小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
その日、私は早朝に学生寮を出発すると馬車に乗りレリックス駅へ行き、そこから徒歩で森林区の奥を目指して歩いていた。
小一時間程歩くと目的地である小さな小屋が見えてくる。
ドアをノックすると中から不機嫌そうな返事が聞こえ、やがてドアが細く開いた。
扉の向こうの家主は私の顔を確認するとため息交じりにドアを開き、中へ招き入れてくれた。
「それで、こんな朝早くからなんの用?」
気だるそうにそう言ったメネシスに、私はメモを差し出す。
「薬を調合して欲しいの。このメモにある内容で」
メモを受け取ると、メネシスは書いてある内容を確認する。
その顔が若干こわばるのがわかった。
「あんた、これ……」
「報酬は言い値の現金で払うわ」
メネシスは明らかに戸惑いの表情を浮かべた。
「でもこの材料を、この調合比率じゃ……」
「わかっているわ。だからあなたにお願いしたいの」
しばらくの沈黙の後、メネシスは先ほどよりも大きなため息を吐きながら答えた。
「金貨五枚。まったく何だってこんな薬を調合したいんだか」
「助かるわ」
「時間はあるの? 少し待てるなら今調合しちゃうけれど」
「待たせてもらうわ」
私は金貨を五枚取り出し、手渡した。
それから一時間程で私は帰り道を歩いていた。
配合してもらった薬が入った『取扱厳重注意』の注意書きが書かれた瓶を鞄に入れ、寮へと急いだ。
薬は手に入った。
あとは実行するのみ。
運命の日は、刻一刻と迫ってきていた。
十月二十六日。今日はプリシラの誕生日であり、王宮で盛大な誕生パーティーが開かれる事になっている。
このパーティーはプリシラが直接招待をした、特別な招待客しか参加できない事は事前の調査で知っていた。
私はもちろんそれに呼ばれていないし、招待状を見た事がないので偽造する事も難しい。
そうであれば、パーティーの正規参加者の連れとして忍び込む以外に方法はない。
だからこそ、私はパーティーが始まる一時間以上前から、ドルファン城へと向かう正装をした知り合いを探す為、城東大通りを大きな荷物を持ってうろちょろしているのだ。
通常の招待客ならば、それなりの地位の者だろうし、そういった高貴な人間達は馬車で乗り付けるのはもちろんわかっているが、私の知り合いの中でそういったやんごとなき人物は皆無に等しい。
せいぜいリンダがそれに該当するが、彼女がプリシラに招待されるとは考えづらい。
だが私も何の算段もなくここにいるわけではない。
一人だけ、招待されそうな人物に当てがある。
そして今、その人物が軍の礼服を着て通りの向こうから歩いてくるのが見えた。
「ヒューイ」
私は彼の名前を呼び、彼の方へ歩み寄る。
ヒューイ・キサラギはいつものように特に飾らない笑顔で気さくに応じた。
「よう、ライズ。こんな所で何しているんだ」
「あなたプリシラ王女の誕生日パーティーに招待されているの?」
「なんだ、突然だな。まあ、お察しの通り」
やはり。聖騎士に近い位置にいる男だし、プリシラとも知り合いのようなので招待されていてもおかしくないという私の推理は正しかった。
「そのパーティーに私も連れて行って欲しいの」
私の言葉にヒューイはわずかに驚いたようだった。
「それはまた、突然だな。どうしたものか……」
若干難色を示すヒューイだが、それは予想の範囲内だ。
それにここでおいそれと引き下がるわけにはいかない。
「そういった王宮の催しに興味があるのよ。服はなんとかするから、お願いよ」
「うーん……」
ヒューイは腕を組みながら低く唸っている。
「あなたの邪魔はしない。もちろん、プリシラ様へも不遜な態度をとるわけがないわ」
彼は目を閉じながら考えていたが、やがてため息交じりに言った。
「わかった。連れて行くよ。くれぐれも大人しくしていてくれよ」
「約束するわ」
私は小躍りしたい気持ちを抑えて、いつも通り冷静に言った。
こうなる事を想定して、クリスマス用のパーティードレスを持ってきているのだ。
「では、行きましょう」
私の言葉にヒューイは苦笑を浮かべて歩き出した。
王宮に正面から入るのはクリスマスの時以来で、ヒューイが衛兵に招待状を見せると連れである私もすんなり通る事が出来た。
