小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【84】ライズと王女誕生日(後編)

 何の意図があったのかまったくわからないが、三色のピュエリをすべて飲んでしまったヒューイは、プリシラが飲むはずだった毒入りのピュエリまで飲んでしまった。

その場で卒倒したのはこの毒がシアニン系の化合物で即効性があるからなのだが、そんな事は今はどうでもいい。

私は倒れたヒューイの腕を肩に担いですかさず立たせると、驚いた表情をしているプリシラに言った。

 

「キサラギ准尉は体調が優れないようです。どこかで休ませてあげたいのですが」

 

騒ぎを大きくしないように、という私の思惑を汲み取ったプリシラは、すぐさま明るい笑顔を取り繕った。

 

「まあ、大変ですわ。すぐに部屋を用意しましょう」

 

手近な近衛兵を一人呼び寄せると何やら指示を出す。

近衛兵はすぐに担架を用意すると、別途やってきた兵士とヒューイを担架に乗せて会場から出て行った。

プリシラは何事もなかったかのように振舞いながら、私の横に来て小声で言った。

 

「今夜、私の部屋に来なさい。それと、ヒューイの事、頼んだわよ」

 

私は頷き、運び出されるヒューイ追ってパーティー会場を後にした。

 

 

 ヒューイが運ばれたのは来賓用のそれなりに立派な客室の一室のようで、リビングと寝室がきっちりと別れた比較的大きな部屋だった。

衛兵達はヒューイをベッドではなくリビングの大きなソファに寝かせると、私に一礼して部屋を出て行ってしまった。

医者の手配をせずに、余計な事は一切させずに部屋だけ与える。医者を呼んでしまえば毒物が検出され、大事になる事を考慮した見事な采配だ。あくまで酒の飲みすぎのような印象を与えつつ、他人の目に触れさせないよう来賓用の部屋を用意する。

 

あの一瞬でそれだけの判断をして見せるプリシラはやはり王女としての資質を持っているのだろう。

部屋の中は静まり返っており、窓を開けるとわずかに冷たい秋の風が部屋に入り込んだ。

騒がしいパーティーの喧騒とこの部屋の静けさはあまりにもかけ離れており、ここが同じ王宮の中だという事を忘れそうになる。

そんな事を考えつつヒューイの容態を確認する。

呼吸は浅いが安定。嘔吐の症状はなし。心臓は定期的なリズムで鼓動をしている。

命には別状が無さそうだ。

 

だが、そうなる事はわかっていた。

この毒薬を摂取したところで、死なない事は最初からわかっていたのだ。

仮にヒューイよりも体が小さいプリシラがこの毒を飲んだとしても、同じようにその場で卒倒していたであろう。

しかし死には至らない。

なぜなら、そうなるように薬の配合を計算していたのだから。

とは言え、このままヒューイを放置すると回復は夜になるだろう。

そこまでここで介抱するわけにもいかないし、そうなれば王宮の関係者からの追求は避けられない。

 

そしてこんな時の為に解毒薬を用意している自分に自己嫌悪すら感じる。

毒薬を隠していた袖と反対の袖から同じような細い試験官を取り出す。

中身をヒューイの口の中に流し込み、飲み込むのを確認する。

これでもう大丈夫だ。

少なくとも一時間以内には目を覚ますだろう。

私はヒューイが寝かされているソファの隣に腰を下ろした。

彼は何事もなかったかのように静かな寝息を立てている。

 

「まったく……なんのつもりだったのかしらね」

 

私は一人呟くと、その穏やかな寝顔をしばらく眺めていた。

 

 

 

「う……」

 

それから三十分ほどで、ヒューイは意識を取り戻した。

頭を押さえながらだるそうに体を起こすと、きょろきょろと周りを見回して私の姿を見つめたようだった。

 

「ライズ……? ここは……」

 

私は安堵のため息を吐きながら、手近なグラスに水を入れてそれを差し出しながら言った。

 

「ここは王宮の一室よ。あなた、ピュエリに仕込まれていた毒を飲んで気を失っていたの」

「毒?」

 

ヒューイは受け取った水を飲み干すと、朦朧としているであろう意識を振り払うように頭を振った。

 

「解毒薬が効いているから問題はないと思うけれど、気分はどう?」

「金槌で頭を殴られているような気分だが、まあ大丈夫だ」

「そう」

 

