小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
リン・コーユーら外国人傭兵が民間人殺害で逮捕され外国人傭兵の徴募が終了した一週間後に、王室議会は外国人傭兵部隊の一部を解雇する旨を突如発表した。
ドルファンは戦力補強の為に度々外国人傭兵の徴募を行ったが、ヒューイのような第一次徴兵を除いた第二次徴兵以降の傭兵に関しては七月末日で契約を終了し、解雇するという一方的なものだった。
これに対し既存の傭兵部隊は、もちろん猛抗議をしたし一部の傭兵達が座り込みを実施したりしたが、結局はドルファン王室議会のゴリ押しと正規軍の圧倒的な数の前に撤退せざるを得ず、外国人傭兵部隊は大幅に縮小される事となった。
結局、八月になり外国人傭兵部隊は第一次徴兵の生き残り達総勢百余人の小さな部隊に成り下がってしまっていた。
これがヴァルファバラハリアンにとって良いニュースなのか悪いニュースなのかは判断に困る所だが、仕事にあぶれてしまった傭兵達は、この異国の地でどうやって生きて行けば良いのだろうか。
そんな外国人傭兵達の様子を見ようと私は日曜の午後に城東大通りを歩いていた。
真夏の太陽がじりじりと地面を照らしているが去年の夏に比べれば幾分過ごしやすく、ウィークリートピックスによれば今年は異常な程の冷夏だという事だ。
それでもまったく暑くないわけはなく、私は日傘を持ってこなかった自分を呪いながら日差しを避けるべく街の角を曲がろうとした。
その時、丁度角の向こうからこちらに曲がってきた人影があり、私は危うくぶつかるところを間一髪避ける事が出来たが、相手の方はしりもちをついてしまった。
相手は地面に手を着いたまま「ごめんなさい」と慌てて言った。
その声は女性の物でどこか湿っており、今にも泣きだしそうなのを必死にこらえているような声だった。
聞き覚えのある声だったので顔を覗くとそれはあのプリシラの侍従でそばかすが特徴的なプリムだった。
「プリム」
私が言うとようやく顔を上げてこちらに気づいた様子のプリムは、悲壮な声で言った。
「あ、ライズさん。ごめんなさい、怪我はありませんか」
丁寧な言葉とは裏腹なその必死の形相に若干気圧されてしまう。
「え、ええ。大丈夫よ。そんなに急いで、どうしたの」
「祖母が……」
言いながらプリムの瞳が涙で揺れた。
「祖母が……亡くなってしまい……私、病院へ行かないと」
「落ち着いて」
私はプリムの肩に手を添えて、なるべく穏やかな声で語り掛けた。
「泣きながら走ったら危ないわ。それに、あなたは今とても取り乱している。ちょっと待って、今馬車を……」
私は言いながら通りの方を見た。
幸いな事に流しの馬車が通りかかったので、手を上げて合図をする。
馬車がこちらに気づきゆっくりと近づいてくる間にプリムに手を貸して助け起こす。
プリムは茫然とした表情のまま立ち上がり、私が差し出したハンカチを受け取り涙を拭った。
「あ、ありがとうございます……」
こちらを見ずに俯いたまま呟いたプリムの肩はどうしようもないほどに震えていた。
祖母を亡くしたという事のようだが、それにしてもこの取り乱し様は少し行き過ぎではないか。
そう思いながらも明らかに平静を失っているこの状態のプリムをこのまま見過ごすわけにもいかないだろう。
馬車が私たちの前まで来たのでプリムを先に乗せて私も乗り込んだ。
「どちらまで」
中年の男性御者が客車の窓越しにのんびりとした声を投げてくる。
「ドルファン中央病院でいいの?」
プリムに聞くと彼女は虚ろな瞳でこくりと頷いた。
「中央病院まで、急いで!」
私が御者に声を投げると馬車は私の要望と裏腹にゆっくりと走り出した。
徐々に速度を上げていった馬車の軽やかな蹄の音を聞きようやく安心した私は、改めて隣に座っているプリムを見た。
よく見れば王室のメイド服のままだし、一報を受けて慌てて飛び出してきたのだろう。
目元の涙はすでに乾いており瞼が腫れていた。
プリムは私のハンカチを握りながらようやくこちらを申し訳なさそうな顔で見た。
「すみません、取り乱してしまって」
私は首を振ってみせた。
「無理もないわ。……大切な方のようね、そのおばあ様は」
私の言葉に乾いていたプリムの瞳がまた少し濡れたように見えたが、彼女は必死に涙を堪えながら言葉を紡いだ。
