小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【63】ライズとジョアン・エリータス

 ジョアン・エリータスとダンスフロアに躍り出た私は、まったく信頼関係の無いパートナー同士の息の合わないダンスを踊っていた。

ジョアンの腕前はいわゆる『並』であり、取り立ててダンスが上手いわけでもなく、さりとて特筆するような下手さ加減でもない。

貴族の嗜みとしてかじってはいるし、及第点は取れるだろうといういかにも平凡な腕前であった。

 これならばあのナンパな東洋人傭兵のリン・コーユーの方がダンスの上手さで言ったら上だろう。

面白くもないワルツを踊ったところで、わかった事がもう一つ。

このジョアンという男性は、私と視線を一向に合わせようとしないという事だ。

通常のダンスはパートナーの顔を見て、お互いの目と目を合わせて踊るものだが、踊り始めてから終わるまで一秒も目が合った事がない。

一瞬目が合ったとしても、ジョアンはすぐに逸らしてしまっていた。

永遠とも思える一曲がようやく終わり私たちはお互いに会釈を交わした。

ジョアンはそそくさと母親の下に帰ろうとしたが、私はすかさず声をかけた。

 

「ジョアン様、少しお話しませんか。あちらのテラスにでも行きましょう」

 

私の言葉にあからさまに嫌そうな顔をしたジョアンだったが、返ってきた言葉が想像を超えていた。

 

「僕、いや、私には婚約者がおりますので」

 

一瞬私の思考が止まってしまった。

婚約者がいる。それは知っている。その相手の事でこんな踊りたくもないダンスを踊っているのだ。

そもそも婚約者がいるからなんだと言うのだろう。

私がジョアンを口説き落とそうとしているとでも思っているのだろうか。

止まった思考を懸命に再起動させつつ、ため息交じりに言葉を続けた。

 

「その婚約者の事で話がしたいの」

「ソフィアの事で!?」

 

私の言葉に食い気味に反応したジョアンは明らかにうろたえ始めていたが、今日初めてちゃんと目と目があった。

婚約者、としか私が言っていないにも関わらず、ソフィアの名前を出してしまうところなど幼稚で迂闊としか言いようがないが、この過剰反応っぷりを見る限りソフィアの事を多少は大事に想っているのかもしれない。

 

 私たちは次の曲が始まり踊りだす人達の間を縫って、テラスの方へと移動していった。

テラスは中からは見えない場所で、折よく人もおらずジョアンと二人きりになる事が出来た。

冬の終わりの風が吹きつけて少し肌寒いが、ジョアンが上着を貸してくれるような心遣いはなかった。

ジョアンは落ち着かない様子でそわそわとしているが、若干興奮した様子で口火を切った。

 

「ソフィアの事で話とはなんだ? そもそも君は一体何なんだ?」

「私は先ほど名乗った通りよ。ライズ・ハイマー。スィーズランドからの留学生」

「そんな話をしているんじゃない。君はソフィアの何だと聞いている!」

 

どうやらこの男は非常に短気なようだ。

すぐに声が大きくなり相手を威嚇するように喋るのは、本人が臆病な証拠だ。

 

「私が何者なのか、貴方は知っているはずよ。以前に一度会っているわ」

私の言葉にジョアンは答えに詰まり、歯ぎしりをしているようだった。

 

そう、私はジョアンと一度会っている。

去年の五月、ソフィアの歌姫公募オーディションのシアターで、私たちは出会っているのだ。

あの時はジョアンがソフィアの気持ちも考えずに自分の考えを押し付けているのをたしなめたのだ。

だが当のジョアンはその時の事など恐らく何も覚えていないだろう。

あの時も興奮した様子だったし、きっとソフィア以外の私達の事など眼中にすら無かったはずだ。

これ以上謎かけをしたところでジョアンが答えを出せるはずもないので、私は去年と同じように名乗る事にした。

 

「私はソフィアの友人よ。同じドルファン学園に通う、スクールメイトでもあるわ」

「友人だって?」

 

ジョアンは以前と同じように驚いた顔をしたが、あの時のように激昂するわけではなく、逆に少し落ち着きを見せ始めた。

ここが自分たちのテリトリーだからだろうか。

それとも、すぐ近くにマリエル達エリータスの面々がいるという安心感からだろうか。

どちらにしろジョアンは比較的冷静さを取り戻すと、私の事をジロジロと眺めながら言った。

 

「ははあ、わかったぞ。ソフィアの友人を名乗って、エリータス家に取り入ろうという魂胆だな? だが、残念ながらそんな事でこの僕を懐柔できるなど思わない事だ」

 

またも私の思考が止まりそうだった。

なぜそんな発想になるのだろうか。彼の思考回路は私のものとあまりにも次元が違うレベルで差異があるので、まるで話にならない。

 

「あなたがそんな発想だから、ソフィアの笑顔が曇るのよ」

 

思わず本音が口をついて出てしまった。

 

「なんだと」

 

ジョアンは私の言葉に敏感に反応した。

 

