小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【57】ライズとリンダ・ザクロイド②

 シルベスターの当日。

私は所定の時間にリンダ・ザクロイドの屋敷に向かうべく、寮の自室で身支度を整えていた。

シルベスターという行事は、サウスドルファン駅前の広場にある時計台周辺に人々が集まり、年越しのタイミングをカウントダウンして、皆で新年の瞬間を祝うというものだ。

例年多くの人が集まり新年を祝うのだが、この日ばかりは夜中の外出を許された学生たちも多く、特に若い世代に人気のあるイベントだ。

 

 リンダからは夕飯の招待を受けていた。

シルベスターだからと言って、特別な食事をする風習はないはずだが、先日の礼替わりという事なのだろう。

別に格式の高いレストランに行くわけではないので、普段着を選んでいた。

いつものようにほどけばそれなりの長さになる髪は三つ編みにして赤いリボンで一つにまとめ、前に垂らす。

濃紺のコートに、黄色いスカーフ、赤いベレー帽を被り、赤い革の手袋をする。

鏡でいつものように完璧で一分の隙もない冬の装いである事を確認して、自室を出た。

鍵をかけて廊下を歩いていくと、玄関のあたりで数人の寮生が集まり何やら話していた。

なんの話をしているのだろうかと思っていると、「成金趣味」だの、「これ見よがし」と言った単語が聞こえてきた。

彼女たちを横目に玄関ドアを開けて外に出ると、目の前に豪華絢爛な金の装飾を纏った大きな二頭引きの馬車が通りを塞ぐように停まっていた。

なるほど、確かに成金趣味だな、と思いながらその脇を通り抜けようとした時、突如として馬車のドアが開き、そこからリンダ・ザクロイドが優雅に現れた。

そして、声も高らかに言った。

 

「ハイマーさん、お迎えに伺いました」

 

私はリンダの突然の登場に呆気に取られながらも、深いため息を吐いた。

 

「こんな大きな馬車で道を塞がれたら迷惑よ」

「あら、ウチで一番小さな馬車で来たのに……。まあいいわ、どうぞお乗りになって」

 

これは普段目立たないように慎ましい生活を心掛けている私に対する新手の嫌がらせだろうか。

噂話好きな寮生達の恰好の的になるのは間違いない。

だとしたら、一刻も早くこの場を離れるのが得策なので、躊躇せずにリンダの馬車へと乗り込んだ。

 

 馬車の中は豪華に飾り立てられており、革張りの座席の上には何かの毛皮が敷かれていた。

若干の居心地の悪さを感じつつ座席に座ると、リンダが向かい側に座り、馬車はゆっくりと動き始めた。

リンダは上等な赤いハイネックのセーターの上に、何の毛かわからないが大きなファーのついた青いコートを纏っており、それが私のコートの何倍もする値段だろう事が一目でわかった。

 

「どうぞ、くつろいで。じきに到着するわ」

 

馬車は私の寮があるフェンネル地区を抜けてマリーゴールド方面へと進んでいった。

マリーゴールド地区はいわゆる高級住宅街といわれるエリアで、リンダのような金持ちやジョアン・エリータスのような貴族たちが多く住んでいる。

かく言う私も、セーラ・ピクシスの話し相手をするために、月に一度はこのエリアに通っているのだが。

フェンネル地区の庶民的な大きさの家から、マリーゴールド地区に入ると大きな庭のある豪華な屋敷が徐々に増えてくる。

私は車窓からそれを眺めつつ、ポツリとつぶやいた。

 

「立派な屋敷……みんな戦争なんて関係のない世界なのでしょうね」

 

リンダは目をつぶっていたが、ふと私の顔をみて言った。

 

「先のテラ河での戦争は、ドルファンの大勝利でしたわね。貴族の方々も戦に参加されてご活躍なさったと聞いています」

 

貴族が戦いに参加したなど、実際にあの現場にいた私には信じられない話だった。

あの血で血を洗う戦場で戦っていたのは、ヒューイのような外国人傭兵部隊と、ドルファン国軍の先発隊の一部だけだった。

仮に貴族が参加していたというなら、最前線ではなくはるか後方の戦う事のない部隊にいた事だろう。

 

「わたくし達ザクロイド財閥も、今回の戦争に向けて燐光石を寄贈いたしましたの。夜間の行軍やキャンプに非常に役に立ったと伺っているわ」

「そう、ザクロイド財閥は燐光石の商売で財を成したのだったわね」

「そうよ。わたくしの父が燐光石の大鉱脈を見つけ、国の発展に寄与した事がザクロイド財閥の始まりですわ」

 

