小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【89】ライズと爆弾テロ②

 一月二十五日。

一月の遅い夜明けと共に私たちは行動を開始した。

ジーンには区域警備隊、近衛兵、そしてヒューイ宛のそれぞれの密告状を届けてもらう手筈になっていた。

その間に私はメネシスと国立公園へと来ていた。

私は万が一に備えてレイピアを革袋に入れて持参しており、肩掛けのショルダーバッグにはいつものダガーナイフも持参している。

方やメネシスは何やら大きな荷物の入った麻袋を背負っており、公園の中央広場に到着するなり片隅のベンチの一つに腰かけた。

 

「さあ、あんたは爆弾を探しに行きな」

 

荷物を下ろしてベンチに座るなりそう言ったメネシス。

 

「あなたは探しに行かないの? この広い公園、二人で手分けした方が効率的だと思うけれど」

 

私の意見にメネシスはふふん、と鼻で笑った。

 

「あんたが爆弾を先に見つけた場合、私を探す手間がかかるじゃないか」

「だったら私と一緒に行動すればいいでしょう」

「私はこの大荷物を持っているんだ。そんなのはごめんだね」

 

そう言ってメネシスは行儀悪くベンチの上で横になった。

彼女の意見にも一理あるが、この行儀の悪い魔女と仲間だと思われるのも嫌なので了承した方が良さそうだ。

メネシスが横になったベンチから三つ離れた同じようなベンチに物乞いと思しきボロボロの布を纏った汚い男が寝ているが、黒いローブ姿のメネシスはそれとそんなに違いが無いようにすら見える。

 

「それでは、爆弾を見つけたらすぐに呼びにくるわ」

「はいはい、せいぜい急いで探すんだね。どんな仕組みの爆弾かわからないから、解除に時間がかかる可能性もある」

 

私はメネシスに頷いて見せると同時に全速力で走り出した。

この広大な国立公園のどこに爆弾が仕掛けられているのかはわからないが、大体の見当はつけている。

ここは本命ではないものの、爆破して目立つ場所に仕掛ける方がゼールビスとしては都合が良いはずだ。

そうなると候補は二つ。

一つはこの中央広場にほど近いトレンツの泉。以前アンと話をした時にも使ったが、人魚を象った噴水があり、人気の場所でもある。

そしてもう一つは旧トルキア芸術学院の学長で芸術家としても名高い、アスベル・リゴディットが作った審判の口というモニュメントだ。

こちらは人の頭を模した壁画彫刻のようなもので、口元に空いた穴に手を入れると嘘つきは指を嚙み千切られるという迷信がある。

どちらも観光客には人気があって人が集まりやすい場所だ。

プリシラが公園を訪れるのならば、フラワーガーデンが季節的に閉園中の今、このどちらかの可能性が高い。

 

 

 私はまず中央公園から近いトレンツの泉に駆け付けた。

早朝の薄暗い時間という事もあり、泉には誰も人がいない。

爆弾を仕掛けるとしたら噴水の中という事はあり得ないので、人魚象のまわりを調査する。

茂みの中や物影、大きな木の枝、ベンチの下やくず篭の中。

怪しい場所は一通り調べていく。

目に留まる範囲だけでも調べていくが、思った以上に時間がかかってしまう。

焦る気持ちを抑えつつ、努めて冷静でいるよう自分に言い聞かせながら爆弾を探す。

 

──ここにはない。

 

ある程度の確信を得た時には三〇分程時間を要してしまっていた。

次いで審判の口を調べるべく、またしても私は全力で走り出した。

冬の冷たい空気が肺に突き刺さり痛い。吐き出す息は真っ白な湯気となってかなりの速度で走る私の横を流れていく。

すでに体は熱くなっており冬のコートが邪魔になっているが、それを脱ぐ時間すら惜しい。

 

ここで公園の爆弾を処理してもその先にあるシアターこそ爆弾を探すのも処理するのも大変だという事はわかっている。

公園の東にある審判の口に辿り着いた時には流石の私も息が上がっていたが、それを無視して審判の口の周りを調査する。

もちろんその口の中にも手を入れて調べてみたが、爆弾は入っていなかったし、指を噛み千切られる事もなかった。

ここにもないのか。

 

さすがにトレンツの泉か審判の口のどちらかにあると思っていただけに、若干の焦りを感じる。

だがここで冷静さを失ってはいけない。

すでに太陽は公園を明るく照らし始めており、わずかだが早朝の散歩などを楽しむ人たちがちらほらと見受けられるようになっている。

 

 

 一旦仕切りなおして気持ちを切り替えるべきだ。

そう思い、メネシスのいる中央広場へと駆けて戻る。

メネシスは先ほどと同じベンチにいたが、横にはなっておらず普通に座っていた。

何かポプリのような袋を手に持ち、しきりに揉んでいるようだった。

彼女は駆け戻ってくる私に気付くと声を投げてきた。

 

