小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【82】ライズとレズリーの絵

 日に日に暑さが和らいでいき、頬を撫でる風の色も秋めいてくるのを感じる九月の終わりに、先日まで緊張が起こっていたイエルグ大佐率いるプロキア軍とドルファンの戦争が起こった。

八月中旬頃から国境線のテラ河に布陣していたイエルグ大佐の部隊と我がヴァルファバラハリアンの合同部隊は、ダナンのドルファン第三大隊に挑発を繰り返しており、その都度我慢できずに渡河を試みたドルファンの部隊を精度の高いガリハント銃で一網打尽にするという戦略を取っていた。

これに対してドルファンは、駐屯部隊に対しての渡河を厳重に制止し、ドルファン城塞都市の他の大隊をダナンへ集める事で圧倒的な数の優位を築いて対抗する気配だった。

 

そんなダナン近郊での小競り合いが繰り返されていた八月下旬に、事態は大きく動いた。

確かにダナン近郊のテラ河付近に布陣していたと思われるヴァルファバラハリアンが、突如テラ河下流の国境付近に現れ、いとも容易く国境を越えてしまったのだ。

ダナン近郊のイエルグ大佐の部隊は完全な囮であり、そこにいると思われていたヴァルファバラハリアンの部隊は、隊旗だけをかざした欺瞞だったという。

国境を越えられ首都城塞に迫られたドルファンは、意外にも対応が早かった。

ダナンへの出向をさせていなかった外国人傭兵部隊をすぐさまヴァルファバラハリアンの進行を食い止めるように首都城塞北方のパーシル平野に布陣。

その外国人傭兵部隊がヴァルファを牽制している間に、騎士団をダナンから呼び寄せ、一大部隊を作り上げてしまったのだ。

 

奇襲に成功したはずだったヴァルファバラハリアンは、最終的にはドルファン騎士団の大部隊にパーシル平野にて待ち受けられる形となってしまった。

我がヴァルファバラハリアンは八騎将の幽鬼のミーヒルビスの部隊を先頭に塹壕を築き、最新のガリハント銃を使用して大いに善戦したと言うが、圧倒的な数の差は如何とも埋めがたく、敗戦を喫した。

ドルファンは勝利に大いに沸いたが、実は騎士団の三分の一を失うという手痛い勝利だったのだが、そんな事は首都城塞の中で暮らす人々には関係ない。

ドルファンが勝利し、ヴァルファバラハリアンが負けた。それが真実であり、全てなのだから。

 

 

 そして、そんな勝利に沸くドルファンの街中に潜んでいる私の下へ、一通の訃報が届いた。

諜報部隊の一人が直々に私の部屋に届けたその手紙には、ただ一文だけが記されていた。

『キリング・ミーヒルビス参謀長、一騎打ちにて死す』

その短い言葉の列で、私は確信していた。

間違いなくミーヒルビスを討ち取ったのはあの東洋人傭兵であろう。

そして、それが間違いでなければあの東洋人傭兵が討ち取った八騎将は五人目という事になる。

 

もはや因縁と言ってもいい。

ゼールビスが脱隊している事を考えれば、実質残りの八騎将は父である破滅のヴォルガリオとこの私、隠密のサリシュアンだけという事だ。

思い返せばあの東洋人傭兵ヒューイ・キサラギのドルファンでの活躍はまさに英雄と言っていい。

 

ドルファンとプロキアの戦争が始まり、最初の衝突がダナン南方のイリハで起こって以降、ヒューイは鬼人の如き働きをしている。

イリハ会戦では疾風のネクセラリアを、その後のダナン攻防戦では不動のボランキオを、次いでボランキオの仇討ちでドルファンに侵入した氷炎のライナノールを、テラ河の戦いでは迅雷のコーキルネィファを、そして今回のパーシルの戦いで幽鬼のミーヒルビスを討ち取っているのだ。

その功績は、すでにこの国の騎士の最高峰であり、最高の栄誉である聖騎士の称号を与えられてもおかしくない。

仮に彼が外国人である事が審査に影響したとしても、限りなく聖騎士に近いところにいると言えるだろう。

 

