小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
藩主は立派な毛並みの白馬に跨り、脇には同じように栗毛の馬に跨った護衛の侍を二人引き連れていた。
一人は槍を、一人は長弓を担いで、月代を剃り上げたそれなりの階級の武士だろう。
一方、ヒューイを羽交い絞めにしているのは全身黒装束で背中に刀を背負った、いわゆる忍びの者であった。
黒頭巾で隠された顔は目以外何も見えないように隠されていただが、その目がぎょろぎょろと周りを伺っている。
藩主とロゼッタ達には二十八間(約五〇メートル)程の距離が離れているが、忠正を警戒しているのか、それ以上は近づこうとしなかった。
ヒューイのいる廃寺は藩主、ロゼッタ、それぞれから二十間(約三十六メートル)ほど離れており、三角形のような位置関係になっていた。
藩主は馬上からよく通る声で言った。
「その男。如月忠正と言うそうじゃな。その異人の女を差し出せ。そうすれば命だけは助けようぞ」
忠正はその言葉を聞くと同時に一瞬の躊躇もなく大きな声で答えた。
「断り申す」
だが、藩主もその回答は想定していたようで、一瞬鼻で笑いつつ先ほどと同じようなよく通る声で言った。
「では、そこで動けぬ小童の命と引換だ、と言ったらどうじゃ」
「何っ!」
怒りの声を上げた忠正をなだめるように抱きしめたロゼッタが、声を潜めながら忠正に語りかける。
「挑発に乗ってはダメ。どちらにしろ、こちらを皆殺しにするつもりよ」
「わかっているが……どうする」
ロゼッタは素早く状況を整理しつつ、戦力分析を行う。
敵勢力で一番の脅威は、実力の底が見えないあの忍の者だろう。
槍を持った侍は脅威ではあるものの、距離のある今は気にしなくていい。
長弓を担いだ侍は長距離攻撃が可能だろうが、矢をあてがい弓を引いて射るまでには多少の時間がかかる。
そして、状況的にはこれ以上の伏兵は無いと思っていいだろう。
こちらは手負いの忠正と自分のみ。忠正は満身創痍、手元にある武器は……
そこまで考えつつ、必死にその考えを否定するように頭を振った。
この銃は使えない。
この銃は過去、幾人もの命を奪ってきた恐ろしい凶器だ。これを使うという事は自分を救ってくれた神への冒涜だし、二度と引き金を引かないと誓った自分への裏切りになってしまう。
そんな迷いを振り切るように、忠正がロゼッタの手を握った。
「死中に活を求めると言うが、正にこういう事を言うのだな。あの侍二人は、俺がなんとかしよう」
「忠正?」
「ロゼッタの信念に反する事は重々承知しているが、黒装束の方は頼めるか」
その言葉に、ロゼッタは一瞬でも迷っていた自分を恥じた。今は躊躇をしているような状況ではない。ヒューイの命を救う事こそが一番重要で、その事よりも大切な事などなにもない。
「わかった。でも、装填から発砲までどんなに上手くやっても十五秒はかかるわ。その間黒装束が動かないでいるかしら」
「なに、俺があの偉そうな白馬に突っ込んでいけば、多少の時間は稼げるだろう。それに、奴らはロゼッタの銃が特別だという事を知らないから、油断しているだろうさ」
忠正の判断は正しいと言えた。この時代の銃というのはマスケット銃という先込め式の銃が主流だ。特にこの国で使用されていた銃は威力こそあれど命中精度が非常に悪い火縄銃で、敵を引き付けるだけ引き付けて至近距離で使用するというのは常識であった。
十分に距離のある藩主はロゼッタの背中の銃に気づいていたとしても脅威には感じていなかったし、命中精度で言えば長弓の方が圧倒的に勝っていた為、勝ちを確信していたと言ってもいい。
だからこそ、その言動は傲慢かつ自信に満ちていたのだ。
「なにやらごちゃごちゃと。小童の命を捨てるか?」
