小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
初夏の過ごしやすさはすっかりなりを潜め、すでに真夏に近い暑さの日々が続いているがどことなく吹き抜ける風は爽やかさを感じる七月の夕方に、私はドルファン港へと赴いていた。
ドルファン唯一の国際港であり、随一の大きさを誇るこの港はドルファンの貿易の要であり、海の守りの礎でもある。
もともとドルファン国軍の海軍はほとんど役に立たないので海上の防衛は同盟国任せになりがちなのだが、事、このドルファン港においては海岸線に並ぶ後込め式二〇ポンド砲の通称『ズィーガー砲』が唯一だが絶対の防御網となっている。
銃火器を好まないドルファン王国も、海戦においては大砲を頼りにせざるを得ないというのは皮肉な話だ。
そんなズィーガー砲を横目に、商船や一般の船が出入り出来る桟橋の方へと歩を進める。
西欧の船ではないオリエンタルな雰囲気の船などを眺めながら進んでいくと、奥の区画に非常に凝った飾りを纏う大きく煌びやかなガレオン船が係留しているのが見えて来た。
その巨大なガレオン船こそが今日の目的地であり、リンダ・ザクロイドの誕生パーティーの会場だ。
リンダが手配した馬車が事前に私の荷物を持ち込んでくれているはずなので、ここまでは私服で来る事が出来た。
そもそもこんな巨大な客船をパーティー会場にすること自体が規格外のイベントなのに、金持ちのパーティーというのは会場だけでなく参加者の為にもお金を使わなければならず、なかなか大変そうだ。
港の区画を曲がり、パーティー会場となるガレオン船の係留された桟橋に差し掛かろうとした時、視界に一人の男が現れた。
青い司祭服を身に纏い、大きなカバンを肩に担ぎ、人の好い無害そうな顔を装っているがその瞳は狂気に満ちている。
「ゼールビス」
私が舌打ち交じりに言うと、その男、裏切り者である血煙のゼールビスがこちらを向いた。
「こんにちは、サリシュアン。奇遇……ではないかもしれませんね」
その顔に、いつもの通りの人を不快にさせる笑みを浮かべている。
かなり久しぶりにこの男に出会ったわけだが、その顔にはいつ出会っても嫌悪感しか沸かない。
私は反吐が出そうな気持ちをどうにかこらえながら言った。
「こんな所で似非聖職者が何をしているのかしら」
「お仕事、ですよ。あなたと違ってパーティーに参加する暇などありませんので」
こちらの行動などお見通し、というわけだ。
「安い挑発ね」
「本当の事でしょう。いや、ですが今日のあなたは素晴らしい仕事をしている、と言ってもいいかもしれませんが」
「なんの事?」
その顔により一層の残忍な笑顔を浮かべたゼールビスは、私の隣へと近づいてくる。
「今日の私の仕事は、ある要人の暗殺です。その要人と言うのは、あなたが参加するパーティーの参加者なのですが、思ったよりも警備が厳重でしてね。どうしようかと思っていたところだったのですが……」
ゼールビスが耳元でささやく。
「やはりあなたは役に立ってくれます。これを」
肩にかけたカバンからワインの瓶を取り出し、私の手に握らせた。
「このお祝いの品を、女子更衣室に置いてきてくれませんか」
私は訝し気にそのワイン瓶を確認した。
中身は液体のようだが、瓶の中心に何か仕切りのようなものがあり、色のついた液体の奥に何か四角い仕掛けが見え隠れしている。
「これは何?」
「おっと、あまり揺らさない方がいいですよ。こんなところで爆死したくないのなら」
その言葉に私はゼールビスを睨みつけた。
「なぜ私があなたの薄汚い仕事を手伝うと思うの。私はリンダの誕生パーティーの招待客。彼女の誕生日を台無しにするような事をするわけがないでしょう」
ゼールビスは意外そうな顔で私を見ると、またいやらしく微笑んだ。
「隠密のサリシュアンともあろう者が、友情ごっこですか」
「あなたの仕事を手伝う義理はないと言っているのよ」
「ヴァルファバラハリアン……いや、破滅のヴォルフガリオにとって、大きなメリットがあると言っても?」
私は黙ってゼールビスを睨んでいた。
お父様、いや軍団長にとっての大きなメリット。この裏切り者が誰を殺そうとしているのか知らないが、軍団長にとって死んでメリットのある人物など、今日のパーティーの参加者にいただろうか。
