小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
私達はクリスマス用に特別に用意された王宮の食事やお菓子を楽しみ、ピュエリのグラスを片手に生け簀を回遊する魚のようにぐるぐると会場内を回っていた。
何をするわけでもないのだが、普段と違ってめかし込んだドレスを着て、同じように普段と違う恰好をした人達を眺めながら普段入れない場所にいるというのは、それだけで高揚感を掻き立てて誰もがパーティーに夢中になる魔力があるようだ。
もちろん私はそんな事に現を抜かすほどお気楽なわけではないが、楽しそうにしているソフィアとハンナを見ているのは悪い気はしない。
二年前のクリスマスパーティーの時は、プリシラへの憎しみで心がギスギスとしていたのに比べれば、今日は随分と明るい気持ちで参加出来ている。
一通りパーティー会場を見て回り、休憩を兼ねてツリーの近くでピュエリを飲んでいると、煌びやかな女性陣とまではいかないまでも軍の礼服を着て襟を正したヒューイ・キサラギがシャンパンのグラスを片手にこちらに歩み寄ってきた。
「これは美しい姫君達がお三方もお揃いで」
恭しく頭を垂れるヒューイに、ハンナが大袈裟に肩を叩いた。
「美しい姫君だなんて、まあそれほどでもあるけれどさ。キミも招待されていたんだね」
ヒューイは頷いてグラスのシャンパンを飲み干した。
「美味い酒に、美しい女性たち。参加しない方がおかしいだろ」
「またまた~」
ハンナが照れて笑いながら再度バシバシとヒューイの肩を叩く。
今度は音が大きく、それなりに痛そうだ。
そんな二人を眺めながら、一歩引いたところでソフィアはニコニコとしている。
私はため息を吐きながらピュエリを一口飲んだ。
この男はどこに行ってもこういった八方美人な態度をとるので、勘違いをして彼に好意を持つ女性が増えるのだ。
婚約者のいるソフィアはともかく、誕生日パーティーにわざわざ招待するプリシラやリンダ、一方的とは言え熱烈な片思いのアン、白馬の王子様のように慕うロリィ、困った時に頼りに出来るほど信頼を置くレズリー、そして今まさにデレデレと締まりのない顔をしているハンナ。
さらに言えば、あのよくわからないノエルという女性もいる。
毎回歯の浮くような言葉ばかり囁いているから、こんな状況になっているのだ。
私はもう一度ため息を吐き、ピュエリを飲み干してテーブルに置いた。
それを見ていたソフィアが小声で話しかけてきた。
「なにかありましたか?」
「特になにもないわ。強いて言えば、この浮ついた傭兵の態度に呆れているくらいで」
「あ……」
ソフィアはそっと口元に手を添えると、少し頬を赤くしながら言った。
「そ、そうですね。あの、ヒューイさんって誰にでも優しいところがありますよね」
「優しいなんて良く言い過ぎだと思うわ。こういうのは、優柔不断の八方美人と言うのよ」
私の言葉にソフィアの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「どうしたの? 熱があるんじゃないかしら」
私が言うとソフィアは慌てて頭を振った。
「いえ、あの、大丈夫です。ちょっと中てられちゃって」
パタパタと手で顔を扇ぐソフィア。体調が悪いようには見えないが、人の多さにでも中ったのだろうか。
「そういえば、もうすぐダンスの時間ですね。整理番号はお持ちですか?」
ソフィアの言葉に私は入城する時に配られた紙を取り出した。
「ああ、これね」
私は紙に書かれた〝一二八〟という番号をソフィアに見せる。ソフィアは頷きながら言った。
「毎年、この時は緊張します。ダンスが当たるのかどうか、選ばれた時の相手が知っている人だといいんですが」
「この催しは毎年行われているの?」
「そうですよ。会場の参加者から抽選で選ばれた三十組限定のパートナー同士で踊るんです」
「知らなかったわ」
二年前のパーティーに参加した時はそれどころではなかったし、よくわからないままにダンスフロアでリン・コーユーとダンスを踊ってしまったが、実はそういうイベントだったのだろうか。
そんな事を考えていると、ダンスフロアのバルコニーから近衛兵たちが大きな布を吊るしはじめた。
その布にはダンスパートナーに選ばれたらしき番号がペアになって書かれていた。
男性の番号が青字で、女性の番号が赤字で書かれているようだ。
そしてその番号の羅列の最後の方に、『一二八』の赤い文字を見つけてしまった。
一緒に布を見ていたソフィアが驚きの声を上げた。
