小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第九章 ローズバンク手記
【75】ライズと外国人傭兵


 リンダの誕生日会の船上パーティーが終わり、ヒューイも後遺症等の発症もなく退院し、平穏なドルファンの夏がやってきた。

学校ももう少しで夏休みに入ろうというところで、ソフィアやハンナは高校生活最後の夏休みを心待ちにしているようだった。

私は、と言うと、実は少し忙しくなっていた。

まず裏切り者であるゼールビスのドルファン潜伏の目的が一つ明確になった事。

今回のリンダのパーティーでターゲットになったのはベイラム・オーリマン卿だった。

 

シベリアの事情を考えればオーリマン卿暗殺はゼールビスの主要任務の一つと言えるだろう。

これを機にオーリマン卿の身辺を洗ってみたが、彼は非常に慎重派かつ身辺警備を徹底しており、彼の暗殺は困難を極める事がわかった。

それはパーティーの時の彼の立ち振る舞いからも明らかで、逆に言えば今回の船上パーティーは千載一遇のチャンスだったと言うのに失敗しているという事は、ゼールビスの沽券に関わる問題だ。

 

 そして、その失敗した暗殺の実行犯が傭兵部隊のリン・コーユーだったという事。

もともとライナノールとヒューイの一騎打ちを妨害し手柄を上げようとしていたジョアン・エリータスと行動を共にしていた事から、まともな傭兵だと思っていたわけではなかったが、ゼールビスとも繋がりがあるというなら話は別だ。

リンに対する警戒度を上げなくてはならないし、本人は中華皇国出身と言っていたがそれが本当かどうかも怪しい。

もう少し彼の動向に注意を払わなければいけないと思い、行動を開始していた。

 

 

 そういう経緯があり、私は夜のサウス・ドルファンに繰り出していた。

夜の街に馴染むように化粧で変装を施し、三つ編みは解いて下ろす。変装のコンセプトは夜の街で遊び慣れている娼館の関係者で、普段とは違う服を選び印象も変えているので私だと気付く人はいないだろう。

クレアの働くバーのような品格のある店ではなく、場末の居酒屋を何件か渡り歩きながらリンの姿を探す。

ドルファンで女一人が居酒屋に行くのは珍しいが、今日の私の恰好ならばそれほど怪しまれる事は無い。

三件程店をまわり、その都度下衆な男たちの誘惑を断り続けてようやくリンの姿を見つけた。

 

そこはサウス・ドルファンの外れの安酒屋だった。間口がオープンになって半分外と繋がっている立ち飲み屋で、飲んでいる客達は皆ガラの悪い男ばかりだ。

一見した所、リンのような外国人傭兵や、炭鉱で働く鉱夫達、漁師、大工等、腕っぷしに自信のありそうな客ばかり二十人ほどが、狭い店内にいくつか置かれた丸テーブルの周りでお互いの肘がぶつかりそうな程ぎゅうぎゅうになりながら、安く粗悪なエールやワインをこれまた安物の素焼のジョッキで立ちながら飲んでいる。

私は目立たないように店に入ると、奥のカウンターの端に陣取り、ワインと適当なつまみを注文した。

前歯の抜けたこれまたガラの悪い痩せたバーテンが頷き、粗暴な造りの素焼きのカップに注がれた赤ワインのようなものと、何かの肉を干したものを三切れほど渡してきた。

出されたワインを一口飲んでみる。

葡萄の搾りかすのような物が混じっており、発酵の具合が悪いのかひどく渋くてアルコールの匂いがきつい。

もしもこれを飲むなら蜂蜜で薄めて飲むくらいしか解決法が見当たらないが、ここには蜂蜜は無さそうだ。

どちらにしろ酒を飲みに来たわけでもないので、チビチビと飲むふりをしながらリン・コーユーの観察を始める。

 

 リンは私には全く気付かず、仲間と思しき二人の男とぐいぐいとエールを飲んでは何やら大きな声で話している。

その言葉はドルファンの公用語のルーマン語ではなく、シベリア語でもない独特の言葉だった。

恐らく中華皇国の言葉だと推測されるイントネーションだが、詳しい事はわからない。

一緒に飲んでいる男達も制服こそ着ていないが、腰に剣をぶら下げているあたり傭兵なのだろう。

丸テーブルを囲んでリンの右隣の男は南国出身の特徴たる黒い肌をした外国人。左隣の男は恐らくリンのような東洋圏出身と思しき顔をしている。

何かを喚くように怒鳴りたてながら酒を飲むリンを、二人の男がなだめながら飲んでいるようだった。

 

