小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【9】ソフィアとハンナ①

 十二月も半ば、私はスィーズランドの実家からパーティードレスを送ってもらっていた。

母が早くに亡くなってから父と私しかいない屋敷だったが使用人が何人かいた。

その中でも特に几帳面な使用人がきちんとたたんでくれていたので、しわにならずにすんでいる。

もともと任務で一年の大半を留守にしているとは言え、使用人以外誰もいない我が家はさぞ静かで寂しい事だろう。

 

 ドレスをハンガーにかけてクローゼットの一番奥にかけた。

隣には学校の夏服、冬服、いつもの紺色のロングコート、収穫祭で着た服しかかかっていない。

服は最低限の物を用意し任務の際に購入するようにしている。

ドレスと揃いの大きな黄色いリボンを箱から出して机の上に置いた。

しわやよれを作らないように細心の注意をはらっていたので思ったよりもくたびれてしまった。

 一息つこうと思い食堂のカフェテラスに向かう。

日曜の昼間なので思ったよりも人が多かった。

今日はいないようだが、食堂に夕飯を食べにくるレズリーのように自宅から通っている生徒の姿もちらほらと見受けられる。

お茶を持参すれば学園の生徒なら誰でも使えるので、喫茶店よりも経済的である事は間違いない。

窓際のカウンター席が比較的空いていたので読みかけの本を置いて場所を確保した。

生徒用に開放してあるちいさなキッチンに入っていき、お湯を沸かす。

寮生はこのキッチンに自分用の棚を持っている者が多い。私もその一人だ。

そこからスィーズランド製のアップルティーの缶を出して、淹れた。

部屋から持ってきていたロムロ坂で買ったレイズンチップ入りのクッキーを二枚皿に載せて席に戻った。

 窓から冬の低い日差しが差し込んでおり、本を読むのには少し明るすぎる。

紅茶を一口飲んだ。

口の中にほろ苦さとさわやかな甘みが広がり、私のように忍耐力がなければ思わず口笛を吹くところだ。

紅茶はスィーズランド製に限る。

読みかけの本を開き、レイズンチップクッキーを一口食べた。

甘すぎる。今度買うときはアーモンドクランチにしよう。

 十ページほど本を読んでいると、隣の席に茶色いセミロングの髪に赤いツーピースを着た女の子が座った。

学校で見た覚えがある。確か、同学年のはずだ。

その子の隣に紅茶を二つ持ったハンナが座った。

香りからしていたって一般的なダージリンのようだ。

ハンナが私に気付き声をかけてきた。

 

「やあ、ライズ!」

 

私は頷いた。

隣の子が戸惑い気味に私を見た。ハンナがそれに気付いて言

 

「あ、紹介するね。こちらはライズ・ハイマーさん。同じクラスの友達!」

 

友達。私のことだろうか。ハンナの視線の先には私以外いなかった。

 

「ライズ、こっちはソフィア・ロベリンゲ。C組の子だよ!」

「あ、あの、よろしくお願いします」

 

ソフィアが若干怯えつつも、いかにも女の子らしい声で言った。

私はまた頷いて答えた。

そして本の続きを読み始めた。

 

「何を読んでいるんですか」

 

ソフィアが何か共通の話題はないものかと話しかけてきた。

私は読みかけのページに指をはさみ、表紙を見せた。ハンナがそれを覗き込んだ。

 

「『真旅行記』?」

 

ソフィアがはっとして言った。

 

「それ、アルベルト・ジャンベルグの……」

 

私は頷いた。

 

「よく知っているわね。ドルファンではもう発売していないというのに」

「だから知っているんです。この前、社会の授業で先生がおっしゃっていたから……」

「アルベルト・ジャンベルグは反体制主義の危険思想人物だと」

 

ソフィアは弱々しく頷いた。

アルベルド・ジャンベルグの著書は色々あるが、『真旅行記』のような冒険小説はともかく、その作品の多くは極左的思考が色濃く出ているものばかり。

そのせいで著作の殆どがドルファンの発行禁止図書に指定されているというのだから、学校で教えられていても無理はない。

 