「あ、ライズさん、選ばれましたよ!」
「……そのようね」
基本的に目立ちたくない私が選ばれてしまうとは、あまりにも皮肉が効いているではないか。
とは言え、不貞腐れていても仕方がないのでパートナーとなる相手の番号を確認する。
私の番号と対で書かれた青い文字は、『三一九』と書かれている。
フロアに出て相手を探さなければと思った時に、不意にヒューイが進み出た。
そしてこちらに気付くと、若干戸惑ったように笑った。
「ライズも選ばれたのか? オレも当たってしまったようだ」
そう言って番号が書かれた紙を見せる。
その番号は『三一九』だった。
私はそのあまりの偶然に一瞬言葉が出てこなかったが、黙ってこちらの番号が書かれた紙を見せた。
ヒューイも驚いた顔をしたが、状況を飲み込むとこちらに手を差し伸べた。
「踊っていただけますか、ミス・ライズ」
私はその手を取りながら答える。まあ、どこの馬の骨ともつかない輩と踊るよりは、多少でも気心の知れている知人と踊る方が気は楽だ。
「あなたで良かったわ」
後ろでソフィアとハンナがきゃあきゃあと何か黄色い声で言っているのを無視して、私達はダンスフロアへと進み出た。
周りにも選ばれたパートナー同士がペアを作りフロアに集まっていた。
王宮の楽団が軽やかなワルツを奏で始め、私とヒューイはお互い軽い会釈を交わして踊り始めた。
ヒューイは私の肩の後ろを支え、私は彼の左腕に触れる。
お互いの視線を合わせて息を整えると、ステップを始める。
このダンスフロアでダンスを踊るのはもう三度目になる。
一度目は迷い込んだタイミングでリン・コーユーと、二度目は先日の舞踏会でジョアン・エリータスと。
そして三度目はまさかのヒューイと。
ヒューイはダンスが殊更上手いわけではないが、今までの二人に比べて格段に踊りやすい相手だった。
ステップやリードが抜群に秀でているわけではない。
ただ、私が動きたいと思うタイミングに動きたいと思う方向に的確に進んでくれる。
お互いの行動を先読みしているわけはないが、お互いのやりたいことが合致している感覚というか、『呼吸』が合うと言うのか。
ステップを踏みながら円を描いて回っていると、二人の動きが溶け合って一つの生き物のようになっていく錯覚を覚える。
ヒューイは踊っている間、じっとこちらをみつめていた。
私も目を逸らさずに彼の目をみつめ返す。
周りで踊る人たちも、遠巻きに歓声を上げているソフィアやハンナも、楽団の奏でる音楽までもが緩やかに溶けていき、私とヒューイはただお互いの鼓動を感じながら踊っていた。
このまま永遠に踊っていたいような不思議な感覚に囚われていると、不意にヒューイが私の動きを優しく誘導して止めた。
そして私の手を握ったまま深く腰を落として跪いた。
そこで初めて私は曲が終わり、ダンスが終わった事に気付いた。
会場を埋め尽くすような拍手が鳴り響き、楽団が新しい曲を奏で始めた。
ここからは抽選など関係なく自由に踊れる時間のようで、色々な人々がフロアに躍り出てきていた。
ヒューイは立ち上がり、私を見て微笑んだ。
「思わず夢中で踊ってしまったな。随分ライズにリードしてもらったようで」
私は思わず目をそらしながら答えた。
「いいえ、私も少し集中してしまったので」
なぜかわからないがなんとも気まずいままお互いの距離を測りあぐねていると、ソフィアとハンナが駆け寄ってきた。
そして開口一番、ハンナが大きな声を上げた。
「わあ! いつまで手をつないでいるのさ!」
その言葉に、私とヒューイはまだ手を握っていた事に気付き、あわてて手を離した。
それを訝し気に見ていたハンナだったが、パッとヒューイの手を取りダンスフロアへと引っ張っていく。
「さあ、次はボクの番だよ!」
ヒューイは苦笑いを浮かべながら、ダンスフロアへと進んでいった。
そんな二人を見送りつつ、ソフィアが微笑みを浮かべながら言った。
「すごく素敵なダンスでしたね。息がピッタリで、思わず見とれてしまいました」
「……よくわからないわ。私はただ、ダンスをしただけだもの」
「そうですか? 私にはすごくお似合いの二人に見えました」
「バカな事を言うわね」
私の言葉にソフィアは優しく微笑むだけで、何も言わなかった。
その後パーティーは盛況なまま終わりの時間を迎え、私達も更衣室で普段着へと着替えると城門の前でそれぞれの家路へと着いた。
私はソフィアとハンナと別れ、シーエアー方面へと歩き出しながらパーティーの余韻を感じつつ空を見上げた。
今夜は曇っていて月は見えない。