少し意外だったのが、リンの飲み方だった。

私が知るリンは少なくとも傭兵とは思えないような臆病者で、ダンスが取り柄の腑抜けた男だったのだが、今酒を飲みながら大きな声で文句(のようなもの)を言っているリンは、傲慢で粗暴な、それこそ傭兵として王道をいくような素振りだった。

リンがどんな話をしているのかもう少し聞き取れないか考えていると、痩せたバーテンが話かけてきた。

 

「姉さん、ここらじゃあまり見ない顔だな」

 

私は頷いた。そして普段とは違う、斜に構えた喋り方で答える。

 

「ツケ払いの集金帰りでね」

「なるほどな」

 

バーテンは納得したようで何度も頷いていたが、やがて声を潜めて言った。

 

「だとしたら良くないタイミングで来たもんだ。悪い事は言わないから、それ飲んでさっさと出ていきな」

 

その目がチラチラと店内のテーブルを気にしている。

私は若干興味を惹かれて答えた。言葉遣いはジーンを参考にする。

 

「まだ一杯しか飲んじゃいない。なんだって追い出そうとするの。あたし程度の小銭はいらない程、この店は儲かっているって事?」

「そうじゃない」

 

バーテンはバツの悪そうな顔をして、眉根を寄せた。

そして酒を造る振りをしてカウンター越しに私の方に体を寄せると、小声で言った。

 

「この後、ちょっとした揉め事が起こる予定なんだ。怪我したくなかったら出ていきな。姉さんが美人なんで、これは俺の親切心からの忠告だ」

 

揉め事が起こる予定。おかしな話ではないか。揉め事は得てして突発で起こるものであって、これから起こる事をこのバーテンが知っているならその揉め事を引き起こすのがこのバーテンという事になる。

 

「興味深いな。あなたがそれを起こすの?」

「いや──」

 

バーテンが言いかけた時、後ろの席でテーブルが倒れカップや皿が割れる音が響いた。

それと同時にリンのテーブルの横で飲んでいた鉱夫らしき二人組の男が、リンに向かって声を荒げた。

 

「外国人風情が、表に出ろ!」

 

リンとその連れは一瞬驚いたように固まっていたが、すぐに怒鳴り返して素焼きのジョッキを鉱夫らに投げつけた。

鉱夫はそれを避けるとすかさずリンに向かって殴り掛かった。

リンは酔っている事もあり、また狭い店内で思うように動けずに鉱夫の拳を顔面に受けて吹き飛んだ。

テーブルに派手にぶつかってその上に載っていたものが大きな音を立てて散乱し、後ろで飲んでいた男にぶつかった。

 

「この野郎、外でやれ!」

 

その男がリンを蹴り飛ばし、その勢いでリンは無様に店の外へとゴロゴロと転がって行った。

酔っているとは言え傭兵とは思えぬ醜態を晒したリンは、外の道に這いつくばると連れの二人に支えられて立ち上がると激昂して叫んだ。

 

「ぶち殺してやろうか!」

 

血気盛んな鉱夫も黙っていない。

 

「やれるもんならやってみろ!」

 

叫ぶと同時に店の外へと飛び出し、リンめがけて再び殴り掛かった。

さすがのリンも今度はおいそれとそれを食らうようなヘマはせずに左手でブロックすると、すかさずカウンター気味の右拳を放つ。

左頬にそれを食らった鉱夫がすかさず反撃に出て二人は取っ組み合いを始めた。

それを眺めていたリンの連れの二人組だったが、もう一人の鉱夫が勢いよくタックルを仕掛けて黒い肌の男を組み倒したので、もう一人の東洋人らしき傭兵がその鉱夫に飛び掛かり、こちらももみくちゃの殴り合いが始まった。

まわりで飲んでいた客達は酒を片手にここぞとばかりに囃し立てているが、その声はほとんどがリン達を罵倒するものだった。

私はそれを呆れながら眺めつつ、同じように冷めた目で見ているバーテンに話しかけた。

 

「こうなる事がわかっていたようね」

 

バーテンは肩をすくめて見せた。

 

「その二人組の鉱夫は金を渡されているのさ。あの傭兵どもを、いや、あの偉そうな東洋人の傭兵を再起不能にしろと」

「誰が、何のため? 傭兵なんて相手にしたって何の得もないでしょう」

 

バーテンがまた肩をすくめる。

私はため息を吐いて金貨を一枚バーカウンターに置いた。

彼は素知らぬ顔でそれを拾うと、私のグラスにワインを注ぎ足しながら小さな声で言った。

 

