小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
それからしばらく私は毎日が忙しく、ヒューイの事など半分忘れていた。
それというのもドルファンと交戦中のプロキアで起きた内乱のせいだ。
かねてから緊張状態の続いていた首相フィンセン公とヘルシオ公がついに衝突し、フィンセン公は敗れ政権交代が起こってしまった。
それによってドルファンに侵略中だったプロキア軍はヴァルファバラハリアンを残し撤退。
さらにはドルファンに対し休戦まで申し出たのだ。
もっともドルファン側はこの申し出は保留とし、今は様子見をしている状況だ。
ヴァルファバラハリアンはプロキアからの撤退命令を無視し今もダナンにいる。
このためドルファンの緊張状態はいまだに続いており、戦争が終わったわけではない。
昨日プロキアからの最後通告がヴァルファに下されたとの知らせがドルファン中に広まった。
ヴァルファが勧告を無視しつづけるならば武力行使も辞さない、と。
だが実際に武力行使にいたったとしても今のプロキアにはヴァルファを退ける程の力は無いはずだ。
内乱続きで士気が鈍っている上に、そもそもプロキア軍の力が足りないからこそヴァルファを雇い入れたのだから。
仮にドルファンと共同作戦を立てようとしても昨日まで戦争をしていた国同士がすぐに手を取り合うことは考えづらい。
一体どうしてそんな強硬な態度でいられるのだろうか。
しばらく考えていたが答えが出そうに無かったので、気分転換に外に出ることにした。
外の空気は新鮮で十一月も終わりになればわずかに冬の匂いがする。
私が育ったスィーズランドはドルファンよりも寒く、冬は雪が降り積もり美しい。
深々と雪が降る夜は静かで、澄んで冷え切った凛とした空気が好きだった。
私はセリナリバー駅から馬車に乗りカミツレ高原駅まで来た。
カミツレ高原はその名の通りドルファンの中でも高度が高く夏にはピクニック客などで賑わう観光地だ。
そして駅の周辺には古くからの遺跡や、高原をとりまく森林等がありこの季節は人の数も少ない。
高台に立つ遺跡の一つ、銀月の塔はドルファンの街並みが一望できる事もあり展望台として開放されている。
私はその銀月の塔に登り、わずかに肌に冷たい風を感じながら街並みを見下ろしていた。
人もまばらなこの塔は落ち着くにはもってこいの場所だ。
美しい街並み。
光さえ放ちそうなドルファンの街並みは私には眩しすぎる。
ヴァルファバラハリアンは、父やミーヒルビス達はどうしているのだろうか。
思慮にふけっていると私の隣におずおすと男が近づいてきて、話しかけてきた。
「あ、あの……」
私は目線だけそちらに向けその声をかけてきた男を見た。
ドルファン軍の制服である青い服を着ている。
ベルトに帯びられた剣。
襟元には勲章の類は一切なく、階級を示す星は無地に二つの二等兵。
髪の色は黒く短く刈っていたが、襟元に細い三つ編みが二本ぶら下がってる。
あきらかにこの国の人間ではない。
この男もヒューイと同じような外国人傭兵だろう。
「何か用かしら」
私が言うと彼はちょっとはにかみながら答えた。
「こんな所で何をしているんですか」
おかしな事を聞いてくる。景色を眺める以外に何をしていると思ったのだろうか。
「街を眺めていたわ。見ればわかるでしょう」
「え、ええ、そうですよね。いや、そうじゃなくて」
私はため息をついた。
ハッキリしない男だ。
彼の相手をしているほど暇ではないし、やり過ごそうと歩きかけたときに彼がようやく言った。
「あ、あの! よければ一緒にお茶でもどうですか!」
何かと思えばただのナンパか。
傭兵がこんな人気の無いところで女子学生に声をかけるなど、場合によっては一大事になりかねない。
「そんな暇、ないわ」
私はキッパリと答えて歩き出した。
彼は動揺もあらわに直立不動で何事かぶつぶつとつぶやいていた。
「うう、やっぱりキサラギのように上手くはいかないよな」
私はその言葉に反応した。
「あなた、騎士団の外国人傭兵部隊の所属よね」
彼は驚き顔で答えた。
「は、はい。自分はドルファン国軍第三騎士団歩兵第五部隊の所属です!」
