小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【85】ライズと未来の歌姫

 プリシラの誕生日が終わり、ドルファンの秋は深くなっていった。

今年はサウス・ドルファン駅前でプリシラの偽王女説を流布するチラシは撒かれる事が無かった。

それ自体はそうなるだろうと思っていたので驚きはない。

去年撒かれていたチラシは、完成度が低く粗雑な作りでいかにも素人然としていたのが気になっていた。

あの時私服で街に繰り出していた王宮のメイドが、今年はいない事を考えれば必然的に答えは出てくる。

 

そんな中、今年はリベラル紙にプリシラが養子である事と王室への誹謗中傷が書かれた記事が載せられた。

過去にリベラル紙にそういった記事が載った事はなかったとの事だが、これはローズバンク手記の公開を阻止されてしまったヴァネッサ派の手によるものだろう。

チラシの配布を裏で手引きしていたのはヴァネッサ派だったであろう事は容易く推測できる。

極左派であるヴァネッサ派が積極的に活動をしている背景には、極右派の台頭という事情もありそうだ。

 

ここのところトルキア等で勃発している外国人難民の受入拒否の活動が民衆の支持を得ており、ドルファンにも影響をもたらしてきているからだ。

極右派最大勢力のトルクの活動の根本はトルキア人至上主義だ。ドルファンを含むこのトルキア地方出身者こそ最高の民族だと考え、その他の地方出身の外国人を排他する事が活動の基本となっている。

特にゲルタニアでは昨年の選挙でトルクが政党第一党になった事もあり、外国人排他の声が非常に強く、近々外国人排斥法が施行される兆しだ。

もしもゲルタニアで外国人排斥法が施行されれば、外国人傭兵だけでなく多数の外国人労働者などが住む場所を追われ近隣諸国に大量に難民が排出されることになるだろう。

そうなった場合、ドルファンはどう動くかが注目される。

元々デュラン国王は難民受け入れなどには積極的であるが、どちらかと言えば右派の考えを持つピクシス家は恐らく難民受け入れは反対の姿勢を取るだろう。

ピクシスが拒否すれば王室議会はその意向になる。それこそがドルファンの政治なのだから。

 

 そんなドルファンと近隣諸国を取り巻く環境が動いていく中、私自身も自分の信念が揺らいでいるのを感じていた。

先日プリシラ誕生日に私が直面した問題。

隠密のサリシュアンとライズ・ハイマー、どちらが本当の私なのかという迷いのようなものが、胸の奥深くに鋭い刃物のように突き刺さり、いつまでも痛みを伴っていた。

頭の中では私は隠密のサリシュアン以外の何者でもないと理解しているのだが、心の深いところでライズ・ハイマーとしての自分が何かを求めてもがいているような感覚がある。

何を求めてもがいているのかはわからないが、それはヴァルファバラハリアンとしての私とは違ったものを求めているような気がしてならない。

 

 

 浮かない気持ちのまま午後の授業を終え寮へ帰ろうとしていると、下駄箱でやはり帰り途中のソフィアがいた。

ソフィアは私に気が付くと、いつもの笑顔を浮かべて近づいてきた。

 

「ライズさん。今帰りですか? 良かったら一緒に帰りませんか」

 

昔の私ならば考えるまでもなく断っているところだが、今、私は浮かない気持ちを抱えた状態で、ソフィアの暖かな笑顔にほっとした気持ちになっている。

私が同意の印に頷くと、ソフィアは慣れた態度で横に並んで帰り道を一緒に歩き出した。

 

校門を出て赤く染まり始めた木々を見ながら通学路を歩いていると、ソフィアがこちらを見て言った。

 

「何か、ありましたか?」

「え?」

 

思ってもいなかった言葉に思わず聞き返してしまった私に、ソフィアは控えめに微笑んだ。

 

「なんだか元気がないように見えたから」

 

ソフィアは周りをよく見ている子だ。私は感情を表に出さないように訓練を受けているしそれが当たり前だと思って普段から行動しているのだが、ソフィアは私の本当に小さな心境の変化なども敏感に察知してくる。

そんなソフィアに嘘を吐いても仕方が無いが、何もかも正直に話すわけにもいかない。

私は当たり障りのない言葉を慎重に選んだ。

 

「少し、考え事をね。他愛もないことよ」

「そうですか……。私に相談できる事なら、なんでも相談してくださいね!」

 