そう、燐光石は特殊な鉱物で、ベリ酸などの触媒を使用する事で化学反応を起こし光を放つ唯一無二の素材だ。

消耗品の蝋燭や油と違い半永久的に使用可能だが、国内の流通はすべてザクロイド財閥が担っており、非常に高価な為一般にはまだまだ普及しきっていない状況だ。

燐光石の明り一つで普通の家庭が三カ月は食べていけるというのは有名な話だ。

 

 

 冬は夜の訪れが早く、すでに窓の外は夕闇が差し迫ってきていた。

マリーゴールドの街並みが暗くなっていき、家々の窓にも明かりが灯り始める。

蝋燭などと違ってゆらゆらと揺らめく事の無い光は燐光石を使用した灯りの特徴でもあり、街灯を始めとしたこのエリアの灯りの殆どが燐光灯を使用しているのがわかる。

そんな高級な館の中でも、特に明るく光を放つ屋敷が見えてきた。

大きな敷地を取り巻く高い塀には所々に燐光灯が灯り、蔦のような植物を模した鋼鉄の門扉のおくには広大な庭が広がっている。

庭の所々にやはり燐光灯が灯り、中央の噴水が明るく照らされていてそこだけ昼間のようだ。

 

 その庭の奥に、私が住むドルファン学園の寮と同じくらいの大きさの壮麗な屋敷が悠然と構えている。

馬車は門扉の前で一度止まり、開閉を管理している私設の警備員が御者を確認すると、非常に重そうなその門を開けてくれ、馬車は中へと入っていった。

真昼のように明るい庭をすすみ、屋敷の前で馬車が止まり、リンダが先に馬車を降りた。続けて私も御者のエスコートを受けて馬車を降りると、屋敷の両開きの扉はすでに開いており、屋敷の中へと案内された。

案内されたのは私の部屋が二十個は入りそうな大きさのダイニングルームだった。

高い天井に古典的な装飾を施してあり天使の絵が描かれている。高級そうな壁紙の壁には鹿やトナカイの頭の剥製が飾れている。

一般的な貴族のダイニングテーブルには上等な蝋燭のキャンドルが並べられるものだが、ここにはキャンドルを模した燐光灯が並べられていた。

その長いダイニングテーブルの一番奥の上座の席にリンダが座り、その隣に用意された席に私が座った。

 

「いかがかしら、わたくしの邸宅は」

 

壁に飾られた剥製の目がこちらを見ているようで、どうも居心地は良くない。

 

「煌びやかね。正直に言って、あまり好みではないわ」

 

私の言葉に、リンダは少し困ったように微笑んだ。

 

「気持ちはわかるわ。ハイマーさんのようにはっきり言う方はあまりいないので勘違いされがちだけれど、正直に言ってわたくしもあまり好きな意匠ではないの」

 

意外な回答に少し興味が沸いた。

 

「あら、ではどんな意匠が好みなのかしら」

「仰らないで。わたくしはあくまでザクロイドの人間なのです。わたくしの好みなど些細な事ですわ」

 

リンダはそう言って微笑んだ。

しばらくすると料理が運ばれ始めた。

まず、アミューズの皿から始まり、続いてオードブルが運ばれてきた。

どちらも新鮮な野菜と海産物が豊かなドルファンらしく、魚介をマリネした物などが供されてきた。

 

「さあ、今日はお礼ですので、遠慮なく召し上がってください」

 

ここまで来て今更遠慮するつもりなど無いし、食べ物とは言うものは日ごろ栄養さえ摂れればなんでもいいと思っているものの、どうせ食べるなら美味しい物の方が良い。

エプロンをして食べ始める。それを見てリンダも同じように食べはじめた。

私はもともと父から教養をかなり厳しく躾けられているので、テーブルマナーは当たり前のように取得している。

いくら傭兵暮らしとは言え、国の元首などから直接の依頼を受ける事のあるヴァルファバラハリアンは、こういった事も完璧でいなければならない。

もっとも、コーキルネィファやボランキオがそうだった、とは言わないが。

隣で黙々と食しているリンダはやや古式に偏ったマナーではあったが、今のところ完璧なテーブルマナーであった。

 

 

 前菜に運ばれてきた二皿は確かに上等な食材を使って豪勢な盛り付けをされたものではあったが、取り立てて美味しいというほどの物ではない。

ザクロイド家のお抱えシェフの腕前は、スィーズランドのヴェッフェルには遠く及ばないとは思いつつ、ポワソン(魚料理)やアントレ(肉料理)を食べてみない事には評価できまい。

