小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
今度は先の経験からコーヒーを買い、熱すぎるそれを冷ましていると準決勝戦の開始を伝える鐘がなった。
まず競技場に入ってきたのはヒューイの対戦相手だった。
金髪の長い髪を後ろに一つにまとめ、場違いなキラキラと光る優雅な軽鎧をまとっている。
神経質そうな顔つきに育ちの良さを感じる。
だがお世辞にも剣術を使えるような雰囲気ではなく、これまでの試合でもこの男が戦ったところを見た覚えがない。
という事はシードか何かで準決勝戦からの参戦なのだろうか。この優男が。
対するヒューイはいつまでたっても入場してこない。
怖気づいたのだろうか。はたまた、先の試合で怪我でもしていたのだろうか。
五分ほどしても出て来ないので審判が優男の不戦勝を宣言した。
そこで初めて相手の名前を知った。
ジョアン・エリータス。
その名前には覚えがあった。
ドルファンの政治の中枢、王室議会の参位で、旧家の両翼といわれるピクシス家、エリータス家の片翼、エリータスの三男坊だったはずだ。
その権威はピクシス家には及ばないと言われているが、それでもかなりの発言権を持ち、絶大な権力をもっているのがエリータス家だ。
ジョアン・エリータスの父、ラージン・エリータスはこの国の騎士の最高位である「聖騎士」の称号を持ち近隣にも名をはせた男だが、この男からがその血を引いているとはにわかには信じがたかった。
不戦勝を勝ち取ったジョアン・エリータスが会場中に響く声で叫んだ。
「フ……ハハハ! 東洋人め、僕の実力に恐れをなしたな! だが賢明な判断だよ。無様な姿を晒さずにすんだ事を感謝したまえ」
私はため息をついて席を立った。
そのまま飲みかけのコーヒーをくず入れに捨てて競技場を出ると、出口にヒューイが立っていた。
「及第点ね」
私が言うと彼は肩をすくめた。
「言い訳はしたくないが、あのエリータスのぼんぼんとは、関わりたくないので」
「知り合いなの」
「ま、色々とあって。顔見知り程度に」
「そう。それでも負けは負けだわ」
彼はまた肩をすくめた。
いつもなら微笑を浮かべている彼が若干目に怒気をはらんですました顔をしている
思いのほか負けず嫌いなのかもしれない。
「まあ、せっかくの祭りなんだ。どこか見て回ろう」
今度は私が肩をすくめた。
今日の試合を見ただけでは彼の実力を測りきれない。
不味い紅茶と黄色い声に耐えたのに見合った収穫ではなかった。
私の収穫祭はとんだ不作だ。
結局私たちは競技場の周りの露店などを見て回ることにした。
「祭りはいいな。気分が明るくなる」
「そうかしら。私は無意味に感じる。今は戦争中なのよ」
「戦争中だからさ。みんな、日々の恐怖から逃げたいんだ」
「不毛だわ。恐怖から逃れるくらいなら、自ら戦地に赴き戦うべきよ」
「戦うのは俺達の役目だ。何も知らない人に、戦いの恐怖を知ってもらいたくはない」
俺達。それは私も含んでいるのだろうか。それとも単に、傭兵達の事をさしているのだろうか。
いや、後者であろう。
ヒューイから見れば私はただの留学生でしかない。
「わからないわ。あなたは傭兵。この国になんの思い入れもないでしょう。この国の人々は見ず知らずの外国人が戦い死んでいくのに、自分達はレッドゲートの内側でお祭り騒ぎをしている」
「そうだな。だが、それが傭兵だ。求められれば戦う」
ヒューイの言っている事はもっともだった。
求められれば戦う。傭兵の大原則ではないか。
そこに敵も味方もない。
雇われれば戦い、死ぬ。
私もその大きなうねりの中の一人でしかない。
だが私は敵地の潜入捜査を命じられて、ここで祭りに参加している。
「悔しいわ。戦場に立つのが自分じゃなくて、あなた達なのが」
「戦場に行きたいのか」
私は答えず、黙って祭りの人波を眺めていた。
「なぜ、ここにいるのかしらね」
つぶやいた言葉は祭りの喧噪に消えた。
「お、これ食わないか」
ヒューイはとある屋台の前で立ち止まった。
それは果物のカットを飴で包んだ菓子を売る店だった。
「私は結構よ」
「へえ、女の子はみんな甘いものに目がないと思っていた」
「色眼鏡で見ないでほしいわ」
ヒューイは気にも留めず、りんごの菓子を二つ買った。
そして一つを私に寄越した。
「まあ食えよ。美味いぞ」
断ったというのに人の話を聞かない男だ。
かといって無下にするわけにもいかず、仕方ないので一口齧ってみる。
パリッと飴が割れりんごの歯ざわりと甘酸っぱさが広がり、屋台の菓子にしては存外に美味しい。
少なくとも競技場の中の紅茶やコーヒーよりは価値がある事は確かだ。
私が二口目を食べているとヒューイは満足げな顔でいった。
「なあ、意外といいものだろう、祭りも」
「このお菓子が思ったよりも美味しかった事は認めるわ」
「うまい菓子を傭兵は作れない。だから、守らなきゃならない」
「だからあなたは外国人なのに、この国の為に戦場に立つの」
「何も守れないより、いいだろう」
そう言ってヒューイはりんごにかぶりついた。
「そう、そんな考え方もあるかもしれない」
私はそう答え、遠く離れている父を思った。