リンダがどんな人間を招待しているのかわからないのでなんとも言えないところだが、一人だけ大物の来場に心当たりはある。
だが、彼の暗殺がヴァルファバラハリアンにとって利益になるとは思えない。
「あなたの狙いは何なの」
私が言うと、ゼールビスは気持ちの悪い微笑みを顔に張り付けたたま答えた。
「さきほどのあなたの言葉ではないですが、それを教える義理はありません」
「軍団長にとってその暗殺にメリットがあるかどうか、判断材料として必要な情報だわ」
「疑り深いですね」
「似非聖職者の言う事など、信じる方がどうかしているわ」
ゼールビスは押し黙って、しばらく私を眺めていた。やがてため息を吐くと面倒くさそうな口調で言った。
「サリシュアンがやってくれないと言うなら、自分で仕掛けるだけです。私は親切なので、あなたが巻き込まれないように気を使ってあげただけなのですがね」
「あなたは自分が裏切り者であるという事を忘れない方がいいと思うわ」
「裏切ったのは軍団長の方だと思うのですが、まあいいでしょう。せいぜいパーティーを楽しむといい。間違って死んでしまっても私を恨まないでくださいね」
ゼールビスは私の手からワイン瓶を取り上げると、音もなく倉庫の角へと消えて行った。
私はゼールビスが消えていった角をしばらく睨んでいたが、やがて向きを変えて船へと歩き出した。
彼がどんな企てをしているかわからないが、私には私の目的がある。
それを邪魔するというのなら、その障害は全力で排除しなければならない。
今日のパーティーが一筋縄では済まないという覚悟を胸に歩き出したところで、同じく豪華客船に向かって歩いてきた男と鉢合わせた。
「よう」
気軽に片手を上げて声をかけてくるその男。
黒髪に気取らない笑顔、だがその明るい印象とは対照的に、背中に目があるのではないかと思わせる一切隙の無い出で立ち。
どこにでも現れる東洋人傭兵、ヒューイ・キサラギだ。
私はこの男がどこにでも姿を現すことにもはや慣れてきてしっていたので、軽くため息を吐きながら言った。
「あなたもリンダの誕生パーティーへ?」
そもそも彼が軍の礼服を着ている時点でそれは無駄な質問である事はわかっているのだが、何事も確認は必要だ。
ヒューイはいつものように飄々と答えた。
「まあな。その様子だとライズも招待されたようだが、リンダと知り合いなのか?」
「不本意ながら、彼女からは友人認定されているわ」
私の言葉にヒューイは苦笑を浮かべた。
「相変わらずだな」
何が相変わらずなのかわからないが、まあいい。ゼールビスが何かしようと企てている以上、ヒューイがいてくれるのは心強い。
「このパーティー、恐らく平穏無事には済まされないわよ。あなたの活躍に期待しているわ」
「なんだって?」
困惑の表情を浮かべたヒューイを無視して、私は桟橋へと急いだ。
大きなガレオン船へと昇るタラップの入り口で招待状を提示すると、女子の更衣室へと案内された。
そこには個室とまではいかないまでも、一人用に区切られた鏡のついた化粧台いくつもあり、ゲストの名前が書かれて使用する場所が指定されていた。さらにはこの部屋専用の使用人が十人ほどおり、ザクロイド家の財力と権威を示すには十分すぎる程だった。
自分にあてがわれたスペースへ行くと、先だって回収されていたドレスや私物がすでに整然と並べられていた。
ここまで着てきた私服から、ドレスへと着替える。
今日のドレスは先日の王宮の舞踏会でプリシラが貸してくれた夜闇のような濃紺のドレスだ。
一応私がプリシラから借り受けている事になっているが、当のプリシラは貸している事すら覚えていないだろう。
すでに別の区画で着替えや化粧をしている女性は二十人程度であろうか。
年齢的には私が一番年下のようで、どこかの貴婦人と思しき人がほとんどで年齢も中年以上といったところだ。
同じ年頃の女性がいないという所は、いかにもリンダらしい。
使用人や他の参加者の目を盗んでドレスを纏うと、三つ編みを解いて控えめなイヤリングだけする事にした。
今日の主役は飽くまでもリンダなので、彼女より目立つことは避けたい。
