小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
プリムが逮捕された次の日の昼に、私とプリシラは人通りの多いサウス・ドルファン駅前を避けて、比較的人の少ない国立公園のベンチに並んで座っていた。
「プリムの事は……率直に言って、残念だったわ」
プリシラはベンチから公園の広場で地面を突いている鳩を見つめながら呟いた。
私も見るともなしに鳩を眺めながら答える。
「ローズバンク手記が禁書になってしまった以上、あれが彼女の最善だったのでしょう」
「ローズバンク手記、ね。わたしは中身を読んでいないけれど、旧家の両翼の反応を見れば大体の想像がつくわ」
プリシラは立ち上がり、空に向かって手を伸ばしてみせた。
「わたし、プリムがデュノス公の侍女だったレイス・ローズバンクの孫だって事は知っていたの」
私は答えず、黙ったまま頷いた。
プリシラはこちらを見なかったが、そのまま言葉を続けた。
「だからあの娘がわたし、と言うか私達王宮の人間を嫌っている事も知っていた。でも、デュノス公を亡き者にしようとしたのも、レイス・ローズバンクを貶めたのも、全部私達王室議会だもの。だから、せめて私があの娘の怒りの矛先になる事で少しでもあの娘が前向きに生きられるようになればと専属侍女に指名したのだけれど、上手くいかなかったみたい」
果たしてプリシラがそこまで責任を負う必要があるのかは疑問が残るが、彼女が王族の人間としてそれを自ら引き受けようとした事は評価出来る。
プリシラは上辺だけの権力を笠に着るようなタイプの王族ではないのだ。
王家の血が流れていなくとも、彼女の精神は立派に王族だと言えるし、その在り方は素直に尊敬に値する。
そんな事は露知らず、そこに何があるのかわからないが一所懸命に地面をついばみ続ける鳩。
プリシラは振り返って私の方を見た。
その目はいつものプリシラとは違い非常に真剣で、それでいて助けを求めて訴えかけているように見えた。
「あの娘、このままじゃ消されてしまうわ」
鳩が何かに反応したように一斉に羽ばたいていった。
私はプリシラの視線を受け止めながら、低い声で答えた。
「どういう事かしら」
「証拠があるわけではないし絶対にそうだとは言い切れないけれど、旧家の両翼、とりわけピクシスはプリムの存在を良く思っていないと思う」
それは、そうであろう。
ローズバンク手記を禁書にしたのも、私の父であるデュノスを亡き者として歴史の闇に葬ったのも、ピクシス家の陰謀によるものだ。
レイスの孫娘がこのタイミングで事件を起こしたのならば、それはピクシスの策略に対する抗議活動に他ならないのは事情を知る者であれば子供でもわかる。
「ピクシスがプリムを真っ当な裁判の場に立たせる事は、残念だけれど絶対に無いと思う」
プリシラの見立ては凡そ正しいと言っていいだろう。
冷静に考えてみればピクシス家の現当主、アナベル・ピクシスの性格を持ってすれば、それは至極当然だ。
この国に潜入した二年あまりですら、アナベル・ピクシスの苛烈な性格は十分に理解できたつもりだ。
愛国心が強すぎるのか、国王すら凌ぐ絶対的な権力の所為なのか、彼の判断は極端で直接的すぎるきらいはある。だが、それはいつも〝正しい国の運営〟としては的確だし、国を守る貴族としてあるべき姿とも言えるだろう。
物心ついた時からそのピクシスを近くで見て来たプリシラの言う事ならば、尚更説得力があるというものだ。
「私はプリムが裁判に立てないように、秘密裏に消されてしまうと確信しているわ。だから、ヴァルファバラハリアン八騎将としてのあなたに意見を聞きたいのだけれど、ライズだったらどんな手を使う?」
私は少し考えてみる。
プリムは今王宮の獄中に捕らえられている。
罪状は明らかだし、当の本人も罪を認めている。
順調に進めば、裁判はすぐに行われる。
それまでにプリムを黙らせ、なおかつ王室議会やピクシス家に嫌疑がかからないようにするにはどうすれば良いか。
誇り高き我がヴァルファバラハリアンでは行わなかったとしても、今まで出会ってきた数々の敵対勢力ならどうするだろうか。
色々な可能性を考慮してみるが、やがて一つの結論に至った。