「見つかったのか?」

 

私は走った為に上がった息を整えながら答える。

 

「いいえ。目星をつけていた所には無かったわ」

「早く見つけておくれよ。こんな寒いところじゃ、いつまでも座っていられないよ」

 

そう言いながら何かの袋を揉んでいる。

 

「その袋はなに?」

 

つい気になって質問してしまったが、メネシスは待っていましたと言わんばかりに嬉々として袋を投げてよこした。

受け取ったそれは見た目よりもずっと重くて仄かに熱を発しており、冷たい指に心地よい温かさを届けてくれる。

 

「そいつは私特製の懐炉だよ。中に鉄粉が仕込んであって、酸素と結合する事で熱を──」

 

何やら蘊蓄を語りだしたメネシスを横目に、私は中央広場の様子を確認していた。

ここは先ほどと何も変わっておらず人もいないし、物乞い風の小汚い男だけが先ほどと同じくベンチの上で横になっていた。

 

「その懐炉でもなければ、ここで凍えてしまう所だよ。まったく、準備あれば憂いなしっていうのはこの事だ」

 

メネシスの独り言は無視しつつも、その言葉が妙に引っ掛かった。

この寒さの中メネシスのように温かい物も持たずに物乞いがいつまでもいられるものだろうか。

物乞いというのは文字通り道行く人から物を恵んでもらって生きている人達だ。

こんな人通りの少ない公園にいる意味があるのだろうか。

寝床としてベンチを利用するにしても、中央広場のこんな開けた場所では風も防げないし、安眠する場所としては都合が悪いような気がする。

ではなぜここにいるのか。

私は懐炉の袋をメネシスに投げて返すと、ゆっくりと物乞いの男が寝ているベンチの方へ近づいていく。

 

そのベンチの脇にはくず篭が設置してあり、鉄の網状になっている篭の底に何やら大きな箱のような物が捨てられているのが見えた。

 

「……灯台下暗しとはよく言ったものだわ」

 

私が独り言を言いながら近づいていくと、寝ていたと思っていた物乞いがむっくりと起き上がり、こちらを見た。

ボサボサの長い髪とまったく整えられていない無秩序に伸びた髭のせいで顔が確認できないが、その目だけがぎょろりとこちらを見ている。

その視線を無視してくず篭に手をかけようとした時、不意に物乞いは信じられぬスピードで懐から何かを取り出して襲い掛かってきた。

むしろそう来る事が当たり前のように私はそれを警戒していたので、体の筋力を最大限に活用して飛び退き、その一撃をかわした。

物乞いはおおよそ物乞いらしからぬ体幹の整った姿勢で立つと、右手に持ったナイフをこちらに向けて油断なく構えていた。

 

ゼールビスの手の者だと思って間違いない。

周りに人がいないのは先ほど確認済みなので、私は左手に持っていた革袋の紐を口で咥えて解き、中からレイピアを引き抜いた。

後ろの方でメネシスが立ち上がったのを感じつつ、レイピアの切っ先を物乞いへ向ける。

私と物乞いはしばらくにらみ合っていたが、私はリーチという点で圧倒的に優位にあるので必殺の突きを物乞いの右肩めがけて放った。

この男が只の物乞いでない事はその立ち姿からわかっていたが、男は私の突きをしっかりとナイフで受け流すと同時にすかさず反撃に転じて、切り付けてきた。

突きをいなされて若干上半身が流れていたが、体を捻ってナイフの一撃をかわしレイピアを横一線に払う。

大袈裟にしゃがんでそれをかわした男は大きく後ろにバックステップをして体制を整えると、またナイフを構えてこちらに対峙した。

特別な訓練を受けた者にしか出来ない動きだ。

その物乞いはこの期に及んでもまったくの冷静で、そのボサボサの髪の奥の瞳は冷たい殺気を放ってこちらを凝視していた。

 

私は息を一つ吐きながら胃の上のあたりに重い何かがある感覚を感じていた。

ゼールビスも本気だという事だ。

だとしたらこの後のシアターにもゼールビスの手の者がいるだろうし、ここで時間を使っている場合ではないという事も理解していた。

 出し惜しみをしている場合ではない。

私は鋭く息を吸い込み、気合の声を発した。

 

「プレシズ・キル!」

 