私が言うと、ヒューイは少し驚いたような顔でじっとこちらをみつめていた。

あまりにも長い時間こちらを見ているので、思わず聞いてしまう。

 

「どうしたの? 私の顔に何かついている?」

「いや」

 

ヒューイはハッとしたように視線を逸らすと、頭の後ろを手で掻きながら言った。

 

「珍しくライズが微笑んでいるから、つい見とれていた」

「バカね」

 

私は言いつつも、はっきりと自分がホッとしているのを自覚していたし、彼が無事だった事に安心するのと同時に、万が一の事態を考えて心配していた事に気付いていた。

 

「それで」

 

私は話題を変えるべく、切り出す。

 

「どうしてあんなバカな事をしたの。三人分のピュエリを飲んでしまうなんて」

「いや、なんとなくプリシラ王女もライズもピリピリとしていたのでな。場を和まそうと」

「呆れたものね」

 

私はそう言いつつ、ヒューイの感覚の鋭さに内心舌を巻いていた。

あの時確かに私とプリシラは一見いつも通り振舞ってはいたが、お互い毒入りピュエリを意識して神経が尖っていたのだろう、

この男はそんな私たちの感情の揺らぎを敏感に察知していたという事だ。

ヒューイは苦笑いを浮かべながら言う。

 

「毒が仕込まれているとは夢にも思わなかったが。プリシラ王女を狙っての事だろうが、下手人はわかっているのか?」

 

まさか私が犯人だと名乗るわけにもいかない。

 

「ええ、目星はついているみたいだから、近衛兵が動いているでしょう」

 

適当な言い訳だが、黙っているよりは説得力はあるだろう。

私は立ち上がり、ヒューイに手を差し出す。

 

「立てる?」

 

彼は私の手を取って下半身に力を入れて立ち上がる。

 

「問題ないな。頭痛も収まってきたし、効果の弱い毒のようだ」

「流石に頑丈ね。それでこそ傭兵だわ」

 

彼は返事の代わりに微笑んでみせた。

 

「今更パーティーに戻るわけにもいかないし、今日のところは帰りましょう」

 

私の言葉にうなずいたヒューイは、握っていた手を離して伸びをしていた。

離された手に、彼の強い力と熱がまだ残っている。

 

「毒を飲んだのがライズやプリシラ王女でなくて良かったよ」

 

彼の言葉に私は思わずつぶやいた。

 

「こんな事じゃ、ダメなのにね」

「うん?」

「いいえ、行きましょう」

 

私とヒューイはそのまま王城を後にした。

 

 

 

 パーティーもすっかり終わり王城に静けさが戻った夜半に、私はプリシラの部屋のバルコニーに音もなく着地した。

開け放したままになっている大きな吐き出しの窓辺で風に揺れるカーテンの影に隠れながら部屋に入ると、シルクの部屋着で寛いだようにソファに座りこちらを見ているプリシラの姿があった。

 

「いらっしゃい。遅かったわね」

 

燐光灯すら灯っていない部屋の中は、窓から差し込む月明かりのみで薄暗くプリシラの表情までは読み取れなかったが、その声はいつも通りだった。

 

「用意した部屋がもぬけの殻だったから問題ないと思うけれど、ヒューイは大丈夫だった?」

「解毒薬を飲ませたし、帰り道にはすっかり回復していたわ」

「そう、よかった」

 

プリシラの声を聞きながら、私は隣のソファに座る。

若干の沈黙が訪れ、遠くで鳴く虫の音だけがわずかに聞こえてくる。

沈黙を破ったのはプリシラだった。

 

「しかし驚いたわね。まさかヒューイが毒入りのピュエリを飲んじゃうなんて」

「本人は場を和ますつもりだったそうよ。あなたと私が緊張していたのを感じ取ったみたい」

「あー」

 

プリシラは笑いながら言った。

 

「彼、変なところで感性鋭い感じするものね」

 

沈黙。

今、私たちの間に流れる空気は不思議な重苦しさを持っていた。

それもそうだろう。暗殺の予告をしておいて失敗した女と、命を狙われている女が揃っているのだ。

お互いしばらく黙っていたが、またしても沈黙を破ったのはプリシラだった。

 

「それで……どうする? どうせなら痛くない方法がいいんだけれど」

 