 

 しかし、事件は次のポワソンで起きた。

運ばれてきたのは舌平目のムニエルであった。このムニエルの味自体は非常によく出来ていたし、素直に美味しい物だった。

だが、リンダがフォークとナイフで舌平目を切った際、わずかに残っていた小骨が見えた。

普通ならばそれを脇に除けてしまえば問題なく食べられるのだが、リンダはそうはいかなかった。

後ろに控えていた執事を呼ぶと、私に気付かれないように非常に小声で耳打ちをしていたが、私は非常に耳が良いので聞こえていた。

 

「ムニエルに骨が入っていたわ。わたくしの分なのでまだ良いですが、これがお客様の分だったらザクロイド家の恥よ。このシェフは解雇なさい」

 

あまりにも苛烈なその判断に、私は食べる手が一瞬止まってしまった。

たかが小骨の一本、どんな名シェフが気をつけていたとしても、抜き忘れることくらいあるだろう。

だがそんなミスすら許されない程、ザクロイド家は厳しいのだろうか。これでは良いシェフがいたとしても、育たないのではないだろうか。良い貴族とは良いシェフを雇うものだが、そのシェフを一流に育て上げるのも、良い貴族の仕事だとミーヒルビスに教えられたものだ。

 続いて口直しが供され、アントレの小鹿のロースト、チーズ、アントメルとしてリンゴのタルト、フルーツとして見た事の無い南国の果物が運ばれてきた。

その果物は鮮やかな黄色をしていて、ダイス状に美しくカットされていた。

 

「この果物はマンゴーというものです。召し上がった事があって?」

 

リンダが先にそれをデザートフォークで刺して食べた。

それに倣って食べてみる。今までに食べた事のない独特の香りと甘み、とろけるような食感にジューシーさがそれを彩り、なかなかに美味しい果物と言える。

 

「はじめて食べたわ。少し癖があるけれど、美味しいわ」

「そうでしょう! ご満足いただけたかしら。オーホホホホ!」

 

なぜ高笑いしているのかわからないが、少なくともリンダは満足しているようだった。

最期に非常に高級な豆を使ったコーヒーをいただき、長かった食事が終ろうとしていた。

ようやく落ち着いて話ができるような状況になったので、私は疑問を投げかける事にした。

 

「なぜこんな食事を用意してまで、私をもてなすの。少し親切にされたからと言って、大袈裟ではないかしら」

 

優雅にコーヒーを口にしていたリンダは静かにカップを置くと、こちらを見た。

 

「なかなか鋭いですね。まあ、話が早くて助かるわ」

 

リンダは真顔になり、私を鋭い目つきで見ていた。

さて、どんな要求が出てくることか。

 

「先日、わたくしが運動公園で練習をしていたのを、貴女は御覧になったのよね」

「ええ、もちろん。オーバーワーク気味だったから、介抱したのだけれど」

「それよ! いいえ、介抱していただいたのには感謝しています。問題はわたくしが練習をしていたのを見た事です!」

 

練習を見た事が何か問題なのだろうか。イマイチ話が見えない。

 

「いいですか。わたくしが練習をしていた事は、綺麗さっぱりお忘れなさい! わたくしは練習などしていなかった。貴女と今日食事を一緒にしたのは、貴女が散歩中に貧血を起こしたわたくしを介抱したから。よろしくて?」

 

何がなんだかさっぱりわからない。だが、リンダが言いたいのは、あの日リンダが運動公園で走るトレーニングをしていたという事実は無かった事にして、只の散歩中に貧血を起こし、私がそれを介抱したという事にしろ、という事だ。

私はコーヒーをもう一口飲んでから答えた。

 

「別に、私としては興味の無い事だし、貴方を介抱したのは前に言った通り私個人の精神衛生上の問題なのでどうとらえてもらっても構わないけれど、何故トレーニングをしていた事をなかった事にしたいのかは知りたいわ」

 

私の言葉にリンダは一瞬口ごもっていたが、少し怒気を孕んだ声で答えた。

 

「答えたくない、と言いたいところだけれど、貴女は恩人なので答えますわ」

 

そしてため息を吐いて冷静さを取り戻すと、言葉を続けた。

 

「わたくしはザクロイド家の人間です。勉強も、スポーツも、教養も、すべて出来て当たり前なのです。そしてそれは苦労をして得たものであってはいけない。すべて最初から持っているものでなければ、ザクロイド家は貴族にはなれないのです」

 

言い切ったリンダの瞳は至って真剣で、熱い情熱を孕んでいた。

 

 

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