように見受けられるが。
「一応聞いておくのだけれど」
スーの声音が幾分低くなった。
何を聞いておきたいというのか。言い知れぬ迫力に若干身構える。
「あなた、結婚もしくは婚約しているの」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
私の耳がおかしくなければ、結婚だとか婚約だとか言ったような気がするが。
スーがなお迫力を増して詰め寄ってくる。
「どうなの? 結婚もしくは婚約しているの!?」
何を伝えようとしているのか、隣でプリムが軽く首を振っている。
質問の意図もプリムの態度もまったく意味がわからないが、私はため息まじりに答えた。
「結婚もしていないし、婚約者もいないわ。私はただの留学生よ」
すると、さっきまでの迫力が嘘のようにスーは満面の笑顔を浮かべた。
「そうなのね! そうだ、パンは好き? せっかく来てくれたんだからサービスするわ!」
スーはそこまで言うと店のドアを開けて私とプリムを迎い入れた。
半ば強制的に店に入る途中、プリムがそっと耳打ちをしてきた。
「スーさんは悪い人じゃないのですが、結婚に対する憧れがものすごく強くて、既婚者と婚約中の女性が大嫌いなんです。ライズさん、間違っても恋人がいるとかも言っちゃダメですよ……」
別に恋人などいるわけではないし、任務に忙しい私にはそんな些末な事はどうでもいい事に他ならないが、そんな下らない事にこだわる人間も世の中にはいるという事か。
私は今日一番のため息を吐いた。