小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
「王宮の幽霊?」
私はカップを持つ手を止めて、思わず聞き返してしまった。
「そう、王宮内に出没する幽霊よ!」
興奮気味に言うプリシラは、壊しかねない勢いでテーブルを叩いた。
私は至って冷静に紅茶を一口飲んだ。
今日はカモミールティーの様だ。プリムが淹れてくれるお茶は、いつ飲んでも素晴らしい。
だが、当のプリムは紅茶を淹れたと思ったらすぐに離席してしまった。
「なんだか最近元気がないのよ。おばあ様が亡くなったそうだから、無理もないんだけれど」
プリシラがそんな事を言っていたが、少なくとも仕事には来ているようで少し安心した。
今日はプリシラに緊急の用があるからと王宮に呼び出されたので、仕方なしにいつものルートで忍び込んだ私は、いつもの通りにプリシラの部屋でお茶を飲みながら話を聞きに来ていた。
今回の用件を要約すると、最近王宮で幽霊を見た人が続出しており、気味が悪いのでその正体を突き止めたいという事だった。
「幽霊なんて、本気で信じているの?」
私が言うと、プリシラは露骨に不貞腐れて見せた。
「わたしだってそんなの信じていないけれど、結構な人数が見たって言うのよ」
そう言いながら一枚の紙を差し出してくる。
ため息まじりにそれを拾って見る。
それは近衛兵へ向けたチラシのようであった。
「幽霊を捕らえた者、追い払った者に金一封を進呈す」
内容を暗記しているのか、私が目で内容を追うのと同時にプリシラが読み上げる。
「信じられる!? こんな幽霊なんかに賞金が懸かっているのよ!」
私は黙って紅茶を啜った。
王宮の近衛兵ともあろう者達が幽霊などという実態もないようなものに賞金を懸けるとは、なんとも滑稽な話しではないか。
私の冷めたきった反応にプリシラは不満そうに口を尖らせた。
「ちょっと、そんな他人事みたいな態度取っているけれど、ライズだって当事者の一人なんだからね」
意外な言葉が飛び込んできたので、私は片方の眉がピクリと反応するのを感じながら答えた。
「なぜ、私が当事者の一人なのかしら」
「だって、王宮の幽霊の正体は今は亡きデュノス公ではないかって噂で持ち切りなんだから」
プリシラの言葉に、私は思わず今日一番大きなため息を吐いてしまった。
「馬鹿馬鹿しいわ。生きている人間がどうやって化けて出るというのよ」
「そりゃあ、私もライズもデュノス公が生きているのを知っているからそう思うけれど、この国のまっとうな教育を受けた国民の間ではデュノス公はとっくの昔に故人になっているんだから」
「だから尚更馬鹿馬鹿しいと言っているのよ。民草が死んだと思い込んでいる人の幽霊に賞金が懸けられるなんて、とんだ笑い話だわ」
私が吐き捨てるように言うと、プリシラは私の向かいのソファに腰かけて頬杖をついた。
「だからこそ、幽霊の正体は何なのかしら。それこそすごい昔から伝わるこのお城に住み着いた悪魔かもよ」
正体も何も、幽霊なんて非現実的なものは存在しない。
「下らないわ。大方噂に踊らされた人たちが、風に揺れるカーテンでも見間違えたのでしょう」
「夢がないわね~」
プリシラは私に負けず劣らずのため息を吐くと、テーブルに身を乗り出した。
「ねぇねぇ、気にならない? 幽霊の正体! 火の無いところに煙は立たぬって言うでしょう」
私は変わらず紅茶を一口。
実は最初からこうなる事はわかっていたのだ。
この好奇心の塊のようなお姫様が、私を城に呼び出して幽霊の噂話を切り出した時から、こうなる事は予測出来ていたのだ。
そして、その為に私を呼びつけたのだという事も。
「一応聞いておくけれど、それを断ることは出来るのかしら」
私の言葉にプリシラは満面の笑みで答えた。
「あなたに拒否権は無いんだからね!」
噂の幽霊が出没するというのはプリシラの部屋から出た廊下の先をしばらく行った所で、三階へと続く階段を上り切った廊下の当たりだという事だ。
そもそも王城の廊下、ましてや国王や王女の部屋に面した廊下というものは、賊や敵の侵入を防ぐ意味で窓を設けていない内廊下になっている事が多い。
