小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
【88】ライズと爆弾テロ①
ドルファンにとって三十七年ぶりの雪となったクリスマスが終わり穏やかな年明け。
平和な新年を迎えたドルファン首都城塞に比べて情勢は賑やかだった。
ドルファンを取り巻く情勢は色々な事が起こっているが、一番の大きな事件は兼ねてよりプロキア国内で起きていたイエルグ大佐の反乱がついに鎮圧され、ヘルシオ公の権威の元プロキア公国が再統一された事だろう。
ヴァルファバラハリアンと共謀していたイエルグ大佐が力を失った事によりプロキアは正式に国としてヴァルファバラハリアンとの敵対を表面化し、ドルファンとの歩み寄りを国の姿勢として示すことが出来るようになったという事だ。
今だ鳴りを潜めているヴァルファバラハリアンにとってはマイナスにしかならないニュースではあるが、元々四面楚歌である状況の中で何が変わるわけでもないというのが現実だ。
そしてもう一つ、戦争とは大きく関りがない話だが、燐光石を巡る輸入自由化に関しても大きな進展があった。
進展と言うよりはドルファン国民にしてみれば後退である内容なのだが、値上がる一方の燐光石の輸入自由化がシベリア大使の訪問で議論されたのだが、オーリマン卿による国の威信の弱体化懸念により今回も実施されなかった。
これにより海外のダイヤモンド事業で経営状態が悪化しているザクロイド財閥の既得権益は引き続き守られる形となり、オーリマン卿とザクロイドの結びつきはより強固に、世間とザクロイドの関係はより悪化する事になるのは間違いがない。
ドルファンの街並みはそんな政治の動きとは関係なく、のんびりと平和に時間が流れている。
強いて言えばトルクの動きが活発化している中、失業した外国人傭兵やゲルタニアの外国人排斥法の影響で流れて来た難民等による犯罪が急増しており、ドルファン国内でも外国人排斥の傾向が強くなってきた事くらいだろうか。
そんなすぐにどうこうなる事ではないだろうが、もしもドルファンでも外国人排斥法のようなものが施行されれば、表向きは留学生である私もそうだし、外国人傭兵部隊であるヒューイ・キサラギもこの国を追われる事となる。
そうなった時に彼はどこへ流れて行くのだろうか。
そんな事を漠然と考えながら週末の学校からの帰り道を一人で歩いていた時だった。
人気のない路地に差し掛かった時、通りの向こうに立ち尽くす影が見えた。
冬の弱弱しい西日と言え、逆光でその姿は見えないが明らかに私を待ち伏せしている様子だ。だが隠れたり不意打ちをしたりする気配はない。
私は顔の前に手をかざしてその姿を確認しようとした。
だが、私が確認するよりも早くその相手がぼそぼそと聞き取りづらい声で話しかけてきた。
「お待ちしていましたよ、サリシュアン」
その声の一言目、一瞬でその相手が誰だかわかった。
目が慣れてきて姿も見えるようになったが、もはや確認する必要もない。
この不快な口調と忘れようもないその声。
いつも通りの教会の神父の恰好をした、血煙のゼールビスがそこにいた。
「……待ち伏せまでして、何の用かしら」
警戒感も露わに棘のある言い方をした私に、ゼールビスはいつも通りのにやけ顔に気持ちの悪い笑顔を張り付けたまま言った。
「そう邪険にしなくても良いでしょう。まあ、あなたに歓迎されるというのも気持ちが悪いですが」
私は答えず、鞄の中のダガーをいつでも引き抜けるよう準備を進める。
それを見逃すゼールビスではないが、敢えて私がするがままにさせている様でもある。
「そんな物騒な物を使う必要はありません。今日は何というか……そう、宣戦布告のようなものをする為に来たのですから」
「宣戦布告ですって?」
ゼールビスはより一層不気味な笑みを浮かべると、ゆっくりと私の方へと近づきながら言った。
「先日の船上パーティーでの暗殺を妨害されたのが、思いの外頭にきていましてね。こんな小娘に私の完璧な計画が邪魔されたのかと思うと、自分でも意外な程口惜しく、怒り心頭だったわけです」
私は黙って続きを待った。
「そこで今回は大規模な爆破テロを実行する事にしました」
爆破テロでも自爆テロでも、ゼールビスが何をしようがそれは問題ではない。
正直私の活動に影響がなければ、お父様の復讐に悪い影響がなければ勝手にやってくれればいい。
前回私が船上パーティーで彼の企みをくじいたのは、それがリンダの誕生パーティーだったからだ。
