小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【59】ライズとホットチョコレート

 新年を迎え本格的な寒さが深まる中、ドルファンの街は大きな事件もなく平和に時が流れて行った。

先のテラ河の攻防戦に勝利を収めたドルファン軍は明らかに自信をつけたようで、軍部の訓練所も以前より活発に活動をしていた。

そんな中で対ヴァルファバラハリアンの切り札として編成された、かのヒューイ・キサラギの所属する外国人傭兵部隊は、ドルファン国軍の中で少し浮いているような印象を感じるようになっていた。

 

 もともと他国の侵略なども少なく、戦争自体がほとんどなかった為に過去に陸戦最強と謳われたドルファン国軍は形骸化していき、弱体化の一途を辿っていた。

それはドルファン国軍の象徴であり、最も優れた騎士に送られる『聖騎士』という称号が、ソフィアの婚約者のジョアン・エリータスの父親であるラージン・エリータス以降誰にも授与されず、何年も空位になっていた事からも証明されている。

その弱体化しきったドルファンに対し、プロキアが戦争を仕掛けたのは良いタイミングであったと言えるだろう。

もちろんその背後にはヴァルファバラハリアンがいて、軍団長である父が戦争をけしかけるように当時のプロキア首相のフィンセン公を焚きつけた事が大きな要因であったとしても、内戦がしょっちゅう勃発して四六時中戦争をしているようなプロキアの戦力と、西欧最強の傭兵部隊であるヴァルファバラハリアンが手を組めば、弱体化したドルファン攻略など容易い話であったはずだった。

 

 だが、誤算というのはいつでも起こりえる。

当初ドルファンはかつての陸戦最強を誇ったプライドから、自国内の戦力だけで戦争を戦うと思われていた。

しかし、その予想を覆しプライドをかなぐり捨てて傭兵部隊を編成するように動いたのである。

これは後で知った事だが、旧家の両翼の中でも国王を凌ぐ発言権を持っているアナベル・ピクシス卿の提言であったそうだ。

そして驚くべきはその行動の速さだった。永世中立国であるスィーズランドを通して外国人傭兵の雇用を募ると、瞬く間に一大部隊を築いてみせたのだ。

これにはさしもの我がヴァルファバラハリアンの参謀のキリング・ミーヒルビスですら舌を巻く程だった。

 

 

 傭兵部隊を立ち上げたドルファンだったが、初戦はプロキア・ヴァルファの連合軍に敗戦を喫したものの、そこから一気に練度を上げていき、その後の結果については誰もが知る所だろう。

その外国人傭兵部隊が立ち上がりもうすぐ二年になろうとしている。

外国人傭兵部隊が立ち上がった初期こそ、部隊長であるヤング・マジョラム大尉の下まとまりのある部隊だったようだが、ヤングが死にまとめ役を失った上に、過酷な戦場に真っ先に投入される立場の外国人傭兵達はそれが仕事とは言え待遇の改善を求めていくようになるだろうし、それに反してドルファン正規軍が力を盛り返しているのであれば、外国人傭兵部隊の士気は下がっていくのも仕方がない事かもしれない。

ヒューイのような傭兵は、むしろ希少な人材なのだ。大半の傭兵達は金の為に戦い、それしか生き方をしらない粗暴な連中が占めているのを忘れてはいけない。

そんな外国人傭兵部隊の鬱憤晴らしになっているのは市内の治安維持行為だ。

ドルファン国内にはテラ・ヴァネッサ派などの危険分子が少なくない。

彼らの過激なテロ行為は、外国人傭兵部隊のガス抜きに利用するのに丁度いいのだ。

だが、そんな紙一重の平和がいつまで続くのだろうか。

その平和に綻びが生じた時こそ、ヴァルファバラハリアンにとっての絶好の機会になるだろう。

 

 

 私はそんな事を銀月の塔の展望台で、真冬の冷たい風に吹かれながら見るともなしに景色を眺めながら考えていた。

元々この銀月の塔に来る事は好きなのだが、冬の時期はなお良い。

寒さで冷えた頭は考え事をするのに丁度良いし、この時期にわざわざ展望台まで来る人間は殆どいない。

冬の澄んだ空気は遥か遠くまで見通せるので気分も良い。

吹きすさぶ北風は容赦なく肌に突き刺さるがその冷たさまでも心地よく感じる。

今日の展望台の来客は私以外に無く、事実上の貸し切りを楽しんでいると階下の螺旋階段の遠くの方から誰かが昇ってくる足音が聞こえてきた。

人の事は言えないがこんな寒い日にわざわざ展望台に来るなんて物好きもいるものだ。

誰か来るならば私の時間はそろそろ終わりにして、帰ろうかと思っていると、足音の主が静かに展望台に上がってきた。

そして、先客である私をみつけるなり、「お、ライズじゃないか。こんな寒い日に物好きだな」と言った。

私はその来客者に対し、ため息を吐いて見せた。

 

