小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【69】ライズと五月の花嫁

「それでは、最初の登場はライズさんです!」

 

司会者の陽気な声で名前を呼ばれた私は、まったく気乗りしないものの一歩前に出て軽く会釈をする。

眼下には多くの観客が興奮気味に歓声を上げながら口笛を吹いたり、手を叩いたりしているが、その歓声のほとんどは男性だと言うのだからうんざりしてしまう。

サウスドルファン駅前の広場に突貫で作られたステージの上で、私は祭りの雰囲気で陽気に浮かれる人々の衆目に晒されていた。

まったく、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

 

 

 今日はドルファンの年中行事の一つの『五月祭』が開催される日だ。

春の訪れを祝うこの祭りはサウスドルファン駅前で例年行われており、今年も例に漏れずに開催される事になっていた。

他のドルファンの祭りと同じように駅前に多数の露店等が軒を連ねて、人々は飲めや歌えやの大騒ぎをする為のお祭りだ。

以前私が参加した収穫祭に近いが、あちらは剣術大会と馬術大会が開催される比較的まだ理知的な祭りである事に対して、この五月祭のメインイベントは『ナイスガイコンテスト』と『五月の花嫁コンテスト』という名前からして下らなさが伝わるイベントが、毎年一年交代で行われていると言う。

 

今年は五月の花嫁コンテストが実施されるという事だった。

何故五月に花嫁なのか、その謂れは何かあるらしい事を何かの時にソフィアが教えてくれたはずだが、私はまったく興味が持てなかったので忘れてしまった。

そしてその花嫁は会場の立候補者の中から投票で選ばれるという事で、まったく何の意味があるのかわからないイベントだという事だけは印象に残っていた。

なので、私がこの祭りに参加する事はないだろうと思っていたし参加する気もまるでなかったのだが、ハンナがどうしても祭りに行って出店の料理を食べたいと言うので、私とソフィアは仕方なしに付き合う事となっていた。

 

 収穫祭の時と同じ衣装で問題ないという事だったので、例の牧歌的な衣装にスカーフを肩にかけて、いつもお茶をする喫茶店で待ち合わせをしたのだ。

すると、そこにはソフィアとハンナだけでなく、たまたま同じ場所で待ち合わせていたレズリーとロリィがいた為に合流する事になり、さらには祭りの人混みの中を歩いていると同じようにたまたま歩いていたキャロルとスーまでもが同行する事となった。

なぜキャロルとスーが一緒に行動する事になったかと言うと、なんとハンナとキャロルは従姉妹同士で仲が良く、普段からよく一緒に遊びに行ったりしているとの事だった。

 

 私は人混みが嫌いだし、団体行動も好きではない。

仮にも隠密のサリシュアンの名を持つ生粋の潜入捜査員である私が、こんな大人数で祭りに参加する事などあり得ない状況だ。

とは言え、来てしまった以上場の空気を悪くする事もないと思い、きゃいきゃいと盛り上がるハンナやキャロル、ロリィの姿を後ろからソフィアと眺めていた時、事件が起きてしまったのだ。

駅前のプリシラお気に入りのアイスの露店の前で、ハンナが祭りの日限定フレーバーのアイスを買おうとしている時、不意にやけに慌てている男に声をかけられてしまった。

 

「あれ、お姉さんたち団体さん? ちょっとこっちに来て! ね、人助けだと思って!!」

 

その強引な男にお人よしのソフィアが捕まり、連れて行かれた先がこのステージであり、聞けば五月の花嫁コンテストの応募者がまったく足りていなかったので、私達が半ば強引に参加させられてしまったという事だった。

あまりの急展開に断る余裕もなくステージに上げられてしまった私たちは、訳もわからぬ間にこうして祭りの人々の好奇の目に晒される羽目になってしまったのだった。

 

 

「それでは、ライズさん。この花嫁コンテストにかける意気込みをどうぞ!」

 

司会者の男(私達をここまで引っ張り込んだ、あの強引な男だが)は私の横で鼻息も荒く大きな声で会場を盛り上げる。

そもそも参加したくてここにいるわけでもないのに、意気込みも何もあるわけがない。

 

「特に何もないわ」

 

私が言うと、司会の男は若干笑顔を引きつらせながら、大袈裟なジェスチャーで観客の方を向いた。

 

「普段通りの魅力を発揮したい、との事です!」

 

わっと盛り上がる会場の人々に、私は思わずため息を吐いた。

司会がそっと私に寄ると耳打ちをする。

 

「困りますよ、ちょっとは気を使ってくれないと」

「参加したくもない事に参加しているだけでも、ありがたいと思う事ね」

 

