小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ソフィアの父と出会った日から彼女の身辺の調査を開始し、一週間が経っていた。
その調査の結果から、ソフィアの父の名前はロバートという事がわかった。
ロバート・ロベリンゲは騎士としては優秀だったようだ。
もともとドルファン学園ではなく軍の騎士養成学校を卒業しており、軍部に入隊してからは花形の陸戦騎士団に所属。
程なくして地方都市駐留部隊に配属されていくつかの都市を転々として騎士としてのキャリアを着実に積み上げている。
その地方都市の一つで町娘の一人と結婚をしており、その翌年に長女ソフィアが生まれている。
それから二年の後に、長男、つまりソフィアの弟が生まれていると記録にはあるが、恐らくこの時がロバート・ロベリンゲにとって一番幸福な時代だったのではないだろうか。
ソフィアの弟が誕生してから五年後に一家は国境都市ダナンへと転属で引っ越しをしている。
ある程度のキャリアを積んだ上でのダナン駐留と言えば、軍属としては出世街道を歩んでいると言える。
事実、ロバート・ロベリンゲはそのタイミングで尉官の最上位、大尉に任命されて一個中隊を任せられている。
だが、時はプロキアとゲルタニアの戦争が激化している時代であり、国境都市ダナンは戦火と隣り合わせの危険な地域でもあった。
当時は親プロキア派だったドルファンは、ダナンからプロキア軍への援軍を派遣しており、ロバートの部隊もそれに参戦している。
だが、そこでロバートの部隊は残酷なまでの敗北を喫している。表立った記録にはロバートの部隊の敗北だけが記載されているが、当時の戦争を知る者にいくらか金を払って仕入れた情報によると、敗北の原因は貴族による部隊への介入
であり、その貴族というのがエリータス家の長男だという事だ。
ジョアンの兄にあたる長兄が、戦争での武勲欲しさにロバートの部隊の作戦に介入し、ゲルタニア軍への無謀な特攻を強行させたという。
だがそれはあまりにも無謀な作戦であり、部隊は隊長であるロバート以外全滅という散々たる結果だった。
ロバートもまた右足に深刻な怪我を負い命からがら戻り、再起を決意していたのだろうが、彼を待っていたのはエリータスの失態を追求出来ぬ弱腰の軍幹部たちから押し付けられた敗北の全責任であった。
それまで出世街道を邁進していたロバート・ロベリンゲはこの事件をきっかけに軍を退役した。
そうしてドルファン首都城塞に戻ってきた彼は、怪我のせいで定職に就く事も難しく、次第に酒に逃げるようになっていったという。
その後はソフィアが中等部ながらアルバイト等で母の医療費、生活費を稼ぐ日々を過ごしていき、ロバートの酒代も馬鹿にならず借金だけが嵩んでいったようだが、恐らく万策尽きたロバート本人がエリータス家に半ば脅迫に近い交渉をして、借金の肩代わりを条件にソフィアをジョアン・エリータスに差し出したのだろう。
ソフィアは普段、そんな影を背負っている事を見せる事はない。
控えめで引っ込み思案だが、芯を持った強い心を持っており、舞台で歌を歌う事を夢見ている真面目な少女だ。
父親に強いられた結婚によってそんな彼女の夢が潰されるのは看過できない。
そうであればジョアン・エリータスとの婚約など早々に解消するべきだし、ロバートの更生も必須だろう。
どうすればそのように事態を動かせるか方法を考えていたが、なかなかそんな妙案は浮かんでこなかった。
そんな事もあり、暇を持て余したプリシラが午後のお茶の相手に私を自室へ呼び出した際に、思わずこの話をしたのだった。
プリシラは一般市民と貴族のゴシップという事で興味津々に聞いていたし、悲劇のヒロインとも言えるソフィアの立場に最初こそ同情的に相槌を打っていたが、話を聞き終わるころには退屈そうにソファに寝転がっていた。
「うーん」
部屋着とは言え、だらしなく寝転がるプリシラの行儀の悪さは堂に入ったものだが、何かを考えているようだった。
そしておもむろに起き上がると、いつになく真面目な顔で言った。
「わたしは、やっぱりそのソフィアって子の婚約は、悪い事には思えないかな」
私はプリシラとは違うソファに腰かけ、先ほどプリム・ローズバンクが淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。
