小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第十章 まだ見ぬ雪
【81】ライズとメネシス②


 プリムとローズバンク手記を巡る王宮の幽霊騒動とともに八月が終わり、残暑の残る九月に入ると戦争がにわかに動きを見せ始めていた。

まずは我がヴァルファバラハリアンの居場所が判明した。

ウィークリートピックスによれば、プロキア内のハーベンでその姿を確認したとの情報が入ったようだ。

ハーベンと言えばプロキア現首相ヘルシオ公と対立しているイエルグ大佐の領地だし、先日のプロキア国内での内乱以降、ヴァルファがイエルグ大佐と近い関係にあったのは明白なのでこれ自体はそれほど驚くような内容ではない。

驚くのは、そのハーベンから南に向かい、国境都市ダナンとの境界線であるテラ河の沿岸にプロキア軍が布陣を始めた事だ。

これは間違いなくイエルグ大佐の手勢だし、その背後にヴァルファバラハリアンがいるのは確実だ。

 

事実、前衛部隊はイエルグ大佐の軍旗を掲げているが、後方の舞台にはヴァルファバラハリアンの軍旗も確認できると書かれている。

これに対しドルファンは、まさにこういう事態に備えてダナンへ大隊駐屯をしている事もあり、即座にテラ河対岸の防御を固め始めている上に、追加配備として首都城塞から第三大隊を派遣する事を王室議会が決定したとの情報も入っている。

またダナン周辺で大きな衝突が起きる予兆だ。

しかし、少し腑に落ちない感じもする。

まず、イエルグ大佐は何故このタイミングで挙兵したのか。

ヘルシオ公と対立している最中に、わざわざドルファンに攻め入る理由がわからない。

 

プロキアという国単体で見ればドルファンは敵対国になるが、イエルグ大佐が自軍を率いてこのタイミングでドルファンに攻め入るメリットがない。

そして、あまりにも今回の布陣が王道すぎるという点だ。

今年の初めからダナンに大隊が駐屯しているのは誰でも知っているし、守りが厚いのは火を見るよりも明らかだ。

そのダナン近隣でテラ河を挟んでの戦闘など、あまりにも普通すぎる。

イエルグ大佐の独断なのか我がヴァルファバラハリアンの誇る作戦参謀幽鬼のミーヒルビスの案なのかわからないが、あまりにも正攻法過ぎて、数で圧倒的有利なドルファンの牙城を崩すのは難しいはずだ。

ならば、何か戦況を大きく変えるような兵器や策があるのだろうか。

 

 

 気が付くとインク壺が空になっており、状況整理の為にメモを書いていたのだが、ペンの文字がかすれるようになっていた。

インクのストックは切らしている。

仕方がない。

まだ午後の早い時間という事もあるので、私はインクの買い足しに出かける事にした。

私が書き物に愛用しているインクは普通のインクではなく、時間が経つと書いた跡が残らないように特殊な薬剤を配合したインクで、これはある薬局で特別に配合してもらっている物だ。

フェンネル地区の住宅街の一角の、比較的静かな地域にその薬局はある。

大した大きさはなく年配の女性薬剤師が一人で営んでおり、普段から近くの医者などが処方している薬を調剤するのを生業としている街の薬局だ。

普通の薬局なら具合の悪い患者が訪れた際にある程度の医療行為とともに薬を調合するものだが、この薬局は特定の医者や取引先にしか薬を調合しないため、いつ行ってもそれほど混んでおらず私はそこが気に入っていた。

もちろん私のインクの調合依頼に対してもなんの詮索もせずに対応する部分も気に入っているポイントだ。

 

残暑の暑さも夕方なら幾分和らいできており、それほど苦労せずに目的地の薬局にたどり着いた。

なんの飾り気もないドアを開けるとドアについているカウベルがカラコロと音を立てた。

 

「はーい、すみません、すぐに伺います」

 

壁いっぱいに並ぶ薬品の棚を背にしたカウンターの向こうからいつもと違う女の声が聞こえた。

どうやら薬棚の整理をしているようでこちらに背を向けて屈みながら薬瓶を並べている。

手にしていた瓶を棚に戻すと、立ち上がりこちらを見た。

 

「お待たせしました。……まあ」

 

店員が私を見て驚いたのと同時にわずかに微笑んだ。

 

「ライズさん。いらっしゃいませ、何かご入用ですか?」

 

白衣を纏い、長い髪を後ろで一つにまとめて朗らかな微笑みを浮かべたその店員は、アンであった。

 

「久しぶりね。ここで働いていたとは、知らなかったわ」

 

私が言うと、アンは少しはにかみながら答えた。

 