部屋の暗さに目が慣れてきて、プリシラの表情が見えるようになってきた。

彼女の表情からは僅かな怯えと覚悟が見て取れた。

私は無言で立ち上がり、いつものダガーナイフを鞄から取り出し、鞘から引き抜いた。

月の光を反射して冷たく光るナイフに、プリシラの表情が若干引きつる。

 

「いざ、となると怖いものね……!」

 

わずかに震えた声を出すプリシラに、私は静かに近づいていく。

そしてナイフを大きく振りかぶった。

プリシラが身を縮ませ、強く目を閉じる。

私は、大きく振りかぶったナイフを躊躇なく振り下ろした。

 

 

 血しぶきが舞い踊る事はなかった。

振り下ろしたナイフはプリシラの眉間に羊皮紙一枚分手前の所で止まっていた。

いつまで待っても訪れない痛みにプリシラが薄く目を開いた。

私はナイフを引くと、鞘に納めた。

 

「ライズ……?」

 

プリシラが驚きとも恐怖ともつかない、なんとも間の抜けた声で私の名を呼んだ。

私は大きく一つ深呼吸をして言う。

 

「今、ドルファン王国第一王女のプリシラ・ドルファンは死んだわ。私がこのナイフで刺し殺した」

 

プリシラは祈るように胸の前で指を組んでこちらを見ていた。

 

「今、そこにいるプリシラは、仮初の王女。どこの馬の骨ともつかない偽物の王女だわ。私の目的はドルファン王家への復讐。偽物の王女に興味はない」

「ライズ……」

 

プリシラは大きくため息を吐いたが、すぐにいつもの勢いで言った。

 

「でも、どうして? 仮初だってなんだって、私がドルファンの王女である事に変わりはないわ。だからこそあなたは危ない橋を渡ってでも、今日ピュエリに毒を入れたんじゃない!」

 

プリシラの言う事はもっともだ。

だが、これは私の出した一つの答えだったのだ。

 

「今日、あなたに飲ませようとした毒は、飲んでも死なないように調合した物よ」

「え!?」

「事実、ヒューイは死ななかったし、解毒薬を飲ませなくても二、三日もあれば回復したでしょう」

 

プリシラは困惑したような瞳で私をみつめている。

私はナイフを鞄にしまい、再びソファに腰を下ろした。

そして言葉を続けた。

 

「去年、私はあなたを十九歳の誕生日に殺すと約束したわね。あれから一年、私なりに考えたわ」

 

プリシラは黙って続きを待っていた。

 

「デュラン国王の本当の娘ではないあなたを殺す事が、本当にドルファンに対する復讐になるのか。お父様の復讐とは何か、私のすべき事とは何か、この一年はそれらを考えるきっかけになったのは間違いないわ」

 

私はプリシラから視線を逸らし、窓の外の夜空を見上げた。

 

「プリムのおばあ様のローズバンク手記に書かれていた事も、考えるきっかけをくれたわ。お父様や私が復讐を果たさなければならない本当の相手は誰なのか、という事を」

 

私は視線をプリシラに戻す。プリシラは真っ直ぐに私の視線を受け止めてこちらを凝視していた。

 

「色々な事を総合的に考えた結果、あなたを殺す事は私の復讐にはならないという考えに至った。でも、去年あなたと交わした約束は守らなければならない。だから、あの薬を用意したのよ。どんな形でも、一度は殺した事にならないとあなたとの約束を反故にした事になるもの」

 

 

 私が言いきると、プリシラはしばらくきょとんとした顔をしていた。

だが、堪ええきれないようにくすくすと笑いだし、やがて声を上げて笑った。

 

「あはは! ライズってさ、変なところ真面目よね」

 

私はプリシラが何が可笑しくて笑っているのかわからず、訝し気に彼女を見ていた。

 

「まあ要するに、私を殺すのは止めてくれたって事よね」

「いいえ、私はプリシラ王女を殺したわ。今、私の前にいるのは旧家の両翼が用意した偽物の王女よ」

「そういう事にしてあげる。私だって、この一年色々考えたんだから」

 

そういえば殺されるのを一年待って欲しいと言い出したのはプリシラからだった。

自分の命が有限となった時、自分を取り巻く環境がどう見えるのか知りたいという事だった。

 

「……それで、この一年であなたは何を見たのかしら」

 

