小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【48】ライズとキャロル

 パン屋の中はほのかに温かく、焼き立てのパン特融の甘い匂いが立ち込めていた。

棚には黒いライ麦パンや茶色いオーツ麦のパンに交じって、このあたりのパン屋では珍しく小麦を使った白いパンも売られている。

小麦のパンは発酵に使う酵母も特殊で非常に高級なパンだが、この店では比較的良心的な値付けがされていた。

店の中はそれほど広くないが、先ほどまで行列が出来ていた為かどことなく慌ただしい雰囲気があり、会計をするためのカウンターの中でアルバイトらしき店員の女性が一心不乱に硬貨の数を数えていた。

私が物珍しそうに店内を物色していると、スーが営業スマイルを浮かべながら言った。

 

「ラスクは売り切れちゃったけれど、どのパンも美味しいわよ!」

 

そうは言われても、私は学校の寮暮らしだし自分でパンを買う必要がない。

比較的軽めの菓子ならお茶請けとして買っても良いと思ったものの、食事としてのパンは買ったところで持て余すのが目に見えている。

それに、私はパンを買いにここに来ているわけではない。

そもそも怪文書の出どころを探るために駅前に来たのだし、偶然に出会ったとは言えプリムの不審な行動の理由も探らなければならない。

スーには悪いが、パンの購入は遠慮させてもらおうと声をかけようとした時、カウンターで硬貨を数えていたアルバイト店員が頭を抱えながら大きな声を上げた。

 

「あー! やっぱり銅貨が一枚あわない!!」

 

その女性は年の頃はスーと同じくらいに見える。特徴的な青みがかった長い髪の毛を高い位置でポニーテイルにまとめており、活発そうで大きな瞳がキョロキョロと大げさに動いている。

細く整った顎のラインと、借り物であろうパン屋のエプロンがなんともミスマッチだった。

 

「もう、またお釣りを多く渡したの!?」

「あっ、キャロルさん! 今日は体調不良って言っていたのに!」

 

スーとプリムが同時に声を上げてお互いの顔を見合った。

当のキャロルと呼ばれた店員は、あはは、と頭を掻いてみせた。

 

「あー、お釣りに関してはごめん」

 

そしてプリムに視線を移す。

 

「いやあ、スーに手伝いを頼まれていたの忘れててさ。その、ごめんねー」

 

そう言ってキャハハと笑う彼女は悪びれた様子もなく、至って軽い調子で笑顔を浮かべていた。

スーとプリムは眉間に寄った皺を手で揉んで伸ばしながら、何か理不尽を受け止めるように下を向いていた。

どうやらこの女性はいつもこんな調子でまわりに迷惑をかけているようだ。

その様子を横目に見ながらこちらに気づいた彼女は、明るい声で右手を差し出してきた。

 

「プリムの知り合いかな? わたしはキャロル・パレッキー。よろしくねー!」

 

私はいつもの通りライズ・ハイマーよ、と答えてその手を握ると意外にも力強く握り返してきた。

話の脈絡からこのキャロルという女性はプリムと同じ仕事をしているらしい。

と言う事はお城のメイドという事になる。今日は仕事をずる休みしてここでパン屋の手伝いをしている、と。

プリムに直接聞くのは憚られるが、このキャロルならば王室の使いで街に出る際に私服で行く機会があるかを確認しても良いかもしれない。

そこで私はこのキャロルと話をする時間を設けるべく、行動を起こす事にした。

 

「プリム、王女様のお使いはもういいの?」

 

私の言葉にプリムは顔を上げると、悲鳴にも似た声を上げた。

 

「そうでした! スーさぁん、なんとかなりませんか」

 

涙目で詰め寄るプリムに、スーは若干あとずさりしつつ答えた。

 

「ラスクはもうなくなってしまったけれど、クッキーならまだ少し残っているわ。それでどう」

「それでいいです! 手ぶらで帰ったなんて知れたら、プリシラ様に何を言われるか!」

「わかったわ。じゃあラッピングしちゃうからちょっと待っていて」

 

スーは棚に並んでいたクッキーを取ると、手際よく小さな箱に詰めていった。

それを眺めつつ、キャロルが能天気に言った。

 

「じゃあ、わたしはもう上がらせてもらうよー」

 

やはりそうだ。先ほど硬貨を数えていたのは、仕事が終わって帰る前の最後の清算作業だったのだ。

 

「ああ、そうだったわね。はい、これ」

 

スーがカウンターの引き戸から銀貨を三枚取り出し、キャロルに手渡す。

キャロルはそれを受け取ると、エプロンを外してカウンターに置いた。

 

「毎度~。また忙しくなりそうなら呼んでよね」

「お城の仕事をサボるなら呼ばないわよ」

「キャハハ、どうかなー」

 

まったく反省の色のない笑顔を浮かべつつ、キャロルは店を出ていった。彼女に話を聞くなら、後を追わねばならない。

 

「私も失礼するわ」

 

まだ包装作業中のスーと、それを待っているプリムに声を投げる。

 

「ライズさん、それではまた!」

「今度はラスクがある時に来てね」

 

