小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第七章 王宮の舞踏会
【56】ライズとリンダ・ザクロイド①


 テラ河の攻防は、コーキルネィファの命令無視の特攻が大きく戦況に影響し、結果としてヴァルファバラハリアンの敗戦という事になってしまった。

ここに至るまで、ドルファンとヴァルファバラハリアンは三回大きな会戦をしている。

 

 まず初戦となったイリハ会戦。これは機動力で勝ったヴァルファが勝利を収めたものの、プロキアの背反もありドルファンに対して強く攻め切る事が出来なかった。

それに、言わずもがなだが、ドルファンのヤング・マジョラム大尉を討ち取る事が出来た反面、八騎将である疾風のネクセラリアがかの東洋人傭兵のヒューイ・キサラギに討ち取られている。

次の会戦は、国境都市ダナンだ。プロキアとシンラギククルフォンの合同軍に翻弄され守りが薄くなったダナンに対し、ドルファンが威信をかけた七大隊全軍投入という作戦に、ヴァルファは三大隊壊滅という大善戦を見せるも敗戦。

この戦いでも八騎将の一人、不動のボランキオがヒューイに討ち取られている。

 

 ヴァルファとしての戦いは、ダナン攻防戦の次が今回のテラ河の攻防となるが、ダナン攻防戦直後に個別行動を取った八騎将、氷炎のライナノールがボランキオの仇を討つべくドルファン国内に潜入したが、ここでもヒューイに返り討ちにあっている。

 

 そして今回のテラ河の攻防だ。

ここまで来るともはや因果を感じずにはいられないが、八騎将の迅雷のコーキルネィファがやはりヒューイに討ち取られてしまった。

セイル・ネクセラリア、バルドー・ボランキオ、ルシア・ライナノール、スパン・コーキルネィファ。

八騎将の内、半数である四人がたった一人の傭兵に討ち取られるという事態。

そしてヴァルファバラハリアン対ドルファンは、一勝二敗で負け越してしまっているという事実。

戦況は思わしくなく、事態は悪化しているように見えるのは、ヴァルファバラハリアンの人間なら誰しもが感じている事だろう。

 

 なので、敗戦の悔しさを胸に暗い気持ちで、どうにかシルベスター(年越しの祭り)の前にドルファン学園の寮に戻った際に、私を今回の戦争の現場へと焚きつけた部下がどうやって侵入したのかわからないが、何も言わずに私の部屋にいた時もかけるべき言葉が見つからなかった。

 

「サリシュアン殿、お疲れ様でした」

「……残念だったわ。あなたの用意してくれていた部隊に、仕事をさせてあげられなくて」

「大体の事は聞いています。コーキルネィファ殿の突出が痛手だったとか」

「そう、ね」

 

私は旅の荷物を部屋の隅に置き、ベッドの端に腰かけた。

私たちはしばらく黙っていた。

部屋の中は夜半の暗闇に支配されて薄暗く、机の上に置かれた小さなランプの頼りなげな光だけがゆらゆらと揺れていた。

重苦しい空気の中、先に切り出したのは彼の方だった。

 

「ヴァルファを、除隊しようかと思っています」

 

その言葉は一年前の私なら驚きと怒りを以て受け止めていたところだが、ヴァルファの敗戦を目の当たりにしてきた今となってはさして驚きもしなかったし、父の長年の腹心の部下だった彼がそう言いだす程、ヴァルファの状況が良くない事の裏返しと言えた。

だからこそ、私はありのままの言葉を返す事にした。

 

「……その行為を引き留められる言葉を、私は持ち合わせていないわ。戦況は悪くなる一方だし、八騎将は半数になっているし、結果的にプロキアのヘルシオ公を裏切った事になるヴァルファが、この先も戦い続けるのは難しい事だという事は誰の目にも明らかだもの」

 

男は黙っていたが、やがて低く力の無い声で言った。

 

「今すぐ、という訳ではありません。もう少しだけ成り行きを見守るつもりです。軍団長にも、参謀殿にも、信じられない程世話になっています。今更恩を仇で返すつもりはありませんし、最低限の義理は果たしたいと思っています」

「今すぐ除隊しないと言うなら、なぜそんな話をするの。ヴァルファを信じきれない部下がいるならば、私は隊長として行動をしなければならない事はあなたも知っているはずよ」

 

男はそれを静かに聞いていた。

裏切り者には死を。ヴァルファバラハリアンの血の掟は、私より彼の方が理解しているだろうに。

 

「それは……理解しています。ですが」

 

彼は疲れたような瞳で、感情というものをどこかに忘れてきてしまったかのような声で続けた。

 

「サリシュアン殿も考えた方が良いと思いますよ。ヴァルファバラハリアンが万が一にでも倒れた時の、身の振り方ってやつを」

 

そう言い残し、男は窓を開けて飛び降りて行ってしまった。

冬の冷たい風が部屋の中に吹き込んできたが、私は窓を閉める事も忘れベッドに座り込んだままだった。

 

「ヴァルファバラハリアンが倒れた時の……身の振り方?」

 