だがそんな私の気持ちを察したのか、ゼールビスは暗く淀んだ声で続けた。
「なぜ、そんな事をするのかという顔をしていますね。これは、一種の復讐ですよ」
「復讐?」
「そう、私の完璧な計画を邪魔したあなたへの」
「妨害を想定出来なかった、あなたの計画の杜撰さではないの」
ゼールビスの眉毛がわずかに反応した。
「あまり生意気を言わない方が身のためですよ」
「ご忠告痛み入るわ。ただ、私は事実を事実として述べているだけなので、心配は無用よ」
ゼールビスは大きくため息を吐いて一旦間を置くと、怒りも露わに言葉を続けた。
「ではその生意気な鼻をへし折ってみせましょう。一つ、勝負をしようではありませんか」
「勝負」
「明日の日曜日、正午丁度に三箇所で爆破テロを敢行します。場所はドルファン教会、国立公園、シアターの三箇所です」
正気だろうか。
爆破テロを行うというのはもちろん、その場所を私に開示する意味は一体なんなのだろうか。
意図はわからないが、ゼールビスの話が本当だとすれば一番被害が大きいのは間違いなくシアターだ。
なぜなら明日は劇団アガサの復活公演の初日であり、沢山の観客がそこに集まる事が予想できる。
そして、それはすなわちソフィアの初舞台の日ということだ。
「どうしてそれを私に教えるの?」
気持ちの悪さとともに吐き出した質問に、ゼールビスは目を細めて不気味に微笑んだ。
「言ったでしょう、勝負だと。この三箇所の爆破テロをあなたが防ぐことが出来るか、それとも爆破テロが成功して私のクライアントの目的が達成されるか、楽しい賭けになると思いませんか?」
「私がそれに付き合う必要がどこにあると言うの。爆破テロでもなんでも勝手にやればいい」
「おや、そんな事を言っていいのですか? あなたのお友達ごっこのご友人が舞台に立たれるんですよね?」
ゼールビスの声が刃物のような冷たさを孕む。ソフィアの事などお見通しという事か。
さらにゼールビスは続ける。
「それに明日は国立公園にプリシラ王女が視察にいらっしゃるそうですよ。教会にあなたのお知り合いが来るかは知りませんが、日曜のミサに参列される方は多くいらっしゃるでしょうね」
私は思わず舌打ちを打った。
完全にこちらの事を調べ上げた上の犯行予告で、私が逃げ出す事が出来ないように計算されている計画だ。
だがそれは私個人的な話しだし、それを認めるわけにはいかない。
「私には関係のない話しだわ。私はヴァルファバラハリアンの人間。プリシラ王女が死んでくれれば私たちに有利になるし、教会で事故があろうとどうでもいい事よ」
吐き捨てた私の言葉に、ゼールビスは心底楽しそうに笑った。
「くくく、あははははは! 結構ですよ、無視していただいて。その三箇所が美しく破壊されゆく様を見ていればいい。それでこそ南欧最強と謳われたヴァルファバラハリアン八騎将の一人ですよ」
過去の私ならゼールビスの言う通り無視していただろうし、その方がヴァルファバラハリアンにとっても有利に事が運ぶだろう。
だが、今の私にはそれは出来そうになかった。
何故だかわからないが、この恐るべき行為を見逃していいわけがないと、心の深いところで私の中の何かが全力で否定している。
そして、この裏切り者の行為を断じて許してはならないと私の騎士としての誇りが叫んでいる。
私は唾を飲み込んで、絞り出すような声で言った。
「いいわ。あなたの勝負に乗ってあげる。ただ、私に勝負を挑んだ事を必ず後悔する事になるわよ」
自分でも陳腐な啖呵を切ったものだと思うが、何も言わないわけにはいかなかった。
ゼールビスは不愉快な笑みを顔に張り付けたまま、こちらを睨め上げると低く暗い声で言った。
「ふふふ、楽しみですねぇ。あなたの美しい顔が苦痛と悲しみに歪むのを見るのが」
そう言って踵を返し、ゼールビスは夕闇の迫る路地に消えて行った。
私はすぐに行動に移っていた。
寮には戻らずに急いでサウス・ドルファン駅を目指す。
丁度客を乗せて駅まで帰ってきたジーンを捕まえて声をかける。
「例の件をお願いするわ」
私の言葉にジーンは若干機嫌悪そうに答える。
「ま、気は進まないが仕事だからな。報酬分は働くよ」
「頼むわね」
客を降ろしたジーンの馬車はすかさずカミツレ高原駅の方へと走り去って行った。
その後ろ姿を見送ってから寮に戻る。
自室に帰り着くと、制服を脱ぎ捨てて私服に着替えながら考えを整理していく。
ゼールビスは三箇所をテロの対象にするという。
その言葉を信じるのは癪だが、ここはそれを正としよう。