その言葉をきっかけに、忠正は大声で叫びながら藩主めがけて走りだした。
それと同時にその場にしゃがんだロゼッタは、懐から取り出した油紙を噛みちぎると、中に包んだ褐色火薬と一緒に銃身に注ぎ入れ、間髪入れずに『万が一』の時の為に持っていた弾丸を取り出し、銃身へと押し込む。
その作業は熟練の狙撃手にしか出来ない、一切無駄がなく淀みのない美しい一連の動きだった。
それを見ていた藩主はわずかに侮蔑の笑みを顔に浮かべた。
「ふふん、愚かよな。南蛮銃が弓に勝てる道理があるものかよ。あの男を討て」
藩主が扇子を差し出し、長弓を持った侍へ指示を出す。だが、それは完全に判断ミスと言えた。
侍が矢を弓に当てがい引き絞って放つ。矢は時速二〇〇キロを超える速さで忠正の左肩に突き立った。
だが忠正は止まらなかった。雄たけびを上げつつ、藩主たちに迫る。
弓を担いだ男が第二射の準備を始め、槍を持った男が忠正の攻撃に対応するべく馬の手綱を強く握り直した時、耳を劈く火薬の破裂音が響いた。
思わず両腕で体を守ろうとした藩主だったが、自分はもちろん、両隣の侍も何事もなかった様子を見て嘲笑った。
「なんの脅しか。あんな場所から火縄が当たるはずもない!」
だが、隣の槍を持った侍がすぐに異変に気付いて声を上げた。
「殿! 忍が!!」
ヒューイを羽交い絞めにしていた忍の者が、頭から血を吹きながら後ろに吹き飛んでいた。
「馬鹿な、あの距離で当たるのか!?」
誰もが信じられない事だった。
だが、忠正だけはそれを信じて止まなかった。ロゼッタの狙撃の腕を信じていたからだ。
彼女のマスケット銃は特別製なのだ。
シベリアの特殊部隊であるスペツナズが極秘で開発したこのマスケット銃は、通常のマスケット銃と違い、長い銃身の内部に螺旋状の溝を刻んである。
本来この技術が世界で認知されるのは一世紀は後の話なのだが、彼女の持つ銃はそれを極秘かつ試作の段階で刻んであったのだ。
そして、通常のマスケット銃は鉛で出来た丸い玉を発射するものだが、彼女の銃はどんぐりの様な形の独特の玉を発射していた。
この特殊な形状の玉は銃身の螺旋状の溝で回転を得て放たれると、空気を切り裂き通常の玉の何倍も正確に何倍も遠くまで飛ぶし、何倍もの威力の高さを誇っていた。
いかにその忍が優秀な者だったとしても、音速を超える速さで放たれたその弾丸をかわす事など出来るはずもなく、火薬の弾ける発射音が耳に届くその前に眉間を打ち抜かれていた。
拘束が解かれてヒューイが自由になったのを見届けると、忠正は猛然と白馬の藩主に迫り、歪んだ大刀で斬りつけた。
だがそれは、槍の男に防がれてしまう。
その間にロゼッタは早くも次の一発の準備を始めていた。
一射しただけだがすでに大量の白煙が立ち込める中、すかさず新しい火薬を充填し、新しい弾丸を銃身に押し込む。
火薬を包んでいた紙も一緒に銃身に押し込むと間髪入れずに藩主の方に向けて銃を構えた。
構えると同時にロゼッタが目にしたものは、自分に向けて飛んでくる一条の矢だった。
それは不自然な程ゆっくりとこちらに向かってくるように見えた。
その刹那の瞬間に彼女は全てを悟った。
ああ、この矢は自分に当たるだろうし、ここで自分の命は尽きるだろう、と。
それと同時に、今構えたこの一発だけは絶対に外せないという強い意志の力も沸き上がった。
長弓から放たれたその矢が的確にロゼッタの胸の真ん中に突きささり、矢が震えた。
だがロゼッタはその衝撃と痛みにも微動だにする事無く、狙いを絞って引き金を引いた。
機械式のバネを仕込まれた撃鉄が金属板を擦り、火花を散らすのと同時に火受け皿がそれを受け止め、仕込んだ火薬が爆発を起こす。
一瞬で巻き起こった爆発のガスが弾丸を押し出し、銃身に刻まれた施条が回転を与え、弾丸は放たれた。