「この僕がいつソフィアの笑顔を曇らせたと言うんだ。ソフィアはあのエリータス家に仲間入りが出来るんだぞ? 僕のような貴族の中の貴族、最上位の男と結婚できるんだ。それに、僕は聖騎士の息子だぞ? 彼女の笑顔が曇る事などあり得ないだろう!」

 

その自信はどこから生まれてくるのか。

だが、その言葉で私はこのジョアン・エリータスという男が解ったような気がした。

だからこそ、私はこの言葉を選んだ。

 

「今のあなたの言葉の中の、どこにあなたがいるの」

「なに?」

「エリータス家、最上位の貴族、聖騎士の息子。全部あなたが生まれた時に与えられた称号だわ。その中に、いいえそれ以外でも、あなた自身が勝ち取ったものは何かあるの?」

「か、勝ち取ったもの……?」

 

明らかにジョアンは動揺していた。

恐らく彼は自分の言葉を誰かに否定された事がほとんど無いのだろう。

エリータス家の末子として甘やかされたかどうかは知らないが、十分な食事と教育を与えられ、寒さに震える事もなく、誰かに気を遣う事もなく生きて来たのだろう。

彼の言葉の節々にそういう空気があった。

だからこそ彼は自分というものがない。

他人がどういう風に思うかがわからない。

彼には『自信』も、『自身』もない。

人の言葉を湾曲して受け取る猜疑的な性格も、短気ですぐに声を荒げる性格も、すべては自信のなさの裏返しだ。

 

「あなた、今まで一度でもソフィアを喜ばせた事がある?」

 

私の言葉に、ジョアンはいらついたように答えた。

 

「当たり前だ! 僕はいつでもソフィアの為に行動しているんだ。いつだってソフィアは喜んでいるさ」

「そう。じゃあ、最近喜ばせた事を教えて」

「う……」

 

ジョアンは一瞬言い淀んだが、大きな声で言った。

 

「そう、そうだ、僕は毎日学校まで馬車で迎えに行っている! こんな事は誰にでも出来る事ではない!」

「それをソフィアが喜んでいると思っているの?」

「あ、当たり前だろう。エリータスの人間が馬車で迎えに来て喜ばない人間などいない」

「では聞くけれど、その馬車にソフィアは一度でも乗った事があった?」

「う、うう……」

 

ジョアンが馬車で迎えに来ているのは知っていた。

放課後になると学園の校門前にいつもジョアンの馬車が停まっている。

ソフィアはそれを非常に嫌がっていた。

ジョアンの婚約者だから仕方ないと本人は割り切っているが、ドルファン学園の他の生徒はこんな面白い娯楽を見逃すはずがない。

ソフィア本人は控えめで目立つことを好まない性格なのだが、学園の中では非常に有名人なのだ。

このジョアンの行動のせいで。

返事が無いジョアンに変わって、私は質問を続けた。

 

「ソフィアの劇団アガサのオーディションの日も、あなたはこう言っていたわね。『自分が一声かければ、すぐにでも舞台で歌わせてやる』と」

「そ、そうだ。もちろんそうだ。この僕の力を使えば、舞台に立つ事なんて簡単な事だ。あんな下劣な民に交じって、オーディションに参加する必要などない。彼女はエリータス家の一員になるのだから!」

 

私は深いため息を吐いた。

 

「それを、ソフィアが望んだのかしら。あの時、彼女は言ったはずよ。『自分の力を試したい』と」

「それが必要ないという事に、彼女は気づいていないだけだ。エリータスの力があれば、自分の力など試す必要がない!」

「そう。その結果、あなたのように自分の無い人間が出来上がるのね」

「な、なんだと」

 

北風が強く吹き抜けて、テラスの入り口の扉のガラスが激しく揺れた。

ジョアンはわなわなと全身震わせながら、声を絞り出した。

 

「今……なんと言った?」

「聞こえなかったかしら。自分の無い人間、と言ったのよ。中身の無い人間と言ってもいいわ。あなたはエリータスという権威を笠に着ただけの、中身のない空っぽの人間だもの」

「うう、ううう!」

 

ジョアンはいつぞやのように訳の分からない奇声を上げ始めた。

 

「ぼ、僕を侮辱する事は許さんぞ。僕は、僕はエリータスの人間なんだ!」

「そのエリータスの威光も、父であるラージン・エリータスと、現当主マリエル・エリータスの物。あなたはその七光りでしかないわ」

「僕はマリエルの操り人形なんかじゃない!!」

 

ジョアンは突如として激昂すると、私の襟首を掴みかかってきた。

挑発をしていたとは言えプリシラの招待客である私に暴力で訴えるその行動も驚くべきだが、もっと驚くべきなのはその動きがあまりにも素人じみていて、有事の際に国民の先に立って戦わなければいけない貴族の動きとはとても思えなかった。

私は至って冷静に彼の動きを観察し、掴みかかる右手を簡単にいなすと、懐に潜り込んで反転し背中を向け、彼の勢いを利用して背負い投げた。

せっかく用意してもらったドレスなので、汚すのは嫌だったし、破られるなど以ての外だ。

 ジョアンは受け身の取り方も知らないらしく、背中から叩きつけられた衝撃で肺の中の空気をたたき出されたようで、酸素を求めて苦しそうにもがいていた。

やがて激しく咳込みながら、よろよろと立ち上がった。

 

