小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
週末。私は以前のクリスマスで着たドレスとは違うドレスを身に纏い、王宮のダンスフロアに立っていた。
闇夜の物陰にひっそりと咲く花のようなこの濃紺のドレスは、プリシラが用意してくれたものだった。
上流階級の社交の場でも目立ち過ぎず、それでいて貴族なりの品格を持った者に相応しいドレスを、とプリシラが自身のドレスのストックの中から見立ててくれたのだ。
ベルラインのシンプルなシルエットだが、ハイネックになっており、首から胸元にはレースで飾られており、非常に上品かつ落ち着いた装いと言えるだろう。
背中もしっかりと隠れており、露出している部分は肩から先のみだが、肘の上までの長い手袋をしているので、しっかりとカバー出来ている。
正直、プリシラがこのドレスを着たとしても似合わないであろうデザインなのだが、私が着ると黒い髪の色と相まって非常に高貴な雰囲気になる。
今日ばかりは普段三つ編みにしている髪を下ろし、プリムが丁寧に整えてくれた髪に、控えめな月のモチーフの髪飾りを付け、揃いの耳飾りを耳に垂らしていた。
首元にネックレスを着けなくていいのはハイネックドレスの美点だ、
これ以上装飾品を身に着けたら、ダンスどころの騒ぎではなくなってしまうだろう。
このドレスを見立ててくれた際、私の体を見たプリシラは絶句していた。
まあ、無理もない話だ。
私が人前で手袋を外さないのは剣の鍛錬で出来た特有の剣ダコを悟られない為だが、肩以外の体を露出しないのも同じような理由からだった。
私の体には、幼い頃から実施してきた剣士や潜入捜査員としての訓練でついた無数の傷跡が至る所についている。
特にレイピアの訓練で受けた刺突の跡は胸の周りを中心にかなり広範囲についており、胸元の開いた服などは絶対に着られない状態なのだ。
なのでこのドレスを探し当てたプリシラの選択は素晴らしいものだったと言えるし、逆にこのような特殊なドレスを用意していたプリシラの針子達は紛れもなく主人の役に立ったという事だ。
私はその針子達の素晴らしい仕事の賜物といえるドレスを纏い、ダンスフロアの隅になるべく目立たないように立ちながら、参加者たちを観察していた。
まず目についたのは、以前にも見た事のある旧家の両翼ピクシス家の長、怪老アナベル・ピクシス。
相変わらずの禿げあがった頭とワックスで固められた口元の白い髭に片眼鏡、貫禄満点のでっぷりと太った体に軍服を纏い、胸元に数えきれない数の勲章をぶら下げている。
その隣に寄り添うように立っている、アナベルとは対象的なスラリとした長身の中年男性は、長男のアルダナル・ピクシスだろう。
次期ピクシスの翼を背負う男で、すでに王室議会にはアナベルの補佐として参加しているという話だ。
ピクシス家筆頭の二人の周りには、それぞれ派手に着飾った貴族や上流階級の人間達が群がっている。
その対角線上の反対の角に人垣を作っているのが、どうやらエリータス家の面々のようだ。
以前も見た事のある神経質そうな細い顔に緊張と愛想笑いの交じった笑顔を浮かべて立っているのは、今日の私のメインターゲットのジョアン・エリータス。
その隣にはジョアンに少し似てはいるものの、中年の脂ぎった顔に揺るぎない自信の笑顔を浮かべ、金色の長い髪をしきりに掻きあげている男がいる。
ジョアンの兄だろうが、長男か次男かは判別がつかない。
兄の方はドルファン国軍の正規の士官服を着ているが、ジョアンは気取ったタキシード姿だ。
そして、その兄弟の中心にいる、どことなく異様な雰囲気を醸し出しながら椅子に腰かけている女性が、現当主なのは間違いない。
兄弟と同じ金色の長い髪は幾筋も細く編み込みにされ、それらの束をさらにまとめて編み込み、顔の横で左右対象に丸くまとめている。
ティアラは控えめだが真珠とダイヤを付けた豪奢な物で、薄いピンク色の豪勢なドレスと良くマッチしていた。
ジョアンに似た細い目に金縁の丸眼鏡をかけ、手にした大きな鳥の羽がついた扇子がいかにも貴族である事を雄弁に物語っている。
怪老アナベル・ピクシスと対をなす旧家の両翼の翼、妖しき才媛マリエル・エリータス。
ドルファン王国最後の聖騎士ラージン・エリータスの死から十数年、エリータス家の権威を女手一つで守り続けた女傑。
年齢を感じさせない若々しい容貌に、眼鏡の下の目が投げかける視線は蠱惑的かつ知性の光を秘めており、本当にジョアンは彼女から生まれたのだろうかと怪しむほどだ。
今日はジョアンと話をするのが目的なので、どうにかしてあのエリータスの輪に取り入らなければならない。