「恐らく自害を装うと思うわ。獄中で自害をしたのならば、それを他殺だと疑う人はほとんどいない」
私の言葉の含まれる残酷な響きに、プリシラの手がわずかに震えたのがわかった。
だが、私は言葉を続ける。
「外傷が残るような方法は他殺の疑いをかけられる可能性もあって選べないはずから、実施するなら証拠が残りづらい毒殺が選ばれると思う。食事にでも毒を混ぜて息の根を止めてしまえば、あとは本人が隠し持っていた毒物による服毒自殺と公表すればいい」
プリシラは黙ったまま、固唾を飲んでこちらを凝視していた。
先ほど飛んで行った鳩たちが、群れを作って右へ左へと飛んでいる。
私は手袋の人差し指で口元を抑えながら、考えを言葉として発していく。
「実行するなら、早ければ早いほど自害に説得力が出るわ。牢獄の食事は、いつ支給されるの?」
「わからないけれど、多くても一日二食だと思う」
「朝食に毒を混ぜられていたら、もう手遅れだわ」
「プリムは私の毒見も兼ねていたから、毒物には敏感だと思う。食事に混ぜられていたら、きっと吐き出して食べないはずよ」
「そうなれば実力行使をされるかもしれない。毒を飲ませる方法は……色々な方法があるわ。とてもあなたに説明は出来ないけれど」
私はそこまで言ってベンチから立ち上がり、プリシラの向かいに立った。
そして強い口調で言った。
「正直に言って、プリムが告発を望んだ時に彼女の覚悟に圧されて言われるままに動いてしまった事を後悔しているわ。私はプリムがお父様やレイスのように、歴史の闇に葬られるのを黙ってみていたくない」
プリシラは私の言葉に若干の戸惑いを見せながらも頷いて答えた。
「そう言うならわたしだって同じ気持ちよ。こうなるって判っていたのに、それしか出来なかった。これ以上王室議会の犠牲になる人を増やしたくない。だって、他ならぬわたし自身がその被害者だもの」
私たちはお互いの目をみて頷き合うと、王城の方へ向けて歩き始めた。
王城に戻る道すがら作戦を立てた私とプリシラは、いつものルートで城に忍び込むと一旦プリシラの部屋で準備を整え、王城内の人目につかないように注意を払いながら、地下に設置された牢獄へと急いだ。
王城の牢獄というのは、実はあまり使う機会がない。
一般的な罪を犯した者を幽閉するのは地域の警備班の詰所であり、そういった場所には犯罪者を留置しておく留置場がある。
そこから裁判を受けて刑罰が決定すると、一般的には裁判所に併設された刑務所へと連行され、そこで投獄されるのだ。
だが、プリムのように王宮内で罪を犯し近衛兵に逮捕された者は、その一般的な応動とは異なり、この王宮内の地下牢獄に留置されるという事だ。
戦時中とは言え比較的平和なこのドルファン首都城塞において、この牢獄が使われる機会はほとんどなく、警備の目もそれほど厳しくないのではないか、と言うのはプリシラの弁だ。
王宮の中をプリシラが闊歩するのはおかしな事ではないので、彼女はいつものシルクの普段着で前を歩いていた。
私は大変不本意ではあるが、王宮の侍女の制服であるメイド服を纏い、その後ろを静々とついて行く。
一応おかしな構図ではないし、誰がどう見ても、王女とお付きの侍女が何か用事があるように見えているはずだ。
「どう、わたしの完璧な計画は」
プリシラが少し振り返って小声で言う。
私はあくまでも侍従らしく少し頭を下げながら、返事をせずに手にした白いシルクの布を整えた。
この布の下にはプリムを救出する為の道具一式を入れた袋がある。
「あ、やだ」
プリシラがボソッと呟く。
「ライズ、ちょっと面倒なヤツが来たけれど、上手く誤魔化してよね」
そう言ってすました態度で歩いていたプリシラを、一人の初老の男性が低い声で呼び止めた。
「これは、プリシラ様。どちらにお出でですかな」
「おほほ、ちょっと場内を散歩していましたの。ここの所、運動不足で」
「プリシラ様が運動不足とは意外ですな。王城を抜け出すだけでも大した運動量とお見受けいたしますが」
「お、おほほ、冗談がお上手ですこと……」
いきなり旗色の悪い状況になっているではないか。
私は伏目がちにしていた視線を、気取られる事のないように慎重にその男の方へ向けた。
男は灰色がかったグレーの髪を綺麗に整え、同じ色の口元の髭、そして顎鬚もしっかりと整えている。