そして一秒の半分の半分にも満たない、まさに雲曜の如き速さで槍の男のこめかみを撃ち抜いていた。
槍の男が馬から転げ落ちるのを横目に、忠正は長弓の男へすかさず斬りつけた。
左上段から放たれたその渾身の一撃は、男が咄嗟に防御しようとかざした弓を何の抵抗もなく叩き斬り、そのまま男の右肩から左脇まで一刀両断に切り伏せた。
この世の物とは思えぬ恐怖の声を上げながら、藩主はなんとか逃げようと白馬の腹を蹴り手綱を操った。
しかし、遅れて聞こえて来た火薬の爆ぜる音に驚いた馬がいななきながら前足を高く上げてしまい、藩主は鞍から振り落とされて地面に転がった。
落ちた際にどこかの骨でも折ったのか、真っ青な顔をして痛みでのたうち回っていた。
『情けない男だ』と思いながら忠正が顔を上げると、銃を構えたまま石像のように固まって動かないロゼッタと、そこに全速力で駆け寄るヒューイの姿が見えた。
自分もその場に行くべく一歩踏み出すが、たった一歩で目の前が真っ暗になりそうな感覚に襲われた。
だが、なんとしても二人の所へ行かなければならない。その一心で動かぬ体を無理矢理にでも動かし、ゆっくりと歩を進めた。
ヒューイはロゼッタに駆け寄ると、あまりの衝撃に絶句してしまった。
いつも背中に背負っていた禁忌の銃を立ち膝の状態で構え、うつろな目はまっすぐ正面を見据えているがその真っ赤なルビーのような瞳がもう何も映していないのは明らかだった。
胸の真ん中に突き立った矢が背中に突き抜けており、その矢の先から血が滴り落ちている。
そして、何よりもヒューイに衝撃を与えたのは、ロゼッタの顔は泥まみれで汚れているが、その凛とした美しい顔に優しい微笑みを浮かべていた事だった。
「ロ、ロゼッタ……」
どうにか言葉を絞り出しおずおずと名前を呼ぶと、ロゼッタはようやくわずかに反応を示した。
「ヒューイ、そこにいるの? もう、目が見えなくて……」
そう言いながらロゼッタは激しく咳込んで血を吐くと、構えていた銃が手から滑り落ちるとのと同時に体がぐらりと揺れて倒れそうになった。
ヒューイは慌ててその体を抱き留めた。
ロゼッタの体はあの日あの吹雪の中で抱きしめてくれた日のように柔らかかったが、あの日とは違い驚くほど冷たくなっていた。
突き刺さった矢から滴る血の一滴ずつが、ロゼッタの命の灯火を刻々と削っているようだった。
ロゼッタはうつろな目のまま力の無い手でヒューイの頬を撫でた。
「ヒューイ、どこも怪我はない?」
その言葉にはいつものロゼッタの声の張りがまったくなく、今にも消え入りそうな大きさで、それがヒューイを激しく動揺させた。
「オレは大丈夫だよ! どこにも怪我なんてない! でもロゼッタが……胸に……」
言いながらヒューイは自分が泣いている事に気が付いた。
目から勝手に涙がボロボロと溢れた。
「そう、良かった」
ロゼッタの手が愛おしそうに頬を撫で続ける。気が付くとヒューイはその手を力いっぱいに握っていた。
「ごめん、ロゼッタ! オレのせいで、銃を撃たせてしまった。絶対撃っちゃいけなかったのに!」
悔しさから叫ぶヒューイに、ロゼッタは優しく言った。
「そんなの、気にしないの。私はヒューイを救えた事に満足している。ねえ、私の顔を見て?」
涙でぼやける視界でも、必死にロゼッタの顔を見る。
ロゼッタは先ほどと変わらず、いつもヒューイに投げかけてくれたように、満足げに微笑んでいた。
「ねえ、私、今どんな顔をしている?」
「……笑ってる。いつもみたいに優しく笑っているよ」
「そう。ヒューイ、よく聞いて」
ロゼッタは肺に流れ込む血で声が上手く出ないのを無視して、必死に言葉を続けた。
「自分に自信のない者は笑えないの。私は私の信仰に反してでも、自分への戒めに反してでも、この銃を撃ってあなたを救えた事に満足している。自分の行いに何ら後悔が無いと自信を持っている。だから、今笑えるの。あなたが気に病むことは何もないわ」