 方や、私はどうだ。

戦争で命が飛ぶような心配もないこのドルファン城塞都市のレッドゲート内側で、わずかばかりの情報を本隊に提供してはいるが、なんの功もあげる事が出来ず、弱っていくヴァルファバラハリアンの援助に駆けつける事も出来ず、父の理解者であり私の後見人でもあった敬愛する盲目の騎士の訃報にただ涙する事しか出来ない私は一体なんなのだろう。

久しく感じていなかった己に対する無力感に苛まれて、胸の内にふつふつと自分自身への怒りが湧いてくる。

そもそもこの戦争の着地点とはどこなのだろうか。

父の目的はドルファン王国への復讐だ。それはわかっている。

だがすでに戦況はヴァルファバラハリアンに圧倒的不利な状況になっている。

ドルファン王国軍に我がヴァルファバラハリアンが勝利する事は絶望的と言っていい。

 

では、何を以て父の復讐が達成されるのだろうか。

国王デュラン・ドルファンの殺害だろうか。

確かに父を裏切り、この国を手中にし、政権を握っているのはデュラン国王で間違いはないのだが、先日のローズバンク手記の内容や、この国に潜伏している間に見てきた事を総合的に判断すれば、最終的にデュラン国王はお飾りであり、この国を裏で支配しているのはピクシス家であり、エリータス家でもある。

つまりは旧家の両翼の打倒無くして父の復讐の達成はあり得ないという事なのだ。

例えデュラン国王を暗殺出来たとしても、旧家の両翼はすぐにプリシラを女王に据えて国家の安定を図るだろう。

そうであれば、先にプリシラを殺害した上でデュラン国王を亡き者にするしかない。

 

そうなってしまえば残る王族はエリス女王のみだが、そもそもこのエリスは生存しているかもわからない状況だ。

今更表舞台に引きずり出されたとしても、デュラン国王のような実績も、プリシラのようなカリスマもない。

少なくとも旧家の両翼、そしてドルファン王国への復讐という点では、この方法が最適解と言える。

 

 

──プリシラを殺す。

 

 

私はそもそも自身が目的としてきたその行為に対して、今、この瞬間に躊躇している自分に気が付いた。

プリシラが偽りの王女であると知ったあの日。

王宮の彼女の部屋で涙ながらの彼女の告白で真実を知った日から、私の中で彼女の殺害が本当に必要な事なのか疑問を持ってしまっていたのだ。

プリシラは王女だが王家の人間ではない。

旧家の両翼によって担ぎ出された全く無関係の普通の娘であり、彼女が生きるはずだった人生を王室議会によって奪われた被害者でもある。

いわばドルファン王国という国を存続させる為だけにすべてを奪われた存在。つまり、それは父と同じではないだろうか。

 

顔に火傷を負い、醜い見た目となってしまっただけで国を追われ、命を狙われ、すべてを失った父と何が違うのだろうか。

この事実を知ってしまった今、私はプリシラを殺す事に疑問を感じてしまっているのだ。

彼女自身は私に殺されても構わないと言っている。

ただし、一年後の誕生日、つまり今年の誕生日までは待って欲しいという彼女の願いを私は受け入れ、その日は約一ヵ月後まで迫ってきている。

私はその日に彼女を殺せるのだろうか。いや、殺す事が出来るのだろうか。

彼女を殺すことは父の復讐になるのだろうか。

 

 

 

 私はぐるぐると頭の中を駆け巡る答えのない思考を断ち切るように頭を振ると、学生寮の自分の部屋の窓を開けて外の空気を吸い込んだ。

三階の窓から吸い込む空気は、ジメジメと暑かった夏の空気と違い、どこか寂し気で乾燥した素っ気なさを感じる。

大きく深呼吸をしていると、下の通りから私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ライズ! おおい、ライズ!」

 

聞き覚えのある声に下を見ると、秋らしい軽いジャケットを羽織り、片手に大きなスケッチブックを持ったレズリーがこちらを見て空いた方の手を振っていた。

私と目が合うと、レズリーは大きく手招きした。

 

「少し出て来れないか。ちょっと付き合って欲しいんだけれど」

 