太い眉毛は吊り上がっているが、鋭い眼光を放つ目は少し垂れ目気味だ。
軍隊の将校、取り分け佐官以上の階級専用の緑色の制服を身に纏っている。
私の視線に気づいたのか、その男がこちらを見て言った。
「おや、新しい侍女ですかな。あまり見た覚えがないような……」
プリシラが慌てて言う。
「そう、そうなのよ。新入りの侍女に散歩がてら場内を案内していたのよ」
「なんと、プリシラ様自らそのような事をしていらっしゃるのですか」
「だから運動不足解消も兼ねているのよ!」
「ほう……」
男は私の方に不躾な視線を送ってくるが、私はあくまで侍女らしく視線を上げずに目を伏せていた。
「ふむ、まあ良い。くれぐれもプリシラ様がやんちゃをなさらぬよう、見ておいてくれよ」
「ちょっと、どういう意味よ!」
プリシラが声を荒げると、その男は苦笑しながら私達とは反対の方向へと歩いて行った。
その背中を見送るとあからさまに安堵のため息を吐いたプリシラは、こちらを見て呟いた。
「今のはミラカリオ・メッセニ中佐よ。ライズなら説明はいらないでしょう?」
「ああ、彼がメッセニ中佐なのね。近衛兵団の長官で、外国人傭兵部隊も彼の管轄だったわね」
ミラカリオ・メッセニは貴族が幅を利かせるドルファンの中枢の中では珍しく、叩き上げの職業軍人のはずだ。
その実直かつ誠実な人柄が、国王の絶大な信頼を得ているという。
そして、外国人傭兵部隊も任されているという事は、ヒューイ・キサラギの上長という事にもなる。
ドルファンの要注意人物である事は間違いないので、顔を覚えておくに越した事はない。
メッセニ中佐をやり過ごし、地下牢獄への入り口までたどり着くと、その入り口ドアを警備している兵士は一人だけであった。
周辺は人気がなく、王宮の中でも閑散としている場所である事がわかる。
「ここに一人、あとは中で牢獄の見回りをしている兵士が一人のはず」
プリシラが前を向いたまま言う。
私は頷き、小声で返す。
「あのドアに鍵はかかっていないの?」
「多分。前に私が夜中に忍び込もうとした時はかかっていなかったわ」
「……何をしようとしているのよ」
「そのお陰で今助かっているんでしょ。さあ、手筈通りにやるわよ」
「……了解」
私の返事を聞いたかどうかわからないが、プリシラは走り出すのと同時に悲鳴を上げた。
「きゃああ、たすけて~!」
なんとも下手くそな演技に私は顔をしかめつつ、手近な柱の陰に身を隠した。
入り口ドアの衛兵が慌ててプリシラに駆け寄る。
「姫様、どうなされました!?」
「鼠よ! 鼠! ほら、早く捕まえて!!」
言いながらプリシラが少し先の当たりを指さす。
衛兵はそちらを見ながら辺りをキョロキョロと見まわす。
「ど、どこでしょうか」
「ほら、そこ! そこ! 早く捕まえてよ!!」
慌てる衛兵がドアから離れたのを確認して、私は音もなくそのドアを開けて忍び込んだ。
忍び込む瞬間にプリシラと目が合い、彼女がウィンクをするのが見えた。
内側からドアを元通り閉めるとそこは地下へと続く階段があり、壁際の照明は燐光灯ではなくて油を染みこませた布を巻いた松明だった。
そのまま階段を下りると、左右に三つずつの牢獄が連なる薄暗い廊下へと続き、突き当りの壁際に椅子に座った衛兵がうつらうつらと船を漕いでいた。
一番左奥の牢獄の前に燐光灯のランタンが置かれており、そこだけ明かりが漏れている。
私はメイド服を着ている事もあり、堂々と廊下を進んだ。
船を漕いでいた衛兵が私に気づき、こちらに声を投げる。
「お、どうした? 何の用だ?」
私は至って冷静に答える。
「囚人のシーツの交換に」
「シーツだと?」
衛兵が若干訝しんだ様子を見せた瞬間に、私は衛兵の背中へと素晴らしい素早さで回り込み、後ろから腕を回して首を絞めた。
脳への血流を的確に遮断し、衛兵は抵抗すら出来ずにものの数秒で気を失った。
意識の無い衛兵を地面に転がしておき、腰のあたりにぶら下がっている鍵束を奪う。
そして唯一カンテラに照らされている牢屋へと近づいて中を覗く。
囚人服でこちらに背を向けた状態で膝を抱えて座っている女性が一人。
良かった。座っているという事はまだ生きているという事だ。
私はほんの一瞬胸を撫で下ろしたい気持ちを味わいつつ、すぐに声をかけた。
「プリム!」