それぞれが返事をくれたが、私はそれをほぼ聞き流しながらそそくさと店を出る。

 

 

 キャロルは少し先をプラプラとサウスドルファン駅の方へと歩いていた。

足早に追いつき、横に並ぶ。キャロルがこちらに気づき、ちらりと私を見た。

 

「ああ、さっきの……ライズ、だっけ?」

 

頷く。キャロルはさして興味もない様子で続けた。

 

「わたしになにか用?」

「ええ。せっかく知り合ったのだから、もう少し話がしてみたくて」

「わたしと?」

「そうなの。実は私、王室のメイドについて少し話がしたくて」

「へえ」

 

キャロルの瞳がわずかに興味を持って揺れたのを見逃さなかった。

 

「メイドについて、なにが聞きたいの」

「どうすれば王女付のメイドになれるか」

「ふうん」

 

キャロルは含みのある笑顔を唇の端に浮かべつつ、値踏みするように私を見ていた。

値踏みされたのは今日で二度目だ。

だが、ドルファン学園の制服も、きっちりと結ばれた三つ編みのお下げ髪も、一分の隙すらないのはわかっている。

私はその視線を堂々と受け止める。

キャロルは面白い物に出会ったと言わんばかりに、口を開いた。

 

「せっかく臨時収入が入ったから、ちょっといいお酒でも飲もうかと思っていたんだよね。でも、制服姿の学生が一緒だとちょっとなー」

「安心していいわよ。私の知り合いが駅前のバーで働いているの。制服でも入れてくれると思うわ。それに」

 

私は鞄の中の財布から金貨を一枚取り出し、指で弾いて飛ばした。

キャロルがそれをキャッチする。

 

「今日のお給金では飲めない上等なお酒くらいご馳走するわ」

 

キャロルはにんまりと笑った。

 

「あんたわかってるじゃん。いいよ、せっかくだから行こっか」

 

 

 その日も、まだ日も落ちていない夕方の早い時間だというのに、バーの中は葉巻の紫煙と強い蒸留酒が放つわずかなアルコールの匂いが漂い、窓が一つもない事もあって蝋燭の照らすわずかな明かりで薄暗かった。

今日はクレアが働いており、事情を説明するとキャロルと私は店の奥の目立たないボックス席へと案内された。

店内はまだまばらな客入りだったが、席に向かう途中ヴァルファバラハリアンの一員のあの男がいつもの席からこちらをちらりと見たのがわかった。

 

「うーん、いいね、この高級感! ちゃんとした店の蝋燭は燃える匂いまで違うってね」

 

キャロルはご機嫌に椅子に腰かけると、それなりに値の張るワインを注文した。

私は今日は制服を着ている事もあるし、クレアの手前もあり紅茶を頼むことにした。

それぞれの飲み物が届くと、お互いのグラスとカップを軽く掲げて乾杯をする。

 

「それでー」

 

一杯目のワインを水を飲むように飲み干してしまうと、キャロルは自分でボトルから二杯目を継ぎ足した。

 

「メイドについて何が聞きたいって?」

「一応確認しておくけれど、あなたは王室のメイドなのよね。プリムと同じように」

「まあねー」

 

言いながらメニューを眺めていたキャロルは手を振って給仕を呼び寄せると、干した果物とチーズとハムの盛り合わせを注文した。

 

「王室のメイドになったのはちょうど二ヵ月くらい前からだけど、まあいいよね。あんたと近い立場って事で」

「構わないわ」

 

今日聞きたいことはメイドへのなり方ではないし、私はメイドになりたいわけではない。大した問題ではないだろう。

 

「それに」

 

キャロルは三杯目のワインを注ぎながら言った。

 

「別にメイドになんかなろうと思ってないでしょ、あんた。本当は何が聞きたいわけ?」

 

私の紅茶を持つ手が止まった。意外と鋭いではないか。思ったよりも交渉相手としては難しい相手と認識を改める必要があるかもしれない。

 

「そうね、隠し立てをしても仕方がないし、本当の事を言うわ」

 

紅茶をゆっくりと一口飲む。その間キャロルはその様子をさして興味もなさそうに見ていた。

 

「私が知りたいのは、プリムの事よ。今日はプリシラ王女の使いで街に出ていたでしょう」

「あー、まあねー」

「スーのパン屋も初めてではなさそうだったけれど、王女の使いはメイド服で行くものではないの?」

 

キャロルはワインをグラスの中で転がしながら、少し考えていた。

 

「プリム、今日は制服を着ていなかったっけ? まあわたしならメイド服のまま行くけどねー。着替えるの面倒だし」

 

まあこれは予想通りというか、想定の範囲内だ。着替える理由は無いという事。

では、なぜプリムはわざわざ着替えてまで街に繰り出したのか。

先ほど注文した料理が届き、キャロルは嬉々として干したイチジクをナイフで半分に切ってハムと一緒に口に運んだ。

意外にもナイフとフォークの使い方が上手く、逆にそれが彼女も見た目や言動のままの女性では無いのかもしれないという気持ちを強めた。

誰にでも二面性があり、隠れた自分がいるものだ。それは私が一番良く知っている。

 