「私……両親が共働きで留守がちだったので、祖母に育てられたようなものなんです」
リズミカルに響く蹄の音に耳を傾けつつ、流れていく車窓の景色を見つめながらプリムは続けた。
「祖母も元々は王宮の侍女でした。しかも、第一王子様専属だったんです。すごいですよね」
プリムの祖母くらいの年齢で王宮の第一王子専属だったという事は、一般的に考えれば現国王であるデュラン・ドルファンの侍女だったという事だ。
そうであればプリムは〝現国王の専属侍女〟と言うのではないだろうか。だが、あえて第一王子という遠回しな言い方をするのは今一つピンと来ないし、万が一という事も考えられる。
しかし、プリムは窓の外を眺めたまま言った。
「祖母は王宮での仕事に誇りを持っていました。私はそんな祖母に憧れて同じ仕事を選びました」
プリムは視線を落とし、手元のハンカチを見つめていた。
「ライズさん、すみませんでした……少し落ち着きました。ハンカチ、洗って返しますね」
「気にしなくていいわ。それよりも、もうすぐ病院につくけれど大丈夫」
「……正直、冷静に受け止められる自信はないです。でも、向き合わなければいけない事ですから」
そう言ったプリムの手はまだ少し震えていた。
戦争で誰かが死ぬことなど当たり前の環境で育った私からしてみれば、プリムの気持ちはまったく理解出来ない。
プリムの祖母は少なくともプリムのような孫に恵まれる年齢まで生きられたのだから、幸せな人生だったのではないか。
そんな幸せな人生を生きられた人が亡くなったのだから、プリムが悲しむ必要など無いのではないか。
だがそれは私の主観であって、プリムの気持ちではない。
私はドルファンに潜入している中で、自分の主観を相手に押し付ける事は愚かな事だと言う事、色々な人が色々な事を感じて考えているという事を理解したと思っている。
私はプリムの震える手にそっと自分の手を重ねた。
「あなたが望むのなら、何かをしてあげられるわけではないけれど隣で見ていてあげる事くらいなら出来るわ」
私の言葉にプリムは驚いたように顔を上げた。
そして私の手の下でぎゅっと拳を握ると、声にならない声を絞り出して言った。
「ライズさん……ありがとうございます。ご迷惑でなければ、一緒に行っていただけますか」
ドルファン中央病院に到着して案内されたのは病室ではなく、個室になっている遺体安置所だった。
窓がなく、小さな燐光灯の頼りない灯りに照らされて、簡易なベッドにプリムの祖母は安置されていた。
胸の上で手を組んで、その手の上に見るからに安物の真鍮製の十字架が載せられていた。
死亡診断をした医師から、昨日の夜に容体が急変して、措置はしたものの今朝方息を引き取った旨が説明されたが、プリムの耳には入っていまい。
プリムは祖母の遺体を目の当たりにすると、すがりつくように泣き始めた。
私はそれを眺めつつ、彼女の背中をさする以外にする事が無かった。
そういえばプリムの両親を始めとした他の親族が来ていないなと思っていた時、部屋を出て行った医師とすれ違いに男が二人入って来た。
先に入ってきた方は背の高い痩せ型の中年で、眼鏡をかけた至ってどこにでもいそうな男だ。その後に続いて入って来た男は前の男よりも少し若く、長く茶色い髪の毛を後ろで結び、私の姿を見つけるなり言いようのない敵意をぶつけて来た。
「プリム」
私が声をかけると、プリムは涙で濡れた顔を上げて二人の男を見た。
そして、やや疲れたような声で言った。
「ああ、来て下さったんですね……」
先に入ってきた男が胸の前で十字を切り、プリムの祖母に跪いて祈りを捧げてから低く落ち着いた声で言った。
「お悔やみ申し上げます、プリムさん。私達も先ほど知らせを受けたばかりで驚いています」
「……ありがとうございます。両親もこちらに向かっているそうですが、何分ウエールから来ますので、到着は夜になるかと思います」
「そうでしたか」
男は頷きながら眼鏡を右手でかけ直すと、ちらりとこちらを見た。
「プリムさん、こちらの方は?」
「私の知人です。お気になさらず、お話を続けていただいて構わないですよ」
プリムが言い切るので、男は少し戸惑った様子だったが、話を続けた。
「それで、例の手記についてはどうしましょうか。我々としては、国立図書館で一般公開するのが良いと思っていますが」
