小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
次の日の早朝。まだ日が昇るか昇らないかの早い時間に、町から少し離れた丘でコーキルネィファは私を待っていた。
昨日からの雨は夜通し降り続いて、今日は朝から本降りになっており少し先の景色すら霞んで見える。
コーキルネィファはすでにヴァルファバラハリアン八騎将の鎧を纏っていたが、一応マントで隠しているし、雨のせいもあり兜の上から大きなフードを被っているのでパッと見はそれこそ物乞いか何かに見えなくもない。
かく言う私も例の深紅の鎧を身に着け、大きなマントを被っているのでそれほど変わらない見てくれなのかもしれない。
私達はあまり言葉を交わすことはせずに本隊との合流を急ぎ街道を歩いていた。
天気も悪く時間が早い事もあり、街道を行く人は私達だけだ。
すでにカラードの町からはだいぶ距離が離れており、グローニュ方面への道は枯れた木々の多い林の中へ差し掛かっていた。
雨による暗さも手伝い、雨音だけが不気味に響く林の中はあまり居心地の良いものではない。
プリシラがいれば例の死霊の森のように喜んでいただろう。
少し歩いたところで、コーキルネィファが不意に立ちどまった。
何かを警戒したように周りを目だけ動かして見回しているのがわかる。
私もその場に立ち止まり、注意深く周りに注意を払う。
雨音に混じる不自然な足音、衣擦れ、金具が何かに当たる音、そして木々のざわめき。
コーキルネィファが私の顔を見て嬉しさを隠しきれない様子で言った。
「いるな。この辺りを縄張りにしている山賊あたりか?」
「そんなところじゃないかしら。こんな大きな行動音を出している時点で、大した連中じゃなさそうだけれど」
「なんでもいいさ。まずい食事で鬱憤が溜まっていたところでさ。ひと暴れさせてもらえるなら大歓迎だ」
私はため息を吐いて見せた。そして少しずつ近づいてくる足音に神経を集中させた。
「……五人、といったところね。飛び道具を持っているかもしれないわ」
「あればもう撃ってきているさ。オレの邪魔をするなよ!」
そう言い捨てるなり、コーキルネィファは懐から長さ五十センチほどの二本のニードルを取り出して両手に持つと、颯爽と走り出した。
左右の林の木々の陰から三人の男が、それを見て焦ったのか慌てて飛び出してきた。
コーキルネィファは明らかに嬉しそうに舌なめずりをすると、二本のニードルを交差させて根本から針先まで一気にこすり上げた。
その瞬間、稲光のようなものが走ったかのように見えると同時に、コーキルネィファが人間とは思えない加速を見せ襲ってきた男の一人との距離を詰めた。
男は完全にその速度に反応できずにいたが、咄嗟に持っていた山刀のような物でコーキルネィファを斬りつけた。
だが、コーキルネィファが右手のニードルでそれを受けたと同時に男は悲鳴を上げて山刀を手から落としていた。
その隙にコーキルネィファの左手のニードルが男の左胸を貫いていた。
仲間を刺された別の男達がコーキルネィファの後ろから槍のようなもので二人同時に猛然と襲い掛かっていく。
ここでもコーキルネィファは常人離れした動きを見せた。
その場で垂直に飛び上がったのだが、その高さが明らかに異常だった。
人の頭の三倍はあろう高さまで跳躍したのだ。
離れたところから見ている私にはコーキルネィファの動きが見えているが、目の前でそんな跳躍をされた二人の男は、完全に彼の姿を見失っているだろう。
コーキルネィファはその跳躍の頂点から両手のニードルを男達に投げつけ、それは的確に男達の頭に突き刺さった。
着地と同時にニードルを引き抜くと、こちらを見てニヤリと笑ったのが見えた。
彼は、コーキルネィファは、戦いを、この生死のやり取りを心の底から楽しんでいるのだ。
私は一瞬体が震えるのを感じた。
と、遠巻きで眺めていた私だったが、別の男二人が私の後ろから襲い掛かってくるのがわかった。
私はすかさず前に走り出しレイピアを引き抜くと、振り返りながら真横一直線に切り払った。
男たちはそれを躱す為に、突進していた動きが一瞬止まった。
それを見逃す私ではない。
向かって右側にいる男の右足のつま先を、思いっきり刺し込んだレイピアで地面に縫い付ける。
それと同時に剣をその場に残し、もう一人の男の右手を掴み捻り上げるとその勢いのまま倒すと地面に押し付けた。