「でも……!」
「私は、この国に来て、忠正と旅をして、幼いあなたと出会って、同じ時間を過ごす事が出来て幸せだった」
「ロゼッタ……」
「ごめんね。一緒にドルファンに行くのは、無理、そうだけれど、あなたに、ドル、ファンを、見せて、あげたかった、な」
単語を発するのも苦しそうなロゼッタに、ヒューイはもはや縋り付くように手を握っていた。
「いやだ、ロゼッタ。一緒に行こうよ、ロゼッタの故郷へ。ねえ!」
ヒューイの悲痛な叫びに、ロゼッタの光を映さぬ瞳から一筋の涙が零れた。
「ヒューイ、あなたは、強く生きなさい」
消え入りそうなロゼッタの言葉に、ヒューイは何度も何度もうなずいた。
ロゼッタはヒューイの手の温もりを感じながら、わずかに口を開いた。
「Addio……Mio piccolo angelo……」
その言葉を最後にロゼッタの体からすっと力が抜けた。
「ロゼッタ……」
今間違いなくロゼッタの命の灯火がヒューイの腕の中で消えた。
ヒューイは声の限り叫んだ。
最愛の母の名前を。
「ロゼッタは逝ったか」
後ろから声をかけられて振り向いたヒューイは、先ほどのロゼッタとはまた別の意味で絶句した。
如月忠正がそこに立ち尽くしていたが、その姿はまるで地獄の底から這いあがってきた亡者のようだった。
来ている服はあちこち破れたり切られたりしてボロボロで、頭から足先まで返り血と自分の血でどす黒くなっている。
後ろに流した総髪も乱れに乱れており、傷だらけの顔は疲れ切ってやつれていた。
「忠正……ロゼッタが……」
涙で腫れた目でこちらを見るヒューイに、忠正はそっと頭を撫でた。
「いい顔しているな、ロゼッタは。きっと満足のいく死だったのだろう」
そう言いながら、忠正はどかっと草の上に腰を下ろした。
いや、厳密に言うと自身の体を支えきれず、半分倒れ込むように座っただけなのだが。
忠正は自分に残された時間が、もうほとんど残っていない事を的確に理解していた。
だからこそこの目の前の少年に、言葉を残さなければならなかった。
「なあ、ヒューイ。悔しいか?」
その言葉にヒューイは一瞬虚を突かれたように驚いたが、すぐに力強く頷いた。
「悔しいよ、ロゼッタも忠正も、オレの為に傷付いて」
「そうか」
言いながら忠正はロゼッタのように笑った、
「ならば、もう二度とこんな思いをしないように、強くなれヒューイ。そして今度は、お前がお前の大切な者を守ってやれ」
「忠正……」
「最後に一つ、俺の頼みを聞いてくれるか」
「最後ってなんだよ、忠正まで、そんなのらしくないよ。忠正はオレを一人にしないよね? もう、一人は嫌だよ……」
これから起こる事を本能的に理解したヒューイの心が、また涙を溢れさせる。
まだヒューイは十歳そこそこだ。そんなヒューイを不憫に思いながらも、忠正は言葉を続けた。
「今日からお前が如月の名を継いでくれ。別に家名にこだわりがあるわけではないが、子のいない俺の生きた証として。そして俺の剣術が守り切った者の証拠として」
忠正は涙で濡れるヒューイの頬を手の甲で乱暴に拭った。
「男がめそめそと泣くもんじゃないぞ。如月の名を継いだ時から、俺の魂は常にお前と供にあるのだ。何も寂しい事はない」
忠正はヒューイを優しく慰めてやりたい気持ちを押し殺して、これから待ち受ける厳しい人生を乗り切れるよう精いっぱいの激励の言葉を送った。
「お前にはロゼッタや俺がいた。お前も一人で苦しんでいる人がいたら、寄り添ってやれる男になれ!」
そう言って忠正は満面の笑みを浮かべた。
そして、それを最後に忠正は永遠に言葉を発しなかった。
夏の終わりの夜に慟哭の声だけが響いた。