どうやって近づこうか考えていると、楽団のファンファーレと供に近衛兵を左右に従えたプリシラが静々とダンスフロアへと入ってきた。
ピクシス家の面々やエリータス家の面々も、取り巻き達、その他の参加者、すべての者が立ち上がり、最敬礼で出迎える。
普段のプリシラを知っていると信じられない光景だが、プリシラは紛れもなくこの国の王女であり、艶やかな黄色いドレスと赤く長いマントを引きずりながら右手に王女の印たる大きなダイヤのついた杖を持ち、堂々と入ってきた。
そして一番奥の上座の玉座に腰を下ろすと、非常によく響き渡る声で言った。
「ドルファン王国を支える皆さん。こうして前回と変わらずに皆さんにお会いできる事を嬉しく思います。今日は皆さんとお会いできる貴重な機会です。有意義な時間にしようではありませんか!」
そう言ってプリシラが両手を掲げると、参列者たちは大きな拍手を送った。
私は目立たないよう、例に倣って同じように拍手を送る。
なかなか王女という仕事を上手くこなしているようだ。
楽団が静かなワルツの調べを奏で始め、幾人かのダンスに覚えのある貴族達が中央に進み出て踊り始めた。
旧家の両翼のお歴々はそれを眺めながら、それぞれの取り巻き達や参加者達と挨拶を交わしているようだった。
今ならばどさくさに紛れてエリータス家の群れに入れるかもしれない。
そう思い歩き出そうとした時、不意に女性に声をかけられた。
「失礼ですが、ハイマーさんではなくて?」
こんな場所で私の名前を知っている人物など、何人いるだろうか。
ここで会うとは思っても見なかったが、会ってしまったのだから仕方ない。
声の方に振り返ると、案の定、パーティー用に着飾ったリンダ・ザクロイドの姿があった。
私は極力場の雰囲気を優先するべく、すました声で言った。
「あら、来ていたのね。ごきげんよう」
リンダは髪をアップにまとめ、暗めの赤いドレスに身を包んでいたが、その顔に驚きの表情を張り付けたまま答えた。
「え、ええ、ごきげんよう。驚きましたわ、こんなところでお会いするなんて」
私は静かに頷いて見せる。
リンダが出席していること自体はまあそれほど驚く事ではない。
だが、そのリンダの後ろに立っている男性が私は気になっていた。
初老の紳士で背が高い。髪の毛はすべて白髪だが豊かな毛量で綺麗に整えられており、きっちりと油で固められている。
髪の毛と同じ色の特徴的なカイゼル髭の下の口は、むっつりと横一文字に閉じられて気難しさを物語っている。
その男性が想像通りの低く拒絶的な雰囲気を持った声で言った。
「リンダ君、こちらは?」
その言葉にリンダはあわてて答えた。
「あ、失礼。こちらは、ライズ・ハイマーさん。わたくしの……友人ですわ」
友人、という表現が正しいかわからないが、リンダもこんな所で私と会うとは思っていなかっただろうから、紹介方法には困惑している事だろう。
私は比較的行儀よくスカートの裾をつまむと、軽く膝を曲げて見せた。
男は私の会釈を見ていたが、ふいと視線を逸らしてしまった。
その正体にだいたいの想像はついているが、随分な態度ではないか。
流石のリンダも若干ばつの悪そうな表情をしたが、和やかな笑顔を取り繕いながらその男を私に紹介した。
「ハイマーさん、こちらの方はベイラム・オーリマン卿でいらっしゃいます」
やはり。リンダと一緒にいる高圧的な貴族など、オーリマン卿を置いてほかにいない。
オーリマン卿はもはやこちらには微塵の興味もないようで、私をもう一度一瞥すると、エリータス家の人だかりの方へと歩き出してしまった。
「ハイマーさん、ごめんなさいね。また……」
リンダが申し訳なさそうに言い、あわてて後を追う。
あの気難しさを形にしたような男相手では、リンダもさぞ苦労している事だろう。
だがそれを受け入れてでも彼女はこの上流階級の集いに参加しなければならない業を背負っているのだ。
しかし、オーリマン卿とリンダがエリータス家の方へ向かうようなので、その後についていく事にした。
何事も状況をうまく利用する事で活路が見いだせるのだから。
エリータス家の所へ辿り着いたリンダとオーリマン卿は、まずはリンダがエリータス家の当主、マリエル・エリータスへ美しくカーテシーをすると声をかけた。
「マリエル様、御無沙汰をしておりました事、お詫び申し上げます。お変わりございませんか」
マリエル・エリータスは椅子に腰かけたままリンダを見ると、わずかに微笑んで見せた。
「ああ、ザクロイドの。ご丁寧にありがとう。変わりないわ。あなたはどう?」
その声は低く落ち着いており、女性とは思えぬほど威厳に満ちた声であった。
口元には微笑を浮かべているが、金縁の丸眼鏡の奥の瞳がまったく笑っていないのが特徴的だ。