「き、君は……一体何者だ?」

「さっきも言ったわ。ソフィアの友人よ」

「ぐ……この僕が、聖騎士の血を引く僕が、こんな無様な姿をさらすなんて」

「あなた、勘違いをしているようね」

「なに?」

 

私はジョアンの前に立つと、彼の目を見て言った。

 

「聖騎士は世襲制ではないわ。あなたに流れる血など関係ない。己の技を磨き、心身を鍛え、自身の研鑽を積んだその果てにあるもの。あなたのお父様もそうだったはずよ」

「だが、僕はエリータスの……」

「そのエリータスであるという事も、関係ない。あなたはエリータス家という貴族の生まれかもしれないけれど、あなた自身は貴族ではない」

 

私はそう言いながら、陰で努力を重ねているリンダ・ザクロイドが、マリエル・エリータスに鼻であしらわれていたのを思い出し、強烈な皮肉を感じていた。

私は言葉を続けた。

 

「生まれや血筋だけで人は出来ていない。そこに一番重要な、『誇り』を持たない限り、あなたはどこまで行ってもマリエルの操り人形だし、空っぽの貴族だし、ソフィアを喜ばせる事も出来ない」

 

ジョアンは唖然としたまま、黙って聞いていた。

 

「あなたがエリータスの人間として誇りを持っているのなら、それに見合う実力を身につけなさい。その時、初めて本当の貴族というものの在り方が見えるはずよ」

私の父が王家を追われても誇り高く生き、私を育ててくれたように。

「誇り……」

 

ジョアンはうつむきながらつぶやいたが、やがて小さな声で言った。

 

「……教えてくれないか。僕は、僕はどうしたらいい」

 

それを自分で考えられない限り、誰かの操り人形である事に変わりはないのだが、今のジョアンがそれに気づくのは難しいだろう。

友達の婚約者でもある事だし、そこまで意地悪をする必要もない。

 

「まずは何か一つを徹底的にやってみる事よ」

「何かとは、なんだ」

「なんでもいいわ。剣術でも、勉学でもいい。何か専門分野の研究だっていい。何か一つでも徹底的に打ち込んでみる。その結果、上手くいってもいかなくても、それはあなたの成長に繋がる。でも、途中で投げ出してはダメ。絶対に限界の先まで続けてみる事よ。」

「……ソフィアは……それが歌う事なのか?」

「さあ? それは自分で聞きなさい。婚約者なのだから」

 

私の言葉にジョアンは虚を突かれたような驚きの表情を浮かべた。

そして自嘲するように唇をわずかに上げて言った。

 

「ふ、本当にその通りだな。僕は婚約者なのに、ソフィアの事を何も知らない」

「どんな人間も最初は他人だもの。話をしなければ、何も始まらないわ」

 

これは自分に向けた皮肉だな、と私は感じていた。

 

 

 ダンスフロアに戻ると明るい民謡の曲が演奏されていた。

祭りの時に輪になって踊る曲という事もあり、何組かのカップルが楽しそうにくるくると回っていた。

背中をかばいながらもぎこちなく歩くジョアンの後ろ姿を見送っていると、嬉しそうにダンスを見ていたプリシラが護衛の衛兵を左右に引きつれながらこちらに近づいてきた。

私が恭しくカーテシーを披露すると、プリシラは満面の笑みを浮かべながら小声で言った。

 

「それで、ジョアンとは話が出来たの?」

 

その極上の王女の微笑みと相いれない俗世的な話し方に、思わずため息が漏れる。

 

「ちょっと、まわりに聞こえるわよ」

「大丈夫よ、衛兵なんて兜をかぶっているんだから」

 

私は頭を下げたまま、小声で言葉を返した。

 

「言いたい事は大体言ったわ。あとは本人次第かしら」

「ふうん、また辛辣な事言ったんでしょう」

 

含み笑いをしながら言うプリシラに、私は呆れつつも行儀よく微笑んだ。

 

「うわ~、ライズの微笑みほど怖いものはないわ」

 

プリシラは捨て台詞を残すと、次の挨拶へと優雅に歩いていった。

その後ろ姿をカーテシーで送っていると、マリエル・エリータスがこちらを見る視線に気づいた。

目が合うとマリエルはその白い肌にニンマリと笑みを浮かべてみせた。

その瞳は、今度は心底面白そうに楕円を描いている。

ジョアンとのやり取りを見ていたのだろうか。気取られるような事は無かったと思うが。

そのマリエルの隣に、ジョアン・エリータスが澄ました顔で立っている。

私の視線に気づくとほんの少し目を逸らしたが、すぐにこちらの目を見て騎士の敬礼をした。

少しは彼の心持が変わったのだったらソフィアの役に立てたのかもしれない。

私は今日何度目かわからないカーテシーをして、優雅にドレスの裾を持ち上げた。

 

 

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