ドルファン城のこの区画も例に漏れず明かり取りの窓すらない廊下の為、等間隔に設置された燐光灯の明かりしか無く、その肝心の燐光灯も光源となる燐光石が小さいせいか頼りない光しか放っておらず、まだ夕方の時間だというのに数メートル先も良く見えない薄暗さだった。
「いつも歩きなれた廊下でも、なんだかちょっと薄気味悪く感じるわね」
私の後ろに隠れて私のワンピースの裾を掴んで離さないプリシラは、いつもの明るい口調ではなく若干低い声で言った。
洋服が伸びてしまうので放してもらいたいところだが、プリシラは一向に服を放す気配はない。
「ねえ」
「きゃあ!!」
私が声をかけると、何故かプリシラは小さく悲鳴を上げた。
慌てるプリシラに私はため息を吐きながら言った。
「前に森林区に行った時にも思ったのだけれど」
「な、なによ?」
「あなた、本当は幽霊の類が苦手なのではないの?」
「はあ!? なに言っているのよ。私はこの国の王女よ! 幽霊なんて怖いわけがないでしょう!」
「王女だから幽霊が怖くないというのは、理にかなっていないわ。そもそも、そんな存在すらしないものをよくもそこまで怖がる事ができるわね。うらやましいわ」
「あんたが無感情すぎるのよ! 幽霊が怖くない人の方が少数派なんだから! 絶対に!!」
そう言って私の服を上下に引っ張る。
「これ以上服を引っ張るなら、帰らせてもらうわ」
「きーっ! いつかあんたのその鉄仮面を引っぺがしてやるからね!」
そもそもの趣旨が変わってきている事は一旦脇に置いておくとして、プリシラは服を持つ手をようやく放してくれたが、今度は私の左腕にしがみついてきた。
いざという時に素早い動きが出来なくなるので心底嫌だが、服をこれ以上引っ張られるよりはいい。
私は動きづらさに辟易としながら、廊下を進みだした。
燐光灯のわずかな明かりは薄ぼんやりとしており、足元の赤い絨毯の色すら明確に判断するのは難しい。
きょろきょろとあたりを伺いながら腕にしがみつくプリシラ。
いい加減歩きづらく文句を言おうとした時、少し先にゆらりとゆれる何かが見えた気がした。
見間違いだろうかと思い立ち止まる。
「な、ななな、なに?」
プリシラが私に身を寄せながら廊下の先を凝視する。
そして次の瞬間、私の耳元で鼓膜が破れんばかりの金切り声を上げた。
「きゃあああああ!! でたでたでたでた、出たーっ!!!!」
そう言ってプリシラが指さした先には、確かに不可解な何かがいた。
黒い闇の中にゆらゆらと揺れる怪しい光。
形が定まらないそれは左右に揺れると、文字通り煙のようにふっと姿を消した。
「あ、もうダメ……」
そう言ってプリシラが膝から崩れ落ちた。
「ちょっと!」
慌ててプリシラを抱きとめる。
恐怖のあまり気を失ったのか、プリシラは目を閉じてぐったりとしていた。
私はその場にプリシラを寝かせると、立ち上がって先ほどのゆらゆらと揺れる光の方へと歩み寄った。
あの不可思議な光の影は、確かに私も見た。
だが幽霊なんてものが本当に存在するというなら是非にもその存在に触れてみたいものだし、私の父であるデュノス・ヴォルフガリオの名を汚すような輩であるのなら、それなりの対応をしなくてはならない。
薄闇の中を目をこらしながら進んでいくと、不意に不思議な匂いを感じた。
どこかで嗅いだことのあるような香りで、少し焦げ臭さを感じる。
これは夏至祭や葬儀の際に使用する、故人の魂を彼岸に送る為の香草を焚いた匂いではないだろうか。
その匂いは左手の壁の方から流れてくる。
その辺りは丁度燐光灯の明かりが届かない位置でまわりより暗く、手探りで進もうと思った時、目の前が一瞬で明るく照らされた。
突然の閃光に顔の前に手をかざして薄目を開いていると、女の声が聞こえた。
「あーあ、大体の人はこれで怖がって帰ってくれるんですけれどね」
聞き覚えのあるその声。
だが、私はどこかこうなるであろうと思っていた。
どうにか目が光に慣れてきて、僅かにその光の方に声の主の姿が見えてくる。
右手に煌々と輝くカンテラを、左手には持ち手のついた香炉のような物を持ち王宮の侍女の制服であるメイド服を纏ったその女性。
緑がかった茶色の三つ編みお下げ髪に、鼻のまわりには特徴的なそばかす。
