小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
次の日。
収穫祭の会場となるサウスドルファンの駅前は、人で溢れかえっていた。
露店や出店が所狭しと道の両側をうめつくし、人々は陽気に歌を歌い、踊り、食べ、なかには今日の剣術大会や馬術大会の優勝者を賭けている者までいる。
私は多くの女達と同じように伝統的な祭り衣装を着ていた。
それは古臭い感じの牧歌的な服で、地味なスカートにスカーフ。
私のスカーフは薄い黄色だったが今年の主流は明るい茶色のようだ。
流行には惑わされない。それには強い意志が必要だが、私は持っている。
スカーフはその証拠だ。
好みの異性や自分の伴侶を探す人。すでに相手を見つけて運動公園に向かう人。
ただたんにお祭り気分を味わいたい人。
すべての人がごった返しており十メートル歩くのにひどく苦労した。
一歩歩くごとに人を避けなければいけないし、人と肩がぶつかるたびにスカーフを直さなければならなかった。
この人ごみの中でヒューイを見つけるのは無理かもしれない。
すでに人ごみの中にいる事に愛想が尽きていたし、気分が悪くなってきた。
また誰かと肩が当たった。
私は別に謝らなかった。
肩が当たるたびに謝っていたら、私の一生分の謝罪の許容回数を今日中に使い切ってしまうだろう。
しかし、ぶつかった相手(いかつい太った男だったが)は気に入らなかったらしい。
「おい、姉ちゃん。人にぶつかって謝らねえとはどういうことだ」
頭が痛くなるほどの酒くさい息と服から立ち上るタバコの匂いに混じった脂臭い汗の匂い。
この人物と関わっても毛筋ほども利益が無いと瞬時に判断したので、それを無視して先を急ごうとした。
だが男は私の腕を掴んだ。
「おい、まて!」
私は不機嫌だった。
人ごみにもこの酔っ払いにもうんざりだ。
男がグイと腕を引っ張った瞬間、私はその勢いを利用し彼の足を払いながら左手で肩を押した。
酔っている事もあり彼は祭りにふさわしく大変派手に転んだ。
男は一瞬なにが起きたかわからずにポカンと口を開けていたが、ハッと我に帰って
「ガキが、調子に乗るな!」と叫んだ。
すでに辺りの人たちはこれは見物だと言わんばかりに円を作り私たちを囲っている。
私は深くため息をついた。
「自業自得でしょう。なにをそんなにわめいているの、みっともないわ」
私の言葉を理解しているのかしていないのか、男は二ヤッと笑った。
「良く見りゃなかなかいい女じゃねえか。ガキだが、可愛がってやるよ」
男の歯はタバコのヤニで黄色かった。
「あなた、いい加減に」
私は言葉をいいかけて止めた。
あと十秒ほどで事は片付きそうだった。
男の後ろから青い服を着た東洋人が音も無く現れ、いきなり男のみぞおちに強烈な一撃をお見舞いした。
男がよろけたところに左右のコンビネーションを軽やかに叩き込むと、フィニッシュに渾身のストレートを繰り出した。
それで終わり。
男は膝から崩れ、気を失って倒れた。
「一応お礼を言っておくわ」
「どういたしまして」
その東洋人、ヒューイはそう言って微笑んだ。
彼の歯は白かった。
「一体何事だったんだ?」
「ただの酔っ払いよ。あなた状況もわからずにこの男を殴り倒したの?」
その時、まわりの野次馬達から大きな歓声と拍手が巻き起こった。
私はまたため息をついた。
一刻も早くこの場から離れたかった。
「パートナーがいないのだったら、私と運動公園にいかない?」
「いいよ。女の子からのお誘いは断らない事にしている」
「ずいぶん紳士的なのね」
「まあな」
「暴力の得意な紳士」
彼は肩をすくめた。
私たちは野次馬達を尻目に運動公園を目指した。
運動公園では馬術大会の真っ最中だった。
ヒューイが舌打ちをした。
「ついてない。これに出ようと思っていたんだ」
「対戦相手にしてみれば、幸運だった?」
「かもしれん」
「たいした自信ね。それで、どうするの」
「仕方ない。せっかく来たのだからアレに出るさ」
そう言って私のほうを見た。
私の後ろに剣術大会の出場受け付けがある。
「見させてもらうわ」
私はヒューイが受付を済ませるのを見届けてから競技場の中に入った。
まだ客席は空いており私はいい場所に座れた。
売り子がお茶とコーヒー、弁当を売っている。
私は砂糖とミルク抜きの紅茶を買った。
紅茶は生ぬるく不味かったが、こんなところで美味しいアールグレイが飲めるはずもない。
コーヒーにするべきだったがそんなことは表情に少しも出さない。
忍耐力のある女だ。
しばらく美味しくない紅茶を飲んでいると、周りの席も埋まってしまった。
恋人の応援に来ているらしい女の子のグループが隣だった。
なにやら話し合っては黄色い声をあげていて、耳が痛くなりそうだ。
これに耐えるのが私の大会だと思うと我慢できた。
目指すは優勝よ、ミス・ライズ。
そうこうしていると楽団が高らかにファンファーレを演奏し、剣術大会の始まりを告げた。
なんと一回戦目からヒューイの登場だった。
「キャー!ステファン!!そんな外国人やっつけちゃって!!」
ヒューイの相手はどうやら隣の女の子の恋人のようだ。
ぱっと見では学生のようだが、傭兵相手ではいささか分が悪いだろうか。
しかし黄色い声に耐えうる胆力があるであろうステファン。
このキンキンした声に耐えられるなら、大いにステファンに期待できる。
開始三十秒後に予想通りとは言えステファンの剣が宙を舞った。
「もう、何やってんの!最低!!」
グループのほかの女の子にからかわれてステファンの恋人は赤面している。
ステファンが負けた事より友達にからかわれる事の方が悔しそうだ。
その後黄色い声耐久戦の決勝に差し掛かる頃、順当に勝ち進んでいたヒューイの三回戦目の試合が始まろうとしていた。
これに勝てば準決勝進出だが相手も今までのような一般人ではなく正規のドルファン国軍の兵士のようだ。
目の覚めるようなコバルトブルーの軍服に身を包んだその男は、ゆっくりと剣を引き抜いて構えた。
対するヒューイも剣を抜いたが、構えずにだらりと右手にぶら下げている。
彼の剣は世間一般でいうところの剣ではなく片刃の反りの入った剣であった。
たしか東洋の武器で『カタナ』というはずだ。
一見隙だらけのヒューイだがドルファン国軍の男は打ち込むことができない。
なにかしらの威圧感を感じているのだろう。
しばらくにらみ合いが続いた。
ヒューイは落ち着き払って立っており、反対にドルファン国軍の男は焦りに肩で息をしていた。
たまりかねた男が猛然とヒューイに斬りかかる。
寸止めがルールだが彼にそんな余裕はない。
と、その刹那の瞬間にヒューイの剣がまさに電光石火の速さできらめいた。
甲高い金属音が競技場に響き、何かがくるくると空めがけて飛んでいった。
それはドルファン国軍の男の剣であった。
仕掛けた男の剣を向かえ打ったヒューイの一撃が叩き折ってしまったのだ。
男が呆然と立ちすくむ中ヒューイは剣を鞘に収めた。
なかなかの技だ。
彼の実力の一端を見た。しかしあれが全力なのかもしれないし、まだ底がみえていないのかもしれない。
ヒューイの試合が終わると隣のグループがいなくなった。
黄色い声耐久戦、優勝者に乾杯。
私は残っていたまずい紅茶を飲み干した。