教会、国立公園、シアター。
そもそも今回のテロの目的はなんなのだろうか。
私に対する当てつけだけで実施するような規模ではない。
前回、ゼールビスの狙いはオーリマン卿の暗殺だった。
「オーリマン卿……?」
一人その名前を呟きながら息を飲んだ。
そうだ。オーリマン卿はシアターに観劇に行くはずだ。
去年、ソフィアと一緒だった時にわざわざ馬車を停めてまで挨拶をするほどの舞台好きだ。
今回の公演を見に行くとソフィアに言っていた。
「つまり、今回のゼールビスの目的は爆破テロに見せかけたオーリマン卿の暗殺……!」
私は独り言を言いながら目を開けた。
恐らくこの推測で間違いない。
前回の作戦を私に台無しになれた報復という側面も確かにあるだろうが、あの男はしたたかに目標を始末する為に動いている。
シベリア大使が燐光石の自由貿易を無下にされたこのタイミングなら、まず間違いなくゼールビスの飼い主たるシベリアが痺れを切らしたのだろう。
そうであれば本命はシアターという事になる。
それ以外の国立公園は目くらましの為の陽動だろうか。
教会に関しては、この任務を終えたら国外に逃亡する為の事後処理の一環と思っていいはずだ。
陽動と事後処理に他人を巻き込んでもなんとも思わないゼールビスの残忍さを物語っているようだ。
何としても三箇所とも爆破を阻止しなければならないが、この三箇所は物理的にもかなりの距離がある。
外はすでに暗くなっており、この時間から爆弾を探すのは困難を極めるだろうし、ゼールビスがまだ爆弾を仕掛けていない可能性もある。
行動を開始するならば明日の日の出と同時という事になるが、大本命のシアターよりも前に国立公園と教会をなんとかする必要がある。
しかし教会はともかくとして、ただでさえ広大な敷地面積の国立公園で爆弾を探すのは骨が折れるだろう。
かと言って教会の爆弾を処理してから国立公園を、その後にシアターとなると移動だけでかなりの時間を使ってしまい、肝心の爆弾を探す時間が確保できない可能性が高い。
「……」
私は机の上の燐光灯のランプの光をみつめながら考える。
三箇所はままならなくとも、二箇所だったらなんとか出来るかもしれない。
一番距離が遠いが、爆弾が比較的容易にみつけられそうな教会を誰かに任せる事が出来れば何とかなる。
だが教会はゼールビスのアジトでもある。
あの男と接触する可能性が一番高いのも教会だし、そうなった場合戦闘になる事も考えられる。
実際に爆破テロが慣行された方がヴァルファバラハリアンにとっては有利に事が運ぶ以上は、部下を使うわけにもいかない。
そもそも爆弾の処理など、誰に頼めばいいのか。
私の正体を明かすわけにもいかないし、ただの学生が突然爆破テロの犯行予告を説明して理解してくれる人などいるわけがない。
荒唐無稽な話と一笑に付されるのはわかりきっている。
ではどうするか。
私は机に向かうと万年筆を取って手紙をしたため始めた。
例え馬鹿げた話ととらわれても何もしないよりはましだろう。
まずは地域の警備兵あてに。そして近衛兵にも同じ内容の手紙を書く。
密告状として投げ込みをすれば誰かの目に留まるだろう。
だが、こんな手紙を彼らが信用するはずがないのもわかっている。
私は藁にもすがるような気持ちでもう一通手紙を書きあげた。
『本日午後0時。ドルファン教会にて爆弾テロが実行されます。この情報は区警や近衛にも伝わっているはずですが恐らく彼らは動かないでしょう。未然に防がれる事をお願い申し上げます。──S』
名乗るわけにはいかないが、サリシュアンのSとだけ書いておく。
準備をして部屋を出ると、ジーンとの待ち合わせ場所へと急ぐ。
待ち合わせは私が以前利用したヴァルファバラハリアンの隠れ家の近くを指定している。
人通りも少なく、目立たない場所にあるので都合が良い。
冷たい冬の夜道を走り目的地にたどり着くと、ジーンの馬車はすでにそこに停まっていた。
「待たせたわね」
声をかけると御者台の上で行儀悪く足を延ばして座っていたジーンが、客車を顎で示した。
「中にいるぜ」
私は頷き、客車のドアをノックして開けた。
薄暗い客車の中で燐光灯の仄かな明かりを反射した眼鏡がこちらを見る。
そして気だるそうな声で言った。
「一応、約束だからね。化学(リバイテック)が悪用されるのを黙って見ているわけにはいかないし」
「期待しているわ」
私の言葉に眉根を寄せながらも、化学の森の魔女たるメネシスは頷いてみせた。