小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【50】ライズと八騎将との再会

 降り止まぬ秋の雨の中、国境都市のダナンに到着したのはドルファンを出発して二日目の夜半だった。

しとしとと静かに降る雨の中、夜闇に包まれた街はひっそりと静まり返っており、夜遅くまで営業している酒場などもすでに看板を下げていた。

街の外れにヴァルファバラハリアンが隠れ家として利用していた館があり、そこに辿り着いた時には疲れ切っていた私は、まずは体力を回復させるべく簡易なベッドで眠る事にした。

 

 次の日は夕方まで館に留まってそこに隠していた私の予備の鎧とレイピアの準備を行った。

普段手にしている愛刀と同じ造りのレイピアは、久しぶりに持ったにも関わらずすっと手に馴染む感覚だ。

錆は見受けられないが、しっかりと磨き、刃を確認し、油を塗りこんで拭く。

保存食で簡単に食事を済ませると、鎧の装着に取り掛かった。

ヴァルファバラハリアンの一員である事を示す深紅の軽鎧を着けると、気持ちが引き締まるのを感じる。

この血よりも深い赤い色は、ヴァルファバラハリアンの象徴と言える。

旧トルキア語で『血の河を渡る者』という意味のヴァルファバラハリアンという言葉を体現しているのが、この深紅の装備一式、そして量産品ではなく装備者専用に誂えた鎧は八騎将の証でもある。

私専用に作られたこの鎧は、体を守る為の部分はしっかりと作られつつも隠密行動の邪魔にならないように軽量化が施されており、長距離の行軍にも耐えられる仕様になっている。

その鎧の上からマントをかぶり、フードで顔を隠せば、旅の剣士に見える。

十分に装備を整えると、また夜を待ってからダナンを出発した。

本当はダナンの領主であるゼノス・ベルシス卿にお会いしたいところだが、今はそんな時間はない。

一刻も早く本隊に合流しなければならないのだから。

 

 真夜中にダナンを出発した私は、一路東方面へと急いだ。

ヴァルファ本隊はプロキア南東のイエルグ伯の鎮圧という表向きの理由で行軍している。

と、いう事はまず目指すのはイエルグ伯の領地の中でもプロキア首都に一番近いグローニュという事になる。

グローニュはダナンからはかなり離れているが、本隊はまずはそこを陥落させて、その後イエルグ伯のいるハーベンを目指す振りをすると思われる。

ハーベンを目指すように陽動をかけつつ、そのままテラ河の中流地域を目指すという事だった。

そうなれば私が目指すべきは、テラ河中流地域に近いプロキア国内で、ハーベンとテラ河の間にある街と言う事になる。

 

「カラードね」

 

地図を確認しつつ、その町の名前を口にした。

カラードはプロキア南部に位置する小さな町だ。ヴァルファ本隊がテラ河を目指すなら必ずそこを通るだろう。

そこで本体に合流すればよい。

ダナンから四日程の距離なので、本隊に先立って滞在し、到着を待つのが良いだろう。

私は地図をしまうと、冷たく暗い夜の雨の中を歩き出していた。

 

 

 それから四日間は天候が回復し、歩くペースも上がった。私のペースに合わせるように、季節も足早に過ぎていき、いつの間にか秋も終わりを迎えようとしていた。

街道を舞う枯れ葉の数が増え、朝晩の寒さは一日ごとに厳しさを増してきていて、冬の匂いをわずかに感じる。

学校を休んで早くも一週間以上が経った、十一月の末の夕方にようやくカラードの町に到着した。

その町はいわゆる田舎の小規模な町と言った印象で、煉瓦や木でできた家々が全部で五十軒ほど寄り添うように立ち並び、目抜き通りの広場には小さな噴水があり、人々が集まっている。

 他所者の私に対する態度は暖かくもなく、さりとて冷たい感じもない。あまり人の出入りがない町に紛れ込んだ知らない人間、と言った態度だ。

広場で遊んでいた子供に宿の場所を教わり、さっそく一部屋借りる事にする。

子供に案内された宿は小さく古めかしい宿で、この町にある唯一の宿だ。

四頭ほどの馬を預かれそうな馬屋を併設した二階建ての木造りの建物で、部屋の数は八つ程。愛想の無い職人気質の禿げあがった頭に髭面の初老の男性が主だった。

特段怪しまれることもなく部屋を取ることに成功し、藁を敷き詰めた簡素なベッドの部屋に案内された。

建物の二階の角部屋で、ガラスのない戸板の窓を開けると、先ほどの広場が見える。

 

 歩き詰めだった私はようやく一息つき、マントを脱ぎ、鎧を外す。

この宿では食事を提供していないという事だったので、手早く着替えて町の食堂に行くことにした。

滞在中はなるべく目立たないよう、三つ編みは目深にかぶった帽子の中に押し込む。

くたびれたジャケットをまとい、一見しただけでは女に見えないような恰好をすることにしている。

女だとわかればなめられる事も多いし、それだけで身の危険が増えるというのだから世も末と言うものだ。

 