女性用の更衣室でドレスに着替え、以前ナイフをスカートの中に隠した時とは違い今度はドレスの袖の中に細い蓋つきの試験官を忍ばせる。
中身はメネシスに調合してもらったあの薬だ。
そのままパーティー会場(以前ジョアンと踊ったあのダンスフロアだった。)に行くと、すでに大勢の来賓がガヤガヤと話をしていた、
ほとんどの客は貴族のようで、プリシラが個人的に呼んだと言うよりは王族のしきたりとして呼ばれている客のようだ。
そんな人々の手にはシャンパンや色のついたピュエリが入った細いグラスが持たれている。
会場の右奥に大きなテーブルがあって、そこにシャンパンやピュエリ等のグラスが並んでいるので、招待客達は自由に飲み物を取る事が出来るようだ。
フロアを見渡していると、先に会場に入っていたヒューイがこちらに気付いて近づいて来た。
「念願叶って満足か?」
「プリシラ様にお目にかかりたいわ」
「意外とわがままだな。ライズでもお姫様に憧れがあるのか?」
「そんなもの、まるでないわ」
私の言葉にヒューイは困ったように笑う。
プリシラはどこかにいるのだろうかと周りの様子を伺っていると、不意に後ろから男に声をかけられた。
「キミはソフィアの友人の……ライズ・ハイマーだったか」
振り返ると青いタキシードで着飾ったジョアン・エリータスがそこにいた。
「ああ、あなたね。ごきげんよう」
私が言うとジョアンは少し戸惑いを見せたが、貴族らしくボウアンドスクレープをして見せた。
だが頭を上げると私の隣にいるヒューイに気付いたようで、すぐに眉間にしわを寄せた。
「東洋人! 貴様がなぜここにいる」
ヒューイはつまらなそうに頭をかきながら答える。
「なぜって、プリシラ王女に招待されたからに決まっているだろう」
ジョアンは舌打ちをしつつも、私の方をみた。
「ライズ君、キミはこの男と知り合いなのか?」
「ええ、そうね。今日は彼に同伴させてもらっているわ」
私の言葉を聞いたジョアンは忌々しそうにヒューイを見つつも、深呼吸を一つして比較的冷静な声音で言った。
「付き合う男は選んだ方がいいぞ、ライズ君。この男は何の教養もない暴れるだけが能の野蛮な傭兵だ」
その言葉に私は咄嗟に怒りを覚えた。
ヒューイはそんな野蛮人のような扱いを受けるべき人間ではない。
反論しようとしたところに、ヒューイがいつも通りのさらりとした口調で言った。
「その通りだ、ジョアン・エリータス。だが、その無教養で野蛮な傭兵でもこんなパーティーに招待いただけたのだから、プリシラ王女のお心の広さに感謝だな」
「う、うむ」
思わぬカウンターにジョアンは言葉を失い、口ごもってしまった。
そして分が悪い事を理解したのか捨て台詞を吐く。
「くれぐれもプリシラ様に粗相のないようにしろよ、東洋人!」
人波の向こうに消えて行くジョアンを見送りながら、私はヒューイを見上げた。
「あんな言い方をされて腹が立たないの」
私の口調が怒気を孕んでいるのを察したヒューイは、困ったように微笑んだ。
「何もライズが怒る事はないだろ。オレは気にしていない」
「あなたは……!」
そこまで言って私は口をつぐんだ。
私は何を言おうとしたのだろうか。
彼の言う通り、なぜヒューイの事を馬鹿にされて私が腹を立てているのだろうか。
押し黙った私を見て、ヒューイが言う。
「しかし、ジョアンのやつ、何か少し変わったな。以前だったら訳のわからん言葉を叫び散らかしそうなものだが、今日はやけに冷静な振舞だった。心境の変化でもあったか」
言われてみれば、先ほどのジョアンは言い分こそひどい言葉を吐いていたが、その後の対応は比較的冷静で紳士的とも言えた。
もしもそれが先日の舞踏会での出来事をきっかけに、彼が何かしらを感じ取ってくれたのであればソフィアにとっても良い方に向かうかもしれない。
「そうであってくれればいいわね」
私の言葉に、ヒューイは不思議そうに首をかしげた。
その時、少し先の人垣をかき分けて本日の主役であるプリシラが左右の人々に満面の笑みを見せながら現れた。
そしてヒューイの姿を見つけると親し気な笑みを浮かべ、すぐさま隣の私を見つけるとその素晴らしい笑顔のまま一瞬動きが止まった。
だが、流石は王女。まわりに違和感を与えないようにすぐにこちらに歩み寄って来た。
そしてよそ行きの声で言った。