「同じ言葉をそっくりそのまま返すわ」

「それは反論できないな」

 

そう言って、ヒューイ・キサラギは笑って見せた。

ヒューイは私の隣に立って手すりに体を預けながら、丘の下に広がるドルファンの街並み遠くに霞む白い山脈を眺めていた。

 

 そう言えばこの東洋人傭兵と会って話しをするのは随分久しぶりだ。

私は去年の年末からヴァルファ本隊に合流するべくドルファンを離れていたし、ロリィの誘拐事件以来だろうか。

実に一カ月以上振りという事になるが、先日のテラ河の攻防で彼の戦いぶりだけは目の前で見ている。

ヴァルファバラハリアン八騎将の半分を討ち取った男が、今隣にいる。

だが、私の心は意外な程に静かであった。

なぜなら、このヒューイという男はすべて一騎打ちで勝利しているからだ。

待ち伏せや不意打ち、圧倒的な数で押し切ったのでなく、全ての戦いを一騎打ちで正々堂々と勝利しているのだ。

いくらヴァルファバラハリアンにとって隊長達の仇であっても、その隊長達が己が誇りをかけて一騎打ちで戦って負けた相手に対して敬意を払わないのは、逆に彼らの魂の冒涜になるというものだ。

 

 ヒューイは軍支給の青いロングコートを纏い、景色を眺めながら何も言わなかった。

私も何も言わなかった。

ただ並んで景色を眺めているだけだが、どこか先ほどまで一人で眺めていた時とは違う心持だ。

私は人が多い場所が嫌いだし、潜入捜査をしている以上、この国の人間と馴れ合うような事はしないと決めている。

だが、同じ外国人として、同じ傭兵稼業として、このヒューイ・キサラギといる時間は自分にとって苦痛にはならない。

この男は私にはない価値観を持っており、私には想像もつかないような世界観を持っている。

彼の隣にいると私の世界が少し広がって、自分の成長が実感できる時がある。

私はその時間が嫌いではない。

しばらく二人とも黙っていたが、おもむろにヒューイが話しかけてきた。

 

「今日は特別冷えるな。ライズの故郷は、もっと寒いのか?」

 

私がスィーズランド出身だという事は以前話したことがある。この傭兵の事だから、それを覚えているのだろう。

 

「そうね。故郷はもっと北の方だし、雪も降り積もる地域だから比べ物にならないくらい寒い所よ」

「オレもシベリアに行った事があるが、あそこの冬もきつかったな。喉が焼けるような地元の蒸留酒が無ければ、凍え死んでしまうところだった。スィーズランドとどちらが寒いかな」

 

そう言って微笑む彼を見ながら、今更ながら彼の故郷がどんな所なのか知らない事に気が付いた。

東洋の出身という事だけで、なんという国のどんな所の出身なのか、まったく知らないのだ。

気づいてしまったからには、聞かずにいられない。情報収集は潜入捜査の基本なのだから。

 

「あなたの故郷の冬は、どんな感じなの」

 

私の言葉に、ヒューイにしては珍しく驚いたような顔をした。そして、また街並みに視線を戻すと穏やかな声で答えた。

 

「もう随分帰っていないからだいぶ忘れちまったが、スィーズランドのように雪が降るような場所だ。ただ……」

 

そこまで言ってヒューイは少し目を伏せた。

 

「ただ、寒かったな」

 

その言葉は吹き抜ける北風よりも冷たい雰囲気を孕んでいた。

そのあまりの冷たさに返す言葉を探しあぐねていたが、なんとか言葉を返す。

 

「故郷に帰りたいとは思わないの」

 

ヒューイは少し考えていたが、やがて先ほどと同じように穏やかに答えた。

 

「故郷に帰ったところで誰が待っているわけではないし、歓迎されるような人間でもないからな。あまり帰りたいとは思わないな」

「そう……」

 

彼の言葉の裏側にはきっと私の想像もつかない何かがあるのだろう。

傭兵なんて生き方を選んだ男が、まともで健全な環境で育ってきたわけがない。それは私も同じだ。

そして、それは父である破滅のヴォルフガリオも。

 

「故郷を追われた者が再び故郷を目指すとき、そこには憎しみしか残らないのかしらね」

 

私がつぶやいた時、今日一番の強い風が吹き抜けた。

塔の下から枯れ葉が一斉に舞い上がり乾いた空に舞っていく。

ヒューイはそれを見上げてから、こちらを見た。

 

「何か言ったか」

「いいえ、なんでもないわ。それより、少し冷えてきたわね。私はもう降りようと思うけれど、貴方はどうするの」

「オレも降りるとするか。せっかくだし、どこかで茶でも?」

「そうね、温かいものなら付き合ってあげてもいいわ」

 

彼は私を見て少しだけ微笑むと、先に階段を下りて行った。

 

 