そう言って微笑むソフィアの笑顔がまぶしい。

先日のプリシラもまぶしく見えた。

私は影に生きる女だ。まぶしくはなれない。

 軽く咳払いをして話題を変える。

 

「そういえば、最近ジョアン・エリータスが馬車で迎えに来ている様子がないわね」

「ええ、そうなんです」

 

頷くソフィアの表情は先ほどと同じで、穏やかだ。

 

「最近のジョアンは、なぜか私の話を聞いてくれるようになったんです。馬車で迎えに来るのも、悪目立ちしてしまって恥ずかしいと伝えたら、次の日から止めてくれたんです」

「そう。彼の中で何か考えが変わったのかしら」

「はい、そんな気がします。今のジョアンなら、私ももう少し話をしてみたいと思って」

 

以前は浮かない顔でジョアンの話をしていたソフィアが、今は明るい顔で話をしてくれる。

それだけで私がやった事の価値はあったという事だ。

少しの充実感を感じていると、ソフィアが僅かに口ごもりながらもじもじと口を開いた。

 

「あ、あの、まだ先の話なんですが」

「何かしら」

 

珍しく上目遣いでこちらを見ながら、ソフィアは胸に手を当てて意を決したように言った。

 

「年明けの一月に劇団アガサの復活公演があるんです。それで、私、ほんの端役ですが舞台に立てる事になりまして!」

「そう、おめでとう」

「ありがとうございます! それで……あの、良かったら観に来てきただけませんか?」

 

ソフィアは舞台の歌姫になる事が夢で、それに向かって劇団の練習生としてアルバイトや家庭の事で忙しい中でも努力を続けてその役を勝ち取った。

どんな端役だったとしても初舞台である事に変わりはないし、夢への第一歩になるのは間違いない。

 

「もちろん観に行かせてもらうわ。あなたの初舞台だもの、見届けたいわ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

私の答えに手を取って喜ぶソフィアに、道行く人が驚いてこちらをジロジロと見ていた。

 

「あ、すみません……」

 

まわりの人の視線に気づいたソフィアは頬を赤らめて、照れ臭そうな笑みを浮かべた。

いつになく上機嫌なソフィアを見ていると、不思議な事に先ほどまでの浮かない気持ちが軽くなっていくのを感じる。

自分がこんな気持ちになる事があるなんて、思いもよらなかった。

だが、今この感情を持っている私はその『私』なのだろうか。

隠密のサリシュアンなのか、ライズ・ハイマーなのか。

 

 

 そんな事を考えながらソフィアの言葉に適当な相槌を打っていると、私達の横を立派な馬車が通り過ぎていき、その馬車が少し先で停まった。

目的地に着いて停まったのかと思っていると馬車の扉が開き、中からベイラム・オーリマン卿が現れて通りに降り立った。

オーリマン卿は明らかにこちらを確認すると迷いなくこちらにまっすぐ歩いてくる。

そして私達の前、厳密に言うとソフィアの前に立つと被っていたシルクの帽子を脱いで胸の前に下げると、恭しく頭を下げた。

オーリマン卿が突然現れたのにも驚いたが、このプライドの塊のような貴族がソフィアに頭を下げるという行為に私は表情には出さないが大いに驚いた。

 

「あ、あの……?」

 

ソフィアは突然の貴族の態度に戸惑った様子だ。

オーリマン卿はそんな事を意にも介さず顔を上げて言った。

 

「こんにちは、お嬢さん。あなたは劇団アガサの練習生の方ですね」

「は、はい」

「やはり、そうでしたか。いや、以前あの劇団のオーディションであなたを審査させていただいたもので」

「あの時のオーディションの……!」

 

そのオーディションの事はよく覚えている。

一年半ほど前になるが、私はハンナと一緒に懸命に歌うソフィアの姿を見ていた。

オーリマン卿がその時の審査員だったというのは知らなかったが。

オーリマン卿は私の方など一瞬も見ないで、私の知る彼とはまるで違う人物のように優しく語りかけていた。

 

「失礼。名乗るのが遅くなりました。私はベイラム・オーリマン。劇団アガサとはアガサ・マテライド女史の生前から付き合いがありましてね。活動の支援などもさせてもらっています」

「そうなんですね。あの、わ、私は」

「ソフィア・ロベリンゲさんですね、存じております。あなたの歌声は非常に印象的でした。まだまだ技術的に未熟な部分もありましたが、そんなものは勉強すればいくらでも身につくもの。それよりもあなた個人の純粋で可憐な歌声は、他の誰にも真似できない。私はあなたに可能性を感じて、練習生にと推薦させていただいたのです」