思いも寄らない言葉に、私の体は金縛りにあったかのように動かなくなってしまっていた。

 

 

 学校は冬休みに入っているので、とりあえず休学からの復学届けだけ出しておいた。

クリスマスが終わり、シルベスターの準備に忙しい街中を私は浮かない気持ちを抱えたまま歩いていた。

ヴァルファバラハリアンが倒れた時。そんな事態を想定した事がないと言ったら嘘になるが、今日までヴァルファの勝利を、お父様の復讐の成功を信じて疑わなかった自分に今更ながら気づかされた。

それは目の前でヴァルファが敗戦する所を見たからかもしれない。

今までの戦争は私の敵地潜入という任務もあって、どこか遠い所で起きている事で現実味が無かったような気もする。

だが実際に戦場に立つことで、見なくても良かった現実まで見えてしまった。

気晴らしのつもりで街に繰り出したものの、気分は滅入る一方でまったく気持ちの切替が出来ないでいる。

 

こんな状態では良くない。

自分の中の自信が揺らぎ始めているのがわかる。まだドルファンでの任務があるというのに、こんな状態では十分な仕事が出来るはずもない。気持ちを切り替える必要がある。自信のない者は、笑えないのだ。

普段あまり好んで飲んだりしないが、熱くて苦いエスプレッソが欲しい。

そんな事を考えながら歩いていると、気が付けばマリーゴールド地区まできてしまっていた。

 このあたりは普段来ることが滅多にないので、地理的にあまり明るくない。

いい喫茶店が近くにあるのか見当もつかない。

ここでエスプレッソが飲める喫茶店を探して歩くのは非効率的なので、ここはある程度妥協してコーヒーが飲めればそれで良しとしよう。

少し行ったところに運動公園があるし、そこならば隣接しているスタンドショップでコーヒーを売っているのは知っている。

そうと決めたならば、さっさと運動公園に行くとしよう。

 

 

 運動公園に到着すると、普段の休日ならば多くの人がスポーツに勤しんでいるところだが、この年の瀬の冬の日はまったくと言っていいほど人がいなかった。

スタンドショップも早々に店じまいをするつもりだったようで、私のコーヒーを最後の一杯としてお代わりを断固拒否するように、さっさと閉店してしまった。

人気が無いのは私にとっては逆にありがたい話なので、公園のベンチに座りながら決して美味しくはないが熱さだけは人一倍のコーヒーを堪能する事にする。

白い息を吐きながら少しずつコーヒーを啜っていると、目の前を一人の女性が走り抜けて行った。

 コーヒーを飲む以外にやることがないので、なんとなしにその人を目で追ってしまう。

後ろで一つに結んだシルバーブロンドに近い青みがかった長い髪が、走る速度に合わせて優雅に踊っている。

体のラインにぴったりと吸い付く高級そうな運動着は、恐らく特注の一点物で使っているシルクも超高級品だろう。

すらりと伸びた手足が優雅に動き、洗練された印象を受ける。

年の頃は私と同じくらいだろうか。まだまだ若々しい肉体は溢れんばかりの活気に満ち溢れていた。

そのほっそりとした輪郭に、少し吊り上がった細いイメージの涼やかな目は、どこかで見たことがある顔だ。

 

 彼女はかなり早いペースで走っていくと、私がコーヒーを二口程度飲む間に運動公園の競技場の周りを一周してきてしまった。

私自身もかなり走るのが速いが、彼女はそれと同等、もしくは、認めたくはないがそれ以上の速さで走っているようだった。

彼女がもう一周走っている間に、私はコーヒーを飲み干すのと同時に彼女の事を思い出した。

そう、去年のドルファン城でのクリスマスパーティーの会場で見かけた顔だった。

ドルファンに潜入する際に要人リストを一通り暗記していたのだが、そのリストの隅に彼女の名前と人相書きがあったのだ。

 

「確か……リンダ。リンダ・ザクロイド」

 

私は誰に言うでもなしに、記憶を整理する為に口の中でその単語を呟いた。

要人リストに名前があるものの、彼女自体はべつに要注意人物という訳ではない。

彼女の持つ家名『ザクロイド』の方が重要なのだ。

ザクロイド家は一言で片づけてしまえば、いわゆる成金だ。

リンダ・ザクロイドの父であり元々は山師であったディムス・ザクロイドが立ち上げ、燐光石とダイヤモンドの事業で成功を収め、たった一代で莫大な富を築き上げて一気にドルファンの経済の中枢に食い込んだザクロイド財閥。

彼女はそのディムス・ザクロイドの一人娘であり、ザクロイド財閥の跡取りという事になる。

 