私の言葉に客席に見えないようにしかめっ面をした司会者は、すぐさまとびきりの作り笑いを浮かべると私を列に戻して、隣のソフィアに一歩前へ出るよう促した。

 

「さあ、次の参加者はソフィアさんです! 意気込みをどうぞ!」

 

傍から見てもガチガチに緊張しているソフィアは、はにかみながら客席に控え目に手を振ると、珍しくポニーテイルにしている髪を撫でながら控えめに言った。

 

「あ、あの、歌う事が大好きです……その、よろしくお願いします」

「いやー、控えめで可愛いですね!」

 

満面の笑みの司会者に、会場が沸く。私の時と随分な差ではないか。

 

「お次の参加者は、ハンナさんです! 一言どうぞ!」

 

ハンナは一歩前に出ると、いつもの根っから明るい笑顔ではなく、少し照れて目を伏せながら言った。

 

「五月の花嫁なんて、柄じゃないけれど……選ばれたら、嬉しいな!」

 

そう言いながら微笑むと、ものすごい歓声が沸いた。

ハンナは意外にも女の子らしいところがあり、それが観客に刺さったようだ。その感覚はよくわからない。

 

「いいですね、可愛いですよ! では次はレズリーさんです。どうぞ!」

 

レズリーは面倒くさそうにため息を吐いて一歩前へ出ると、特に遠慮のない声で言った。

 

「花嫁に憧れがないわけじゃないけれど、今は絵を描く事の方が楽しいかな。よろしく」

 

そう言って軽く片手を上げて手を振ると、男性の歓声ではなく、女性の黄色い声が響いた。

意外と悪ノリをするところがあるようだ。

 

「芸術肌で魅力的ですね、ではお次は今年の参加者最年少のロリィさんです!」

 

ロリィはレズリーとハイタッチをしながら前へ出ると、何も言わずにクルリとターンをして見せると、両手を顎の下に寄せてウィンクを一つして見せた。

割れんばかりの拍手と今日一番の歓声が上がり、ロリィは満足そうに笑うと両手を振って列に戻った。

自分の魅力を完全に把握したパフォーマンスで、やはりこの子は特殊な能力を持っているのかもしれない。

 

「破壊力抜群のウィンクでしたね! では、次はキャロルさんです! 意気込みをどうぞ!」

 

司会に促されて前に出るキャロルは、一人だけ祭り衣装ではなく私服という事もあり非常に目立っている。

 

「男ならあたしに投票するのは当たり前だよねー。浮気したら、ドカンだからねー! キャハハハ」

 

そう言いながら指で銃の形を作ると、撃つふりをして笑って見せる。

うおお、と地響きに近い男たちの声が響き、これはこれで何か琴線に触れる者がいるようだ。

まるで意味がわからない。

司会者は満足げにそれを見ていると、声も高らかに振り返った。

 

「さあ、それでは最後の方のご紹介です! 最後は、スーさんです!」

 

促されたスーは静々と目を閉じながら前に出ると、そっと目を開き上目遣いで言った。

 

「私、ずっとこの五月の花嫁に憧れていました……」

 

切なげな声で言うスーは、芝居がかった態度でもう一度目を閉じて、しばらく間をおいてから突如として目を見開き非常に大きな声で言った。

 

「私に投票してくれた人は、グラフトン・パン店の大人気ラスクを無料で進呈するわ! みんな私を花嫁にしてね!!」

 

今日一番の割れんばかりの歓声が響き、指笛や拍手が所々で鳴り響いた。

 

「おお~っと! これは離れ業ですが、私もラスクが食べたい!」

 

司会者が盛り上げると、会場はさらに熱気に包まれていった。

呆れて隣を見ると、ソフィアが困り気味にこちらを見て微笑んだ。

 

 私はため息を吐いて盛り上がる会場の観衆達をもう一度眺めてみた。

皆楽しそうで生き生きとしている。

戦争中なんて事は誰一人考えてもいないのは間違いなく、みんなこの一瞬を心の底から楽しんでいるように見える。

だが、これで良いのかもしれない。

いつかヒューイが言っていたが、傭兵は美味しいお菓子を作れない。だからその人たちを守る為に戦うのだと。

私もこの人たちの笑顔を守る為に戦えるのだったら良かったのに。

私はこの人たちの笑顔を裏切る為にここにいるのだ。花嫁に興味はないが、一番選ばれてはいけない人物である事は間違いない。

少しだけ胸の奥にチクリとした棘のようなものを感じた時、司会者が両手をかざして大声で叫んだ。

 

「それでは! 運命の! 投票開始だぁ!!」

 

大歓声とともに会場の人々は我先にとステージの前に押し掛けると、スタッフが手渡す一輪のバラの花を思い思いの花嫁候補の前に置き始めていった。

なるほど、このバラの花が投票となり、最多得票者が五月の花嫁として選ばれるという事か。

人々が雪崩のようにステージ前に溢れ、どんどんバラの山が出来ていく。

やはりというか戦略の結果というか、今のところ一番得票しているのはスーであった。

 