すかさず間合いを詰めながら左脇腹から右肩へ斬撃を放つ。

男が素晴らしい反応でそれをナイフで防ぐが、私は斬撃を止めるはずもなく刀身のしなりを利用して右肩から左肩へ、相手の左肩から右脇への袈裟斬りへと斬撃を繋げていく。

男はナイフ一本でよく防いでいるが、僅かに後退して距離を取りながら避けているのがわかる。

私は手首を返してレイピアを巧みにコントロールすると、喉、胸元、みぞおちへの突きへと攻撃を切り替える。

ついに男のナイフの防御が間に合わず、胸元、みぞおちへの突きに手ごたえを感じる。

男は痛みからか左手で突かれた部分を抑えつつ、必死に後退して距離を取ろうとした。

だが、私はそれを見逃すほど甘い騎士ではない。

男の後退よりも早く一歩踏み込んだ私は、さらに両方の太ももへとそれぞれレイピアを一瞬で突き刺した。

男の喉の奥底から苦痛によって吐き出された声が聞こえたのと同時に、男は地面へと倒れ込んだ。

私は攻撃の手を緩めるような事はせず、ナイフを持った右手に向けて突きを放つ。

右手の甲を貫通した一撃に男はたまらずナイフを手放していた。

それでも必死に起き上がろうとする男だったが、私はその眉間にレイピアを突き付けた。

 

「あなたの負けよ。これ以上は無意味だと思うけれど」

「……」

 

男は黙っていたが、両手を上げてゆっくりとあぐらをかいて座った。

 

「賢明な判断ね」

 

私は男を後ろ手に縛って動けないように拘束すると、そのまま人目につかない林の裏まで連行し、手ごろな太い木と彼を縛っている縄を繋げた。

 

「最低限の止血だけはしてあげるわ。まあ、死ぬような事はないでしょう」

 

男は立場を弁えているようで無駄な抵抗はしなかった。

 

 

 男の処置を終えて先ほどの中央広場に戻ると、すでにメネシスはくず篭の中に捨てられていた木箱を取り出しており、蓋を開けて中を見ていた。

 

「ほうほう、なるほど」

 

私が戻って来たことなどまるで気に留めず、メネシスは箱の中に組まれた複雑な装置を確認している。

 

「どう、解体もしくは無力化は出来そう?」

 

私がレイピアを革袋に戻しながら言うと、メネシスは顔を上げないまま答えた。

 

「私をなめてもらっちゃ困るね。このメネシス様にかかれば、無力化なんて朝飯前よ。……まあ、実際朝飯を食べてないけれど」

 

メネシスは持参した大きな荷物からいくつかの薬品と工具を取り出すと、それを木箱の装置へと差し込んだりしていく。

 

「……これは、おいおい、ミハエル……本気か?」

 

何やらぶつくさと呟きながら処理を進めるメネシス。

今の状況で私に出来る事は何もないので、精々周りに人が来ないかを見張るくらいだ。

十分程経って、メネシスはようやく顔を上げてこちらを見た。

 

「処理は完了したよ。これで爆発するような事はない」

 

私はわずかに安堵のため息を吐いた。

 

「助かったわ。それで、どんな爆弾なのかしら」

「ああ、こいつはパラムパリュウムって名前の爆発体だね。四種の原料を極めて正しい分量比で調合しないといけない高度な爆弾さ。そいつに時限装置まで組み込んであるんだから、悔しいけれどミハエルは相変わらず天才じみていると実感したね」

「聞いた事の無い爆弾だわ」

「そりゃあそうさ! あんたが何者かは知らないが、こいつはそこら辺の爆弾テロに使われるような代物じゃない。圧倒的な化学の知識がなかえれば取り扱う事も出来ない、まさに化学(リバイテック)の賜物と言ってもいいものだ」

「ご高説はまたの機会に伺うけれど、もし爆発したらどれくらいの威力があるものなのかしら」

私の言葉に反応してネシスの眼鏡がきらりと光ったように見えた。

「……興味を持つって事はいい事だ。だが、知らない方がいい事もある」

「まだ処理しなければいけない爆弾はもう一箇所あるのよ。最悪の事態となった時の被害は把握しておきたいわ」

 

メネシスは不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、深くゆっくりとため息を吐きながら言う。

 

「……もしもこれと同じ物がシアターにも仕掛けられているとすれば、爆発した場合シアターは完全に倒壊、中にいる人間はほぼ全滅だろうね」

「……了解したわ」

 

私は頷き、メネシスが立ち上がるのに手を貸した。

そして懐中時計を取り出して時間を確認する。

午前九時を過ぎた所だった。

思いの外時間を使ってしまった。

 

「時間がないわ。シアターへ行くわよ」

「観劇で人がもう入ってなきゃいいけれどね」

「……劇の午前の部は十一時開演よ」

「じゃあ開場十時頃かい? やれやれ、私らは働き者だよ」

 

愚痴るメネシスを横目に、私は馬車を探すべく足早に歩き出した。

シアターの爆破はなんとしても阻止しなければならない。

ゼールビスの陰謀を挫く為ではない。

他ならぬソフィア達の命を守る為に。

 

 

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