この部屋で悶々と考え事をして煮詰まっているのにはほとほとうんざりしていた所だ。

レズリーが何に付き合ってほしいのかはわからないが、気分転換に外に出るのも悪くない。

 

「今行くわ」

 

私は窓の外に声を投げると、支度をして外に出た。

一階の共同玄関の外で待っていたレズリーは、私の姿を見つけると気軽に片手を上げて言った。

 

「悪いね。ちょっとあたしに時間をくれないか」

「構わないわ。ちょうど気分転換をしたかった所だったの」

「へえ、ライズもそんな事があるんだな」

「それで、何をするの」

 

私の言葉にレズリーは手に持ったスケッチブックをポンと叩いて見せた。

 

「ちょっとモデルをしてくれないか?」

 

 

 レズリーは私を連れてロムロ坂のポプラ並木まで来ると、手近なベンチに私を座らせてその向かいに自分も腰を下ろしスケッチブックを開いて何やら描きこみを始めた。

そして上機嫌そうに鼻歌を歌いながら言った。

 

「突然の申し出を聞いてくれてありがとう。普段は風景画専門なんだけれど、人のいる風景がどうしても描きたくなってさ」

 

私は絵のモデルなどという慣れない事に若干の戸惑いを感じつつ、どう振舞えばいいのかわからなかったので極力動かないようにレズリーの方を見ないまま答えた。

 

「モデルなんて柄じゃないわ」

「固く考えなくっていいんだよ。表情とかそういうのを描きたいわけじゃなくて、この並木道に人がいる風景を描きたいだけだからさ」

「だったらロリィにでも頼めばいいでしょう」

 

私の言葉にレズリーは小さく声を上げて笑った。

 

「ロリィが大人しくモデルなんて出来るわけないだろう。五分とじっとしちゃいられないよ」

 

それはそうかもしれない。好奇心の塊のようなあの娘の事だ。すぐに飽きてしまってどこかに行ってしまう姿が想像できる。

 

「その点、ライズは普段から大人しいし口数も少ないからな。モデルとしては最適だと思ってさ」

 

私とスケッチブックを交互に眺めながらレズリーはコンテで描き込みをしていく。

彼女が絵を描くというのは知らなかった。

もっとも私がレズリーについて知っている事は、彼女の両親は軍部に勤めていてダナンにおり、レズリーは一人暮らしをしているという事くらいだ。

なので、素朴な疑問を投げかけてみる。

 

「絵が好きなの?」

 

レズリーは手を休めずに動かしたまま、少し考えてから答えた。

 

「そう、かもしれない。絵は描くのも観るのも好き……かな。もっとも、叔父さんの影響なんだけれど」

「叔父様?」

「そう。叔父は絵描きでね。今、あたしが住んでいる家も、もともとは叔父さんのアトリエだったんだ」

 

それで、と私は思った。

レズリーは両親がダナンにいるにも関わらず、寮にも入らずに一人暮らしをしているのは、住む場所があるからだ。

いくら城塞都市とは言え、学生の一人暮らしを許容するようなアパートメントの家主はいないので、よく一人暮らしが出来るものだと思っていたのだが、そういう理由があるなら納得だ。

ただ、一つ引っ掛かる事もある。

 

「アトリエだった……。過去形なのね」

 

私が言うとレズリーはスケッチブックで顔を隠してコンテと何かを描き続けながら答えた。

 

「ああ。叔父さんは旅をしながらスケッチをする画家だったけれど、六年前にスィーズランドのヒュッケンホルンに行って二度と戻らなかった」

 

ヒュッケンホルンと言えば、風光明媚な事で有名なスィーズランドの中でも特に有名な景勝地だ。

だがその美しい風景とは裏腹に、非常に厳しい山脈としても有名で、特に冬の季節は死の山とも恐れられる場所でもある。

 

「叔父様は山の事故で亡くなったの?」

「いや」

 

レズリーの表情は相変わらずスケッチブックで隠れていて見えなかったが、その口調はどこか怒気を孕んでいるようだった。

 

「ヒュッケンホルンに向かう途中、ヴァン=トルキア国内でハンガリアとの戦争に巻き込まれてね。運悪く流れ弾に当たったそうだ」

「……不運だったわね」

「ああ、そうだね」

 