プリシラの専属侍女であるプリム・ローズバンクがそこに立っていた。
プリムは私を見つめながら、少し寂しそうに笑顔を浮かべた。
「馬鹿みたいでしょう。あれだけ大騒ぎしたものの正体が、こんな幼稚な仕掛けで……」
近衛に賞金まで懸けられた幽霊の正体というのは、香炉の煙にカンテラの光を投影しただけのものだったようだ。
プリムは使われていない暗い部屋の隙間から香炉の煙を流し、それにカンテラの光を当てて幽霊を演出していたのだ。
「すぐに正体は明かされると思っていましたが、まさかこんなに見つからないとは思いませんでしたし」
プリムは言いながら苦笑いを浮かべた。
「まさか見つかるのがライズさんだとは思ってもみませんでした」
「プリム……」
言いながら俯くプリムを見つめつつ、私は言葉を続けた。
「なぜ、こんな事を」
「私は……いえ、祖母は、デュノス様を亡き者として扱ったこの城の住人たち、権力の亡者たちにデュノス様の無念を教えてやりたかったんです」
「おばあ様の手記の事ね」
私の言葉に、プリムが息を飲んだのがわかった。
「なぜ、ライズさんがあの手記の事を?」
私はどう答えたものか一瞬考えたが、正直に言うのはリスクが高いと判断し、咄嗟に言い訳を考えた。
「あなたと病院に行った時の会話が少し気になって、一般公開になった日に一番に読みにいったの」
「そう……だったんですね」
プリムはさして疑念を持つ事もなかったようで、暗い口調で続けた。
「だったら、ライズさんはもうご存じですよね。本当はデュノス様は生き延びていらっしゃって、どこかできっと復讐の刃を研いでいると」
「……証明するものがないわ」
「いいえ、それこそが祖母の手記です」
プリムはそう言い切ると、私の目を見て強い口調で言い切った。
「ライズさん、お願いがあります!」
「プリム?」
「私をこの騒ぎの張本人として告発してください」
プリムの口から出た言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「待って、そんな事をすればあなたは近衛に逮捕されてしまうわ」
「はい。それを望んでいます」
「何を……あなたのやった事は決して軽い罪にはならないわ。王室を騒がせたのが王女の直属の侍女なんて事が判ったら、最悪、極刑になるかもしれない」
そう、これは無垢な子供の悪戯では済まされない。
この香炉の煙が葬送の儀式に使う香草でなかったら、もしも毒草の類であったなら王女を暗殺出来ていた。
その可能性がある行為を行ったのが王室の侍女である以上、厳罰が下されるのは間違いない。
だがプリムは私の言葉に深く頷いて答えた。
「いいんです。どんな刑が与えられるかはわかりませんが、王室裁判の場で裁かれる事は間違いないです。私はその場で声高らかに叫んでやります。罪の意識が薄らいだ人々に、デュノス様と祖母の無念を」
プリムの目にカンテラに照らされた涙が光った。
「それが……亡くなった祖母への恩返しです」
「あなた……」
私は返す言葉見つからず、やるせなさと同時に唾を飲み込んだ。
カンテラを持つプリムの手は震えており、その悲愴な覚悟がにじみ出ていた。
「さあ、ライズさん。行ってください。どの道、幽霊の正体は遅かれ早かれ暴かれるつもりでした。その場で切り捨てられる可能性もある中で、ライズさんに見つかったのは逆に神の思し召しだったのかもしれません」
「……本当に、いいのね」
「はい」
私は唇を強く噛みながら、振り返ってプリシラの方へと足早に歩いた。
その後、プリシラの頬を軽く叩いて覚醒させ、簡単に事態を説明した。
プリシラは驚きのあまり声を失っていたが、少しして何かを悟ったように階下へと戻り、近衛兵を呼び出した。
私はプリシラの部屋に隠れながら、ドアを薄く開けて様子をうかがった。
やがてぞろぞろと列になって歩く近衛兵達に連れられて、手枷を嵌められたプリムが廊下を歩いて行った。
プリシラの部屋の前を通り過ぎる時、プリムは確かにこちらを見た。
そして私と目が合うと、わずかに微笑んで見せた。
その笑顔は何かを諦めた悲壮感と、これから告発する事への覚悟を秘めた、物悲しい笑顔だった。