周りを見渡して誰もこちらを見ていないのを確認してから、スカートの中の太ももにベルトを撒き、小さなナイフを装備する。
普段使用しているダガーよりもだいぶ小振りで頼りないが、無いよりはあった方がいい。
ゼールビスが関係している以上、多少でも武装しておく必要がある。
ドレスと合わせた濃紺のハイヒールを履き、準備は整った。
更衣室から出ると使用人に甲板へと案内された。
優に百人以上の人が立食できそうな広さの甲板で、すでにいくつかのテーブルに料理が並べられており、各々が自由に取り分けて良いようだ。
すでに十数人の招待客が料理を片手に談笑している。
甲板のいたる所に燐光灯の大型カンテラが置かれ、まだ西日で赤く染まる甲板を白い光で塗り替えようとしているようだ。
まだ少し昼の暑さが残っているが、海を渡る風が吹き込んで過ごしやすい。
「まあ、ライズさん!」
甲板の様子を観察していた私に、今日の主役のリンダが近寄ってきた。
一目で超高級だとわかる豪華な毛皮付きのドレスを纏い、長い紫がかった銀髪をアップにまとめ、沢山の宝石をあしらったティアラを頭上に載せた姿はまるでどこぞの国のお姫様だ。
私は招待客として相応しい態度を取るべく、リンダに向かってカーテシーをしつつ社交辞令を述べた。
「誕生日、おめでとう。お招きいただき嬉しいわ」
「まあ」
リンダは驚いた顔をしたがまんざらでもないようで、手にした扇子で緩んだ口元を隠した。
「今日はお越しいただき、ありがとう存じます。せっかくですから楽しんでいってね」
「とても豪華な船ね。この船は出航するの?」
「ええ、間もなく出航するわ。でも、エドワーズ島の近くまでですから大した距離はありませんけれど」
「そう……」
このまま港にいてくれれば不測の事態が起きても対応しやすいが、出航してしまうならば逃げ場がなくなる。
何か起きた時の対応が難しくなってしまう。
かと言って、今から出航を止めさせるのは難しいだろう。だが逆に言えばゼールビスがこの船に乗船する可能性もある程度排除できるという事だ。
いくらゼールビスでもこの警戒の強い船に密かに乗船するのは難易度が高いし、そうであれば暗殺を実行する方法は毒殺やトラップなどある程度仕込みが必要な物に限られる。
あのテロリスト崩れの得意技は爆弾を使った攪乱なので、先ほどのワイン瓶のようなものや倉庫などの不審物に注意を払えばある程度は脅威を排除できそうだ。
「エドワーズ島の沖では、お越しいただいた皆さんにわたくしからのサプライズプレゼントがありますの。楽しみにしていてね!」
リンダは私の思考など露知らず、笑顔を浮かべて他の招待客の方へと行ってしまった。
リンダの姿を目で追っていると、彼女は一人の男性の前で立ち止まり恭しくカーテシーを披露すると何やら話し始めた。
その相手は見覚えのある背の高い初老の紳士で、ザクロイド家の最大のバックボーンである、ベイラム・オーリマン卿その人だった。
オーリマン卿はつまらなそうにリンダの話しを聞いていたが、視線を泳がせると私の姿に気付いたようで、一瞬こちらを見た。だがすぐにため息交じりに視線を逸らした。
相手にするに足らず、という事なのだろう。
こちらとしても尊大な態度の気難しい貴族の相手などまっぴらごめんだ。
しかし、ゼールビスのターゲットは恐らくこの尊大な男にほぼ間違いないだろう。
ゼールビスはシベリアと通じている。ドルファンの輸出入のすべてを牛耳るオーリマン卿は、燐光石の輸入を一切認めておらず、その採掘及び清算はザクロイド財閥の独占市場となっている。
シベリアは燐光石をはじめとした資源が豊富に採掘出来てそれを輸出する事で多額の利益を得ている。
ドルファンに燐光石を輸出出来ればこれ以上ない利益を生むし、ザクロイドが独占して高値を維持している市場は崩壊するのは間違いない。
ドルファン経済が乱れればそれは政治的混乱に繋がり、ヴァルファバラハリアンが攻め入る隙が出来る。
恐らくゼールビスが言っていたメリットとはこの事なのだろうが、そんな搦め手に頼らなくとも参謀のミーヒルビスならなんとかしてくれるはずだ。
私は今日、こうして招待してくれた『友人』の誕生日会を守らなければならない。
胃のあたりに重い何かを感じた時、船がゆっくりと離岸するのがわかった。
ここから、永い夜が始まるのだ。