歩兵第五部隊。この部隊はかつてハンガリアの狼ヤング・マジョラムが部隊を率い、かの東洋人傭兵ヒューイ・キサラギが所属する外国人傭兵部隊の一隊だ。
私は振り返ると、彼を見て言った。
「気が変わったわ。どこかで、話しましょう」
「え!」
「塔の下に店があったわね。そこでいいかしら」
「は、はい!」
私は浮かれる傭兵と一緒に塔を下りていった。
その浮かれた傭兵はリン・コーユーと名乗った。
私も名乗り、銀月の塔の入り口近くの喫茶店に向かい合って座り、私は紅茶を、彼はコーヒーを飲んでいた。
店の中は客もまばらでとても日曜の午後とは思えない。
私は砂糖もミルクも入れていない紅茶(ドルファン産のオレンジペコのようだ)をゆっくりと飲んだ。
一方、リンは砂糖を五つも入れたコーヒーにミルクをたっぷりと入れて飲んでいた。
その飲み方ならばコーヒーを頼まずミルクに砂糖を入れて飲んだほうが合理的だ。
「自分は東洋圏の中華皇国出身です。ハイマーさんはドルファンのご出身ですか」
「私はスィーズランドの出身よ。あなたの部隊に他に東洋人はいるかしら」
「自分の部隊は東欧、西洋出身がほとんどですが、もう一人東洋出身の者がいます」
「八騎将を討ち取った男ね」
「ご存じでしたか! いかにも、我が部隊の同胞があのヴァルファ八騎将を討ち取りました!」
彼は誇らしげに言った。
「自分はその現場にいたのですが、いやあすごかったですね! 部隊長がやられてどうしようかと思っていた中で、同じ東洋圏出身の仲間が一騎打ちを申し出て、まさか勝つとは思いませんでしたね!」
ネクセラリアが討たれたあの時、この傭兵も現場にいたという事だ。
「その八騎将を討ち取った男は、どんな人物なのかしら」
「キサラギですか? 気さくで偉ぶらないし、いいやつですよ。剣術に関して言えば、あのヤング隊長よりも上かも知れません」
彼は私の顔をちらりと見た。
「ハイマーさんは、その、キサラギをご存じなのですか」
「そうね、顔見知り程度には」
「そうでしたか。あの、ちょっと聞きづらいですが、好意をもっていたり」
「バカなことを言うわね。そんなこと、あるわけないわ」
私がヒューイに好意を? あんまりにも現実離れしていて、私は思わず紅茶を吹き出すところだった。
あの男はネクセラリアの仇であり、ヴァルファバラハリアンの敵だ。
「彼に興味があるのよ。少しだけ。それだけだわ」
「そ、そうですか」
彼はもじもじと私の顔を盗み見た。
なんなのだろうか。この男の釈然としない態度に不快感を抱き始めていた。
私の知る傭兵達はもっと堂々としていて誇り高く、こんなもじもじとしていない。
そんな思いがつい口をついて言葉となってしまった。
「あなた、本当に傭兵なの?」
彼は驚いて両目をしばたかせた。
「ほ、本当ですよ! この制服と剣がなによりの証拠です!」
私は黙って紅茶を啜った。
「次の出兵だって、ちゃんと戦場に行きます」
「次の出兵」
「そうです。プロキアがシンラギククルフォンとドルファン国軍との連携作戦を計画しておりますので、自分もそれに参戦します」
「シンラギ……ククルフォンですって?」
私は顔の筋肉がこわばるのを感じた。
シンラギククルフォンと言えば東洋最強の殺人集団として名高い傭兵部隊だ。
西のヴァルファ、東のシンラギと近隣諸国では恐れられている程だ。
「プロキアとシンラギって……どういうこと?」
「あれ、トピックスとかには載っていないですか? プロキアはダナン撤退命令に従わないヴァルファバラハリアンとの契約を解除し、新たに雇い入れたシンラギの連中をヴァルファ討伐にあてたんです」
「そうだったのね」
これでプロキアの強硬な態度の理由がはっきりした。
南からドルファン、北からシンラギククルフォンに攻め立てられては、さすがのヴァルファバラハリアンとは言え敗戦は必至。
「あれ? これ、言っちゃまずかったのかな」
今になってリン・コーユーは周りをきょろきょろと見まわしていた。
私は答えず、席を立った。
「ハ、ハイマーさん?」
「ごめんなさい、気分が悪いの。悪いけれど、ここで失礼するわ」
そう言って店を飛び出すとき、唖然としているリンの姿が目に映った。
今はこの情報を一刻も早く父に届けなくてはならない。