吐いた息が白く空に吸い込まれていった。
まだ少し火照っている頬に、今日の冷たい空気は心地良かった。
『こんな人数がいる中で選ばれるとしたら、それは〝運命〟なんじゃないでしょうか』
不意にアンの言葉を思い出す。
あれだけの参加者の中でダンスパートナーに選ばれるというのは、偶然に他ならない。
ただ、少しだけ奇妙な偶然だったのかもしれない。
ソフィアやハンナ、アンではなく、私があの東洋人傭兵とパートナーになって踊るなんて、よく考えれば予想外な組み合わせだ。
そう言えばハンナに誘われて渋々参加した五月祭でも似たような事があった。
五月の花嫁コンテストで唯一私にバラの花を投票したのも、あの東洋人傭兵だった。
あの男とは予想外、想定外な事ばかり。
思わず苦笑してしまった所に、後ろから声をかけられた。
「ライズ!」
その声に振り替えると、私と同じように帰り道の途中であろうヒューイ・キサラギだった。
「ライズも帰りか。途中まで一緒に帰らないか?」
一応ダンスを一緒に踊った仲だ。断る理由もない。
「構わないわ」
私が頷いて見せると、ヒューイは僅かに微笑み、私の隣へ並んだ。
私達は特に言葉を交わすでもなく、なんとなく並んで歩き出した。
私達は言葉を交わさなかったが、不思議と嫌な感じはしない。
話しの種になるような事は色々あったはずなのだが、何故か言葉を交わす気にならない。
何か言葉を発してしまったら、言わなくてもいいような余計な事まで言ってしまいそうな気がする。
それはヒューイも同じなのかはわからないが、普段口数の多い彼にしては珍しく、黙って空を眺めている。
もしも彼が私と同じような気持ちでいるというのなら、それこそあのダンスのように呼吸が合うという事だ。
そう思っていると、不意に目の前に白いものがちらついた。
不思議に思い空を見上げると、灰色の空から真っ白な雪がちらほらと舞い落ちてきていた。
私は思わず立ち止まり、手を差し出して雪を受け止めようとした。
「雪……。ホワイトクリスマスね」
何気なく呟いた言葉に、ヒューイも立ち止まり空を見上げて言った。
「温暖なドルファンで珍しいな」
「そうね……」
手袋に薄く積もる雪をみつめながら、私は故郷のスィーズランドを思い出していた。
雪深いスィーズランドの冬では雪は日常茶飯事だが、ドルファンに来て久しぶりに見る雪は清冽で美しく、その冷たさが心を落ち着かせてくれるようだ。
そう言えばヒューイの昔話を聞いた時、彼は雪の夜に生死の境を彷徨うような経験をしていた。
もしかしたら彼にとって雪は、つらい事を思い出すものなのかもしれない。
「雪……か」
ヒューイはポツリと呟いた。
「ライズは、雪は好きか?」
私はその言葉に少し考えてみたが、率直な気持ちを答える事にした。
「雪は好きだわ。きれいな物も、きたない物も、全て白く包み込んでしまうから」
「そうか」
彼は少し意外そうな顔をしたが、やがて少しだけ困ったような笑顔を浮かべた。
「きれいな物も、きたいない物も、すべて白く包み込む、か。確かにその通りだな」
「あなたの過去に、雪の日のつらい思い出があったかもしれないけれど、もう過去の話よ。すべて白く包み込まれて終わったわ」
「そうだな。あの日があったからオレは親代わりの二人と出会い、あの日がなければドルファンに来る事もなかった」
ヒューイはそう言いながら前を歩き出した。
私はその横に並び、一緒に歩き出す。
すでに路上に積もり始めた雪を踏みしめながら、私達は歩いていた。
「ドルファンに来なければ、ライズに出会う事もなかった」
不意に言ったヒューイの言葉に、私は頷いた。
「……ドルファンに来なければ、私もあなたに会う事はなかったわ。王宮でダンスを踊る事も、こうしてあなたと雪を見る事も」
私達はまた黙って歩いた。
言葉にする必要はないのかもしれない。
今、私達はおそらくお互いの考えている事を理解している。
あのダンスの時のように、同じ気持ちで一つの生き物のように感覚を共有しているのだろう。
静かに雪が降り積もる。
雪はすべてを白く包み込んでいく。
父の復讐も、ドルファンの戦争も。ヴァルファバラハリアン八騎将としての私も、ゼールビスの策略も。アンやハンナの気持ちも、プリシラとの関係も。そして、ヒューイと私の気持ちも。
「今夜だけはすべてを忘れていたいわ……」
唇の中で誰にも聞こえない程の声で呟き、私達は雪の帰り道に足跡を刻んで行った。
後から知った事だが、ドルファンに雪が降ったのは実に三十七年ぶりだったそうだ。