「つい先日からお世話になっているんです。ライズさんはこちらの常連さんなのですか?」

「常連と言うほどではないけれど、いつもお願いしているものがあるわ」

 

アンに薬の知識があるのかわからないが、何も知らない者を雇ったりはしないだろう。

だが、ここの店主とは顔見知りになっているので『いつものインク』と言えば事が済んでいたのに、アンを相手に一から説明するのは面倒だ。

店主が留守ならば出直した方がいい。

 

 そう思ってアンに店主の所在を聞こうとした時、入り口ドアのカウベルが軽やかな音を立てて鳴った。

「納品だよ!」とどこかで聞き覚えのある声が言いながら所々色の焼けた真っ黒な魔女のようなローブを纏い、革の袋を背中に背負った厚底眼鏡の女が無遠慮に店に入ってくる。

その女はカウンターに立つ私を見つけるなり、露骨に眉根を寄せながら言った。

 

「げ、性悪女」

 

私の事だろうか。いや、アンの事を言った可能性もある。一応念のために聞いてみる。

 

「私の事かしら?」

 

私が言うと、その女、森林区の奥地に居を構える魔女、メネシスはきっぱりと言い放った。

 

「あんた以外誰がいるっていうのさ」

 

私は肩をすくめて見せた。

メネシスは私を無視してカウンターまで進み出ると、背中に背負った革の袋を下ろして中身を取り出した。

何か化学式の書かれたラベルが貼ってある薬品の瓶をいくつか取り出して並べる。

そしてアンの方を向くと、遠慮のない言い方で言った。

 

「頼まれていた分はこれで全部だよ。おや、あんた見ない顔だね。まあいいさ」

 

そう言いながら手のひらを上に向けて右手を差し出した。

一方的にまくしたてられたアンは戸惑った表情で、若干怯えているようにも見えた。

 

「え、ええと……」

 

アンが口ごもっていると、ネメシスはあからさまに不機嫌そうにため息を吐きながら言った。

 

「代金!」

「ご、ごめんなさい」

 

アンは今にも泣きだしそうな顔でおろおろとしているので、流石に可哀想になってきた。

 

「この薬品はいつもあなたが納品しているものなの?」

 

私の言葉にメネシスはぶっきら棒に答えた。

 

「そうよ」

「じゃあ、金額もいつも同じはずよね。普段はいくらなのかしら」

「金貨二枚」

 

私はアンに頷いて見せる。流石のアンも察したのか、あわてて金貨を奥から取り出して来た。

メネシスはその金貨を受け取ると、憮然とした態度で言った。

 

「毎度。まあ私としてはちゃんと代金さえもらえれば文句はないからね」

 

言いながら店を出ていくメネシスを見送りながら、アンが胸を撫で下ろすのが見えた。

 

「ライズさん、ありがとうございました。私、どうしていいかわからなくて」

「気にしなくていいわ。店主に私が来た事と、いつものインクを用意して欲しいと言っていた事を伝えてくれる」

「は、はい」

「私は用が出来たので、これで失礼するわ」

 

早くしないとメネシスを見失ってしまう。言いながら店のドアを開けると、後ろからアンが「ライズさん、また!」と言っているのが聞こえた。

 

 

 店を出て辺りを見渡すと、少し先に歩いているメネシスの後ろ姿があった。

私は小走りに追いついて、声をかける。

 

「久しぶりに会ったのだから、少し話さない?」

 

振り返って私の方を眼鏡越しに見たメネシスは、露骨に嫌そうな顔をしながら言った。

 

「私は別にあんたと話す事なんてないけれど」

 

そういう回答が返ってくるのは想定の範囲内だ。

 

「私だってあなたと面白おかしくお喋りしたいとは思わない」

 

そこまで言って、若干声のボリュームを落とす。

 

「ゼールビスの事について、と言ったら?」

 

それまで私などお構いなしに足早に歩いていたメネシスの足がぴたりと止まった。

そして私の顔を見ると、不機嫌そうに言った。

 

「お茶くらいなら付き合ってやるわ。ただし、あんた持ちだからね」

 

私は同意の印に肩をすくめて見せた。

 

 

 すぐ近くに、広場に面したカフェがあったのでそちらのテラス席に私たちは腰を下ろした。

私はいつもの通り紅茶を、メネシスはホットコーヒーを注文した。

メネシスは運ばれてきたコーヒーに僅かなミルクと、スプーン三杯の砂糖を入れてかき混ぜていた。

 

「甘党なのね」

 

私は紅茶に添えられたレモンの輪切りを紅茶に落とし、一口飲みながら言った。

メネシスはこちらを見ずに慎重にコーヒーの味を確かめていた。

 