「じゃあ、プリムとプリシラ王女の関係はどうなの」

 

すでに四杯目のワインを一口飲むと、すでにボトルは残りわずかとなっていた。そして、悪戯っぽい目でこちらを見てくる。仕方がないので、給仕にもう一本同じものを注文する。

キャロルは満足そうに頷いて見せた。

 

「何事もタダってわけにはいかないよねー」

 

私は飲酒ペースの早さに呆れながら、干し葡萄の小さな欠片をつまんで食べた。

紅茶にはチーズもハムも合わない。

 

「プリムはさ、プリシラ様の事は良く思っていないよ。これはメイド仲間の中では、まあ公然の秘密みたいなもの」

 

それもある程度予想通りだった。プリムは上手く隠しているつもりかもしれないが、周りからみれば彼女の態度は明らかに表裏があるし、プリシラの前でない仲間内の時では恐らく行動も露骨なのではないかと思っていた。

 

「ただ、なんか、なんだろうなー」

 

今日初めてキャロルの顔から表情が消えて、真剣に何かを考えている顔になった。

 

「わたしはまだちょっとしか一緒に働いてないけれど、なんだか、本当にプリシラ様の事が嫌いなわけではないように見えなくもないなー」

 

非常に遠回しで曖昧な言い方ではないか。

 

「どういう事?」

「うーん、まあわたしの直感だけどね。例えばあんた嫌いな食べ物とかある?」

「何を言いたいの」

「なんでもいいからさ、言ってみてよ」

 

キャロルが何を言いたいのかイマイチわからないが、少しだけ考えてみる。

 

「強いて言えば、肉類はあまり好まないわ」

 

肉は血抜きする際の匂いがどうしても戦場を思い出させて好きではない。

キャロルは頷き、真面目な顔でテーブルを見ながら続けた。

 

「あんたは肉が苦手で、それは子供の頃とか、記憶にないくらい小さな頃に食べてみてダメだったり、親とか周りの人に食べたら駄目だとか言われてきたりしたとするじゃん」

 

私は黙って続きを待った。

 

「でも、大きくなって何かのきっかけで食べてみたら、めちゃくちゃ美味しかったとするでしょ。そうしたら、やっぱり私お肉が大好き!って言えると思う?」

「難しいかもしれないわね。それまで嫌悪していたものだし」

「そうだよねー。そんな感じがするよ、プリムって」

 

なんとなくキャロルが言いたい事はわかった気がする。

だがそれはプリムがそもそもプリシラを嫌っている事の説明にはなっていない。

 

「なぜプリムはプリシラ王女を良く思っていないのかしら」

 

うーん、とキャロルは首を捻った。

 

「まあこき使われてるの事実だからねー。わたしだって腹立つと思うけれど……」

 

すでに二本目のボトルも半分以下になっており、ほんのりと紅潮している頬と少しだけトロンとした瞳が私の顔を除きながら、何かを思い出そうとするように違うものを見ていた。

 

「……おばあちゃんが、どうのこうのって言っていた気がするなー」

 

祖母。血縁者がプリシラと何か関係があるのだろうか。

だが、プリシラがプリムの祖母に恨みを買うような事があり得るのだろうか。

プリシラが偽の王女として担ぎ上げられて、今年の誕生日で十八年しかたっていないというのに。

そうなると、プリシラが直接の原因ではないという事かもしれない。

では何に対してプリムは怒り、嫌悪を抱いているのだろうか。

物思いに耽っていると、キャロルが能天気な声を上げた。

 

「キャハハ、またボトル空いちゃったんだけれど、もう一本頼んでいいー?」

「あなた、そんなに飲んで大丈夫なの」

「あー、わたしお酒強くてさー。もう飲んで飲んで飲みまくりー。キャハハ」

 

その態度に若干不安になりつつも、キャロルの様子はあまり大きな変化はない。

実際結構な強さなのかもしれない。

 

「いいわ、ここまで来たからには言葉の責任はとるつもりよ」

「ま、あんたが学生だって事は考慮するつもりだけど、キャハハ」

 

どこにそんな考慮があるのかわからないが、あっけらかんと笑い飛ばす彼女は本当は何も考えていないのかもしれない。

色々な意味でつかみどころのない性格のようだ。

 

「じゃあ、お替わり頼んでおいてねー。わたしはちょっと席を外すね、失礼ー」

 

キャロルが若干おぼつかない足取りで厠の方へと歩いていく。

その後ろ姿を見守っていると、私の部下のヴァルファ隊員がキャロルと同じ方向に向かって歩きながら、よろけて私のテーブルに手をついた。

 

「ああ、失礼」

 

その手の中に紙片があるのを見逃さない。

私はそれを気取られないようにさりげなく受け取る。

 

「大丈夫よ、気をつけて」

 

男は会釈して歩いていく。

私は薄暗い店内のさらにテーブル下という暗さの中で、その紙片に書かれた言葉を読んだ。

その内容は、プリシラの誕生日や怪文書などどうでもよくなるようなものであり、私を戦場へと引き戻すのに十分足る内容であった。

 

 

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