「さてな。理由は知らないが、おかっぱ髪の背の高い男がオレに腕の立つ男を紹介しろ、と言うのであの二人を紹介してやったんだ。あの東洋人傭兵に恨みでもあるんじゃないのか」

 

おかっぱ髪の背の高い男。私の知る限りではリンと関りがある男でその特徴と一致するのは一人だけ。血煙のゼールビスに他ならない。

仮にその男がゼールビスだったと仮定して、なぜゼールビスは自分の子飼いであるリン・コーユーを痛めつけるのだろうか。

先日のリンダの船上パーティーの暗殺失敗の報復、もしくは口封じだろうか。

そんな事を考えつつ表の取っ組み合いを眺めていたが、なんと情けない事かリン達傭兵は数で勝っていると言うのに、鉱夫二人組に対して劣勢に陥っていた。

鉱夫達は日ごろの炭鉱掘りで鍛え上げられた丸太のような太い腕で容赦なくリン達を殴りつけ、傭兵達は鼻血まみれになっている。

大勢が決しようとした時、野次馬同然に酒の肴として喧嘩を楽しんでいた他の酔客達が息を飲んだ。

リン・コーユーが剣を抜いたのだ。

鉱夫があわてて声を上げる。

 

「てめえ、地区警備隊でもないのに街中で抜剣してタダですむと思っているのか!」

 

だがリン・コーユーは血まみれの顔に血走った目で、興奮した口調で言った。

 

「お前ら、騎士を愚弄しておいて今更何を言っていやがる」

「騎士だと? 外国人傭兵のくせに何が騎士だ!」

 

その言葉が引き金になり、リンが剣を振りかぶる。

いけない、と思った時にはもう遅かった。

リンの振り下ろした剣が鉱夫の首に食い込み、血が噴き出した。

 

「うわああっ!」

 

囃し立てていた酔客たちの声が悲鳴に変わり、我先にと逃げ惑う。

リンの仲間の二人もそれぞれ剣を引き抜いて、もう一人の鉱夫に刃を突き立ててていた。

 

「や、やりやがった! おい、誰か警備隊を呼べ!」

 

バーテンがカウンターから叫ぶ。

その声に気づいたリンとその仲間は抜いた剣もそのままに、あわててサウス・ドルファン駅とは反対の方向に走り出した。

一瞬後を追おうかと思ったがここで追跡をすれば周りの人間に怪しまれるのは間違いない。

追いかけたい気持ちをこらえてせいぜい今起きた出来事に戸惑う一般人の演技をしてみせるが、この結論もゼールビスの差し金なのだろうか。

だとしたら、ゼールビスは何がしたかったのだろうか。

道端に鉱夫の遺体だけが血だまりの中で無造作に転がっていた。

 

 

 その週の週末に、ウィークリートピックスにその事件の事が書かれていた。

外国人傭兵ら三人が民間人二人を口論の末殺害し、逃走。二時間後に地域警備隊に逮捕されたといものだった。

リン・コーユーを含めたあの傭兵三人は逮捕されたという事だ。

これはゼールビスの口封じだったのか、はたまた何か他の意図があるのかわからないが、間違いなく背後で手ぐすねを引いているのはあの男だ。

あの裏切り者の暗躍にこれからはより一層の注意をしなければならないと思いつつトピックスのページをめくると、この事件を契機に外国人傭兵部隊の徴募を終了するという記事を見つけた。

現在私の故郷であるスィーズランドを通して募集をかけていた外国人傭兵の採用を終了するという事だ。

これは、最近感じていたドルファン正規軍の勢力の拡大と、外国人傭兵部隊の質の低下、両方が背景にあるだろうし、今回の事件で一般市民からの外国人傭兵への風当たりがきつくなるであろう事は容易に想像できる。

そしてその裏には旧家の両翼、とりわけピクシス家の意向が隠れていると言っていいだろう。

 

もともと外国人傭兵部隊を募集する法案を通したのはピクシス家ではあったが、それはドルファン国軍の弱体故の緊急措置だったはずだ。

ここに来て正規軍が威光を取り戻してきているならば、極右的な思想のピクシス家当主アナベル卿がこれ以上の外国人の流入を許すはずがないのだ。

今外国人傭兵の徴募をやめたからと言って、ドルファン国軍の大勢に影響があるかと言ったら、それはほとんど皆無であろう。

だが、この小さなニュースが後のドルファン王国軍と外国人傭兵部痛に、そしてあのヒューイ・キサラギを取り巻く環境に大きな変化をもたらす事になるとは、私も含め誰も想像だにしなかった。

 

 

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