足を縫い付けられた男が悲鳴を上げ、剣を地面から引き抜こうとした時、その右目にニードルが突き立った。
一瞬何かが弾けるような音がして光が弾けたように見え、男は膝から崩れ落ちた。
コーキルネィファがのんびりと散歩を楽しむような様子でこちらまで歩いてきて、男の右目に刺さったニードルを引き抜いた。そして、息一つ乱さぬまま言った。
「詰めが甘いんじゃないか?サリシュアン」
「なんでもかんでも殺したら、他に仲間がいるか聞き出せないでしょう」
「仲間がいたって構わないだろう」
冷たく言い放ったコーキルネィファは地面に組み敷かれている男に向かい、座って顔を近づけた。
「そんで、仲間はまだいるのか?」
男は低く呻いたが、反抗的な目でコーキルネィファを睨み上げた。
「教えると思うのか」
「へえ」
コーキルネィファはその答えをつまらなそうに聞いていたが、おもむろにニードルを男のこめかみに突き刺した。
「痺れるだろぉ?」
押さえつけている男の体が一瞬気味悪く跳ねる。だがその一瞬で男の体から力が抜けた。
私は少しの胸のムカつきを感じながら、男の手を離して立ち上がった。
「短絡的すぎるわ。尋問すれば何か情報が引き出せたかもしれないのに」
私の非難に、コーキルネィファはその幼さの残る顔に残忍な冷酷さを浮かべて答えた。
「必要ないぜ。仮に今仲間が来ても、この後本隊が通る時に待ち伏せされても、結果は同じだ」
ニードルを引き抜き、マントで拭いながら言う。
「皆殺しだ。オレはヴァルファバラハリアン八騎将だぜ?」
私は改めてこのスパン・コーキルネィファという若い騎士の事を再認識していた。
それと同時に、やはりヴァルファバラハリアン八騎将は特別なんだ、という事も感じていた。
もしかしたらこの男ならば、あの東洋人傭兵ヒューイ・キサラギと対峙しても勝てるかもしれない、と。
私たちは山賊達の死体を乱暴に林に放り投げると、本隊への合流を急いだ。
体を動かして上機嫌なコーキルネィファはのんきに口笛を吹いていた。
私は歩きつつ、先ほどの戦いを思い起こしていた。
コーキルネィファのあの人間離れした動きには、実は秘密がある。
彼は特殊な体質を持っており、それは自身の体の中で電流を自在に操る事が出来るというものだ。
あの二本のニードルは特別な鋼材と加工により、擦り合わせる、又は打ち合わせる事によって小規模な雷と同じような電気を起こす事が出来る。
そうして発生した電流を体に取り込み、何をどうしているか細かくは知らないが、筋繊維を刺激しており、超常的な力を発揮しているとの事だ。
特に、先ほどのように雷のような加速をしてからの、敵の目の前で高く飛翔して視界から消えた後の上空から狙いすましたニードルの一撃は必殺の威力を持ち、スパークリングニードルという技名まで持っていた。
さらに、この帯電したニードルは防御不能という特性まで持っており、何もしらない相手が不用意にコーキルネィファの一撃を受けたり、逆に攻撃を仕掛けてそれを防御されたりすると、持っている武器を伝って電流が流れ込み先ほどの山賊の最初の男のように成す術もなく自身の武器を手放してしまうというのだから恐ろしい。
だからこそコーキルネィファは部隊の隊長としての素質が乏しく多少の素行の不良があったとしても、八騎将として認められているのだ。
初見殺しと言えるこのコーキルネィファの特殊な戦法であれば、あるいは……。
「サリシュアン!」
コーキルネィファに呼ばれて、私は思考を断ち切られた。
「本隊だ」
続けて言われたその言葉に、私は顔を上げた。
いつのまにか抜けていた林から、すでにまわりは少し開けた土地になっていた。
街道の少し先に、大きな軍旗を翻した一段の姿が見える。
その真っ赤な軍旗は雨の中でも勇猛に風に靡いており、描かれた二本の剣とそれに巻き付いた凶悪な蛇の絵柄は、間違いなく我がヴァルファバラハリアンの物だった。
一年半以上も離れていた本隊と合流できた事に、嬉しさと懐かしが入り交じり涙が出そうだった。
今日が雨で本当に良かった。
本隊はこちらに向かいずんずんと進軍してくる。
私たちはマントを脱ぎ、その到着を待っていた。
先行していた斥候や先行隊は私たちの姿を見止めるなり、すぐに連絡をつけてくれ、長い隊列の中ほどにある馬車まで案内してくれた。
私とコーキルネィファは馬四頭で曳いているその大型の馬車に乗り込んだ。
その豪華な馬車の中には、白髪の長い髪にいかにも聡明そうな線の細い顔をした老人が目を閉じて静かに座っていた。