「あんたと違って頭を使う事が多いから、糖分は脳の栄養として必要なだけよ」

 

もう一杯砂糖を追加して頷いた。

 

「それで、ミハエルの何の話だって?」

 

メネシスのこういった本題のみを追求する姿勢は嫌いではない。

私も余計な前置きは無しで話をすすめられる。

 

「先日、ある金持ちのパーティーに参加した時にゼールビスの姿を見たわ。参加者の貴族を狙った暗殺を試みたようだったわ」

 

メネシスは無表情に(もっとも眼鏡のせいで表情がわからないのだが)聞きながら言った。

 

「貴族の暗殺なんてさもやりそうな事だね、あいつなら。でも、それがなんだって言うのさ」

 

私は上品に紅茶を飲んでから続けた。

 

「その際に彼が使った爆弾について意見を聞きたくて」

「爆弾。爆弾だって? どんな爆弾だった、威力は、大きさは?」

 

思わぬ食いつきを見せたメネシスに、私は先日リンダの誕生パーティーで見た爆弾の内容を説明した。

ワイン瓶に偽装した液体で、発火条件は特定出来なかったが恐らくコルクを抜く事がきっかけの時限式というのが私の見解だった。

メネシスは私の説明を黙って聞いており、説明が終わってもしばらく考え込んでいるようだった。

紅茶を半分ほど飲んだ頃にメネシスはようやく口を開いた。

 

「恐らく二種類の液体を使った、混合式の爆弾だろうね。A液とB液を混ぜる事で化学反応が起こって爆発するから、ワインに偽装するのにもってこいだ。テロリストがよく使う手口さ」

 

そこまで言ったメネシスの口調は静かな怒りを孕んでいた。

 

「あいつはまだそんな事に化学を使っているのか……」

 

私は返事をせずに冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。

 

「それで」

 

メネシスがこちらを見て言った。

 

「その情報を私に教えて、どうしようって言うのさ。同じような爆弾でも作れって?」

 

私はため息を吐いて、反論をする。

 

「爆弾なんていらないわ。私をゼールビスのような下劣な男と一緒にしないでくれる」

「だったらなんで私にその話をした?」

 

ここからが本題だ。

せっかくメネシスに会ったのだし、ゼールビスに対抗するなら化学に精通した味方がいた方が良い。

 

「今回の件でゼールビスのターゲットが判明したわ。今回は下っ端に実行させて失敗したから、次は彼自身が動く可能性が高い。そして、それを実行するなら恐らくまた爆弾が使われるだろうと思っているわ」

「まあ、そうだろうね。あいつはプライドだけは人一倍だし、爆弾には絶対の自信を持っているからね」

「次の犯行の時に、私はゼールビスの爆弾を無効化したいと思っているの。簡単に言ってしまえば、彼の目的の邪魔をしたいという事」

 

メネシスは返事をせずに、ようやくコーヒーをもう一口飲んで不味そうに口元を歪めた。

私は話を続ける。

 

「連絡(つなぎ)をつけるようにしておくから、彼が次の犯行を行おうとした時、貴方に爆弾の解除ないし無力化をお願いしたいの」

 

メネシスはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。

 

「あんたに協力するメリットは?」

 

そう来るだろう事も想定の範囲内だ。なので、私の答えはあらかじめ決まっている。

 

「メリットは無いわ」

 

言い切る私に、メネシスは若干驚いたようだった。

 

「はっきり言ってメリットは無いし、別に報酬を払うつもりもない。でも──」

 

私は続きの言葉に熱を込める。

 

「化学(リバイテック)が悪用される事は防げるわ」

 

メネシスはコーヒーカップを置くとまたしばらく考えているようで、黙ってテーブルを指でコツコツと叩いていた。

長いようで短い沈黙の後、メネシスは椅子から立ち上がりこちらに背を向けた。

そして少しだけ振り返るとボソリと言った。

 

「あいつが作りそうな爆弾について検証はしておく。そんな言い方されたら、私が断れるわけがないのを判っていて言うのだから、あんたはやっぱり性悪女だわ」

「誉め言葉として受け取っておくわ」

 

私の言葉を聞いたかどうか、メネシスはフェンネル駅の方の人混みへと消えていった。

私は冷めきった渋くて不味い紅茶を飲んでため息を吐いた。

ゼールビスは必ず近いうちにオーリマン卿の殺害をもう一度企てるはずだ。

そして、次は他人を巻き込んででも実行出来るような大規模な作戦も辞さないはず。

そうなった時に動いてくれる人間は一人でも多い方がいい。

戦争の進捗といい、ゼールビスの事といい、私の日常は少しずつ緊張感を増してきているのを感じていた。

 

 

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