「安心して。私は反体制主義というわけではないし、この本もスィーズランドの実家にあったものを暇つぶしに読もうと思って持ってきただけだから」

 

ソフィアがほっとして微笑んだ。

私はまた続きを読み始めた。

 

「ねぇ、今のなんの話し? よくわからなかったんだけど」

 

ハンナには少し難しかったらしい。

ソフィアがあわててごまかして、二人は他愛もないおしゃべりを始めた。

知らなければ幸せなことは思った以上に多いものだ。

 

 私が二枚目のクッキーを食べ終えて二杯目の紅茶を注いでも、ソフィアとハンナはまだ楽しそうに喋っていた。

真旅行記の四巻は読み終わった。残りはあと三巻だ。

そろそろ部屋に戻ろうかと考え新しい紅茶を口に含んだとき、ソフィアのカップの紅茶が一口分しか減っていない事に気付いた。

ハンナにいたっては一口も口をつけていないようだ。

何をそんなに夢中になって話しているのか少し気になった。

新しい紅茶はまだ沢山残っている。

本は読み終ってしまったが彼女達の話を聞きながらお茶を楽しめば時間の無駄にはならない。

常に理にかなった行動をとっているわね、ミス・ライズ。

私は彼女達の話に、ごくさり気無く耳を傾けた。

 

「ソフィアも今年のクリスマスパーティーに行くでしょ」

「パーティーって、ドルファン城で開かれる?」

「そうそう、あの豪華なパーティーだよ」

 

どうやらクリスマスの日に行われるドルファン城でのパーティーの話のようだ。

ドルファン城は普段一般人に門戸を開いていないが、唯一クリスマスの日だけは別だ。

中庭を開放し、国王が主催で盛大なパーティーを行う。

かくいう私もそれに参加する為にわざわざパーティードレスを送ってもらったのだ。

ドルファン王国第一王女、プリシラ・ドルファンが例年会場に姿を現すという事は調べていた。

プリシラ王女が公の場に姿をあらわすのはクリスマスか王女の誕生日ぐらいのものだが、王女誕生日は招待客以外は謁見できない。

たまに城下にフラリと現れるらしいが例え公式訪問であっても事前連絡はないし、大概の場合はお忍びで、彼女が訪れた事さえ気付かれない。

確実にプリシラ王女の姿を見るにはクリスマスが一番手っ取り早い。

そうでなかったらクリスマスパーティーなど何の興味もない。

ハンナが続けて喋ったので私はまた話を聞きつづけた。

 

「それでね。ボク、ダンスに誘いたい人がいるんだ」

「誘いたい人」

 

クリスマスパーティーではダンスが行われるようだ。

 

「うん……でも、どうやって誘ったらいいかわからなくてさ」

「ダンスに誘いたい人って、私も知っている人?」

「あのさ。ソフィア前に言っていたでしょう、波止場でごろつきにからまれたって」

「ええ」

「それで居合わせた東洋人の傭兵さんが助けてくれた」

「ええ、ハンナも知っているヒューイさんに」

「そ、そのヒューイなんだ。ボクが誘いたいのって」

「そうなの!?」

 

これには私も驚いた。ここでもあの東洋人傭兵の名前が。

 

「そうなんだ。ほら、ヒューイってスポーツマンだし、強いし、なんかちょっと恰好いいなって思っててさ」

「そうだったの。でも確かにヒューイさんは素敵だわ。すごく優しいし」

「そうそう! このまえだってね……」

 

 二人はいかにヒューイが魅力的であるか競って話し始めた。

私はもう聞く気もなくなって残りの紅茶に気持ちを切り替えた。

あの東洋人傭兵は思いのほか身近なところで大人気のようだ。

ハンナにいたっては大した熱のいれようだ。

あの男のどこにそんな魅力があるのだろう?

そんなことを考えても意味もないし、私はクリスマスにダンスを踊る気もない。

浮ついた小娘達とは住んでいる世界が違うのだ。

もう十分に話は聞いたので、紅茶を飲み干して席を立った。

ソフィアとハンナには挨拶をしなかった。

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