レズリーは押し黙り、コンテで何かを描く音だけが聞こえてくる。

その音は、言いようのない怒りをスケッチブックに叩きつけているようにも聞こえた。

少ししてレズリーがまた口を開いた。

 

「そういえば、ヴァルファバラハリアンとの戦闘があったみたいだな。ドルファンが勝ったみたいだけれど」

「……そうね」

「正直、少し安心したよ」

「ドルファンが勝った事に?」

「いや、ダナンじゃなくてパーシル平野で戦闘があった事にさ。もしもダナンで戦闘があったなら……」

 

レズリーは絵を描く手を止めて、スケッチブックを下ろしてこちらを見た。

その顔は寂しそうではあったが、どこか複雑な表情をしていた。

 

「ダナンで戦闘があったなら、両親が巻き込まれていたかもしれないからな。前も話したかもしれないけれど、両親は放任主義であたしの事なんてほったらかしだけれどさ。それでもやっぱり心配は心配だよ。もう、戦争に大切な人を奪われる思いはしたくないから」

 

私はなんと答えていいかわからず、しばらくレズリーの顔をみつめていた。

ダナンで戦闘がなかったからレズリーの両親は無事だった。

パーシル平野で戦闘があったから、ミーヒルビスはヒューイに討たれた。

ドルファンは勝って、ヴァルファバラハリアンは敗れた。

レズリーはドルファンの人間で、私はヴァルファバラハリアンの八騎将の一人。

彼女は絵を描き、私は命を狙われる事もなく座ってその絵に納まろうとしている。

ややあってレズリーが小さな声で言った。

 

「戦争は、いつも無関係の者から何かを奪っていくだけだ。首都城塞で戦争が起これば、この景色も無くなってしまう」

「それが戦争だわ」

「……戦争って、いったい誰が何の為にやっているんだろうな」

 

私は黙って視線を地面に落とした。

この戦争はドルファンとプロキアのものだった。

でもいつしかそれは父の復讐のための戦争となり、多くの仲間達が散っていった。

この戦争でもしかしたら第二、第三の破滅のヴォルフガリオが私のあずかり知らない所で生まれているのかもしれない。

レズリーの両親が無事だった裏で、ミーヒルビスが散っていったように。

元々私達傭兵に正義が無いのは承知の上だが、この戦争の正義とは、父の復讐の正義とは一体どこにあるのだろうか。

深く考え込んでいると、レズリーが明るい声を上げた。

 

「出来た!」

 

そう言って書き上げた絵のスケッチブックをこちらに向けた。

それは愁いを帯びた瞳で何かをみつめる、私の絵だった。

レズリーはポプラの並木道を描いていたはずなのに。

 

「これ、私?」

 

わかっているのに思わず聞いてしまう。

レズリーは鼻の頭を指で搔きながら照れくさそうに言った。

 

「本当はポプラ並木とあんたを描こうと思っていたんだけれど、なんかあまりにも綺麗だったんで、つい、ね」

「私、こんなに綺麗ではないわ」

 

レズリーの絵は彼女のタッチもあるが、非常に郷愁が漂い、アンニュイで繊細な女性が描かれている。

私は率直に自分とは似ても似つかないと思ったし、明らかにその絵の女性は美しかった。

だがレズリーは私の言葉に首を振った。

 

「あたしは自分の思ったものしか描けないからさ。言ったろ? 風景画専門って。あたしには、この絵の通りのあんたが見えていただけさ」

 

レズリーはスケッチブックからそのページを切り取ると、私に差し出した。

 

「今日のモデル料代わりにもらってくれないか」

 

私は戸惑いながらもそれを受け取る。

 

「また、モデルやってくれるかい?」

 

レズリーの言葉に、私はまださっきの戸惑いを引きずったまま答える。

 

「か、考えておくわ」

 

私の答えにレズリーはわずかに微笑んで言った。

 

「あんたは何かに悩んでいるのかもしれないけれど、その姿は綺麗だった。人の受け取り方次第で、結果は変わっていくものさ。叔父さんの受け売りだけれど」

 

私は頷きながらも、その言葉が深く胸に刺さったのを感じていた。

 

 

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