 

興奮を隠しきれない様子で一気にまくし立てるオーリマン卿の迫力に、ソフィアは若干気圧されている様子だが、自分の歌を評価されて悪い気はしないだろう。

事実照れて頬を赤くしながらも、ソフィアはまんざらでもない表情をしている。

オーリマン卿は勢いもそのままに言葉を続けた。

 

「来年の復活公演にはあなたも舞台に立つと聞いています。私も観劇に行くので、あなたの初舞台が今から楽しみです」

「あ、ありがとうございます」

 

頭を下げるソフィアに、オーリマン卿は目の横に深い皺を刻むほどの満面の笑みを浮かべてその肩を軽く叩いた。

 

「才能のある女優の卵との会話は実に楽しい。あなたの活躍を心からお祈り申し上げる。ぜひ練習に励んで舞台を成功に導いて下さい」

 

 

 執事らしき初老の老紳士が馬車の方から近づいてきて、オーリマン卿になにやら耳打ちをした。

オーリマン卿は頷き、名残惜しそうにソフィアの手を取った。

 

「突然のお声がけで失礼しました。私は所用がありますので、これで失礼」

 

そう言ってソフィアの手の甲にキスをする仕草をすると、打って変わって冷たい目でこちらを見た。

そして冷ややかな低い声で言った。

 

「確かスィーズランドの貴族の娘と言っていたな。先日のザクロイド令嬢のパーティーでは大したじゃじゃ馬ぶりだったじゃないか」

 

私は彼の冷たい視線を正面から受けつつ、同じように冷ややかに答える。

 

「何の事か、わかりかねますわ」

 

私の態度にオーリマン卿は若干顔に侮蔑の表情を浮かべたが、すぐに踵を返して歩き出した。

 

「お前が何者でも構わないが、将来の歌姫候補に迷惑をかけるような事だけはするなよ」

 

捨て台詞とともに馬車に戻っていく様は、まさに私の知っている偏屈で頑固なあのオーリマン卿だ。

走り出した馬車を見送っていた私達だったが、やがてソフィアが大きなため息とともに言った。

 

「はあ、緊張したあ。あの時の審査員の方が劇団の支援者だったなんて知りませんでした」

「随分気に入られていたわね」

「信じられないですけれど」

 

そう言ってソフィアは照れ笑いを浮かべた。

 

「ライズさんも、あの方とお知り合いなんですか?」

 

私は肩をすくめてみせた。

 

「知り合いと言えばそうだけれど、どちらかと言えば只の顔見知りよ」

「すごいですね。あの方、貴族の方ですよね」

「ドルファンの輸出入のすべてを取り仕切っている貴族よ」

「……なんだか、雲の上の人ですね」

 

ソフィアの率直で庶民的な意見に、私は構えていた気持ちが緩んで思わず笑ってしまった。

 

「ふふふ、そうね」

 

ソフィアと一緒にいると沈んだ気分も晴れていくような気がする。

これが友というものなのだろうと心の中では思っているものの、結局ソフィアに対しても私は自分を偽っている。

ソフィアにとって私はスィーズランドからの留学生で、同じ学校に通う学友でしかない。

 

その正体はドルファン王室議会に復讐する為に潜入している敵対勢力の人間であるとわかった時に、果たしてソフィアはどんな態度を取るのだろうか。

ソフィアだけではない。同じような付き合いをしているハンナもそうだし、私の絵を描いてくれたレズリー。秘密を守ってくれているロリィ。私を友人だと認めてくれているリンダ。なにかにつけて良くしてくれているクレア。すっかり茶飲み友達のようになってしまったセーラ。私の騎士としての誇りを知りつつも対等に接してくれるジーン。共通の敵を持ちつつも協力してくれるメネシス。パン屋の看板娘のスーと、お気楽娘のキャロルとも妙な縁が出来てしまった。

そして、ヒューイに好意を寄せるアン。

 

彼女たちとドルファンに来て出会ったり何かの縁で知り合った人々は、私が正体を偽りこの国に復讐する為だけにこの関係を利用していただけだと知ったら、何と言うだろうか。

 

「十二月に入れば、あっという間にクリスマスですね。今年もドルファン城のパーティーが楽しみです」

 

ソフィアの笑顔を見るたびに胸の奥に感じるわずかな痛みが、少しずつ強い痛みを伴って呼吸が苦しくなるように感じるのは気のせいだろうか。

 

 

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