リンダはそれに気づいているのかどうか、少し緊張気味に答えた。
「リーデン学術院を首席で卒業なされたマリエル様のようになるべく、わたくしも日々勉学に励んでおりますわ」
「そう。精進なさい」
マリエルはそう言って先ほどよりも口角を上げて笑った。
だがその笑顔にはリンダに対する侮蔑がありありと見て取れた。
リンダもそれをわかっているのだろう。もう一度カーテシーをして見せると、一歩下がった。
代わりにオーリマン卿が一歩前へと進み出た。
「相変わらずだな、マリエル」
「あら」
マリエルはオーリマン卿を見ると、先ほどの笑顔とは変わり、親しみのある微笑みを浮かべた。
「ベイラム。久しぶりね。ここのところ、この舞踏会にも顔を出さないから心配していたのよ」
「ふん、心にもない事を」
お互いをファーストネイムで呼び合うという事は、やはりそれなりに親しい間柄なのだろう。
そうなればこのやり取りも、親しい者同士のじゃれあいという事だろうか。
「それで」
マリエルが感情を伴わない冷たい声で言った。
「そちらのお嬢さんは、どなたかしら」
マリエルが見たのは私だった。リンダが驚いてこちらを振り返った。
この女当主、流石の観察眼と言えるだろう。
私はリンダとオーリマン卿の後をついて来てはいたが、ある程度の距離を取っていたし、それは連れの者として認識するには少し離れすぎた距離を維持していた。
オーリマン卿も振り返り、迷惑この上なさそうな表情で私を見た。
だが、私も歓迎されていない事くらいは理解してここにいるのだ。
持っているカードは早めに切ってしまえばいい。
「はじめまして、マリエル・エリータス様。私はスィーズランドのしがない貴族の娘で、ライズ・ハイマーと申します。ドルファンへは留学生として滞在しており、本日はプリシラ王女にご招待をいただきまして、参会させていただいております」
私が一気に言うと、マリエルの表情が一瞬強張った。
そしてそれはオーリマン卿とリンダも同じだった。
「ほう、プリシラ様の」
明らかにマリエルやオーリマン卿の私を見る目が変わった。
私がスィーズランドのどんな貴族でも村娘でも関係ないが、プリシラの招待客となれば話は別だ。
言うなれば、それは国賓にもなりかねないという事なのだから。
マリエルは扇子で口元を隠しながら言った。
「プリシラ様とはどのようなご関係で?」
当然の質問だ。ここでの回答によって私の重要度が大きく変わる。
だが、あまりに客としての格を上げてしまうのは注目を浴びてしまうし、警戒心を強めてしまうので得策ではない。
ちょうどよい落としどころにまとめる必要がある。
私は小さく息を吸うと、あらかじめ用意していた内容を答えた。
「私の留学先であるドルファン学園にプリシラ様がお忍びでいらした際、たまたまお声がけをいただいたのが私だったのです。プリシラ様は私がスィーズランドの出身だとお知りになると、大変興味を持っていただきまして、身分違いなどお気になさらずに話を聞いてくださいました」
若干無理があるストーリーだが、堂々と言い切る事が大切だ。
「そうしてプリシラ様は、恐れ多い事に本日のパーティーに見聞を広げるためにも、参加してはどうかと仰って下さったのです」
言い切ってカーテシーをする。
本来ならそんな事はあり得ない話しだろうが、プリシラの普段の素行を知っている者ならば『お忍び』という言葉は説得力を持つはずだ。
そして思った通り、効果は絶大だった。
「まあ、そうでしたか。せっかくいらして下さったのだから、今日は存分に満喫なさるといい」
マリエルは私の重要度をいち早く見積もり、大した客ではないと判断したようで、満面の作り笑いを浮かべて軽くあしらおうという素振りを見せた。
となりのオーリマン卿も若干蔑むような視線をこちらに投げると、興味なさげに顔を背けた。
それくらいが丁度良い。
そのやりとりを隣で黙って見ていたジョアン・エリータスは、私と目が合うとあわてて視線を逸らした。
だが、今日は舞踏会だ。自分が怪しい者ではないが王女の招待客だという主張は出来たので、この立場を有効に利用するのが正解だ。
私はジョアンの前に進み出ると、今日一番美しいカーテシーを見せて言う。
「私と踊りませんか?」
ジョアンは困惑したように言葉に詰まると、マリエル女史の方へ助けを求めるべく視線を投げかけた。
マリエルが「相手をしてやれ」と言わんばかりに頷く。
「う、うむ。では一曲お付き合いしようか」
ジョアンが勿体ぶった声で答え、私たちはダンスフロアへと進み出た。
さあ、このソフィアの婚約者をエリータスの巣から引っ張り出す事には成功した。
まずはダンスのお手並みを拝見といったところだ。