 

 町の食堂兼酒場は広場から少し外れた場所にあり、入り口の扉を開けて中に入ると、獣脂を燃やした薄暗い照明の中、何かを煮ているのか香辛料と獣の肉の匂いが充満していた。カウンター席が四つほど、四人が座れそうな丸テーブルの席も五つ、すでにカウンターには先客の男性が一人背中を向けて食事をしており、テーブル席は誰も座っていなかった。

 

「いらっしゃい」

 

カウンターの向こうから少々太り気味の中年女性が声を投げてきた。この店の主人だろうか。

飲食店は接客も重要だと私は常日頃から思っているが、店主と思しきこの女性はニコリともしなかった。

 

「一人。食事をしたいのだけれど」

 

私が言うと、女店主は頷いてカウンター席を指さした。

先客が何か米料理のようなものを黙々と食べている。その隣を一つ開けて、私は席に腰かけた。

女主人が面倒くさそうに聞いてきた。

 

「何にするんだい」

「この町には先ほど着いたばかりで何があるかわからない。何かおすすめは?」

私の答えに女主人はこれ見よがしにため息を吐いた。

「今日はウサギのスープがある。しっかりした物が欲しいなら、ライスを羊肉と炊いたものがあるよ」

 

どちらもあまり好みの物ではないので食指が動かないが、こんな田舎町でスィーズランドの『ヴェッフェル』やドルファンの『エル』のようなレストランを期待できるはずもない。

どうしようかと考えていると、カウンターの先客の男がこちらも見ずに言った。

 

「ライスを選ぶつもりなら、やめときな」

 

女主人が男の方を向いて、ドスの利いた声を上げた。

 

「文句があるなら、食わなきゃいい」

「へっ。他に食いものがあるなら食わないが、無いんだから仕方ねぇ。水で流し込めば食えない事もないからな。そんなわけで、水のお替わりをくれるかい」

 

男は悪びれるでもなく、空になった焼き物のグラスを差し出した。

女主人は舌打ちをしながら、銀色のポットから水を注いだ。

 

「それで、どうするんだい」

 

貴重なアドバイスをいただいた事もあるので、答えは決まっていた。

 

「ウサギのスープ」

「ふん。パンはつけるのか?」

「もらうわ」

 

女主人はまた舌打ちをしながら、厨房の方へと不機嫌そうに歩いて行った。

 

「賢明な判断だと思うぜ」

 

男が言ったので、私は頷きながらその男の方を見た。

金色のボサボサとした長い髪の毛を後ろで一つに結んでおり、陽に焼けた肌に引き締まった体つきをしている。

服装は旅人のようで、厚手のシャツに焦げ茶色のマントをつけていた。

男は私の視線に気づいたのか、こちらを見た。

まだ幼さの残る若い顔に、緑色の瞳は悪戯っ子のようにこちらを見ている。そして鼻の上に真横一直線に走る傷跡。

 

「あっ!」

 

私は思わず席を立ち、声を上げてしまった。

男はそんな私を見て、にやりと笑うと席に座るように手を振った。そして、低い声で言った。

 

「よう、久しぶりじゃねえか、隠密のサリシュアン」

 

私は席に坐りなおすと、小声で答えた。

 

「驚いたわ。まさかあなたがこんな所にいるなんて」

「なに、行軍の事前視察ってやつだ」

「そんな事は斥候にやらせればいいでしょう。なんで隊長のあなたがそんな事をしているの」

「こっちも色々と人手不足なもんでな。なんせ隊長どもがバタバタとくたばってるからよ」

 

私は女主人に負けず劣らずのため息を吐いた。

 

「口の悪さは相変わらずね」

「お前も愛想の無さは相変わらずだな。久しぶりの再会なんだから、微笑みかけてくれりゃあそれなりに見えるのに」

「くだらないわ」

 

男はくくく、と笑うとライスを口に運んだ。

 

 

 この男は、スパン・コーキルネィファと言う。

こんな調子だが、ヴァルファバラハリアン八騎将の一人である事は間違いなく、私よりも一歳年上の剣士だ。

彼は騎士としては小柄な体格をしているが、非常に身のこなしが軽く、俊敏性だけならヴァルファバラハリアンの中でも一番と言われている。さらに、強さこそ正義のヴァルファバラハリアンにおいて、彼は通常の剣ではなく、彼にしか扱えないと言う特殊な電気を操る帯電したニードルを武器として戦場を駆け巡り、功績を上げてきた。