 そのザクロイド家のお嬢様が供の者もつけずにこんな所で走っているというのは、いささか興味を引くものがあった。

リンダはもう一周競技場の周りを回ってくると、一回立ち止まり膝に手を着きながら大きく肩で息をしていた。

だが、ほんの数秒休んだだけで、先ほどよりもハイペースで走り出した。

ストイックなのは認めるが、明らかにオーバーペースだ。

事実、次の一周にかかった時間は、先ほどよりも遅れているのがわかった。

しかし彼女は止まらなかった。遅れているのを自覚しているのか、またペースを上げて走り出したのだ。

トレーニングにしても無茶苦茶すぎる。あんな走り方をしていて体が持つわけがない。

 私はベンチから立ち上がり井戸の方へ向かうと、先ほどのコーヒーのカップを洗い、そこに水を注いだ。

しばらく待っていると、フラフラと覚束ない足取りでもう一周して戻ってきたリンダ・ザクロイドが、その場でがっくりとへたり込んだ。

そうなる事はわかりきっていたので、そんな彼女の元に歩いていき手にした水のカップを差し出した。

リンダはゼイゼイと息をしながら私の方を仰ぎ見た。

何か言いたそうだったが呼吸が荒く言葉が出てこず、差し出したカップを手にする力すら無いようであった。

仕方が無いので立ち膝で彼女の脇に屈むと、水のカップを口元に近づけた。

彼女は一瞬それを拒むような仕草を見せたが、本能にあがらえずにようやく一口、口をつけた。

そこで少し落ち着いたのか、それとも吹っ切れたのかわからないが私の手からカップをひったくると、一気に水を呷った。

あまりにも急に水を飲んだため、彼女は激しくむせた。その背中を優しくさする。

しばらく咳込んでいたリンダは、ようやく落ち着きを取り戻すと、息も絶え絶えに言った。

 

「あ、ありがとうございます。わたくしとした事が……」

「少し座ったほうがいい。あそこにベンチがあるわ」

 

リンダ・ザクロイドに肩を貸しながらベンチへ連れていく。

そこに座らせてもう一杯水を汲んでくる。

そのカップを渡すと、彼女は今度はゆっくりと少しずつ飲んでいった。

そしてふう、と深く呼吸をすると隣に座った私を見て申し訳なさそうに言った。

 

「改めて、お礼を言わせていただけますか。 ありがとうございます。わたくしはリンダ・ザクロイドと申します。よろしければ貴女のお名前を教えていただきたいわ」

「ライズ・ハイマー」

「まあ、ハイマーさんと仰るのね。このお礼は必ずさせていただきますわ」

彼女はそう言いながら立ち上がり、座っている私を見降ろす形になった。

「お住まいはどちら? マリーゴールド? お礼の品は何がいいかしら。そう、ダイヤモンドの指輪かネックレスなんていかがかしら」

 

一方的にまくしたてるリンダを相手に、私はため息を吐いた。

見て見ぬふりをするのは寝覚めが悪いと思い手を差し伸べてしまったが、すでにそれを後悔し始めていた。

この手の輩は、一番嫌いなタイプだ。

私は立ち上がり、脇にあったくず入れにカップを捨てながら言った。

 

「お礼など結構。知らぬ振りをするのは私の精神衛生上、良くないというだけなので」

 

私の言葉にリンダは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

「あ、あら? ザクロイドをご存じないのかしら。ダイヤがお嫌いなら、ほかの宝石でも……」

「結構よ。私はガラスでもダイヤでも、色のついた鉱石にも興味はないので。それに、あなたがザクロイド財閥の娘だろうと関係ないわ。さっきも言ったように、私の精神衛生上の問題なので」

 

私の言葉をきょとんとした顔で聞いていたリンダだったが、徐々に顔が紅潮していくのが見て取れた。

そもそも運動で上気していた頬が、真っ赤になっていた。

 

「へえ。貴女、わたくしが何者かわかった上で言っているのね。面白いじゃない」

 

必死に取り繕うリンダ・ザクロイドを見つつ、何故貴族や成金達はこういった態度になるのか不思議でならない。

 

「わかりましたわ。ただ、こちらも助けていただいて何もしないなど、ザクロイド家の名折れですわ。申し訳ありませんが、必ずお礼をさせていただきます」

 

一体何の名折れになるのかわからないが、リンダは本気で言っているようだった。そして、声も高らかに続けた。

 

「ちょうどもうすぐシルベスターですわね。その日にザクロイドのお屋敷に来て下さる? 食事を用意させていただきますわ」

 

何も考えずに断ろうと思ったのだが、おそらくこのリンダ・ザクロイドの性格であれば、断ったところでしつこく付きまとわれたり、何かされる可能性がある。

私の任務の邪魔になるくらいなら、いっそ申し出を受けた方が動きやすいというものだ。

 

「わかったわ」

 

私がすんなり受け入れたのが意外だったのか、リンダは目をぱちくりとしていたが、すぐに胸を張って言った。

 

「貴女が見たことも、食べたこともないものを用意するわ! それでは、失礼いたしますわ!」

 

声も高らかに、リンダ・ザクロイドは優雅な足取りでその場から去っていった。

先ほどまでオーバーワークで倒れていたとは思えないほどの足取りだった。

そのタフさに多少呆れつつ私も寮に戻る事にした。

思いもよらない邂逅だったが、多少心のもやもやしたものは晴れたような気がする。

何かすることがあるというのは、良い事だ。

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