そんなにグラフトン・パン店のラスクが人気なのだろうか。選り好みせずに一度は食べてみてもいいかもしれない。

そんな関係の無い事を思いつつ見ていくと、次にバラが集まっているのは小悪魔的な魅力を振りまいたロリィ、次点でハンナとキャロルが同程度、レズリーはあまり集まっていないが、その得票は圧倒的に女性が多かった。

ソフィアの前には数は多くないものの、小さなバラの山が出来ていた。

 

 かく言う私の前には一本のバラも集まっていない。

それはそうだろう。

何のアピールもしておらず、微笑みの一つも見せない女など、誰が花嫁にしたいと言うのだ。

だが、それでいい。

私は花嫁になどなれるはずもない。

私は血塗られた傭兵という道を歩む、戦士でしかないのだ。

私に必要なのは純白のウェディングドレスと華やかなブーケではなく、深紅の鎧と冷たい輝きの剣なのだから。

 

このイベントとのあまりにもかけ離れた自分の姿に思わず苦笑いが出てしまった時、私の足元にバラの花が一輪、そっと置かれた。

私に投票するなど、とんだ酔狂者がいるものだ。

どんな変わり者が投票したのだろうと興味を引かれて、ふと視線を上げるとその投票者と目があった。

涼やかな顔で私の顔を見て唇の端にわずかな笑みを浮かべたその男は、ヒューイ・キサラギであった。

私はその瞬間、自分の顔がかっと熱くなり、頬が紅潮するのを自覚した。

 

何故、ヒューイが。

 

いや、あのお祭り好きの男なら、こういった催しに参加するのは何も不思議ではない。

だが何故花嫁コンテストで私に投票するのか。

隣にはソフィアもハンナも、レズリーもロリィも、キャロルもスーも、とにかく私よりもよっぽど花嫁に相応しい女性が並んでいるのに。

頭が混乱して考えがまとまらず、赤面している自分に戸惑っていると、ヒューイは人の波に流されて見えなくなってしまった。

 

「それでは、会場のみなさんの投票が終わったようです!」

 

司会者の声に我に返った私は、あわてて周りを見まわしてから前を見て姿勢を正した。

 

「ライズさん、顔が赤いですが大丈夫ですか?」

 

ソフィアがこちらを見て心配そうに言った。

私は軽く咳ばらいをすると、努めて冷静に答えた。

 

「ええ、ちょっと人の多さに中ったみたい」

「実は私もちょっと……」

 

そう言って微笑むソフィアの優しさに少し心が落ち着くのを感じる。

司会者がスタッフから受け取った集計の紙を見て、ステージの中央へと躍り出る。

そして右手に持った花嫁のブーケを模した花束を高くかざした。

 

「それでは、今年の五月の花嫁は──スーさんです!」

 

花束を受け取ったスーは満面の笑みで花束を抱きしめた。

 

「やったわ! 私が五月の花嫁なのよ!」

 

よっぽど嬉しかったのかその瞳にはわずかに涙が浮かんでいる。

 

「おめでとうございます!!」

 

司会者の声とともに会場は割れんばかりの拍手に包まれ、五月の花嫁コンテストは大盛況のうちに幕を閉じた。

 

 

「あー、残念だったなぁ。ボクが花嫁に選ばれたかったのになぁ」

 

祭りからの帰り道、露店で買ったリンゴ飴を食べながらハンナは残念そうな声を上げた。

隣を歩きながらソフィアが優しく笑った。

 

「でも、すごくドキドキしたわ。花嫁になれなくても、ちょっと楽しかったかも」

「そうだね、確かに楽しかったね!」

 

そう言って笑いあう二人を見ながら、私は大きなため息を吐いた。

 

「あれ、ライズは楽しめなかった?」

 

心配するハンナの声に私は慌てて首を振った。

 

「あ、違うの。そうじゃなくて……」

 

言いながら私は何を言おうとしているのかわからず、言葉に詰まってしまった。

五月の花嫁に選ばれなかったのはどうでもいいのだが。

私は手にしたバラの花を見た。

あの投票されたバラを、何故かわからないが持ってきてしまったのだ。

それを見たソフィアが言った。

 

「あ、私も一本くらい持って帰ればよかったな」

「確かに! 記念にね!」

 

明るく相槌を打つハンナ。

だが私はそんな二人の会話も上の空だった。

胸の奥が重く苦しく、自分の気持ちを持て余している事が不思議でならないが、このバラだけは何故か持って帰らなければいけないような気がしていた。

 

 

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