 その戦場を駆け抜ける稲妻のような速さから、『迅雷のコーキルネィファ』と謳われ、若干一六歳という若さでヴァルファバラハリアン八騎将に抜擢されたのだ。

これは私が隠密のサリシュアンとして八騎将に抜擢されるまでは最年少記録だったので、お前のせいで勲章を一つ奪われたとよくやっかみを言われたものだ。

性格は非常に血気盛んで喧嘩っ早く、騎士としては勇猛果敢で猛々しいが、逆に言うと堪え性というものがまったくない。

命令違反は当たり前で、部隊を指揮する隊長には正直に言って向いていない。コーキルネィファの独断専行で部隊が危機に陥った事は一度や二度ではすまないのが珠に瑕と言える。

だが、その強さで成り上がった点は、他の八騎将達となんら変わらない優秀な騎士なのだ。

 

 

 女主人がウサギのスープを持ってきたので、話は一旦そこまでとなった。

コーキルネィファはライスを食べてしまうと、早々に店から出ていってしまった。

私はこの旅で初めての温かい食事をゆっくりと楽しむことにしたが、この女主人の煮るウサギ肉はなにをどう調理したのか干し肉のように固くごわごわしていて、なめした革を嚙んでいるかのようだった。

この地方の料理の特徴なのか、トマトと煮込んでいるのにトマトの味がまったくせずに不思議な香辛料の味ばかりが主張してくるスープだったが、少なくとも温かくはあるし多少の栄養は取れたはずだ。

カチカチのパンを浸しながら顎の疲れと戦いつつも食事を終えて店を出ると、広場の噴水の一角にコーキルネィファが座っていた。

 

「スープは美味かったか?」

「顎を鍛えるのには役立ったわ」

「食えただけライスよりはマシだったみたいだな。あれは固形物を飲み下す訓練にしちゃあ難易度が高すぎる」

 

コーキルネィファは立ち上がり、私の横を並んで歩き出した。

 

「宿をとったのか」

「ええ。しばらくは滞在する事になると思って」

「そうか。オレは町の外にキャンプを張っている。交換しないか」

「ライスとスープを交換しないか、と言われているのと一緒だわ」

「ちぇっ」

 

コーキルネィファはつまらなそうに言うと、頭の後ろで腕を組んでいた。

 

「そもそもサリシュアンが、なんでこんなところにいるんだ」

「本隊が総攻撃を仕掛けるのを聞いたからよ。後方支援と特殊工作部隊への指示が必要でしょう」

「ああ、ゼールビスが裏切ったからか。面倒なことだ」

「それよりも、何故部隊長のあなたがこんな所で斥候の真似をしているの? 部隊はどうしているの」

 

私の質問にコーキルネィファは退屈そうな顔をしていた。

 

「グローニュを攻めるときに参謀長殿がくだらねぇ作戦を指示してきたんで、それを無視してやったらえらく怒られてな。その懲罰ってわけで、部隊は参謀長殿に一時預ける形になっている」

「呆れた。いつまでもそんな子供みたいな事をして。あなたは誇り高きヴァルファバラハリアン八騎将の一人なのよ」

「眠たい事言うなよ。オレはオレが熱くなれるような戦いをしたいだけだ」

 

私はまた大きなため息を吐いた。

 

「それで、本隊は今どのあたりにいるの」

「オレが隊を出発した時は、グローニュを制圧してハーベン方面へ進軍したところだったからな。あと二、三日でこの近くまで来るんじゃないか」

 

そうなればいよいよドルファンへの総攻撃の日が近いという事だ。否が応でも心が沸き立ってくるのを感じる。

 

「この町や近隣にはプロキア軍もシンラギククルフォンも、もちろんドルファン軍の影すら見えない。という事は参謀長殿の作戦は上手い事ハマっているって事だろ。オレは明日にでも本隊に戻るが、お前はどうする」

「もちろん同行させてもらうわ。本隊に合流できれば、この町にいる理由もないもの」

「それもそうか」

 

コーキルネィファが頷いた時、不意に頬に冷たい感触が降ってきた。

空を見上げると、先ほどまで快晴とまではいかなかったものの曇りを保っていた空が、夜でもわかるほどに灰色の雲に覆われていた。

 

「これは本降りになるかもしれないな。サリシュアン、明日町の外で落ち合おう。じゃあな」

 

そう言って走り出したコーキルネィファの後ろ姿を見送りながら、私は宿へと急ぎ始めた。

雨粒が次々と地面に叩きつけられて、すぐに湿った匂いが充満してきた。

それでも私は本隊がすぐ近くまで来ている事、そしてドルファンへの攻撃が近づいている事に高揚しており、雨の事などほとんど気にならなかった。

ただ、ドルファンを総攻撃した際にソフィアやハンナ達はどうなるだろうかと一瞬考えたが、一般人である彼女たちが巻き込まれることはほとんどあるまいと考え直した。

今は一刻も早く本隊に、お父様に合流する事だけを考えよう。

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