コーキルネィファはその老人の向かいの席に腰かけると、遠慮のない声で言った。
「戻ったぜ、参謀」
「コーキルネィファか」
老人は顔を上げたものの、閉じた目はそのままでコーキルネィファに方を向いた。
そして静かだが独特な迫力のある声音で続けた。
「もう一人馬車に乗り込んだな。誰を連れ込んだ?」
私はその懐かしい声に、胸がいっぱいになりながら言った。
「私よ。ミーヒルビス」
老人の顔が一瞬驚きでこわばるのがわかった。
「まさか……」
コーキルネィファが愉快そうな声を上げる。
「感動の対面ってところか? まさかの客人だろ」
「お嬢様……!」
老人の声がわずかに震えている。
私は郷愁に駆られながらも、感情を必死に抑えつつ、最後にこの老人と交わした言葉とまったく同じ言葉で答えた。
「任務中よ。その呼び方はやめて」
この老人は、ヴァルファバラハリアンが誇る作戦参謀長であり、知略を巡らせれば全欧一の切れ者との呼び名も高い八騎将が一人、幽鬼のミーヒルビスその人である。
キリング・ミーヒルビスというこの男こそ父の側近中の側近であり、ヴァルファバラハリアンの頭脳であり、幼い頃から私を見守ってきてくれた大切な人だ。
ヴァルファバラハリアンの中で唯一、軍団長である我が父破滅のヴォルフガリオの正体を知っている人であり、私がドルファン王家の血を引いている事を知っている人でもある。
父デュノスがドルファンを追われ逃げ延びた際に放たれた追手の攻撃から父を庇い、その時に失明して以来彼の両目が光を見たことはないが、その目は戦況を誰よりも冷静に見通しているし、誰よりもすべての物事の真実をみつめているのだ。
私たちは濡れた体を拭くと鎧はそのままに馬車の座席に座っていた。
ミーヒルビスは小姓に命令して私の好きなスィーズランド製の茶葉を使った温かなミルクティーを用意してくれた。
私はそれをありがたく啜り、ひと時の故郷の味を楽しんだが、すぐに気持ちを仕事へ切り替えた。
「軍団長はどちらへいらっしゃるの?」
この馬車は軍団長用の馬車であり、本来なら軍団長であるお父様と、参謀長のミーヒルビスが二人で乗っているはずなのだ。
ミーヒルビスはすでにいつもの冷静さを取り戻しており、非常に落ち着いた声で答えた。
「軍団長はこの本隊にはおりません」
「どういう事? 軍団長のいない本隊なんてありえないでしょう」
彼は非常に深い溜息をつきながら続けた。
「グローニュを制圧した後、さすがに焦ったイエルグ伯が子飼いのシンラギククルフォンの部隊を差し向けました。我々はすでにテラ河へ向けて進軍を開始しておりましたが、これを捨て置くわけにもいきません。軍団長は自ら精鋭を引き連れ、隊の殿を務めておられます」
「軍団長自ら、殿を?」
「致し方ありません。ボランキオもいないのですから」
それは、まったくもってその通りだった。
この戦争が始まって二年足らずで、脱走したゼールビスはともかくとして、八騎将の数は半分に減ってしまっているのだ。
「それよりも」
ミーヒルビスの声がいささか迫力を増して冷たさを含んだ。
「なぜ、サリシュアンは本隊に戻ってきたのですか。私はそのような指示を出した覚えはありませんが」
その言葉に私は若干怒りを覚えた。
せっかくドルファンを飛び出し、遠路はるばる戻ってきたというのに、随分な言葉ではないか。
「ヴァルファが総攻撃を仕掛けようとしているのに、私がドルファン首都城塞の中で一人だけのうのうと過ごしていられるはずがないでしょう。特殊部隊との繋ぎ役としては、この私が、隠密のサリシュアンが一番適任でしょう」
「大方、ドルファンに潜伏させた諜報部隊の差し金でしょう」
ぐ、と私は声に詰まった。
ミーヒルビスの開くはずがない瞳が、私を見つめているのがわかった。
「私の指示もなしに勝手な行動は許しませんよ、サリシュアン。あなたにはドルファン潜入の任を与えているはずです。これは立派な命令無視、軍規違反に値しますよ」
「でも……!」
私は反論しようと言葉を探したが、この幽鬼のミーヒルビスを黙らせる事が出来るような言葉はそう簡単には見つからない。
ミーヒルビスはしばらく黙っていたが、不意に優しい声で言った。
「まあ、いいでしょう。来てしまったものは仕方がないです」
そのやり取りを黙って眺めていたコーキルネィファが大きな欠伸をした。
「なんでもいいけどよ、さっさとテラ河まで行って、始めようぜ。ドルファン攻略ってやつを」