「娘の幸せを願うならそんな婚約は取り消して、ロバートが家庭を支えるべきだわ」
「そうかなあ。だって、ロバートは怪我のせいで軍に復帰は出来ないんでしょう。借金も山ほどあるんだから、結構うまい事やったなーって思うけれど」
「貴方はソフィアを知らないからそんな事が言えるのよ。あの子の何もかも諦めたような悲しい笑顔を見たら、とてもじゃないけれど、そうは思わないわ」
私の言葉をクッキーをかじりながら聞いていたが、それを飲み込むといつもの能天気な声音ではなく低く真剣な声で言った。
「逆よ。わたしはソフィアを知らないから、客観的な意見が言える。だってそうでしょう。ロバートがろくでもない父親だっていう点は同意するけれど、実際に借金があって生活に困窮しているんだったら、尚更エリータスに取り入った方がいいじゃない。わたしは、ジョアンとの婚約を取り付けた事こそ、ロバートの父親としての優しさだと思うけれどな」
娘の望まない結婚をさせる事が父親の優しさだというプリシラの意見に、私は若干腹立たしい気持ちになりつつも、その理由を聞く事にした。
「どういうこと?」
「ジョアンと結婚すれば、少なくともソフィアはこれから先の人生、食いっぱぐれる事はないでしょう。仮にロバートが社会復帰したって借金がなくなるわけじゃない。ソフィアは今よりももっと家計を支えるために無理をするかもしれない。年頃の娘がお金を稼ぐなんて、良くない方法でいくらでもある。例え望まない結婚かも知れないけれど、相手は三男坊と言えど旧家の両翼のエリータスよ。こんな良縁、普通にしていたら巡ってくるものじゃないわ」
一気にまくし立てたプリシラは、軽く咳払いをして紅茶を口にした後に続けた。
「わたしは、娘の事を本当に考えたらその選択は間違いではないと思うけれどな」
そう言われてみれば、プリシラの意見も確かにそうだという見方も出来る。
事実ソフィアは最近までもっと苦しんでいたのだし、エリータス家に嫁入りすれば生活に困るどころか、大半の市民達よりも豊かな暮らしが約束されるだろう。
子を持つ親ならば、それこそが与えられる最上の幸せであり、愛の形なのだろうか。
もしも私がソフィアの立場ならどうだろうか。
お父様に望まぬ潜入捜査を命じられ、ドルファンで活動している自分はどうなのだろうか。
もちろん最初はこの任務自体が嫌だったし、そのせいで自分を呪ったりもした。
だが、いつしかその任務の中でヴァルファバラハリアンに貢献できることを見つけていき、今ではある種のやりがいのようなものすら感じている。
そう考えると、私もソフィアも実は大して変わりが無いようにも思えるが、ソフィアとでは立場も考え方も違う。
もう少し第三者の意見も参考にするべきだろう。なので、今一番手近なプリシラから聞いてみる事にする。
「貴方がソフィアの立場だったら、どう思う」
「わたし?」
プリシラは驚いたような声を上げたが、しばらく足をバタつかせながら考えているようだった。
「うーん、難しい質問ね。王女の立場の私からしてみれば、親の決めた結婚相手と結婚するなんて当たり前だもの。ソフィアとはちょっと立場が違うけれど、別に何の疑問もないと思うわ」
「王女じゃなければ?」
「王女じゃないわたしなら、やっぱり親に決められた婚約者と結婚するのは嫌かな。でも、家族が困窮しているなら、受け入れちゃうかもね」
そう言って笑ったプリシラは、笑顔のあとにわずかに沈んだ声で言った。
「でも、どうだろう……。わたし、本当の家族がいないから、その気持ちはわからないな……」
ふとこぼれたその言葉は、プリシラの本音だろう。
彼女は偽りの王家で、偽りの王女なのだ。肉親であるはずの国王も女王も、皆偽りなのだ。
「まあ」
プリシラがいきなり明るい声で言った。
「どちらにしろ、次の誕生日でライズに殺されちゃうから、結婚も何もないんだけれどね!」
そう言って笑うプリシラに、私はため息をついて見せた。
とは言え、プリシラが一国の王女である事は確かで、王女ならなおさら婚約者等がいてもおかしくない。
「それで、私に殺されるかはともかく、貴方も王族なのだから縁談の一つもないの?」
「縁談ねえ。多分アナベル・ピクシスあたりが何か考えているんだろうけれど、私には何も言ってこないわ。昔、ピクシスの男と付き合っていたから、後ろめたいのかもね」