例の手記。
なんとも不穏な響きを持った言葉に興味をそそられるが、私はプリムの隣で飽くまでも彼女に寄り添う為に来た知人を演じ続ける方が良さそうだ。
プリムはさして考える様子もなく答えた。
「その方法で良いと思います。広く一般に公開する事が、祖母の願いでもあると思うので」
「素晴らしいお志と思いますよ。レイス様にも良い手向けになるかと思います」
男はそこで初めて微笑みを浮かべた。
私はプリムの背中に手をまわしながら、今の言葉を胸に刻んだ。
レイスというのはプリムの祖母の事だろう。
そして例の手記というものを国立図書館で一般公開をする、という。
それはつまり、その手記は何かの資料となり得るものであり、公開する価値があるものという事になる。
その手記には興味が沸くがそれよりもこの男二人が何者かという事も気になる。
プリムとは知った間柄のようだが、決して親し気な雰囲気は感じない。
眼鏡の男は一見温和そうな雰囲気を醸し出しているが、もう一人の男は私をずっと睨みつけている。
ここまで剥き出しの敵意をぶつけられるというのは珍しい。
どうもこの場に招かれざる立場にあるようだし、調べたい事も出来た。
「プリム、私はこのあたりで失礼させてもらうわ。どうか気を落とさないで」
私が切り出すとプリムは私の手を取って、強く握った。
「ライズさん、本当にありがとうございました。このお礼はいつか必ず」
「気にしないで。おばあ様のご冥福をお祈りしているわ」
深々と頭を下げるプリムと男二人の怪訝な視線に見送られながら私は安置所を後にした。
それから小一時間ほどして、例の男二人が病院から出てきた。
私は目立たない場所からそれを監視しておりすかさずその二人の尾行を開始する。
二人は周りを気にするような素振りは特に見せずにフェンネル方面へと歩いていく。
少し距離を置きながら後を追っていくが、二人は時折二、三言言葉を交わすのみでそれほど親し気な雰囲気もなく目的地へと歩いているようだった。
この二人はどうも友人といった関係でもなさそうだ。
三〇分程尾行を続けると、やがて街外れへと入っていき人通りの少ない通りにポツンと立つレンガ造りのこじんまりとした館へと入って行った。
少し離れた建物の物陰からそれを見届けた私は、手帳を取り出して住所の照会を始めた。
こういう時の為に色々な勢力の本拠地や隠れ家などを調べ上げてあるのだ。
手帳に書いてある住所をなぞっていくと、まさに該当の住所にぴったりと当てはまるものを見つけた。
あの男二人が入って行った建物は、左派の反体制組織として名高いヴァネッサ派の中で穏健派となるテラ・ヴァネッサの本拠地であった。
穏健派とは言え反体制主義であるテラ・ヴァネッサの構成員とプリムが一体どんなつながりがあるというのだろうか。
もちろんプリム自身がテラ・ヴァネッサの一員という可能性もあるが、王宮の侍女になるにはそれなりに身辺が綺麗である必要がある。
入城する際に素性は調べられているだろうし、ましてや王女の専属となれば反体制主義者を採用するのは考えられない。
そうなるとプリムと彼らをつなぐのは『例の手記』という事になる。
それを国立図書館で一般公開する事が『素晴らしい志』の行為で、亡くなったプリムの祖母への手向けにもなるという。
左派の反体制主義が素晴らしいと賞賛する内容の手記とは一体どんなものなのだろうか。
まあこの疑問に関しては、手記が一般公開されたら読んでみればいい。
そんな事を考えながらしばらく館を監視していたが、男達は出てくる気配がない。
これ以上は有益な情報を得られる見込みもないので学生寮に帰る事にした。
帰り道の途中、サウス・ドルファン駅前でアルバイトの女性が新規オープンした花屋の広告チラシを配っているのを見かけた。
そういえば以前この場所でプリシラの偽王女説を流布するチラシが配られていた事を思い出す。
そしてその日に不自然に私服で街に出ていたプリム。
もしも彼女が反体制主義とはいかないまでも左派の思考を持っているとすれば、その点と点は繋がってしまう。
だとすると、今回の手記というものは、ドルファン王家に関する何かの告発本の類の可能性が出てくる。
これは手記の中身を、一刻も早く確認する必要があるかもしれない。