「──と、まあそんなわけで、育ての親を失ったオレは、その後諸国を回り剣の修行をして、いつかドルファンに行くべく国を出て傭兵生活を始めたというわけだ。結局こうやってたどり着くのに十年以上かかっちまったが」
ヒューイは極めて明るく言ったが、それを黙って聞いていたライズはグラスの天然水を飲む事も忘れ神妙な顔で聞き入っていた。
「……あなたにとって、ドルファンを目指すという事は、故郷を目指す事と同義だったのかもしれないわね」
少し湿った声で言うライズに、ヒューイは頷きながら遠くを見つめた。
「そう、かもしれないな」
ライズはおもむろに立ち上がると、少しだけ目元を拭いながら「失礼、少し席を外すわね」と言って店内へと入っていった。
その後ろ姿を見送っていると、ヒューイの目の前に小さな光が舞い降りて、ライズのグラスの淵に止まった。
光は人型となり、背中に羽を生やした手のひらと同じくらいの大きさの妖精のような形になると、ヒューイに語り掛けた。
「へえ、昔の事なんて誰にも喋った事ないのに、あの娘には教えてあげるんだ」
その声はロゼッタにそっくりで、明らかに常識の範囲を超えた異質な生き物であるが、周りの席や通りを行く人々は特に気にしているような素振りはなかった。
ヒューイはその異質な彼女を見ると、驚く素振りもなくため息を吐きながら言った。
「なんだ、ピコか」
「『なぁんだピコか』って、もうちょっとアクティブなリアクションが欲しかったなぁ……」
ふてくされて見せるそのピコという名の妖精は、いつの頃からかもう覚えていないが、いつの間にかヒューイの前に現れた存在だった。
今日までずっと自分の相棒として寄り添ってくれているこの妖精が、一体なんなのかヒューイにはわからない。
そして、自分以外には一切姿が見えないし、声も聞こえないという事が謎をより一層深めたが、いつからかそんな事を考える事は止めていた。
少なくともピコの存在のおかげでヒューイは幼い心を狂わす事無く大人になれたし、数々の地獄のような傭兵としての派遣先を乗り越えてこれたのだと思っている。
「キミらしくないね、昔語りなんて。あの娘の瞳の色がロゼッタと同じようなルビー色だから、感傷的になっているんじゃないの?」
「馬鹿言え」
ピコに言われて初めてヒューイはライズの瞳の色がロゼッタに似ている事に思い至った。
「なんとなく、放っておけないんだ。あの、『私は一人で生きていける』って顔して、他人との関係を拒絶する感じが」
「そんなの個人の自由なんだから、キミが関わる事ないでしょう」
「ごもっとも」
ピコの言葉に適当な相槌を打ちながら、ヒューイは忠正の言葉を思い出していた。
「『一人で苦しんでいる人がいたら、寄り添ってやれる男になれ』か……」
「うん? 何か言った?」
「いや何も。ただ、久しぶりにあの二人の事を思い出したな」
そう言いながらグラスを揺らして氷と水をカラカラと混ぜ合わせてから呷るヒューイの顔を、ピコはまじまじとみつめていた。
「ふ~ん。なにか、ドルファンに来てから変わったよね、キミ」
「そうか?」
「そうだよ」
少し寂し気にピコがつぶやいた時、ライズが席に戻ってきた。
ピコはそんなライズの姿をグラスの淵から眺めていた。
「思わず長居してしまったわね。私はそろそろ帰る事にするわ」
「長話をしてすまなかったな。では、オレも帰るとするか」
そう言って立ち上がるヒューイに、ライズは少し照れ臭そうに目を逸らしながら言った。
「そう、じゃあ途中まで一緒にかえりましょう」
「そうするか」
ライズの言葉にどことなく嬉しそうなヒューイの様子を見て、ピコは誰に見せるともなしに大きなため息を吐いた。
「はぁ。私の役目も、そろそろ終わりかもね……」
連れだって歩き出す二人の後を、妖精の光がふらふらと追いかけていくのだった。