今、この能天気なお姫様はさらっと重要な事を言わなかったか。
「ピクシスの男と付き合っていた? ピクシス家の人間が恋人だったの?」
「ピクシスって言っても分家だけどね」
ピクシス家の分家と言えば、セーラの家だ。プリシラと年の近い男と言えば……。
「カルノー……貴方、カルノー・ピクシスと付き合っていたの?」
「なんでライズがカルノーを知っているの!」
驚くプリシラに、私はセーラとの出会いを説明する。その中で、セーラが情熱的に愛する兄のカルノーの事を知った事を伝えると、プリシラはやや呆れ顔で言った。
「はあ、セーラとライズが知り合いだなんてね。あまり会った事はないけれど一応従姉妹って事になるし、カルノーの妹自慢も結構聞いたわ」
「セーラも大層カルノーの事が好きだったみたいだけれど」
「シスコンの気があったとは思っていたけど、妹の方もブラコンとはね。まあいいわ。もう何年も前の話だし、私はもうカルノーに興味ないし」
「カルノーは貴方に手を出したから国を追われたの?」
「まさか! アナベルはこれ幸いと私たちの仲を後押ししたわよ。もし私がカルノーと結婚なんて事になれば、より一層ピクシス家の権威は強固なものになるででしょう」
「じゃあなんでカルノーは失踪なんてしたの?」
「知らないわよ、こんな美女を置いて国を出ていくヤツの事なんて! ただ、カルノーとアナベルの仲はめちゃくちゃ悪かったけれどね。カルノーはそもそも極右な思考だったし、アナベルはご存知の通り極左だから、アナベルに追い出されたんじゃないの?」
ピクシス家の中での政治的思想の違いが原因でカルノーは国を追われたのだろうか。だが、ピクシス家の怪老と言われるアナベル・ピクシスならば、例え身内であろうと粛清など平気でやってのけるだろう。あのダナンのゼノス・ベルシス卿を暗殺しようとしたように。
「あーあ、カルノーの顔だけは結構好みだったんだけどな」
私の思考を断ち切るように、プリシラの緊張感のない声が聞こえた。
思わぬ脱線をしてしまったが、もともとはソフィアの話をしていたのだ。
望む望まないは別として、ソフィアとジョアンの婚約は悪い話とは言い切れないという事だ。
だが、それは客観視すれば確かにそうなのかもしれないが、ソフィアの悲しそうな笑顔がどうしても無視する事ができない。
ロバート・ロベリンゲの行動が娘を想っての事であり、彼自身の改善が見込めないとすれば、今ある材料で改善が見込めるとすれば、婚約者のジョアン・エリータスだ。
過去に何度かその行動を見る機会があったが、とてもでは無いが騎士とは言えないような行動と発言だった。
彼がもっとまともな人間であったら、ソフィアを任せる事が出来るのに。
私は思わずため息交じりに呟いた。
「ジョアン・エリータスに会えないかしらね」
そんな私の言葉に、プリシラはあっけらかんと返した。
「なんだ、会いたければ会えるわよ」
「え?」
思わず聞き返した私に、プリシラはまた一つクッキーを口の中に放り込みながら言った。
「会おうと思えば会えるって言ってるの。今週末、王宮主催の舞踏会があるからそれに参加したらいいのよ。貴族がこぞって集まるから、もちろんエリータス家も参加するし、そうなれば毎回参加しているジョアンも来ると思うわ」
「貴族の舞踏会に、どこの馬の骨ともつかない私が参加出来るの?」
「スィーズランドからの来賓って言っておけば大丈夫よ。なにせ王女たる私の招待客なんだから!」
この能天気お姫様は、私が敵対勢力の潜入捜査員だという事を忘れてしまったのだろうか。
だが、それは非常に魅力的な提案だ。ジョアンに会う事も出来るし、この国の要人たちを一斉に見ておくチャンスにもなる。
私はプリシラに向かって頷いて見せた。
「では、その舞踏会に参加させてもらうわ」
「うん、わかったわ。ところで、ちゃんと踊れるんでしょうね?」
何の心配をしているのだろうか。私は隠密のサリシュアン。どんな所でも潜入できるスキルを身に着けているのだ。
「いらぬ心配だわ。貴方こそ、普段のお稽古をサボっていて躓くなんて事のないようにしてよ」
「私はいいの、王女だから」
口元にクッキーの欠片をつけながら堂々と胸を張るプリシラに、私は今日一番のため息を吐いて見せた。