 銀月の塔の下には、以前リン・コーユーとお茶をした喫茶店があるので、私たちはそこに入ることにした。

私はここで飲んだ紅茶が大して美味しいものではない事を覚えていたが、他に注文するものもないので以前と同じように紅茶を、ヒューイは意外な事にチョコラータ・カルダ・フォンデンテ(ホットチョコレート)を注文した。

 

「随分子供っぽい選択ね」

 

私の言葉に彼は少し不満げな声を上げた。

 

「チョコラータ・カルダは子供の飲み物ってわけじゃない。ライズはいつも紅茶や水ばかりだが、飲んだ事あるのか?」

「選ぼうと思った事もないわ」

「へえ、それはお気の毒に。あの美味しさを知らないとは」

 

そう言って勝ち誇った顔をするヒューイの態度が少し気に入らない。

 

「ショコラが好きな傭兵なんて聞いたことがないわ」

「スィーズランドのホットショコラは子供向けなのかもしれないが、ドルファンのチョコラータ・カルダは大人の飲み物だ。ライズには向いていないかもしれないな」

「そんな安い挑発に乗るほど愚かではないけれど、子供扱いしたその言葉には撤回を求めるわ」

「飲んだ事もない物を偏見で評価するのはどうかと思うが」

 

もう一言反論してやろうかと思った時、給仕がそれぞれの飲み物を運んできた。

私の紅茶は前回と同じドルファン製のオレンジペコのブレンドティーの匂いがしたが、彼のチョコラータ・カルダはいかにもショコラといったような濃厚で黒に近い茶色をしていて、同じように濃厚なショコラの香りがした。

ヒューイはそのカップとソーサーを黙って私の方に押し出した。

 

「まあ、百聞は一見にしかずならぬ、一食にしかずだ。飲んでみたらどうだ?」

 

彼のペースに乗せられた感は若干あるものの、そこまで言われて引き下がるのも癪だし、彼の言う通り飲んだこともない物にレッテルを張るのは私の沽券に関わる。

カップからはほとんど湯気も昇っていないし、所詮はショコラを溶かした飲み物だ。

私はカップを上品に持ち上げると、そっと口に近づけて一口啜ってみた。

 

「熱っ!」

 

思わず声が出て、カップを離してしまう。コーヒーや紅茶にはない、信じられないほどの熱さだ。

そんな私を見て、ヒューイは憎たらしい事に必死に笑いを堪えていた。

 

「知っていたのね。これが信じられないくらいの熱さだと」

「チョコラータ・カルダは最初はスプーンですくって飲むんだ。ほら」

 

ヒューイは唇の端で笑いながら、ソーサーに乗っていたスプーンを指さした。

仕方なしにスプーンを取りその茶色い表面に差し込んでみる。思った以上に粘度が高くトロトロとスプーンにまとわりつくショコラを掬い、今度は慎重に温度を確認しながら口にしてみる。

予想を裏切る強烈なカカオの苦みとほのかな甘みの後、その濃厚なとろみからは想像できない後味の切れの良さ。そして何よりも温かさが体に沁み込んでいくのがわかる。

私の知っているホットショコラはもっとサラサラとしていて甘みが強く、ミルクの風味が強くて子供が好んで飲むものだった。

 

「なあ、美味いだろ?」

「……思ったよりも悪くはないわ」

 

私はカップをソーサーに乗せて、彼の方に押し返した。

 

「おい、スプーンも返してくれ。オレだって最初は熱くて飲めないんだ」

「私が使ってしまったわ。新しいスプーンをもらえばいいでしょう」

「そんな事、気にするなよ」

 

そう言って彼は私の手からスプーンを取ると、躊躇することなく自分のカップに差し入れてチョコラータ・カルダを味わった。

 

「うん、美味い! やっぱりドルファンの冬はこれに限るな!」

 

私は抵抗する事も出来ないほどあっという間に起きた出来事に言葉もなかった。

 

「どうかしたか?」

 

ヒューイはあっけらかんとしている。それがまた憎たらしい。

 

「貴方の国は他人と食器を共有するの?」

「さて、気にしたこともないが、まあいいじゃないか。知らない仲でもないんだ」

 

私はため息を吐いて自分の紅茶を飲んだ。

この男はいつも私の予想の斜め上をいく行動をする。呆れる事も多いし、文化の違いを感じる事もそれなりに多い。

だが、チョコラータ・カルダが思った以上に美味しくて子供向けの飲み物でなかったように、新しい何かを知るきっかけを与えてくれるのもまた、いつもヒューイだった。

この男は私にはない価値観を持っており、私には想像もつかないような世界観を持っている。

私は紅茶を飲みながら、チョコラータ・カルダを美味しそうに楽しむ彼を見た。

彼が私の視線に気づき、こちらを見て照れくさそうに笑った。

それを見て私も苦笑を返す。

自信の無い者は笑えない。そういえばこの言葉も彼から教わったものだった。

今はもう少し、この温かい飲み物を楽しんでもいいかと思っていた。

 

 

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