「キサラギ准尉、来ていただけた事、大変嬉しく思いますわ。それに……」
プリシラは美しい笑顔のままこちらを見た。
「ハイマーさんも。お二人が知り合いだなんて、驚きました」
ヒューイはその場に跪き、王女の手を取って唇を近づける仕草をする。
そしてそのまま立ち上がると恭しく言った。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。このような場に呼んでいただき、身に余る光栄です」
プリシラは「うふふ」と上品に微笑むと、私達に近づき周りに聞こえないように笑顔もそのままに低い声で言った。
「私の誕生パーティーに他の女の子を連れて来るなんて、いい度胸しているじゃない……?」
ヒューイは苦笑しつつ弁解を言う。
「いや、どうしてもとせがまれてな。しかし二人が知り合いとは、オレの方が驚いているよ」
「おほほほほ……今日は楽しいですわね!」
プリシラは笑いつつ、私に顔を近づけてヒューイに聞こえないよう耳打ちをしてきた。
「ちょっと、どうしてライズがいるのよ! 私、あなたを呼んだ覚えは無いけれど……!」
私は周りに聞こえないよう、声を落としながら答える。
「もちろん私も呼ばれた覚えはないわ。ただ、あなたの十九歳の誕生日の約束を果たしに来ただけよ」
プリシラは顔だけ笑ってはいるが、その目が少し真剣味を帯びた。
「その約束は覚えているけれど、何もこんな場所でなくてもいいでしょう」
「こんな場所だからこそよ」
プリシラの心が凍りついていくのがわかるような気がする。
張り付いたままの笑顔の裏で静かな怒りや悲しみが伝わってくる。
だが、これでいいのだ。
私がこれからやろうとしている事は、これくらいの敵意を向けてくれなければ私の決心が鈍る。
私は偽りの微笑を浮かべたままプリシラに聞こえるぎりぎりの声量で言った。
「あなたとの約束を果たすのはもちろんだけれど、公平を期すようにあなたにもチャンスをあげようと思うの」
「……チャンスですって?」
「これから飲み物を三つ持ってくるわ。そのうちの一つに毒を入れる。あなたが無事に毒の入っていない物を選べたらあなたの勝ち。その時は私が毒入りの物を飲んであげるわ」
「なぜそんな事を」
「答える必要はないわ」
これ以上はヒューイが怪しむだろう。
それに必要以上にプリシラと言葉を交わす事は避けたい。余計な感情を入れたくない。
私はプリシラから距離を取り、ヒューイに向かって言った。
「私、飲み物を取ってくるわ。失礼」
そのまま二人に背を向けて飲み物のテーブルへ歩く。
プリシラの冷たい視線が背中に無数に突き刺さるのを感じるようだ。
周りの人物に気付かれないように袖に隠した試験管を取り出す。
色取り取りのピュエリが並ぶ中から、私は赤、白、黄のピュエリを選ぶ。
以前プリシラと他愛の無い話をした時に、彼女は赤ピュエリが好きだと話していた事を思い出す。
まさかプリシラと世間話をするような間柄になるなど、夢にも思わなかった。
彼女は憎き一族の女であり敵だ。それ以上でもそれ以下でもない。そうでなくてはいけない。
試験管の中の毒薬を赤ピュエリに注ぎ込む。
警告はした。
私がプリシラの好みを知っている事をプリシラ本人だってわかっているはずだ。
三色のピュエリを傍にあった銀色のトレーに載せて振り返る。
ヒューイと談笑しているプリシラが見える。
私は意を決して一歩、また一歩と歩を進める。
そして二人の下へと歩み寄った。
「中座して失礼しました。お飲み物をお持ちしました。プリシラ様もよろしければ……」
私の言葉にプリシラが僅かに固唾を飲んだ。
だが、あくまで王女らしく毅然と何も変わらぬ態度で答えた。
「まあ、三色のピュエリですのね。私、赤いピュエリが好きですの」
そう言ってプリシラが赤ピュエリのグラスに手を伸ばそうとした時、ヒューイがそのグラスをさっと奪ってしまった。
「あ」
「あ!」
私とプリシラが同時に声を上げたが、中身を飲み干したヒューイはそのまま白ピュエリと黄ピュエリのグラスも持ち上げると、その中身も一気に飲んでしまった。
あまりにも一瞬の出来事で止める間もなかった私とプリシラは半ば呆然とヒューイを見ていた。
「へへ、どうだ? ちょっと面白かったか?」
したり顔でそう言ったヒューイは、その言葉を言い切るか言い切らないかのうちに膝から崩れて倒れた。