私の言葉にプリシラは目元を指で拭ってから、少し落ち着いた声音で答えた。

 

「そうね……まあ、簡単に言ってしまえば、私はやっぱり王女なんだって事を再確認した、ってところかな」

「どういう事?」

「私は、今日で死ぬってわかっていても王女である自分から逃げる事はできなかったし、逃げようと思わなかったわ。もちろん、今までみたいにお忍びで街に遊びに行ったり、ライズと一緒にアイスを食べたり、魔女の森に探検に行ったり、そういう事も楽しかったわ。でも、そういう時間を過ごせば過ごすほど、私はこの国が好きなんだという事に気が付いた。どうしたら、この国をもっと素敵に出来るのか考えている自分に気付いたわ」

 

プリシラはソファから立ち上がり、窓辺にもたれてこちらを見た。

 

「わたしはもちろん偽りの王女で、王家の血なんて流れていないけれど、物心ついてからずっと王女として育てられたんだもん。やっぱりこの国が好きだし、それが役割として与えられた物だとしても、それを演じ切る以外に生き方をしらないんだな……って」

 

月明かりがプリシラを照らし、彼女の白い肌が青白く照らされて美しい。

 

「結局、わたしは王女という呪いをかけられたかもしれないけれど、デュラン国王が私を実の子供のように愛してくれているし、国民が私を王女と思ってくれている限り、その期待を裏切る事はできないのよ。それがよくわかった一年だったわ」

「あなたは、自分の人生を奪った旧家の両翼を、ドルファン王国を許すというの?」

「確かに私は人生を奪われたのかもしれない。でも、今私が生きている人生だって、私の人生だもの。どうせ生きなきゃならないなら、精一杯やり切って生きたい。これが今の私の正直なところよ」

「……そう、なのね」

 

月明かりを浴びて微笑むプリシラは、私にはまぶしすぎる。

 

「でもさ」

 

何故か俯いてしまった私に、プリシラは明るい口調で言った。

 

「ライズもこの一年で大分変ったよね」

「え?」

 

思いも寄らない言葉に顔を上げると、プリシラは私の前に跪いて私の手を握った。

 

「気づいていないの? 一年前はヴァルファの任務が、とか言って何かに縛られるように生きていたけれど、この一年で自分のやりたいように行動して、呪縛から解かれたような顔になったわよ、あなた」

「私が……?」

「そうよ! プリムの件もそうだし、友達の為に舞踏会でジョアン・エリータスに直談判しに行ったり、それってヴァルファの任務なんかじゃないでしょう」

 

言われてみれば確かにそれらはヴァルファバラハリアンとしての活動ではない。

隠密のサリシュアンとして、この国に潜入している私の任務ではない。

 

「ヴァルファの任務としてじゃなくて、全部あなたがしたいからした事。わたしは、ライズ・ハイマーという一人の人間の考えがわかって嬉しかったわ」

 

私は驚きとともに、プリシラの言葉をどう受け止めてよいのかわからずにいた。

ヴァルファバラハリアン八騎将の一人、隠密のサリシュアンではなく、ライズ・ハイマーという一人の人間。

そんな事を考えた事もなかった。

ライズ・ハイマーという人物は、ドルファンに潜入する為に作られた人物であって、私であるはずではなかった。

そんなライズ・ハイマーが意思を持って行動し、ヴァルファの任務以外の事をしていたというのか。

私が困惑している事などまるで構わず、プリシラは言葉を続けた。

 

「初めて会った頃のあなたは鉄面皮でいけ好かないと思っていたけれど、わたしは今のライズの事、とても好きよ」

 

プリシラの歯に衣着せぬ言葉に、私は尚更困惑を深めていった。

隠密のサリシュアンと、ライズ・ハイマー。

どちらが本当の『私』だというのだろう。

どちらにしても、私はプリシラを殺さないという選択肢を選んだのだ。

その行為に後悔しないような行動をしていかなければならない。

 

「それにしてもさ」

 

プリシラの明るい声に、私は思考の糸が途切れた。

顔を上げるとプリシラはニヤニヤとこちらを見ていた。

 

「ライズがヒューイと知り合いだなんて、聞いてないわよ。どこでどう知り合ったのよ!」

 

またこの話題か、と私はため息を吐きながらいつものセリフで答えた。

 

「下らないわ」

 

 

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